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富士フイルムがフィルムフィルムメーカーでなくなる日

 少し前から噂になっていた,富士フイルムの黒白フィルムと黒白印画紙の販売終了が公式にアナウンスされました。

 やはりフィルムが深刻で,最後の砦となっていた135と120のネオパン100ACROSが今年10月に出荷終了となります。

 ISO100の白黒フィルムというのはとにかく写真の原点ですが,個人的にはこれほどその役割が変わってきたフィルムもないんじゃないかと思います。

 ISO100でも高感度,超微粒子と呼ばれたその昔,最新技術としてもてはやされました。やがて日常に使うフィルムとなりもっとも身近な存在となります。ネオパンSSといえば,戦後のカメラブームを支えた立役者です。

 カラーネガが普段使いフィルムになると安価で自家現像ができるメリットから,写真の学校や学校の部活動で入門用に避けて通れない存在になりますし,現在のようにデジタル全盛になると,白黒でしか表現出来ない芸術性であるとか,長期保存性の高さから重要なアーカイブ用にと,役割が変わってきています。

 色情報を持たない写真がそれでもしぶとく生き残っているのが不思議なくらいですが,やっぱり白黒には白黒の良さがあります。

 ただ,これを産業として維持することは現実的に不可能なほど,需要が減っているのも想像に難くありません。具体的な数字を見ているわけではありませんが,フィルムを死に追いやったデジタルカメラが,スマートフォンによって急激に数を減らしているというのも,因果な話です。

 とはいえ,フィルムも印画紙もこなれた工業製品といえますし,コストを考えなければ手作り出来るものでもあるので,数を絞れば細々と続ける事が出来るんじゃないかと思います。そもそも,製造が始まった頃のフィルムの需要は非常に少なかったはずです。

 なので,ちょっとうがった見方をすると,富士フイルムの公式リリースにある「需要の継続的な減少により安定的な供給が困難になった」というのは,彼らの事業規模において採算を維持できる数を割り込んだ,と言うことであり,もっと少人数,もっと小さい工場,もっと小さな規模なら,生産を終了することはなかったのかも知れません。

 なら規模を小さくしろよといいたいところですが,そこは工業製品である以上,ある程度の規模がないとダメで,こういう化学製品はそれなりの規模で一度に作らないと,製品の品質も安定せず,コストも下がりません。想像ですが,富士フイルムの製品はどれも高品質,高性能で,規模を小さくするとこれらを維持できなくなってしまうのでしょう。

 もっと現実的な話をすると,すでに白黒フィルムでは儲からないわけで,今後事態が好転するとは考えにくいです。すでに余計な費用はかけられない状態であり,規模を縮小するために設備を変更したり,あるいは製品の性能を変更したりと言った後ろ向きな変更でもお金がかかってしまうわけですから,何もせずにやめる,が最善策であるという考えに,反論しにくいものがあります。

 おそらく,事業の売却や移管なども検討されたのではないかと思いますが,文化を支える,ファンを支えるという理由で火中の栗を拾うような人は少ないわけで,このあたりが工業製品でありビジネスであるフィルムの限界かなと思うのです。

 とはいえ,ホビーとアートとしての銀塩写真は必ず残ります。経済的合理性だけでいえば,どう考えてもデジタル写真の勝利ですが,経済的合理性など問題にせず,面倒な事をむしろ楽しむのがホビーでありアートです。そこに楽しさがあったり,手間をかけないと手に入らない「何か」があれば,ずっと支持されるはずです。

 あまりに昔の話で的確とは言えないのですが,その昔,画家というのはお金持ちの肖像画を描くのが仕事でした。しかし写真の発明によって,彼らの生計を支えた肖像画の仕事はほぼ消失しました。

 写真によって高価な肖像画しか選択肢がなかった時代が終わり,誰でも自分の肖像を残し,家族の記録を残すことの出来る大衆化の時代がやってきましたが,では食い扶持を失った画家はどうしたかというと,写真では出来ない表現を編み出して,写真と対抗(共存)する道を模索したわけです。

 そして,現在も絵画は芸術として残っていますし,画家を目指して頑張る人も絵画を趣味に嗜む人も多くいます。

 きっと銀塩の写真も同じでしょう。肖像画や日常の記録と言ったマスを狙えるマーケットはすでにデジタル化が完了しました。でもフィルムでないと出来ない事,フィルムの写真を楽しむ人は,必ず存在し続けるでしょう。

 大きな需要に応えるための製造設備は,現在の縮小した市場では維持できないかもしれません。しかし,世界中にまだまだ小さなフィルムのメーカーは存在します。だから,私はあまり悲観的に考えていません。

 ただ,富士フイルムの撤退はもう少し後で,まだその良質なフィルムは安価に手に入るものと思っていました。そのための作戦として,消費期限を延ばすということも考えてくると思ったのです。

 ご存じのように,フィルムも印画紙も化学製品であり,製造時点から時間の経過と共に劣化の進む「生もの」です。たくさん作っても期限が切れてしまえばゴミになります。

 今の生産規模ならたくさん作られることは避けられず,一方で売れる数は減っているので,かなりの数が廃棄されてしまう現状があります。ならば10倍の価格に出来るのかといえばそれも出来ない,と言う八方塞がりが製造中止の理由であるなら,期限を2倍3倍に延ばし,販売店を絞って市中の在庫を減らすという作戦は,なかなかいい方法だと思ったのです。

 口では簡単に言いますが,期限を延ばすのは昔から検討されていたことでしょうし,難しい事だったのだと思います。

 技術力も高く,かつ商売上手な富士フイルムなら,技術的な工夫と他の事業で稼いだお金で銀塩写真を支えてくれるものと思っていただけに,あっけないもんだなあと思います。

 2006年に富士フイルムは銀塩の生産継続を発表した際に,「写真文化を守り育てることが使命」と宣言しています。文化を語っておきながらわずか12年でやめます,というのはちょっとずるいというのが,おそらくこのモヤモヤの原因でしょう。

 一方,公式リリースには出てきていませんが,実は現像剤などのケミカル用品は,まだ当分製造が続くという話です。富士フイルムのケミカル用品は安価で性能が良く,どこでも手に入るという素晴らしいもので,私も随分お世話になりました。

 いずれ自然になくなっていくのだろうと思いますが,それでも「やめます」とこの機会に宣言しなかったことに,私は安心しましたし,富士フイルムの良心に感謝したいと思いました。

 こういう話をすると,自分との関わりを書くものなんでしょうが,実は私は白黒のフィルムはコダックのユーザーだったので,フジのネオパンはほとんど使った事がありません。ネオパンはあまりに凡庸で,わざわざこれを使う理由がなかったということと,中高生にありがちな話ですがコダックの方が格好いいと勘違いしていたからです。

 印画紙もフジではなく,月光(私の時はGEKKO)を好んで使っていました,

 とはいえ,1980年代から90年代は日本の工業製品が圧倒的な性能と持った時代です。カラーフィルムはどう転んでもコダックよりフジの方が性能が良く,反骨精神あふれる当時の私をもってしても,フジのカラーネガを選ばざるを得なかったのです。

 コダックはコダクロームを持っていて,フジは結局外式のリバーサルには参入しなかったですから,コダックが選ばれる理由にはコダクロームにありました。しかしそのコダクロームは戦前の生まれであり,新しい製品や技術で選ばれているわけではありませんでした。

 こうなると,次はカラーフィルムがいつまで残るのか,心配になります。カラーネガフィルムについていえば,フィルム単体の話ではなく,現像とプリントを安価に短時間に,しかも失敗なく行う仕組みがインフラとして維持されています。

 しかしそれも,需要の減少によって20年前のようにはいかなくなっています。

 現像液などの薬品は保存が利かず,次々と現像やプリントが行われないと低コストを維持できません。だから廃業する写真屋さんが相次いだのです。

 まず最初に,こうした当たり前だったインフラが崩壊し,気が付いたら現像とプリントに2週間かかると言われるようになるでしょう。価格も高騰してしまうでしょうし,品質も安定しないかも知れません。

 その後,フィルムと印画紙,薬品の製造がなくなるでしょう。

 それがいつになるのか,私も少し気にしておきたいと思います。

 お,ヨドバシで注文した「FUJICOLOR SUPERIA PREMIUM 400」の3本パックが届いたようですよ。CLEとSuperAに詰め込んで,1枚1枚大事に撮影してみましょう。

 

 

痛い体は邪魔

 最近,自分の体の具合が良くなくて,すっきりしません。

 以前から体は邪魔で,意識だけ(精神だけ)で生きられればなんの心配もせずにいられるのになあと思っていましたが,これまで特に大きな病気をしたこともない私としては,劣化していく自分の体にありがたいという気持ちはあまりなく,肉体など所詮器であり,大事なのは人が人であるための精神や意識,人間性であるという気持ちがかなり強くなっています。

 とはいえ,現段階で肉体を持ち,これを器にしている以上,器の破損は困るわけで,痛いのも気分が悪いのも動かないのもなんとかしたいと思う訳です。

 今出来ていること,今感じていること,今面白いと思う事の大半がちゃんと維持できるのであれば,特に肉体にこだわらないというのが私らしいと思うのですが,まだまだそんなのは先の話になりそうです。やっぱり,人間は人間である前に,動物であり生ものなんだなあと思います。あー面倒くさい。

 閑話休題。

 そんな私の肉体ですが,特に大きな病気もせず,大きな爆弾もなくこれまで生きてきて,それが当たり前となっているためか,体をあまり大事にしているとは言えません。体を機械にたとえて考える癖が付いていますが,あまり大事にして使わないで置くとかえって傷んでしまうということで,日常生活はラフです。

 そのせいか,お腹の中は大丈夫なのですが,運動に関する部分で頻繁にトラブルが出ています。腰痛はここにも何度も書きましたが,今は首と肩に困っています。

 事の起こりは3月5日の朝です。

 朝4時頃に,首の激痛で目が覚めました。これは尋常じゃないと思うほどの痛みで,右の首から肩甲骨のあたりまで,広範囲でかなり痛いです。

 違和感は痛みだけではありません。右の力が入らず,素早く動かす事が出来ません。石鹸で手を洗うとき,あるいはタオルで拭くときに右手を左手で包むようにしますが,こうすると右手に力が入らず,全く動かないのです。キーボードも満足に打てません。

 しかも,横になると痛くて,眠ることが出来ません。どうにか痛くない姿勢を見つけたりしても,夜中に激痛で目が覚めます。これはつらいです。

 5,6,7日と出社しましたが,日に日に痛い場所が変わり,また痛みの程度も一定ではなくのですが,とにかくじっとしていても痛くて,気分が悪くなる始末。昼休みに貼り薬を買って張りましたが気休めです。

 とうとう我慢できなくなり,このままではまずいと8日に会社を休んで病院へ行きました。いつのの整形外科が木曜日に休診しているので,あいている病院を探していきました。

 とにかく痛みを取ってくれとお願いすると,レントゲンのあとにいわゆるブロック注射を3本,バンバンバンと売ってくれました。ロキソニンなど痛み止めがでて帰宅しましたが,痛みは全然消えません。あげく,電気治療とかいって,低周波治療器の強烈な奴をされて,ますます痛みが増しました。

 そして,まずいのは痛みに影に隠れている,しびれです。しびれも度を超すと,鈍痛になるんですね,だから痛みだと思っていたし,あちこち痛くて仕方がなかったわけですが。後に痛みが取れてくると,実はしびれだったことがわかったりします。

 10日ほど様子を見て再度同じお医者さんに。この時には痛みが少し治まっていて,本当に痛い場所が特定出来るようになっていました。場所は首の付け根の部分で,右側の方の背骨の近くです。

 首を上げることも出来ず,右に回すと痛くて,しびれも強くなります。

 お医者さんは,この痛い部分に1本だけブロック注射をしてくれました。これはよく効いて,痛みがなかり和らいでいます。

 そして,しびれがある事を伝え,右手が握れないという話をすると,握力を測定することになりました。左は約50kg。一方の右手はわずか20kgです。

 いろいろ確認してくれましたが,結論は,どうもレントゲンの写真から,首の骨が神経を押しつぶしているんじゃないかという話になりました。

 ここから神経や筋肉を修復するビタミンB12を追加し,様子を見ることになりました。

 ちょうど1ヶ月経過した現在,痛みはかなり和らいでおり,仰向けになることも出来ますし,日常生活で痛みを意識することも減ってきました。

 しかし,しびれはずっと残っていて,親指の先がピリピリします。

 力が入らないのもかなり良くなってきました。以前はカメラを右手で持つことが出来ず,手首が萎えてしまったのですが,今は力が入らない姿勢は限られていて,そこだけ気をつければカメラも握れます。

 どうも鍋を持つように握ることが出来ないようです。

 先週土曜日の握力は22kg。ほとんど回復していないとお医者さんはいっていました。

 気になってamazonで安い握力計を買って毎日調べていますが,ようやく20kg後半になってきたところです。

 とまあいうわけで,神経をやられ,悪化すると,動かないつかめないだけではなく,おしっこを漏らしたりするそうで,さすがにそうなると手術です。

 結局の所,日常生活に支障があるかないかで治療方針が決まるのが医療な訳ですが,私の場合,痛みは取れているし,しびれも悪化せず,ちょっとずつでも改善しているようですから,そんなに積極的な治療はせず,気長に経過を見ましょうということになっています。

 痛みがひどいとき,悪化するかもしれないことに怯えていたとき,精神的に参りました。こういうとき大事なのは,ほんの僅かでも改善の兆候が見られること,良くなっていることを体感することです。

 そうすると,明日への希望が持てます。朝起きるのが楽しみになります。

 単なる肩凝りや筋肉痛ではなく,骨に神経を挟んでいるんですから,放置していては完治しないでしょう。そういう意味ではこの状況と上手に付き合っていくことになります。そういう割り切りが出来るくらいに痛みもしびれも軽くなってきて,ようやくにして気分が楽になってきました。


 で,今朝,持病であるぎっくり腰をまたやってしまいました。動けないほどひどいものではなく,歩けるので助かっていますが,気分はもう最悪です。

 右の白目が出血して真っ赤になり,まるで魚を捌いたときの,はらわたのような赤黒い目をしています。6歳の娘に「怖いからこっち見るな」と言われた時には,ちょっとへこみましたが,自分で鏡を見て「さもありなん」と思いました。

 なんかねえ,つくづく体が面倒くさいです。これがないと意識を維持できないから大事にしますけど,他に選択肢があるんなら,そっちも検討しますよ。

 なまじ体なんかあるから,痛いしかゆいし眠いし,お腹はすくし,食べたからには出さないといけないし,生臭いし,爪も髪もひげも伸びるし,場所は取るし移動しないといけないしで,根本的には体をなくせばいいんだと思います。

 とはいえ,繰り返しますが,人が人であるための意識を入れる唯一の器が体ですので,今は粗末に出来ません。体の維持には手間もお金も時間もかかるわけで出来ればやりたくないし,百歩譲って自動化できるといいなと思いますが,思えば成長過程での生き生きしたその体は,共に生きるのが楽しく,子供の時は体がないといかんなとも思います。

 もう,40歳以降は精神だけで生きられればいいですよ・・・あ,でも,肉体と共に生きる子供を育てないといけないですね。うーん,人間もやっぱり動物だなあ。

 

シグマの17-50mmF2.8を買いました

  • 2018/04/02 12:26
  • カテゴリー:散財

 D300を実用機にする最終投資として,レンズを買う必要がありました。D300の使い方をしっかり決めないと,どんなレンズを選ぶべきか定まりません。

 もし,レンズ交換をしないで幅広い撮影を行うならば,高倍率ズームを選ぶ事になるでしょう。でも,これらは概して暗く大きく,そして画質は凡庸です。

 趣味に走るなら単相点レンズになるのですが,APS-Cで1200万画素でISO1600が限界で,世代的に古いデジカメですから,ちょっと厳しいです。

 なら,普段の撮影は出来るだけ1本のズームで済ませるとして,必要に応じて交換するという普通の使い方を考える事になるのですが,そのズームに何を選ぶかがまた考えどころです。

 まず,焦点距離は35mm換算で28mmスタートは絶対ダメ。そしてそんなに投資できませんので,純正はパス。価格からシグマとタムロンが残りますが,私はシグマに愛想が良く,タムロンとは相性が悪いので,ここはもうシグマを選びます。

 そうすると,テレ端が70mmまでいくか,50mmで止まるかで選択肢が別れますが,前者は最新の設計でUSB Dockにも対応,しかし画質は今ひとつと言われていて,しかも実質F4通しです。

 後者なら設計は古く,USB Dockも対応しませんしデザインも今ひとつですが,F2.8通しで画質にも定評があり,その上安いです。

 F2.8通しで24-70mm相当のレンズが,27000円ですよ。これはなんか問題があっても文句も言えないくらいの,バーゲンプライスです。

 まあ,昨年秋からAFのピントの件で何度も工場送りをしてきた面倒から,USB Dockが使えない事とデザインが古いことは気になるところですが,リニューアルされてもしばらくは価格は高いでしょうし,今の安いレンズがディスコンになるのも惜しいですから,これはもう買ってしまいましょう。

 というわけで,我が家にやってきたのが,17-50mmF2.8EX DC OS HSMです。

 改めて書きますが,F2.8通しで,24-70mm相当(35mm換算)の明るい標準ズームです。実売が26000円ちょっとですが,高級なガラスを使い,この手のズームとしては小さく出来ています。2010年の発売という事なのですでに8年が経過した古いレンズではありますが,その画質は定評があり,シグマらしい解像度を褒めるレビューをよく見ます。

 しかも,手ぶれ補正付き。古い設計なのでその効果は最新のものに比べて弱いといいますが,それでも2段くらいは稼げるので,ISO1600止まりのD300には,明るいことと相まって,大変頼もしいレンズです。

 淡色で解像度重視のシグマは私も気に入っていて,調整のためのメーカー送りも覚悟の上で,このレンズを選びました。

 届いたので試しました。想像以上の良さに大変満足です。

・大きさ,重さ,デザインや質感

 明るい標準ズームとしては小さく,全く問題になりません。重さはそれなりにありますが,それもしっかりした安定感に繋がっていると思います。なにも問題はありません。

 デザインは,かつてのシグマの野暮ったさがもっと強いかと思っていましたが案外そうではなく,金色の帯が目障りですがそれを除けば悪くありません。ちょうど最新のレンズの統一されたデザインに移行する過渡期のものといえるでしょう。

 質感も良くて,手に馴染みます。35mmF1.4|ARTに近い手触りなので,これなら文句なしです。


・使い勝手

 50mmにすると少々伸びますが,それも許容範囲です。私は,伸びたときの不格好さがどうしても気になる人で,それが故にズームは好きにならないのですが,このレンズは伸びると言っても2倍くらいですし,伸びたときにもちゃんとデザインのバランスが考えられているので,好印象です。シグマは随分いいものを昔から作っていたんですね。

 唯一困ったのは,AFでフォーカスリングが回ってしまうことです。いや,回ることそのものは問題ないのですが。AF時にはフォーカスリングに触ってはいけないという制約がとても面倒です。

 ぱっとレンズを構えてAF-ONを押した際に,クークーと変な音がしてAFが動かなくなりました。壊れた!と慌てたところ,なんとフォーカスリングを左手で握っていました。

 これを避けて構えると,どうもバランスが良くなくて,しばらく試行錯誤をしていました。今はもう慣れましたが,こんな面倒な事になるくらいなら,もうフォーカスリングを廃止してくれた方がよいです。

 というのも,ものフォーカスリング,回転角が小さすぎ,MFが実質的に難しく使おうという気が起きないからです。


・画質

 これはいいです。私のはあたりだったと思います。

 どの頂点距離でもジャスピンで,とても高い解像度です。さすがにキレキレという言葉を使うほどのものではありませんが,私が欲しい解像度はちゃんと持ってくれています。

 ワイド端の周辺でちょっとあまいかなと思いますが,絞れば安定しますし,問題ありません。テレ端は切れ味もいいし,ボケも悪くないので使い勝手があります。

 片ボケもなく,歪みも少ないいいレンズなんですが,残念なのは像面湾曲があるのと,周辺での甘さが出ることです。このことで,測距点を動かした時のAFがあまり期待出来ません。

 とはいえ,全然実用レベルで,神経質になる必要はありません。

 色はあっさり,しかしきちんと出ています。これは私の見たままを映すレンズです。Lightroomでの処理でも相性が良く,レンズプロファイルによる補正も違和感がありません。十分使えます。

 ところで,私はあまりボケにはこだわらない人で,主題以外を省略する方法として適度なボケがあればいいと思うのですが,このレンズはあまりボケが綺麗ではありません。

 開放でぼけた背景を見ると,いかにもズームレンズですといったような,ちょっと波打ったような模様のボケが出ています。プリントから少し目を離せば気になりませんし,汚いと言うほどひどいものではないと思いますが,すーっと溶けていくような模様のないボケではないし,徐々にフォーカスが外れていく時のボケの変化が美しいわけではないので,そこは価格相応だと考えた方が幸せになれそうな気がします。


・手ぶれ補正

 手ぶれ補正はやっぱり古くささを感じます。2段くらいが限度ですし,それもいつも効くとは限りません。幸いまだ誤動作や画質の劣化に遭遇してはいませんが,ないよりまし,くらいに考えておいた方がよいと思います。

 それと,AF-ONでは手ぶれ補正は動かないんですね。このレンズに限った話ではないと思いますが,いちいちシャッターボタン半押しは面倒なものです。


・総じて

 Lightroomで現像し,調整して印刷して評価しましたが,このレンズはいいですね。安いのですが,あたりだったようです。

 色も解像度も私好み,D850にも付けてみましたが,とても言い画質で驚きました。もちろん純正のレンズにはかなわないですが,D300の画質で考えればベストマッチだと思います。

 大きさも手頃で手に馴染み,画質も十分。F2.8の明るさに手ぶれ補正,35mm換算で25.5mmから使える広角に70mmまでのテレ端で汎用性も十分ということで,まさにD300にぴったりです。よい買い物をしました。

 感じた事は,D300だとギリギリレンズによる画質の違いを味わえると言うことです。これより古いと,ちょっとレンズの性能差が出にくくなるでしょうね。

 それと,やっぱりD850はすごい。AFの速さもそうですし,画質などはもう桁違いです。AEの精度も素晴らしく,とにかくトータルで圧倒的です。D300もいいカメラですし,レンズの違いが分かるカメラではありますが。実使用にはそれなりに我慢を強いられることもありますから,やはりデジカメは最新機種がいい,ということですね。

 

 

拡大率1.0倍のDK-17Mを作ってみる

 ニコンの純正オプションに,DK-17Mというマグニファイヤーアイピースがあります。拡大率は1.2倍で,やや小さい倍率のファインダーを大きく見せるためのものとして非常に有効です。

 同種のものはニコンにも他社にもありますが,このDK-17Mは高級機にしか用意されない丸窓専用品で,価格は5000円近くもします。

 安いルーペ並みのお値段なので気軽に買えるような物ではないのですが,使ってみた印象は価格に応じたもので,歪みも少なく,非常に見やすくなります。

 欠点は素通しのアイピースに比べて厚みがある事で,当然アイポイントも遠くになります。厚みがあるのはその画質のために,結構分厚いガラスレンズを2枚も使っているからなのですが,この厚みがあるおかげで,鼻が背面に当たらなくなり,LCDが汚れないという点が私にはとてもうれしいのです。

 このアイポイントの違いというのは,些細なことではありながら,顔という敏感な部分にどこが触れるかという大きな違いを生むことになります。このことはDK-17Mを使っていたD800から,使わなくなったD850に移行して気が付いた事です。

 DK-17Mの厚みを持つアイピースがあればなあ,と思ってここまできたのですが,先日D300のアイピースをあれこれいじっているうちに,作っちゃえばいいんじゃないのか,と思い至りました。

 考えたことはとても簡単で,DK-17Mを分解し,レンズを抜き取って,通常のアイピースのガラスをはめ込むだけです。

 とはいえ,高価で使い道のあるDK-17Mを分解してしまうのももったいないし,通常のアイピースも壊してしまうわけですから,なかなかお金がかかります。それに,うまくいくとは限りませんしね。

 ですが,D300で使おうと思っていたDK-17Mが,もともとのファインダー倍率が高いことで使えなくなり,1つ余ってしまったことから,改造にチャレンジしてみました。

・必要なもの
 DK-17M
 DK-17F

 DK-17Mは鏡筒とレンズを固定する枠を使い,レンズは使いません。ですが,いつでも復活出来るように,順番と裏表が分かるように保管しておくことをおすすめします。

 DK-17Fは素通しのアイピースで,フッ素コーティングがされている高級品です。D850の付属品で,私はこの付属品を使ってみました。

 アンチフォグのDK-17Aはガラスではなくプラスチックらしく,ゴシゴシ擦るとコーティングが剥げてしまい,キズも付いてしまうらしいです。今回のような改造ではどうしても汚れたり傷が付いたりしますので,これは避けた方が無難です。

 ノーマルで一番安いDK-17でもいいように思うのですが,肝心なことはこのガラスが簡単に外れるようになっていることで,DK-17がガラスをどうやって固定しているかがわからないため,おすすめしません。

 というか,D850に使うんですから,本体標準以下の性能になったらだめでしょう。


・改造手順

(1)まず,DK-17Mを分解します。レンズの分解によく使うカニ目外しや分解コンパスを使って,表面の内側にある枠を左に回します。もし回りにくかったらアルコールを垂らしてしばらく放置して下さい。

(2)枠が回って外れたら,鏡筒からレンズを取り出します。上から凹レンズ,スペーサー,凸レンズという順番です。

(3)DK-17Aからガラスを取り出します。DK-17Aは枠にはめ込んだスプリングでガラスを押さえつけています。このスプリングは爪楊枝でちょっと内側に押すだけで簡単に外れます。

 なお,ガラスには裏表があり,フッ素コーティングは片面にしかついていませんので,これが外側に来るようにしてください。

(4)ガラスをDK-17Mにはめ込みます。ここが一番心配していたところで,もしガラスがレンズと同じ直径なら奥まで沈んでしまうので固定できません。

 ですが,幸いなことに,ガラスの直径は僅かにレンズよりも大きく,固定枠と同じ大きさでした。まるで最初から想定したかのように,このサイズのガラスをきちんと固定する仕組みが用意されているので,なにも工夫は必要ありません。

(5)DK-17Mに枠をねじ込みます。


 これで完成です。早速DK-19を取り付け,D850に装着です。おお,見慣れたD800のシルエットが甦ります。

 構えてみると,確かに鼻があたらなくなります。まあ,10mmほど離れただけでぶつからない鼻ってどんだけ低いねんと思う訳ですが,私はむしろ邪魔なので外してしまいたいくらいですから気にしません。

 しかし,鼻で呼吸すればLCDは曇るわけで,汚れなくなっても曇ってしまえば一緒です。生きるってつくづく面倒なものです。

 ただ,どうやら私は鼻がぶつかるのを避けるために,無意識のうちにD850を斜めに構えていたらしく,今回自然に水平に構えることが出来たことから,いつも少し上向きになっていたような感じです。

 肝心の見やすさについては,なにも変わっていません。D850はもともと見やすいファインダーですが,これを損なってはいません。アイポイントが少し遠くなったことでややケラれる傾向がありますが,メガネをしていない私には許容範囲です。視度補正も再調整する必要はありませんでした。

 とまあいうことで,アイポイントを1cmほど遠ざけるだけの,普通の人には存在意味が不明なアイピースが完成しました。費用対効果も最悪で,わざわざ拡大率を1.0倍にするなんて理解されないと思いますが,カメラのボディを顔にきっちり押し当てることが出来るメリットは大きいですし,使って見た感じは上々でした。

 他の機種でDK-17Mを常用している人にとっては共通した使い勝手になりますし,これでD850がもっと気分よく使えると思います。

 そうそう,D300ですが,DM-17Mを使わず普通のアイピースを使うことにしました。もともとNEPS1が分厚いので通常のアイピースでも鼻はぶつかりません。見やすさもこっちの方が上です。

 しかし,アイカップにどうも違和感が・・・よく見るとDK-3と書いてあるじゃありませんか。

 よく似ているのでDK-19だと思っていましたが,こりゃまたF3時代の古いものが出てきたものです。てなわけでDK-19を注文しました。

 

D300を丸窓に

 D300のファインダーを丸窓にするという計画は,私が初めて手にしたF3以降,ずっと使い慣れてきたファインダーに合わせるためで,人との界面は出来るだけ同じ物であって欲しいという基本的な方針から発したものです。

 F3と手に入れた理由の1つに丸窓への憧れがあったこともあり,その見やすさは汎用性から丸窓にこだわりたい気持ちは,なかなか強いものになってきました。他社のカメラに移行しないのも,これが理由の1つかも知れません。

 残念なのは,ニコンも丸窓を採用するカメラを高級機に限定していることです。丸窓は高級機の証だというメッセージも分からなくはありませんが,本当に良いものであるなら,可能な限り多くの機種に展開すべきものであるはずで,サイズは小さいですがかつての中級機種であるFEやFE2,FMやFM2もちゃんと丸窓でした。

 丸窓の最大のメリットは,目をすっぽり覆うアイカップ(ニコンでは接眼目当て)があることです。かつて,PENTAXのSPを使っていたころ,純正のアイカップSを使ったところ,目がすっぽりと覆われて周囲から光が入らなくなって,格段にファインダーに集中することが出来るようになりました。

 また,ゴムの変形をあてにして顔にカメラを押し当てることが出来るようになって,安定感も増しました。以後ずっとこのスタイルですが,目を覆わないアイカップのカメラは今も使いにくくて仕方がないと感じて,撮影に集中出来ません。

 そして悪いことに,D300は丸窓ではありません。D300SもD200もそうです。D500になってようやく丸窓になり,フラッグシップに昇格した感もあるわけですが,D300をちゃんと使っていこうと考えて,この丸窓の問題をどうするか,ちょっと考えていました。

 以前はあれこれと工夫して丸窓にしていたのですが,昨日書いたように,おととしあたりからニコンの純正で,角窓を丸窓にする部品が手に入るようになっています。NEPS1という部品がそれですが,これ,ニコンダイレクトからしか購入出来ません。

 まあ,数が揃わないとか,もともと別の目的で用意されたオプションでファインダーを丸窓にするアダプタとしては性能や強度がニコンの社内基準を満たさないからとか,そういう理由なんだと思いますが,ニコンのいい所はこういう細かいオプションが揃っていて,入手しやすく安価なことにもあると思うので,ぜひ量販店で買えるようにして欲しいです。

 D750では定番化している部品なので,私も早速1つ買ってみました。これに余っているマグニファイヤーアイピースDK-17Mと,接眼目当てDK-19を組み合わせれば,見やすく少々飛び出したファインダーが手に入るでしょう。

 昨日届いたので試してみました。

 サイズが合わないとか,なにかと干渉したりとか,そういうトラブルは全くなく,思惑通り取付が出来ました。好都合だったのは,DK-19の根っこに付けるハズレ防止の金属のリングをなくしていて,これなしでDK-17Mに付けていたのですが,NEPS1がDK-19の根っこをしっかり押さえつけてくれるくらい隙間がなく,ハズレ防止も兼ねてくれそうなことでした。もし金属のリングが手元にあっても,結局外さざるを得なかったのではないかと思います。

 DK-17Mの厚みのせいで,かなり背面から飛び出してしまいますが,LCDに鼻がぶつかって汚れるのを嫌う私にはありがたいことで,実際とても快適にホールドできます。

 しかし,あいにくとファインダーの見やすさは良くありません。

 まず,DM-17Mを使うとかなり周囲がケラれます。D2Hでもケラれますが,こんなにひどくなかったので意外でした。どうもD300はファインダー倍率がもともと高いらしく(D300は0.94倍,D2Hは0.86倍と小さい),そのせいで見にくくなっているように思います。

 また,よく見るとファインダーの窓が元々小さいんですね。丸窓にしても結局ここが大きくなるわけではないので,DK-17Mを使ってもあまり良い結果は得られないのでしょう。

 さらにいうと,DM-17MとD300の相性は悪いです。まるでフレアでも出たかのような白っぽい画像になりますし,ギラギラとしたものも見えるようになります。また,どういう訳だかD300の視度補正は私には今ひとつあわず,すっきりと見えないのですが,DK-17Mではそのぼやけた画像が拡大されるためか,どうも違和感が強く出ます。

 D850に持ち替えてファインダーを見てみましたが,いやはや,別次元の見やすさです。こんなに見やすいものとは思っておらず,改めてD850がファインダーに力を入れたカメラであるとい話を思い出しました。

 総じてD300は,フラッグシップといいながらも,コストやデザイン,大きさの制約からファインダーは今ひとつなものになっているという印象を持ちました。

 ということで,さらに工夫が必要です。

 NEPS1そのものについては,さすが純正で違和感なく取り付けできますが,プラスチックのテカリ具合が安物っぽく,D300には後付け感がかなり出ます。

 ネジの精度などは問題ないのですが,ニコンにしては作りが雑というか,細かいところに気を遣っていないというか,やや期待外れな所もありました。安い(といっても750円ですが)ので仕方がないところもありますが,送料が500円かかるので実質1200円以上の部品で,このクオリティは万人にお勧め出来ないと思います。

 さて,話は飛ぶのですが,今更ながらに大変なことに気が付いてしまいました。

 D300とD850で,露出補正のユーザーインターフェースが違うのです。

 D300で露出補正をする時は,ダイアルを左に回します。D850では右に回すので反対です。

 これ,私はあまり露出補正を使わない人だったので問題にしてこなかったのですが,ニコンの伝統で,露出補正は左に回すとプラス補正レベルメータも左がプラスなのです。

 右に回すと増えるが一般的で,プラス補正をすると明るくなるわけですし,メーターも右側がマイナスというのもおかしく,ここは昔から議論の的になっていたそうです。

 で,この問題はD4やD800の世代で,露出補正は右に回すとプラス補正,レベルメータも右がプラスがデフォルトに変更されたようです。ニコンとしてはダイヤルの回転方向を露出補正だけで変更出来るようにしたことで,過去機種のユーザーからの回避することにしたらしく,この問題は沙汰止みとなっています。

 私はD800から本格的にニコンの新しいUIに触れた人なので,実は昔のUIにはほとんど馴染みがありません。(D2HではAEロックを使っていました)

 ところが,D300ではまだこの問題に決着がついておらず,ダイヤルを左に回すとプラス補正,レベルメータも左がプラスで全く逆です。

 ならばと,左右を入れ替えて見ようと試みたのですが,レベルメータは左右を逆に出来ても,ダイヤルの回転方向の変更は露出補正以外でも変わってしまうので,絞りやシャッタースピードも逆になるのです。

 これらは私も日常的に使うものなので,変わってもらっては困ります。露出補正だけ入れ替える機能はD300にはまだ搭載されておらず,どうにもならないことがわかりました。

 今のところ,露出補正は慣れるしかないという結論になり,左回転でプラス補正で使うことにしました。レベルメータは左がプラスは許せないので,ダイヤルの回転方向と逆になりますが,我慢して右をプラスにします。

 D850の露出補正を左回転でプラス補正にすることはちょっと躊躇しているのでそのままです。どうも2台の常用機で回転方向が違うのは気持ちが悪いのですが,私の露出補正の重要度の低さを考えると,あまりここにこだわるのは得策ではないように思います。

 まあ,D850では露出補正の必要性がほとんどないほど,AEの精度が上がっているので,ここで回転方向を変えたとしてもそんなに問題はないと思うのですが・・・だからこそいざというときに失敗しないことも必要ですしね。

 ニコンは,回転方向もそうだし名称もそうなのですが,他社や慣例にならうことをせず,独自の道を突き進むことがあります。ニコンが面白いのは,そうした多勢に迎合しないことに,いちいちもっともらしい理屈をこねくり回すことにあって,そうした根拠に納得したり憧れたりする輩が,ニコンのロイヤルカスタマーになっている感があります。(納得出来ない人はさっさと他社に移行しますので,ますますその純度があがるわけですね)

 こうした,一般の人にはなかなか理解されないクセのある集団が「ニコ爺」と揶揄されていて,ともすれば一般の人達に立ちはだかる壁として機能し,閉鎖性の一端になっていると私などは思う訳ですが,そこはさすがに商売ですし,世界中の人を相手にする以上は,あまり高飛車な態度をとり続ける訳にもいかないでしょう。

 だから,ここに来て露出補正のUIを真逆に変えるという荒技をやることになったのだと思います。かなり内部で議論があったんじゃないかと思いますが,最終的に使いやすくなること,説明書を見なくても使える事,そして失敗を防ぎ機会損失を減らす事が最終的な目的である以上,変なこだわりは捨てて,多くの人が自然に使えるものを作って欲しいと思います。

 え,私?

 私は丸窓原理主義者のニコ爺ですよ。

 

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