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macにとってCPUとはなんなのか

 先日のWWDCで,これまで公然の秘密であった,macのCPUをARMに切り替えことが正式にが発表されました。

 この発表で,ARMのサポートを開始する新OS,そして互換性維持のための仕組み,開発者がなにをしなければならないか,さらにスケジュールについても同時に発表がありました。

 この手の発表についていえば,そのうちやりますよ,いずれやるつもりです,というのを「発表」したりしますから,2年というスケジュールとそのための準備,そして技術的に破綻がなく,「ほんまに出来るんかいな」と懐疑的になることがない施策を見るに,アップルが用意周到に準備を重ねてきたことが伺えます。

 しかしながら,これだけの変更を行う動機や,理由,そして実際に苦労をするだろう開発者に対するメリットについて,あまり十分な説明があったとは言えません。だからこそ名うてのライターたちがここぞとばかりに,似たような内容の推測記事を書き上げることになるわけで,私に言わせれば実際に負担を強いられるエンドユーザーに対する説明がないことそのものに,アップルの視線がどこに向いているかを感じて,ゲンナリするのです。

 ただアップルとmacのユーザーが持つ信仰心というのは,かつてほどではないにせよそれなりにありますし,今macを使っている人は何らかの形でmacを気に入ったかmacでPCを初めて体験したかのどちらかでしょうから,こういうユーザーの厄災への耐性は,それなりにあるものです。かくいう私もそうだったりします。

 話が逸れますが,今アップルを支持する人達というのは,純粋に製品の魅力で支持している人が大半でしょう。そういう人達はにとっては,製品を使用することへの我慢や辛抱がないどころか,むしろアップル以外を使うことがストレスになるでしょうから,アップルが嫌いでもiPhoneが好きな人はいるんじゃないかと思います。

 年寄りの昔話ですが,アップルにこんな時代が来るなど想像も出来ず,いつも少数派で周辺機器もソフトも揃っておらず,選択肢も少ない上,新しい技術を取りこむ速度も遅く,使いやすさや信頼性というコンピュータとしての重要な性能が,明らかに他に劣っていた時期もありました。

 つまり,かつてのアップルやMacintoshのファンというのは,製品の魅力以外の別の理由で彼らに付き従っていたわけで,今のアップルウォッチャーとは異なる,優しくも厳しい視点を持っていると思います。

 なにが言いたいかと言えば,そんなロイヤルティの高い人々にとって,CPUが変わることは避けようのない災害のようなものではあったけども,だからといってそれが他のコンピュータに乗り換えるような理由にならなかったということです。

 よく知られているように,Windowsの世界はその前身のMS-DOSのころから x86でした。今のx64になるともうさすがに8086の色は薄まっていますが,それでもそこここに当時の面影が見え隠れするものです。これはハードウェアにおいてもそうです。

 しかし,Macintoshは,当初モトローラの68000からスタートしました。68000は内部32ビット/外部16ビットのCPUですので,Macintoshは最初から32ビットへの移行が約束されていたと言えます。Windowsが16ビットから32ビットへの移行にとても長い時間をかけたこととは対照的だと思います。

 しかし,性能の限界と供給メーカーの問題で,アップルはPowerPCへの移行を決めます。完全に異なるアーキテクチャですので,もちろん大混乱です。

 ハードウェアでは,設計が進んでいた同じモトローラの88000系のバスインターフェースをPowerPCに持たせる事で初期の混乱を乗り切りましたし,ソフトウェアはPowerPCのバイナリで書かれたライブラリを徐々に増やすと共に,ダイナミックトランスレータである「Rosetta」をOSに組み込み,かつての68000のコードをそのまま実行出来る仕組みを使って乗り切りました。

 そしてOSがMachベースのMacOSXになる時にも大混乱です。この時にはPowerPCへの移行は完全に終わっていましたし,その粘りのあるパワーは,重たい映像や音楽系のクリエイターの仕事を支えてくれました。

 MacOSXでは,古いMacOS9との互換性を持たせるために,様々な施策を打ちます。1つは,OSXとOS9共通の暫定的なAPIの準備です。これを使えばどちらのOSでも動作するアプリを作る事ができます。

 ただし,強力なOSXの機能を使い切ることは出来ないので,あくまで暫定的なものでした。

 そんなAPIを使っていない古いアプリのために,OS9がOSXで動くような仕組みまで用意して,互換性を維持していたのです。

 OS9は信頼性が低く,モダンな設計になっていませんでしたから,アプリもない,重たい,メモリもいっぱい必要というOSXが,まだ使い物にならないころから,輝かしい明日を夢見て,Macと付いていなければもう完全に別OSであったOSXを,それこそ砂を噛む思いで使い続けていたのです。

 そうしてOSXはやがて使い心地のよいOSに成長しました。やっと落ち着いて「使うこと」ではなく「なにかを生み出すこと」に専念出来ると思ったところへ,今度はまさかのx86へCPUを替えると言い出しました。

 PowerPCはとてもよいCPUだと思います。少なくとも32ビットのx86よりはずっと美しく,パワフルです。しかしインテルは,出来の悪い息子を力業で世界最高の頭脳へ押し上げることに成功していました。

 アップルの信奉者はまだx86とWIndowsを目の敵にしていた(しかし勝敗が付いていたことも潔く認めていた)ので,さすがにこのCPUの変更には面食らいました。しかし,同時に彼らが渇望していた小さく軽く電池が持つモバイルマシンを,PowerPCのままでは実現することが出来ないのも,また事実でした。

 かくして,巨大な市場が鍛えたインテルのCPUを,そのおこぼれをもらうように,アップルがMacintoshに使い始めたのでした。

 この間,Windowsは非常に落ち着いており,災害の少なかった時代だったと思います。ビジネス用途のコンピュータとはかくも静かな世界なのかと思い知ったわけですが,大きな変動はx64への移行くらいだったように思います。

 この時はインストールするときに32ビットにするか64ビットにするか決めねばならず,OSが両対応するMacOSXを誇らしく思ったものですが,これもまあ移行が済んでしまえば過去の話で,Windowsは今や64ビットが普通ですし,macもCatalinaで32ビットを切り捨てて64ビット専用になってしまいました。

 そして今,ARMへの移行です。

 私個人は,すでにCPUの命令セットの違いなどもう気にしなくていいほど抽象化が進んでいると思っていますので,機能が揃っていればどんなCPUでもいいと思います。

 そもそもARMも64ビットの命令セットは,32ビットの命令に比べて明らかに「普通」になっていて,当時の設計思想「小さく軽く電気を食わない」を色濃く反映した32ビットの個性的な命令セットとは,もう完全に別物になっています。これをARMという理由はどこにあるのか,と思うほどです。

 命令セットの違いによって,内部の実装は当然違ってきます。得意なこと,不得意なことが出てくるのは自明ですので,ARMは64ビット化で普通のCPUになり,ようやくインテルと同じリングにあがるための切符を手に入れたと言えるでしょう。

 そうして,かつてインテルと死闘を演じたスーパーエンジニアたちが紆余曲折をへてアップルに集まり,そこで作り上げたのが,今のAシリーズです。これを育てて,強力なCPUにしていくことは,今の彼らには簡単でしょう。

 事実,同じ世代の他のCPUが4コアだったのに,アップルだけは2コアで戦えていたわけで,コアあたりの処理能力を高める技術力を,きちんと備えているということです。

 一方で,インテルはインテルでARMに負けていた電力を大幅に改善し,もはやARMなみの物を作る事が出来るようになっています。電力あたりのパフォーマンスを比較しても,ARMが絶対だとはいえなくなってきていることに,我々が気付くべきかも知れません。

 なら,アップルはなんでCPUをARMにするのか,です。これはもう,内製したいから,に尽きます。そう,コンピュータをやる人々は,CPUを内製することを必ず夢見るものなのです。

 SoCの内製は,お金があればどうにかなります。しかし,CPUコアの内製は,もう一部の選ばれた人の特権です。アップルはスマートフォンでそれを実現しましたが,今度は正真正銘のコンピュータで,それをやろうとしているのです。

 私は,Windowsも良くなってきているし,無理にmacでないといけないとは最近思わなくなってきています。それでも,ARMへの移行は面白そうだし,特にモバイルノートが進化することに期待して,当事者としてこの祭り(もしかしたら災害)にのろうと思っています。

 ここから先はよくある未来予測なのですが,CPUの変更という大事業をOSのサポートを受けながら影響を小さく乗り切る事が出来る事は,ハードウェアとOS,そしてアプリケーションを持つ会社の有利な点です。

 懐かしの名前を復活させたダイナミックトランスレータRosetta2,かつてx86への移行時にも活躍した仕組みを復活させARMとx64の2つのコードを1つのアプリケーションに持たせるUniversal2をOSに組み込んで,互換性を維持します。

 OSだけではなく開発ツールを握っているのも強みです。同じソースをリビルドするだけでARMに対応出来る新しいXcodeを用意して,開発者の負担を軽減します。。

 そして,視点をずらしてみると,iPhoneやiPadとアプリケーションを共通化することも見えてきます。Catalistと呼ばれる,macOSとiOSの両方で動作するアプリケーションの仕組みを用いれば,アップルの圏内にいる人達は,それがiPhoneだろうがmacだろうが,アップルの持つ製品を自由に行き来出来るようになるわけです。

 こうしてみると,過去数年かけて32ビットアプリを排除し,Catalinaで32ビットアプリを「動かなくした」ことも,説明がつきます。わざわざ動かなくする必要性は,技術的には全くなかったのですから,そこには政治的な意図があるはずです。

 それが,ARMとの互換性です。Universal2でサポートするコードが3つになるのを避けることもそうですし,それ以上にRosetta2がサポートするコードを64ビットに限定したかったというのが,一番大きな理由ではないでしょうか。

 こうして登場する新しいOSは,それまでのmacの世界を過去にするという強い意志でVersion10という意味を込めて名付けられたMacOSXはmacOS11と名称を変え,同じくここから先が全く新しい世界になることを我々に期待させます。

 CPUもかわる,OSもかわる,そしてiOSと共通のアプリケーションが動く,そんな全く新しい世界が,多くの犠牲を払ってやってこようとしています。

 これまで,iPadProとMacBookAirとの境界が曖昧で,私がいい加減買い換えたいと思っている11インチのMacBookAirが出てこなくなってしまいました。しかし,これがもしかすると,復活するかも知れません。

 ARMの特徴は,休んでいるときの消費電力の低さです。長い駆動時間,あるいは電池を小さくすることで全体を薄く軽くした新しいMacBookAirが登場するなら,私はとてもうれしいです。

 モバイルとエントリクラスはARMによって大きなメリットを受けるでしょう。MacBookProも時間をかけて,その名前に相応しい性能を持つようになると思います。

 しかし,デスクトップの最高峰であるMacProはどうでしょうか。消費電力を気にせず,価格を気にしない,最高性能を目指すマシンにとって,電力やコストに魅力のあるARMを使う理由は,それほど強くないでしょう。

 ここでアップルは,その時々のインテルのCPUに対し,純粋にパフォーマンスだけで勝利しなくてはなりません。インテルはARMとの差別化において,ひょっとしたらパフォーマンスの向上にリソースを集中するかも知れませんから,そうなってしまうとアップルのCPUはインテルに勝つことが難しくなります。

 しかし,ここでアップルが負け惜しみとも思えるおかしな屁理屈を並べ立て,結局パフォーマンスに劣る自社製CPUを搭載して,MacProを最高性能と言い切るなら,果たしてMacProを手に入れる事の出来る(あるいは手に入れねばならない)ユーザーに,どれほど支持してもらえるのでしょうか。

 今後ともインテルのCPUを使い続けるだろうWindowsの世界では,その時点で世界最高性能になることがはっきりします。ここでアップルはMacProへの期待を裏切り,その市場を失う事になるわけです。

 最終的にたどり着くのは,MacProの終焉と,macのカバー範囲がミドルクラスまでという図式です。そう,アップルの顧客から,シンのプロフェッショナルがいなくなるのです。

 それでもアップルは困りません。iOSのユーザーがmacに取り込めるのですから,その方が遙かにメリットがあるでしょう。これが私の思う5年後です。

 高い電力性能でラックマウントを復活させてサーバー市場に打って出るかもしれませんし,日本のスーパーコンピュータの富岳がARMベースである事からHPCの分野に出てくるかも知れません。

 ただ,アップルが自分たちの立ち位置をコンスーマーに近い場所(それはコンスーマーがコンテンツを消費する仕組みと,コンスーマーが消費するコンテンツを創る仕組みの両方を意味します)と考えて続けている限り,特殊とも言える用途への進出はほとんど考えられないと思います。

 コンスーマーに近いところ,というアップルのぶれなさこそ,アップルの魅力なのかも知れません。マイクロソフトがあれほどコンスーマーの目に触れた存在だったのに,彼らの目にはは今やオフィスにいるサラリーマンしか見えていません。

 今年の年末のmacはどんな姿をしているのでしょうか。そして新しいOSはどんな使い心地なのでしょうか。2年後アップルはどうなっていて,5年後のパーソナルコンピューティングはどんなものになっているのでしょう。

 ワクワクします。

 

さようならRD-700,こんにちはRD-2000

 ローランドのステージピアノ,RD-2000を買いました。RD-700からのリプレースです。

 会社の独身寮を出て,自分の城を手に入れた時に真っ先に考えたのが,ステージピアノの購入でした。RD-600というステージピアノをある楽器店で試奏したときに,その気分の良さに絶対買おうと思ったわけですが,寮を出ていよいよ購入出来るようになるとRD-600はディスコン,RD-700に切り替わっていました。

 RD-600は専用音源だったのですが,RD-700はXVの音源になっており,ちょっと嫌な予感がしていたもののローランドを信じて購入したところ,全然違った弾き心地に絶望したことを思い出します。

 致命的だったのは発音が大幅に遅れることで,これはのちのファームウェアアップデートで改善されたのですが,音そのものが変わることはなく,ダイレクト感のなさだけはかなり辛いものでした。

 これも,のちのちSRX-11というピアノのエクスパンジョンボードでようやく改善され,ずっと演奏していたピアノに生まれ変わってくれたのでした。

 SRX-12というエレピのエクスパンジョンボードにはいたく感動し,タインやリードの劣化具合まで再現した音源に,もう病みつきになったことも思い出します。

 そのごしばらくは楽器を触ることすら少なくなっていったのですが,娘がピアノを始めるにあたってとりあえずこれを使うことになり,RD-700はリビングに置かれることになりました。

 そんなRD-700は,私は2001年の6月に購入していました。ということはちょうど19年。まあ,なんと長持ちなことでしょう。

 実のところ,RD-800が出た時,そしてRD-200が出た時にそれぞれ,買い換えを考えていました。しかし,金額というよりはRD-700の処分について悩んでいるうちに,買い換える気力をなくしてしまっていたのです。

 しかし,6月末で5%還元がなくなること,今ならギリギリ買い取り金額がつくこと,RD-700の鍵盤には持病もあり,いつ壊れるかわからないこともあって,善は急げと急遽買い換えをすることにしたのです。

 RD-700は傷も少なく付属品も揃っていて,最終的に22000円で買い取って頂きました。エクスパンジョンボードも,最初はゼロ円という査定だったのですが,他にお願いして2枚で16000円ほどになりました。

 もともと,粗大ゴミで出すかと思っていたようなものでしたし,この値段で持って行ってくれたことには,何の問題も感じていません。

 そしてやってきたRD-2000。3本のペダルのセット品で,ちょっとお安く買うこともできました。

 ということで,軽くインプレションです。

(1)鍵盤

 真っ先に試したのが,エスケープメントです。グランドピアノには,ゆっくり鍵盤を押し下げていくと,カクンというクリック感があります。これがエスケープメントです。

 押し下げる速度を上げていくとクリック感が小さくなるのが特徴で,直接音に影響しないのですが,弾き心地という面では大きな違いがあります。

 RD-2000に搭載されたPHA-50という鍵盤,RD-700搭載の初代PHAに比べてやや軽くなっている感じがしますが,スムーズに沈むような印象を持ちました。剛性感も高くなっており,特に左右にぶれる感じもなくなっていて,鍵盤に身を任せる安心感,あるいはラフなプレイを受け止めるだけの信頼感が高くなっています。これが心地よさの源泉でもありますからね,しっかり作ってあるのはうれしいです。

 連打もやりやすくなっていますし,指が滑らなくなりました。本当に引きやすい鍵盤になったと思います。

 RD-2000で感じたのは,完全に指を離してしまわないとノートオフしないことです。

 RD-700ではキーから完全に指を離さなくてもノートオフしてくれました。もちろん,RD-2000でも音は消えていますし,演奏上問題になることはないのですが,音色を切り替えた時に前の音色が残るようになりました。

 つまり,鍵盤に指が乗って,少しでも重みがかかると,それは鍵盤を弱く押さえているという判断をされるということですが,これは実に正しく,精密なセンシングをしているという証拠で,慣れないといけないです。


(2)ペダル

 ペダルは3連のRPU-3とセットで買いました。このRPU-3は連続検出というややこしい仕組みを持っているのですが,従来のペダルがスイッチだったのに対し,これは可変抵抗によって踏み加減が検出出来るというものです。

 確かにダンパーなども,踏み加減で音の消え具合,伸び具合をコントロール出来ます。しかし,本物のピアノを触る時間が短い私はそんな練習をしていませんし,スイッチ式のダンパーを長く使っているので変なクセが付いてしまっています。

 ということで,綺麗に音が切れないで困ってしまったのですが,上手く演奏しようとすると確かに本物のピアノを演奏している人のペダリングに近くなるなと思います。

 ペダルはピアノの優雅さを強調しますし,音の隙間を埋める役割とみればピアノ1台で複数の楽器を代替させる力を持たせるものですが,上手く音を繋げる,上手く音を切るということをするためにはなかなか高度な技術がいりますし,それを踏み加減で伸ばす音の音量までコントロールするとなると,もう大変です。

 途方もない高さの山を目にしてすくんでばかりというのもいただけません。練習すること,慣れることが大事だと思います。


(3)V-Piano

 一番楽しみだったのは,ピアノをモデリングした音源である,V-Pianoです。

 V-Pianoが登場した時にも艦長日誌に書きましたが,その後他社も追随し,ピアノ音源の世代がごろっと変わることを期待したにもかかわらず,結局ローランドとヤマハ以外はこれを取り入れず,そのローランドも一部の機種に搭載されるにとどまっていて,庶民がこの音源を手にする機会は少ないままでした。

 本当にV-Pianoが素晴らしいものであるなら,いずれ20万円台の機材に搭載されるようになり,我々庶民にも手が届くようになるだろうと思っていましたし,その時にはV-Pianoで可能になる現実に存在しないピアノを仮想的に創って演奏するという機能ではなく,リアリティの追求という目的に絞り込まれた物になるだろうと思っていました。

 RD-2000(とFP-90)はその通りのV-Pianoで,リアリティの追求以外にできることは削り取ってあります。しかし,それは紛れもなくV-Pianoです。

 大きく重く複雑で高価,そしてメンテが必要なあのピアノを,ソフトウェアで所有するというこの箱庭感が,もうたまりません。ヤマハがVL音源を登場させた時のワクワクが,また甦ってきます。

 実際に音を出してみましたが,もう本物そのものです。ピアニシモからフォルテシモまで,低音から高音までのスムーズな変化はもちろん,どれだけ音を伸ばしてもループせず,時間と共に音が変化していきます。

 このループがないことは本当に素晴らしく,私はいつもループがに気付いたときに「ここからならループでごまかせるやろ,うひひ」といういやらしい想像をしてしまい,がっかりすることが多いです。

 当時評判の良かったコルグのSR-Rackを手放したのは,一発目の音の良さはいいとしても,和音を出したときの共鳴音がいつも同じ大きさで聞こえてくることにありました。これはサンプリングでは仕方がないことであり,これに限らず大なり小なりある問題だと思うのですが,全鍵サンプリングをしてもすべてのベロシティでサンプリングすることは非現実ですし,仮にそれが精密に出来たとしても,他の弦の共鳴音やフレーム,共鳴板の音までを再現することは不可能です。

 逆に言えば,ピアノの音には規則性はなく,同じ音が出ることは極めて希であるということで,それがピアノの音の豊かさであるとか,楽しさだと思うのです。

 サンプリングというのは,これをある規則性に押し込めて情報を丸めて捨てる作業です。サンプリングデータの大小というのは,削ったデータの大きさの違いに過ぎず,根本的な問題の解決にはなっていないということです。

 しかしモデリングは違います。正確なモデリングが出来ていることが前提ではありますが,ピアノそのものを部品レベルで仮想的に動かしているわけですから,それはもうピアノそのものであり,変化も動的です。同じ音が出ることは本物と同じく希だと言えますし,ということは豊かで楽しい音が得られるという事です。

 しかし,モデリングには,鍵盤からの入力情報が,少なくともMIDIと同じ程度では少なすぎます。だからこそソフトウェア音源ではダメで,鍵盤,それも膨大な情報を指先から吸い上げ,吐き出す事の出来るインターフェースとしての十分な性能をもつ鍵盤とセットでなければならないのです。

 私が思うところ,まだ鍵盤は人間の作り出す情報を完全に受け切れておらず,まだまだV-Pianoはこんなものではないと思います。それは今後の楽しみにしておきたいと思うのですが,本物のグランドピアノの,あの指先と音のダイレクト感に近い物を,RD-2000はようやく手にしたと思います。

 ただ,問題点がないわけではなく,一番の問題は発音がやや遅れることでしょう。私は初代V-Pianoを演奏していないのですが,話によると発音が遅れることを指摘されていたようです。

 RD-2000のV-Pianoでは随分改良され,気にならないレベルになったという話も耳にするのですが,それでもやっぱり遅れ気味だと思います。

 嫁さんは最初の演奏でそれを指摘しましたが,私はSN音源のピアノと比べて全然違うことに気が付きました。SNのピアノはとても演奏しやすいですし,スピード感があり,元気に演奏出来ます。

 V-Pianoではやや遅れがちなので,一音一音を大事に演奏することに気を遣い,それがまた演奏の楽しさにも繋がるのですが,発音が遅れることには違いありません。

 膨大な演算量なので遅れることも仕方がないですし,これを短くするにはDSPの性能を上げるしかありません。計算を省略したり丸めたりすると,V-Pianoらしさが消え失せます。

 だからこそ,半導体技術の進歩にきっちり追随し,V-Pianoを完全な物に育てて欲しいと思います。

 なお,少し触れましたが,モデリングではなくサンプリングベースのSN音源のピアノも,悪くはありません。音域,ベロシティに対する音色変化もナチュラルで,演奏者の意図を反映しようという強い意志を感じます。

 でも,時間変化はある時刻をもって消え失せます。そこはやはりサンプリングの限界であり,パターンを選んで出力するという仕組みを持つ以上は,どうにもならないのだと思います。

 ですが,消えゆく余韻に動的な揺らぎが欲しいか,前の音と違う変化がいつも必要かと言われれば,そんなことより元気で明るく,ステージで映える音の方が重要なシーンもあるでしょう。そういう音の延長線上に,SN音源があります。良し悪しではなく,その時々に応じた音を選べるようになっていることが,RD-2000には求められているのだと思います。


(4)デザイン

 デザインはこれまでのRD系とは違い,パネルが寝そべっています。大きなダイアルやボタンの配置はRD-1000へのオマージュで,あの頃のローランドを知るものとしては懐かしいのですが,ずらっと並んだスライダーが示す近代的なデザインと,案外マッチしているなと思います。

 表示も見やすく,ボタンの大きさや配置も良いと思います。ローランドは捨て0時で使いやすいことを目指したそうですが,ステージのような制約の強い環境で使いやすいことは,家でもスタジオでもどこでも使いやすく確実なものであるはずで,ユニバーサルなデザインとしてRD-2000を完成させても良かったのではないかと思います。

 鍵盤の付け根にあるフェルトがえんじ色になったことも私は気に入っていて,これこそピアノです。

 ただ,LEDは明るすぎです。まぶしいですし,気が散ります。ステージは暗いことが多いですが,暗いとますます目に付くでしょう。

 LCDバックライトの明るさを変えることは出来るのですが,LEDの明るさは変えられません。Jupiter-Xmは変えられるのに,惜しいなと思います。


(5)他の音
 SN音源,PCM音源と,合計で1000を越える音色を内蔵しており,音の百科事典としてとても面白いです。個人的にはピアノ売り場にある電子ピアノは音色が僅かで,楽しくありません。

 モデリングで作られたアコースティックピアノはもちろんですが,代表的なエレクトリックピアノを網羅し,ステージでの戦闘力を万全な物にしていると思いますし,ブラスやストリングスと言ったシンセサイザの音も即戦力です。

 電子ピアノがヴィンテージとして収録される時代になったことが個人的には感慨深いですが,RD-1000のSA音源がきちんと収録されており,あの音を自由に演奏出来ます。素晴らしいです。

 FM音源によるあのエレピも,CP-70のあのエレピも,もちろんTINEもREEDも,もうおよそピアノいう名のつくものなら全方位OKという頼もしさです。

 機種名もそうですし,見た目の印象もそうなのですが,とにかくRD-1000というモデルへの敬意が強く感じられる一代です。今さらRD-1000との互換性を取ってどうするんだと思いますが,それくらいRD-1000との近似性が高まっているので,RD-1000の代わりにこれを使うことに全く抵抗がなくなるんじゃないかと思います。

 個人的に気にしていたローズの再現性ですが,以前よりももちろん高まっており,楽しくなるものであることは間違いないのですが,以前のように経年変化を再現して,ヤレた音に調整出来るような仕組みが見当たらなかったのが残念でした。

 発音部が錆びたりすると,歪みも増えますし強弱が付きにくくなります。コンプで潰したような音になるのですが,その具合を調整出来る事にかつてのローランドの電子ピアノは可能でした。

 それとオルガンです。

 バーチャルトーンホイール音源と書かれていないので,VKの後継ではないのが残念ではありますが,音は問題ありません。レスリーも良くかかるので一般的な演奏には問題はないのですが,レスリーの速度を変化させたときに一緒に音まで変わってしまうものがほとんどで,私の趣味にはあいません。

 これがこれがとても残念ですが,今どきはこれが普通なのかも知れません。


(6)エクスパンジョン

 特に面白かったのは,エクスパンジョンです。RD-700のスロットが2つあり,SRXを2枚まで内蔵できました。XVもFANTOMもかつてはそうでした。

 ですが,音源波形の供給をROMで行うなんてのは前時代的で,フラッシュメモリに空きスペースを確保しておき,ここにダウンロードすることで音源の拡張を行う方がスマートです。

 RD-2000も仮想スロットが2つ用意されており,ここに専用のデータを流し込むことでエクスパンジョンが可能です。

 RD-2000の場合無料で6種類提供されています。主に過去のRDの再現データなのですが,最新の2つはオルガンとヴィンテージシンセですので,非常に実戦的です。

 オルガンはVer1.5で追加されたレスリーの新タイプを駆使したもので,どの音も使い物になり,レスリーの速度切り替えで音が変化しないことも手伝って,私が求めていたオルガンそのものと言える出来になっています。これは楽しいです。

 ヴィンテージシンセは,SHやOB,Pro5やJPといった名器からD-50といった新しめの機種まで網羅されており,ステージで使える音が入っています。これも使い物になります。本体内蔵の音とはまたちょっと違った傾向をもっていて,私はこちらの方が好みです。

 ということで,この2つで私のRD-2000のスロットは埋まるのですが,一応RD-600とRD-700の音も試してみました。

 私が買おうと決意したRD-600の音を聞いたとき,そうそうこれこれ,と当時を思い出しました。リアリティは乏しいのですが,ダイナミック感があるというか,ダイレクト感やスピード感があり,とても楽しいのです。

 RD-700では,これがあまりの再現性に,買った当初のがっかり感まで思い出す始末です。ダイレクト感が乏しく,発音も遅れがち,ベロシティに伴う音色変化も感じずに,つまらない音がします。

 RD-600を聞いてRD-700を買ってしまい,とてもがっかりした当時のことを,今まさに追体験することになりましたが,当時の感覚は今でも同じなんだなと,安心した次第です。


(7)外部機器との連携

 マスターキーボードとして使うことも想定されていますが,特にすごいと思ったのはPCのソフトシンセをあたかも内蔵の音源のように使えることです。

 スライダにレベルはもちろん他のパラメータもアサインし,USBで演奏情報を送り込み,音をUSBオーディオで吸い上げてRD-2000の音と混ぜて出力します。こうなるともう中と外を区別する必要などありません。

 ステージで使うにも便利かも知れませんが,これはもう制作現場で便利な機能と言えて,他のDAW連携機能とあわせれば,もう無敵のキーボードといって良いかもしれません。


(7)まとめ

 25万円ですからね,安い買い物ではありません。RD-700を17万円ほどで買っていますから,随分高くなったなと思いますが,考えて見れば20年も前の話です。

 技術の進歩を感じるという月並みな表現にはちょっと抵抗があり,特に鍵盤と音源を一体で語らねばならないピアノの場合,機構部である鍵盤の進化が電子部品よりも遅く,しかしその変化は非常に大きな影響を与えてしまいます。

 特にV-Pianoの音源をドライブするために膨大な量の情報を送り込むPHA-50の進歩は,人間という不確かな生き物から送り出される情報を本物のピアノと同じように吸い上げる必要があるわけで,ただただ弾きやすいとか,それだけで片付けられないものがあります。

 音源の価値,半導体の価値は下がっていくかも知れません。しかし鍵盤の価値はそうそう下がる物ではありません。その点でRD-2000を買ったことは,とても意味のあることだと思っています。

 娘には,RD-700は20年のお付き合いだった,うれしい時も悲しい時もいつも一緒で,うれしいときは一緒に喜び,悲しいときはこれが慰めてくれた。RD-2000は,きっとあなたにとって,これから長く付き合うことになる友人となるだろう,仲良くなかよくして下さい,と,ちょっと偉そうに話をしました。

 ピアノはもちろん,エレピやオルガン,ヴィンテージシンセ,果ては民族楽器などの存在に気が付いて,そうした音色を積極的に弾きこなす将来があるかも知れません。マスターキーボードとして活用される日が来るかも知れません。

 RD-2000が彼女の成長を見守る存在になることを,私はうれしいと思っています。

 

時間泥棒,NanoVNA

 コロナ騒ぎでもう大変な3ヶ月でした。私個人もそうですが,子供の学校が始まらなかったりと,これまでの非日常が日常化する怖さを感じます。

 一度日常になると,元に戻ることはすなわち変化になりますので,これはこれで大変です。こうして日常と非日常が個々人の認識もろとも引き摺り回されてしまうことへの不安が,今の私には大きいです。

 閑話休題。

 先日amazonをダラダラ見ておりましたら,NanoVNAなるものを見つけてしまいました。小型液晶をもつスタンドアロンの測定器で,値段は6000円から7000円とくればよくある中国製の安価なもの,を想像します。

 そう,オシロスコープなんかもそうでしたし,LCRメータであるとかHFEチェッカなんかもそうです。

 特にオシロスコープはその当時インパクトがあり,数万円(それでも数万円ですからね)を出せない今ひとつ電子工作に忠誠を誓えない人達が,このくらいの値段ならと飛びついて買っては,オシロスコープかっちゃったよと自慢げにいう,あれです。

 私も買ってはみましたが,1chしかなく,帯域も200kHz程度,プローブが付属していない事には目を瞑ることができる(別売りですといえばいい)のですが,代わりにBNCコネクタとミノムシクリップが繋がったケーブルが1本付属という,まあなんというかひどい物でした。

 これじゃ,初心者は1:10のプローブの重要性を知ることもなく,音声帯域の波形をちょろっと見える事がオシロスコープの仕事だと勘違いして終わってしまい,見えない物を見ることと,とらえられない物をとらえる,という2つの重要な能力を体験出来ないまま終わってしまいます。

 もっとも,これらを「すごい便利だ」と思えるような問題の解決に使うには,相応の実力を持っていて,それなりに難易度の高い実験をしないといけないわけで,測定器などは誰でも買える値段になってしまうことに,あまり意味がないように感じています。

 NanoVNAについても,私は似たような物だと思っていました。

 VNA,ベクトルネットワークアナライザ,という測定器は,多くの測定器が安価になりアマチュアが一家に一台を標榜できる昨今において,最後の憧れ,見果てぬ夢と目される,測定器です。

 もう名前からして,数学と物理に苦しんだ人々が嘔吐しそうなわけですが,ある一部の人種からすると,もうこれなしでは生きられない,無人島に1つ持っていく物があるとすれば迷わずこれ,といった倒錯した意見が堂々と出てくる程,御利益の大きな代物のようです。

 主として高周波の世界において,革命を起こした測定器がこのVNAで,ここに至るまでのスペクトルアナライザやネットワークアナライザなどの最終進化形が,これと言ってよいのではないでしょうか。

 価格も大きさも破格で,安い物でも50万円以上,高いものだとまさに青天井でベンツが変えてしまうほどのお値段ですし,大きさだって小さめの電子レンジくらいの大きさのものはざらにあります。

 その上,校正キットという標準器のセットがまた高価でこれだけを買うにもそこら辺のオシロスコープくらいの値段がします。

 そう,かつてのラジオ少年が憧れた,まさにプロの道具として憧れる,最後の測定器なのです。

 これがですね,7000円です。画面にはいっちょ前にスミスチャートまで出ています。

 ということで,気が付いたらポチっておりました。

 話が前後するのですが,VNAを簡単にご説明しましょう。VNAを知らない人でも理解出来る範囲で,かつこれだけ知っていればとりあえずVNAってなに?と奥さんや子供に聞かれても大丈夫です。

 コンデンサやコイルに交流を突っ込むと,入り口と出口で振幅と位相が変わります。これはいいですよね。つまり,コイルやコンデンサを交流で扱う場合,2つの情報を一緒に考えないと,真の姿が見えないわけです。

 これに比べると抵抗ってのは楽ちんで,直流でも交流でも位相は変わりませんから,振幅だけ見ていれば問題ありません。

 で,2つの情報を一気に扱うのが,ベクトルという数でした。これは中学生で倣うわけですが,当時は当然ピンと来ません。だけど,コイルやコンデンサのように振幅と位相が同時に変化する場合,片側だけを見ても意味はなく,両方同時に見るからこそ意味があることは,なんとなくわかって頂けるでしょう。

 で,電気の世界では,この2つの量を複素数という数字で書き表すしきたりです。実数と虚数の2つの和として1つの数字を表します。

 複素数なんて知らないで死ぬ人も世の中にはいるくらい,実生活に縁遠いわけですが,最初は数学者のお遊びだった「二乗するとマイナスになる数」が,実はベクトルを表すのに超便利だと後々わかった,と言う程度に覚えておいて下さい。

 ものすごくざっくり言うと,複素数のうち我々が見慣れた普通の数字である実数は振幅を,想像の世界である虚数は位相を表すように割り当てるとすごく便利になりました,と思ってもらってよいと思います。


 さて,VNAは,コイル,コンデンサ,抵抗を含む回路を調べる機械です。入り口に信号を入れ,どんな信号が返ってくるかを調べて,その回路の素性を調べてやろうというものです。

 コイルやコンデンサが相手ですので,入力は交流でなければなりません。また,回路の入り口の抵抗(インピーダンス)がVNAの出口のインピーダンスと一致していないと,反射が起きて信号が戻ってきてしまいます。これは高校の物理で習いますかね。

 難しいという人は,長縄を柱にくくりつけて,片側の手を揺すって波を1つ送り込んで下さい。おそらく波はつつーっと長縄を走り,柱にぶつかって跳ね返ってくるでしょう。これです,これ。

 もし,柱にくくりつけるんではなく,別の人に持ってもらい,一緒に手を動かしてもらえたら,跳ね返ってこないです。これがかのインピーダンスマッチングです。(おおっ)

 VNAは,こういうことを調べながら,どういう回路かを見極める測定器なのですが,これまでは振幅なら振幅だけ,位相なら位相だけしから調べることが出来ませんでした。

 例えばフィルタを調べるなら,周波数ごとの振幅を調べれば通過帯域がわかります。しかし,位相がどうなっているかがわからないと使い物になりません。

 これを一気に一発で調べるのが,VNAなのです。

 VNAでは,回路をブラックボックスとし,入口と出口の2つの口に,信号を入れたり出したりして,4つの測定値を得ます。

 入り口に信号を入れ,入り口から跳ね返ってくる信号の比率,入り口に信号をいれ,出口に出てきた信号の比率,出口に信号を入れ入り口に漏れてくる信号の比率,出口に信号を入れ跳ね返ってくる信号の比率です。これをSパラメータと呼んでいます。

 本物のVNAではこの4つを一気に測定し,中の回路がどうなっているのかを明らかにします。後述しますが,NanoVNAでは,このうち2つしか調べることが出来ません。

 まあ,ここまでわかればとりあえずよし。

 スミスチャートについては,見た目のアレ具合がアレなのでアレなんですが,わかってしまえばなんと言うことはありません。

 とりあえず,測定器の出力インピーダンスと一致した抵抗を繋ぐと,チャートのど真ん中に点が出てきます。抵抗の値が違ってくると点が左右に動きます。

 コンデンサが入ってくると点が下にずれてきます。コイルが入ると今度は上にずれてきます。そして周波数ごとにこの点をいくつも書いていくと,その回路にどんなコンデンサがいて,どんなコイルがいて,それらの周波数ごとの特性がどうなっているかが,手に取るようにわかるわけです。

 先程,インピーダンスマッチングの話をしました。出力と入力のインピーダンスが一致していると反射が起きない,つまり入れた電気が無駄なくすーっと全部入ってくれるわけですが,これってスミスチャートでいえば,チャーのど真ん中ですよね。

 なので,VNAを使ってスミスチャートを描いてみて,その点が使いたい周波数でど真ん中に点が集まれば,見事にインピーダンスマッチングが出来ているとわかるのです。

 どうです,すごいでしょ?

 さてさて,そんな盆と正月が一度に来たようなめでたいVNA,私はかつてRFワールドという雑誌で斡旋していた,PC接続型のVNAである,ziVNAuというものを買っていました。15000円もする校正キットも一緒に入手していたのですが,今ひとつピンと来ないまま,ほとんど使わず放置していました。

 やっぱりよく分からなかったということと,触っていて楽しいと思えなかったからです。

 そこへ,このスタンドアロンのNanoVNAです。これを使えば,VNAをもっと楽しめるかもしれないと直感が働き,買うことにしたのです。

 NanoVNAは,もともとそのRFワールドにも寄稿するようなベテランのエンジニアの日本人が数年前にコツコツと作られたものなのですが,オープンソースにしたことで中国の業者が安価に作って売っています。

 これをけしからんと見るか,よくやったと見るかは人それぞれですが,私はこれが法に触れない限り,よくやったと言いたいです。

 さて,届いたNAnoVNAはシールド板を備えて,ABS製のケースに入っています。ファームもその時最新のもので1.5GHzまで測定出来るという触れ込みです。高周波はややこしいので,ケースに入ってシールドがされているものを,少し高くても選ぶべきと思います。

 7100円だったと思うのですが,校正キットまで含んでこの値段ですからね,びっくりです。

 NanoVNAはSi5351Aを発振器に持ち,50kHzから300MHzまでをスイープして解析を行います。300MHzから900MHzまでは3次高調波を,900MHzから1.5GHzまでは5次高調波を使って測定するのですが,基本波を除去しないので,そこは注意が必要です。

 ダイナミックレンジは70dB程度で,本物のVNAにはかないませんが,それでもそのあたりをよく分かって使えば十分です。

 測定出来るSパラメータはS11とS21のみ。2ポートのVNAで必要最低限とも言えますが,S11だけでもSWRを見る事が出来ますし,S12やS22はアクティブデバイスを測定しない限り必要性は低いと思いますし,ちょうどいい割り切りでしょう。

 ついでに言うと周波数スイープの測定点は108しかなく,かなり荒い印象です,これだとちょうど変化が大きくなる周波数を見逃してしまうかも知れません。

 そうやってあれこれとnanoVNAを触っていると,あっという間に4時間くらい経過していることに気が付きます。まさに時間泥棒,特に何かを測定しようとか,なにかを調べようと思っているわけではないのに,これだけ面白いと思えるのも久々です。


 で,S11を測定する機能でアンテナアナライザにするというのはVNAの定番です。S11は反射ですので,SWRはもちろん,マッチングの具合もスミスチャートで見られるというのですから便利なことこの上なしです。

 手元にあった,多バンド対応のロッドアンテナを繋いで,遊んでみました。長さを変えると共振点が変わり,SWRがが小さくなる部分が変化します。使うバンドによって長さを調整するという根拠が眼で見てわかります。

 次に,FMアンテナの向きを調整する装置としての活用です。これはS21にポートにアンテナを繋ぎ,レスポンスを見るということで可能になります。いわばスペアナ代わりなのですが,スペアナと違って絶対値が測定出来ませんので,あくまで相対的なレベルの大小で済むような用途,今回のようなアンテナの向きを確かめるような場合にのみ有効です。

 まずがSGに繋いで,ちゃんとS21が動くかどうかを見ます。最初はスパンが大きく,上手く中心周波数をつかまえる事が出来なかったのですが,上手く調整するとちゃんと信号の周波数でスパッと縦線が立ち上がって来ます。よしよし。

 周波数変調をかけると,ちゃんとかけた分だけ側波帯が広がって表示されます。立派にスペアナとして機能しているようです。

 今度はFMアンテナを繋いでみます。そうするといくつかの周波数でピークが確認出来ます。そう,放送局をちゃんと拾い上げてくれています。こういうのをバンドスコープというんだそうですが,どこに受信すべき信号が出ているかを視覚的に見せてくれるので,アマチュア無線では便利なんだそうです。

 こうしてみると,80.0MHz,81.3MHz,そして82.5MHzと,主要な放送局がちゃんと入感しています。それぞれの強度が最強になるようにアンテナ向きを調整すれば安心です。(まだやってませんけど)

 さらに,PCソフトを使って外部から動かしてみました。PCのソフトには2種類あるのですが,私はnanovna-serverというものを使いました。

 あくまでUI部分をPCで行うだけのものですが,それでもチャートを重ねるのではなく別々の図として出してくれるを見やすくなり,なかなか便利だと思います。


 ということで,価格以上の価値を持っていると断言出来るNanoVNA。いろいろ制限はありますし,そもそも帯域も狭いと思いますが,一応使い物になる校正キットも込みでこの値段というのは破格で,興味があるなら迷わず持っておくことをお奨めしておきます。

 高周波が苦手なあなたも,スミスチャートも複素数もさっぱりなあなたも,何はともあれNanoVNAを触って見て,実際に体験する中で理解を深めてはいかがでしょう。

 

Rollei35LEDの完結


 私は医者でも専門家でもないし,生き物はずっと苦手だった人なのでさっぱりわかりませんが,とにかく見えない存在であるコロナウイルスに戦々恐々とする毎日です。

 私のような持病もなく,。酒も煙草もやらないおっさんでも怖いのですから,お年寄りや持病をやむなく抱える人にとって,これがどれほど恐ろしい存在あるかは想像に難くありません。

 なにせ死ぬかも知れない,死なないけどとってもしんどい,と言われている上,ワクチンがない現在かからない方法は感染しないようにする事以外にありません。加えて,かかってしまえば自然に治るのを待つしかありません。

 これを風邪の一種だと言ってしまうのはたやすいですが,肺炎に進行し,あっという間に重篤化してしまうというのはやっぱり風邪ではありません。

 家でおとなしくしていることしかない現在ではありますが,永遠に家から出ないわけにも,人と会わないわけにもいきません。

 やがて緊急事態宣言も解除されて普通の生活を少しずつ取り戻すのでしょうが,そうすれば自動的に感染してしまうわけですから,医療崩壊が起こらないようにすることが最も大事なことではあるとはいえ,個人レベルで見ると命のリスクと闘病の苦しさはなにも変わりません。

 ここで私は袋小路にはいってしまい,新型コロナウイルスに怯えてしまう本質が命の問題である事に改めて気付かされてしまい,私の足はすくんでしまうのです。

 閑話休題。

 そんなことは今あれこれ考えていても答えは出ません。

 出ませんので,仕掛かりとして気がかりであった,Rollei35LEDを仕上げます。

  Rollei35LEDは,私にとってはなかなか解決しない難問の1つでした。安くて手軽,露出計も高性能なRollei35LEDをレストアしたのはいいのですが,レンズが完全にダメになっており,コーティングを剥がしただけでは足りず,クモリを取り除くために前玉をセリウム入りの研磨剤で研磨まで行っています。

 一応それなりに写るようにはなっていますが,張り皮もすぐに浮いてきてしまいますし,手にした感触も悪くて,今ひとつ手が伸びない可愛そうなカメラになっていました。

 なんといってもレンズが3枚のくせに良く写ると評判のトリオターが,私にその実力を見せてくれてはいません。レンズを研磨した時点ですでにそれは無理な相談となっているのですが,鬼門と言われた露出計が完調であることを考えると,やっぱり普段使いにしたいもんだなと思う訳です。

 そこで,安いジャンクのRollei35LEDを普段から探していたところ,4000円ほどでジャンクを手に入れました。完全に壊れていて撮影は無理なのですが,ケースに入っていたせいでそれなりに程度は良く,レンズも綺麗(にみえた)だったのです。

 ただ,なんとなく気が進まず3ヶ月ほど放置していたのですが,ふとしたことからレストアを再開することにしました。

 ニコイチにすることはもう決まっていたのですが,問題はどちらを残すか,そしてどれくらいの部品を融通するか,という話です。

 まずは新しいジャンクのRollei35LEDの程度を分解してきっちり確認します。

 まずレンズです。綺麗だと思っていたレンズですが,前玉の裏側にクモリのようなものが出ています。まるで砂粒のような点々がいっぱい出ているのですが,ガラスの劣化でしょう。この段階でかなりがっかりです。

 シャッターや絞りそのものは問題なし。しかし,シャッターのバネは破断していました。

 ひどかったのは電池周りで,水銀電池が派手に液漏れしており,バッテリーケースが開きません。電池端子も溶けてなくなっていますし,ファインダーの周辺まで見るからにやばそうな水色の結晶がへばりついています。

 あと,落下したと思われる後が上カバーにあります。Rollei35LEDの骨格はプラスチックなので落下しても割れていなければゆがみに強いと思うのですが,無理に使うこともないでしょう。

 結論としては,レンズユニットだけを使い,古いRollei35LEDに移植することになりました。

 そうと決まれば作業は簡単です。サクサクと分解し組み直します。無限遠を出し,シャッタースピードを確認し,露出計の精度も確かめます(Rollei35LEDは絞りと連動するので,レンズユニットを交換したら露出計にも影響が出るのです)。

 張り皮も新しいジャンクから移植します。あと下ケースも新しいジャンクの物を使います。程度がいいですからね。

 そうして完成した新生Rollei35LED。早速試写しますが,悪くありません。

 手放しで褒められないのは,研磨した古いレンズでも,このくらいの画像が得られたよなあと思ったからです。

 Rollei35のテッサーと比べると,やはり一目瞭然なのです。

 研磨前のレンズと比べると,さすがに研磨前がいかにひどかったかわかるのですが,研磨後もそんなに悪くなく,当時研磨してこれなんだから,オリジナルはもっとすごいに違いないと思い込んでいただけに,今回の結果は期待が大きすぎただけに,ちょっとさみしい印象を受けたのです。

 繰り返しますが,悪いわけではありません。次第点だと思いますし,今回はモノクロフィルムですので発色はわかりません。またコーティングが健在なことによる有利さは,逆光の条件下で撮影していないのでこれもよくわかりません。

 さいわいなことに,前玉に見られた点々の影響はほとんど見らないように思います。

 要するに限定的な条件でそれなりに写ります,と言うことがわかっただけの話であって,テスト撮影といっていいか,書いていて自信がなくなってきました。

 とはいえ,張り皮が綺麗になり,触った感じも手に馴染んで気分がいいというのは,心理的な影響がとても大きいです。目に付けばついつい手にしてしまう手軽さというのは,私がRollei35LEDに求めていたものです。

 露出計の動作は以前よりも快調になりました。以前はレンズユニットに内蔵されていた絞りと連動する可変抵抗が劣化していて,露出計がちらついてしまいましたが,今回はこれも修理されているので,露出計が安定して動作するので,とても気分がよいです。

 そんなわけで,これでRollei35LEDは決着とします。カラーフィルムを使うこと,もっといろいろな条件で撮影すること,粒子の細かいフィルムを使うことで,今後このカメラの良さも悪さも見えてくることでしょう。

 普段使いのRollei35として入手したRollei35LEDですが,こんなに手こずるとは思えませんでした。その上,やはりRollei35とは全然別物であって,これを代用品に使うことは無理と悟りました。これはこれ,Rollei35LEDとしてきちんと使わないとダメだと考え直しました。

 

Cherryの赤軸

  • 2020/04/13 14:38
  • カテゴリー:散財

 キーボードというのは宗教のようなもので,自分のためにこだわることに労力を厭わない性格の物です。

 配列は言うに及ばず,ストローク,重さ,キーの高さやキートップの形状に至るまで,こだわる人は徹底的にこだわる世界です。

 まあ,長年キーボードと共に生きてきた人に取ってはとても大事なことというのも理解出来ますが,一方でどんなキーボードでも文句を言わずにスラスラ涼しい顔で打鍵する人をかっちょいいなと思う事もしばしばで,私もできればそういう人になれればなと考え方にちょっと変化が生じてきたこの頃です。

 私の個人的な趣味に誰も興味はないでしょうが,もともとラフで,しかも正しいタイピングをしない私は,キーボードを快適に使うための許容範囲が極めて狭いといえて,正確で正しいタイピングを体得している嫁さんなんかは,ノートPCのヘコヘコキーボードでも文句を言わずに使いこなしています。

 でも,意識や思考と文字との間には大きな壁があり,この1つにキーボードがあることは否定のしようがありません。理想的にはキーボードを意識しないことが重要なわけですが,そのためには長年使い込むことが必要だと思います。

 よく,心地よいタイピングとか,打鍵感が優れているとか,そういう話がありますが,それはあくまで長く使い続けるための条件であって,それが目的になってしまうとまずいです。

 私は長く使い続けられるものとして,東プレのRealForceを20年ほど前に奮発して買いました。耐久性と嫌にならない打鍵感,そしてできるだけ小さいもを選ぶ事で環境の変化にも追随できるようにと,テンキーレスの日本語を買いました。もちろん長く使えて,マシンを選ばないUSB接続です。

 おかげさまでこのキーボードは手に馴染み,もうこれ無しでは思考にノイズが混じってしまうほど気に入っているのですが,あくまでこれは仕事用,会社で使う物としてずっと私と共にいます。

 しかし,昨今のテレワークの状況が,話をややこしくしています。

 1ヶ月ほどでまた会社で仕事をすることになるだろうと高をくくっていて,キーボードは持って帰らずにいたところ,出社可能になるのがいつになるやら目処も立ちません。

 RealForceを買う前に,HappyHackingKeyBoardLiteを買って試した事があり,今ではすっかり使わなくなったHHKBLiteを引っ張り出してしのいでいましたが,やはり当時使うことをあきらめたのと同じ理由が今回も断念,急遽新たなキーボードを探すことになりました。

 家族がいる場所でのタイピングですので出来れば静かな物がいいですし,仕事用のノートPCで使いますから小さい物が望ましいです。テンキーは邪魔ですが,しっかりしたストロークがないと嫌ですし,剛性感がなくてたわんでしまうような物ならノートPCのキーボードをそのまま使うのが一番です。

 とはいえ実際に店頭で触って試すのは今は自殺行為ですし,そもそも外出できません。ならばすでにある程度分かっているものから選ぶほかありません。

 同じRealForceを買えばいいんですが,大変高価です。どうしたものか考えたところ,ここはやっぱりCherryのメカニカルキーボードだろうという話になりました。

 Cherryはドイツのキースイッチのメーカーで,PCに詳しい人ならおそらく誰でも知っているでしょう。古くからこの世界に君臨する老舗の1つであり,すでに生産をやめた日本のアルプス亡き後,我々の期待に応えてくれる唯一のメーカーと言って過言ではありません。

 私が持っている最古のCherryのキーボードは,1983年のEPSONのHC-20で,これは大変素晴らしいキーボードです。状況が許せばこれをUSBにして使い続けたいと思うほどですが,近年特許が切れたとかでCherryのキースイッチの互換品が出回るようになっています。

 Cherryのキースイッチには様々なバリエーションがあり,それぞれ軸の色が異なっていることは有名です。

 かくいう私はかつて,RealForceに出会う前にCherryの青軸を使っていました。これはうるさく,キーボードマイコンのバグもあって私の手に馴染むことなく,他の人に譲ったのですが,当時の私はアルプスの代表作であるAppleExtendedKeyboardIIを使っており,これを基準としていました。

 あれこれ悩んで結局RealForceに落ち着いたわけですが,この時Cherryのキースイッチに対する印象は良くないものに固まってしまい,以後手に取ることもなかったのです。

 しかし,今回はそうも言ってられません。クリック感がなく,できるだけ柔らかい打鍵感覚がRealForceに近いと考え,赤軸から選ぶ事にします。

 ちょうどセンチュリーのBlackQueenが特価しており,これを買うことにしました。今まさにこれでこの文章をかいています。

 この手のキーボードには一定の需要があり,それこそHHKBが登場した30年も前から選択肢としての地位を固めていますが,常に問題となるのは減らされたキーをどうやって入力するようになっているか,です。

 キーを減らすのですから,使用頻度の低いキーから削られていきます。問題は,その使用頻度が人によって違う事です。

 削られたキーはFNキーとの併用で入力しますが,このFNキーの場所も決まっておらず,親指で慣れたと思ったら別のキーボードでは小指だったりと,なかなか面倒な話がついて回ります。

 で,今回のBklackQueen「CK-63CMB-RDJP1」です。

 すでに生産を完了した商品で,入れ替えのために実売8000円ちょっとと値下げされていました。Cherryのスイッチであることを明確にしているので,安くとも中身は確かでしょう。

 その点での心配は全くなかったのですが,心配だったのは配列です。私はカーソルキーやPageDown,PageUpを多用しますし,DELキーもBSと使い分けています。ショートカットもよく使うのでCTRLキーの場所には敏感です。

 いやいやカーソルキーなんて邪道でしょうというなかれ,特定のアプリではなく,OSの標準機能としてカーソルをどうやって動かすかは,いちいちマウスに手を伸ばさないといけないことの面倒さを考えると,とても重要な事なのです。

 FNキー併用というのはカーソルキーについてはちょっと厳しいなあと思っています。SHIFTキーと併用で文字選択とか普通にやりますが,そうすると3つもキーを押さないといけないので,コンビネーションを体が覚えるまでとても大変です。

 また,PageDownやPageUpが中央付近にあると,片手でスクロール出来ないのでこれもなかなか面倒。

 このキーボードはそれでもできるだけの配慮はされていて,カーソルキーは右側のADWS以外にl:p;でも入力出来ます。同じようにDELキーもFNとBS以外にFでも入力可能です。

 ARROWモードというモードに入れば右下のキーをカーソルキーとして使うことが出来るようになりますし,厳しい制約でもできるだけ使いやすくしようという工夫はうれしくなります。

 惜しいのは,音がかなり大きいという事。これはCherryのスイッチ全般に言えることですが,押し込んだ時の底を打つ音に加えて,戻った時に天井に当たった音がかなり大きいのです。だから,1ストロークで2回の音が出てくるわけで,これがうるさいと感じる要員ではないかと思います。

 でもさすがにCherryの赤軸です。ソフトな押し込み感には吸い付くような魅力があり,長時間のタイピングにも疲れが出ません。私は柔らかいキーボードが好きなのです。

 スペースキーやリターンキーなどの大物は,いい加減なキーボードだと押す場所によって沈み方が違ってくるのですが,このキーボードは特に大物でのしっかり感がよいです。一般のキーよりも押し心地が良いくらいで,スペースキーやリターンキーが自己陶酔の発露である事を,とてもよく分かってらっしゃるんじゃないのかと思います。

 剛性感も十分にあり,強いタイピングでもたわみません。キートップの形状も悪くないですし,塗装もなかなかよいです。でも,きっとこれすぐに剥げてしまうでしょうね。

 いくつかのキーバインドは底面のDIPスイッチで修正可能で,1キーの隣をESCにしかりCAPSLOCKとCTRLを入れ換えるという定番から,FNキーの入れ替えまで,いくつかの設定が可能です。

 完全に自分の好みに出来ないもどかしさがありますが,そこはギリギリ譲歩できるところまで設定可能です。随分熟慮したんじゃないかと思います。

 で,最後に触れないといけないのがLEDです。

 私個人はこういう電飾は全然必要性を感じず,どうせ使わないんだから良いも悪いもないというスタンスだったのですが,それもこの手の電飾が下品な物だったからで,今回のキーボードの電飾は,アンバーについてはなかなか良い印象です。黒とアンバーというのはとても精悍でよく似合う配色だと思います。

 色もそうなのですが,この電飾のありがたいのは,キートップの側面にあるFNキー併用の機能が良く見えることです。この部分は影になることが多く,電飾がないと見えにくい物なのですが,実はこここそ見えて欲しい部分です。一般キーは覚えていますので一々見ませんわね。

 ということで,ここまで打ち込んだことでようやく慣れてきました。

 まだBSキーの位置が変わっているのに慣れておらず,変換前の入力ミスにBSで訂正をしようとしてリターンを押してしまい確定という事故が多発してイライラしますが,それも大分慣れてきました。

 うるさいことが問題だとは思うので,周囲の理解が必要ですが,それさえクリアすれば非常に好感触です。以前使っていたCherryの青軸はロールオーバーが今ひとつで入力の取りこぼしが散々ありましたから,それがないというのもありがたいです。

 ここまで使えるキーボードなのですから,あとは体が慣れていくことを期待しましょう。迷っていましたが,結果としては言い買い物が出来たと思います。

 

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