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54645Dが壊れていた~どうしたものか編

  • 2017/04/14 14:14
  • カテゴリー:make:

 先日,TDS3054Bを手に入れた話を書きました。いい機会なので,うちの主力機で,私の大好きな54645Dもメンテをしようと考えました。

 54645Dは古い機械なので,調子が悪くなっています。特にフロントパネルのロータリエンコーダがチャタリングを起こしていて,水平,垂直共に誤動作が増えてきました。

 それに,考えてみるとうちにきてから一度も分解掃除をしていません。気になるともう止まらないのが私の性分で,これらの問題をパッパと片付けようと思ったのです。

 最初の問題は,分解でした。なにせフロントパネルが外れてくれません。ちゃんとサービスマニュアルをみれば良かったのですが,面倒なので適当に分解すると,ようやく外れたパネルに続き,なにやらプラスチックの部品も一緒に出てきました。

 パネルを固定していた,爪も一緒に折れてしまったようです。

 これが折れてしまうとパネルが固定できず,ブラブラします。心も折れそうになるのを必死で踏みとどまり,まずは水洗いをします。

 乾かしている間に,ロータリーエンコーダの修理です。一番いいのは新品への交換なのですが,そういうわけにもいかず,とりあえずクリーニングをやります。ただ,よく知られる接点復活剤はかえって部品を劣化させるので,使わないのはもはや常識です。

 そこで,投入したのが,クレのエレクトロニッククリーナーです。速乾性の強力な洗浄剤で,スイッチやボリュームの接点の汚れを取り除くことができます。評価も概ねいいようで,基板の洗浄に使っている人がいるくらいですから,部品を壊す心配はないと思います。

 ただ,軸に塗り込まれたグリスが溶け出して接点に流れ込むことが懸念され,そうなってしまうともう交換しか方法がないですから,覚悟を決めてスプレーします。

 結果は上々で,チャタリングもだいぶ少なくなりました。副作用もなく,シャフトも軽く回るようになり,なかなか良い感じです。よし,これで1つ問題は解決。

 で,組み立てに入るのですが,先程の爪の破損をどうにかせねばなりません。

 ABSの接着はなかなか難しく,固定用の爪のように,材料自身の粘りに頼って力がぐっとかかるような部品は,なかなかうまく接着できません。

 そこで,アクリル板をあてがい,これと一体化するようにエポキシ接着剤で固める事にしました。これが案外うまくいき,一晩経過するとがっちり固定できています。

 よろこんで組み立てるのですが,問題の詰めはがっちり本体に引っかかるものの,パネルの他の部分がプカプカと浮いてしまいます。よく見ると,そこにも爪があり,これが折れかかっているのがわかりました。

 うむ-,結局2つある爪を両方とも折ってしまったわけですね。

 仕方がないので,パネルをもう一度外し,もう1つの折れた爪を修理しようとしたところ,接着した爪もポロッと外れてしまいました。導電性のメッキがかかっているので,これが接着しにくくなる原因になっているようです。

 作戦の練り直しが必要になりました。しかし手元にあるのはエポキシ接着剤だけです。出来るだけ大面積で,しかもたくさんの接着剤を盛って接着したのですが,これがなかなかよくて,どちらの爪もしっかり接着できたようです。

 この話,ABSの接着をみんなどうしているのか調べてみたところ,アクリサンデーの接着剤で要略するのが一番いいというのがわかりました。幸いアクリサンデーの接着剤は手元にありますので,これを最初から使えば良かったのですね,トホホ。

 念のため,これと同じ成分を含む,プラモデル用の接着剤を買っておきました。これが後々役に立つのです。

 ちゃんと組み上がって,動作試験です。以前と同じように動いてくれるのでこれでおしまい,と思ったのですが,これもまたせっかくの機会ですので,自己校正をテストも兼ねてかける事にしました。

 54645Dは背面のキャリブレータ出力端子からフロントパネルの端子に信号を入れることで,自己校正が出来るようになっているのです。もちろん出来る事は限られますが,細菌のオシロでは割に当たり前の装備です。

 ところが,この自己校正でエラーが出ます。CH2のトリガがかからず。ここでFailとなり,他の校正結果もキャンセルされています。

 そういえば,1年か2年ほど前に,確か2465Aの修理が終わった時に,54645Dの自己校正をやってみたらエラーになったことを思い出しました。全く同じ状態です。

 その時は,まあいいかで済ませたんですが,今回は冷静に考えて見ました。このエラーから推測するに,CH2でトリガがかからないわけですから,結構致命的な問題となります。

 CH1とCH2に信号を入れ,トリガソースをCH1からCH2に切り替えてみたら,やはりトリガがかかりません。これはえらいことです。Ch2で本当にトリガがかかりません。

 54645Dを私が気に入って使っているには理由があって,これはMEGA ZOOMの便利さもあるのですが,ミックスドシグナルオシロスコープであることも理由です。

 ミックスドシグナルオシロスコープは,アナログとデジタルの波形が見られることをメリットだと感じている人も多いと思いますが,実はトリガの条件にアナログとデジタルを複雑に組み合わせることが出来ることこそ,最大のメリットです。

 アナログだけのオシロなら,トリガをどちらかのCHでかければ済むだろうと思うわけですが,54645Dの強さは18個の入力を縦横無尽に組み合わせてトリガをかける事ができることにあるわけで,貴重なアナログ入力が1つ死んでいるというのは,もう普通のオシロでいいじゃないかと言ってしまっていいほどの問題なのです。

 まあ,偉そうなことを言っていますが,こういう使い方をして助かったことは実は数えるほどしかなく,日常的にはアナログ入力だけで,しかもトリガはCH1でしかかけていないので,別にどうでもいいのですが,ここ一番欲しい機能であるには違いないので,54645Dでないといけない理由が壊れていることに,とてもがっかりしました。

 選択肢は4つ。修理する,同じ物を中古で探す,現行の新品に買い換える,キーサイト(HPですね)のオシロはあきらめて,TDS3054Bを主力に据える,です。

 中古を探しましたが,54645Dはなかなか見つかりません。これは気長に探すことになるでしょう。

 現行の新品ですが,アナログ入力のデジタルオシロなら,MEGA ZOOM搭載の高性能なモデルがとても安く売られているんですね。DSOX1000シリーズがそれで,100MHzの2HCで12万円です。デジタル入力がないこと以外は54645Dと同等以上ですから,これを買ってしまおうかと思ったくらいです。

 一応ミックスドシグナルオシロスコープも調べましたが,これは今でも強烈に高いですね。車が買えるほどの値段ですので,あきらめました。

 滅多に使わない機能のために何十万円も追加が必要になるわけで,それならもうアナログ入力だけでいいじゃないかと思う訳です。

 でも,それだったら操作系が気に入らないとはいえTDS3054Bをそのまま使えばいいわけですし,54645Dも全く使えないわけではないので,無理をして新品を買う必要はありません。

 残った選択肢は,修理です。

 

 長くなったので,続きは後日。

 

TDS3054Bを手に入れました

  • 2017/04/10 09:09
  • カテゴリー:make:

 先日,ふとしたことから,テクトロニクスのオシロスコープ,TDS3054Bを手に入れました。大変リーズナブルに手に入ったのですが,もちろん訳ありです。電源が入りにくかったり,突然切れたりします。

 また,アプリケーションモジュール(正面パネルの右上に4つあるスロットに入れるアップグレードモジュールのこと)はすべて抜かれており,付属品は一切なし。壊れているのかそうでないのかさえも,わかりません。

 そもそも,TDS3054Bってどんなオシロよ?

 私はデジタルに移行してからのテクトロのオシロには全く興味はなく,MEGA ZOOMが搭載されたHPのオシロを触って以降,HP(->アジレント->キーサイト)に宗門替えをしました。

 長年使っているアナログオシロの2465Aは,トリガの切れ味や見やすい表示,非常にまとまった操作系で,さすがテクトロと今でも思うのですが,その後のTASシリーズやTDSの初期のものは使いにくく,これが本当にあのテクトロなのか,と愕然としたものです。

 そこへ現れたのがHPの54645Dで,1MByteの当時としては大容量のメモリに,表示されていない部分も含めてとにかく常に目一杯記録し,水平軸を変更してもいちいち波形を取り直さないという,ごく自然なことを可能にしていたMEGA ZOOMにいたく感動したことで,私の「オシロだけはテクトロかなあ」という思い込みは覆ったのでした。

 このあたりの経緯は何度も書いているのでもう改めて書きませんが,実はこの頃のテクトロのデジタルオシロの定番品がTDS3000シリーズです。

 TDS3000シリーズはDPOと彼らがよんでいるシリーズで,波形の登場頻度を輝度の違いで表示することで,アナログオシロを擬似的に再現するもので,デジタルオシロが苦手としていた観測が可能になると,当時盛んに宣伝されていました。

 しかし,デジタルオシロの基本機能を決定付けるメモリについては,いかんせん10kWordしかありませんので,今見えている分だけが記録されるに過ぎず,水平軸を切り替えればまた波形の取り直しになるのです。

 限られたメモリを目一杯使うにはこの方法以外にないわけですが,こうした技術的制約をすでにHPが打破していたことを考えると,もうちょっとどうにかならんのかと,当時の私は思っていました。

 なにせ,トラブルシューティングには,問題の尻尾をつかむのが最優先です。オシロスコープがないと手も足も出ないトラブルが,オシロで波形を見たら一杯でわかったという経験は多くの方がされていると思いますが,これも結局そのトラブルが可視化できたからであり,オシロを使ったから解決したわけではありません。

 問題箇所の波形がいつでも取り込めるのであればいいのですが,えてしてなかなか問題発生の瞬間に波形が取り込めることは少なく,最初はとにかく手探りになります。そんな中で取り込めた「尻尾」はまさに宝物です。

 以前横河のDL1540を使っていた時,そうして取り込んだ「尻尾」が,うっかりいじった水平軸のツマミで消えてしまったことがあり,自らの愚かさに涙したことがありました。しかもご丁寧に,DL1540は水平軸を切り替えた時にキャリブレーションまで行うので,数秒間の待ち時間が発生します。私が,消えた波形を偲んで涙に暮れるには十分過ぎる時間でした。

 そんなわけで,HP54645Dはその後大活躍することになり,ライバルとされていたTDS3000シリーズには全く興味関心を持たずに来てしまったのです。

 今回改めてTDS3000シリーズを調べて見ると,2400シリーズなどがかつて担っていたメインストリームで,3000B,3000Cと改版を重ねてロングセラーになったモデルという事がわかりました。

 DPOによって波形の登場頻度が輝度でわかることから,アナログオシロからの置き換えが本当の意味で可能になった記念碑的モデルでもあります。前述のようにメモリは少なく,画面の更新頻度も今どきの廉価版に負けていますが,さすがにプロが認めたオシロスコープであり,この機種以降アナログオシロは急激に数を減らすことになるのです。

 そんなTDS3000シリーズにあって,私が手に入れたTDS3054Bは2001年に登場した2世代目のモデルで,帯域500MHz,4chの上位機種(最上位といえないのは600MHzのモデルがあるから)です。いや,もうなにも言うまい。500MHzですよ,4chですよ。当時の価格で200万円近くですよ。

 オシロスコープなどは,あまり付加機能があっても仕方がなく,どれだけレアな発生頻度の波形をきっちり取り込めるのかが最も大事です。そのために多くのトリガモードを備え,それぞれに切れ味のいいトリガがかかることがまさに命です。

 トリガがかからないのは話になりませんが,かかって欲しくない時にかかってしまうのも困りもので,その後にあったかもしれない問題波形を取りこぼしたり,余計な波形ばかりで何度も何度もやり直す羽目になったりするのは,効率も良くありません。

 欲しい波形をピンポイントで狙って取りこむ力,これこそトリガのキレであり,テクトロはその辺は心配ないでしょう。キレの悪い,ぬるいトリガのオシロは,5秒で使う気がなくなります。

 頑張っても頑張っても尻尾がつかめない時,このオシロで取れないなら,問題はここには存在しないのかもしれない,他を当たってみるかと考える事が可能かどうかは,測定器に対する信頼という形で,言い表せます。

 確かにメモリが少ないことは残念な所ではありますが,5Gsample/secというサンプリング能力は,HP54645Dとは性能以前の問題としてサンプリングに対する考え方の違いもあって圧倒的なものを持っていますし,基本性能をみてもうちで最強の500MHz,4chのオシロですから,粗末に扱うわけにはいけません。

 ロジックアナライザと統合され,トリガがアナログとデジタルで縦横無尽にかかるHP54645Dの優位性は揺らぎませんが,500MHzでないと,4chでないと,5Gsample/secでないと,見られない世界があるのは事実です。

 そんなわけで,目の前にあるTDS3054Bです。

 よく知らないのですが,TDS3000Bシリーズになって,それまで別売りのアプリケーションモジュールをささないと使えなかったFFTが,標準機能になったらしいです。ですから,アプリケーションモジュールがなにもささっていなくても,FFTは使えるようになっています。

 ファームのバージョンは3.19とのことで,現在公開されている3.41よりも古く,アップデートをしたいところではありますが,今や貴重品となっている2HDのフロッピーが4枚も必要になるので,とりあえず様子見です。FFTが無効になってもつまらないですしね。

 問題の電源ですが,ボタンを押し込んでも電源が入らなかったり,すぐに落ちたりします。そうかと思うとずっと動いていることもあり,動いている間は元気です。

 セルフテストはパス,自己校正も長い時間がかかりましたがパスし,機能そのものに致命的な問題はないようです。これは問題の出方から,電源スイッチのトラブルだと思います。

 2465Aの故障でもそうでしたが,テクトロは電源スイッチがどうも弱いようで,2465Aの時はスイッチ内部でスパークが発生し,熱で溶けていました。恐ろしいです。

 スイッチ自身の問題か,基板取り付け部のクラックのどっちかだろうと思って分解したのですが,残念ながらスイッチ周りのクラックは見つかりませんでした。また,TDS3000シリーズは,AC電源は常時通電なので,電源スイッチにAC100Vはかかっていません。

 そうこうしているうちに電源が全然入らなくなってしまったのですが,基板をコンコンと叩くと動きだしました,基板そのものは壊れていないようです。

 きっとどっかの部品のハンダ付けのクラックでしょう。目視で調べて見ても分からず。仕方がないのでそのあたり適当にハンダを盛っていきます。

 ついでですので,電源系の電解コンデンサを交換します。調べて見ると7500時間も通電されていて,1700回近く電源のON/OFFが行われていますので,好感はしておきたいです。

 手持ちの関係で交換出来るものは限られましたし,85度品しかなくてダウングレードになった箇所もあるのですが,仕方がありません。

 この頃の電子機器の問題点として,パスコンにタンタルが使われているケースがあるということです。タンタルコンデンサは壊れると短絡するので,大変危険です。幸い短絡して焦げたタンタルコンデンサを見つけることはなかったのですが,気をつけないといけません。

 汚いので分解のついでに洗浄をします。うちでは,中古品は可能な限り分解し,筐体をハンドソープでゴシゴシあらいます。これでようやく「うちの子」になる儀式が終わるわけで,TDS3054Bも,ようこそ我が家に,となるのです。

 LCDが想像以上に汚くて,保護ガラスも外して掃除をしました。おかげで綺麗になりました。

 元通り組み立てて電源を入れます。しかし画面に何も出ません。

 壊した・・・焦って中を見ると,ケーブルを1つ付け忘れています。あわてて取り付けて再度電源投入。今度は大丈夫です。何度も電源のON/OFFをしますが,問題なく起動します。セルフテストも通りました。

 この後30分ほど通電し,もう一度セルフテストと自己校正をかけ,波形をいろいろ見てみました。精度も問題なし,波形も綺麗に出ているので,実戦に十分投入可能です。

 ただ,電源投入時に画面が真っ白になってそこから先に全く進まないという問題が1回だけ起きました。何度か電源スイッチをON/OFFすると動き出し,その後問題は起きていないので気持ちが悪いです。

 ファンも回っていたので,起動に失敗している感じがします。これは当初の問題とはちょっと違っていて,同じように起動しないという問題でも,LCDのバックライトも点灯せず,ファンも周りませんでしたから,その問題は解決しているのではないかと思います。

 まあ,多少のことは仕方がないですね。

 プローブについては,500MHzということですので,帯域の狭い安いものは使いたくありません。その上,リードアウト対応品でないといけなかったりするので,とても高価です。

 とりあえず,2465A用に買っておいた,耐久性が低いけども秋月で1つ4200円と安価なテキサスのプローブを流用しましょう。1つ4200円もするのに,2465Aを使う機会がほとんどないので,ちょうど良かったかもしれません。今度秋月で買い物をするときに,もう2本買い足しておきましょう。

 そこからさらに3時間,途中,目ざとくテスト中のTDS3054Bを見つけた娘が「これなに?」と聞いてきたので,オシロスコープと教えてあげると,目をきらきらさせてボタンをおし,ツマミを回して遊び始めました。

 彼女は本当に楽しい時は「ふふっ」と声を出して遊ぶので,オシロスコープがどうも気に入ったようです。大きくなったら,このTDS3054Bをあげると,約束しました。まあ,たぶん大きくなったら興味もなくなっているだろうし,オシロスコープが欲しいほどのマニアになるなら,最新機種が欲しいと言い出すでしょうけど。

 

 つくづく思いましたが,小さくなったし,軽くなりました。奥行きが小さくなったこともそうですが,電池が内蔵できるスペースは当然空洞になっているわけで,ここにトレイが入っていて,プローブなどの小物が収納できるようになっています。

 

 内部はそれなりに複雑ですが,うまくレイアウトされているので,こんな小さなスペースに綺麗に収まっているのでしょう。大したものです。

 

 電池駆動できるという話ですので,消費電力が小さい事にも期待がかかります。実際にクランプメーターで測ってみたのですが,動作時は実測で42Wくらい,電源OFFのスタンバイ時で5Wくらいという感じでした。

 

 スタンバイ時の電力が大きいのは時代を反映しているなあと思うのですが,さすがに5Wを食わせたままでよいとは思えませんから,コンセントからは抜いておくことになると思います。

 

 ですが,動作時の50W以下というのは素晴らしい。ブラウン管のオシロスコープなど,100W越えは当たり前,300Wとか500Wの機種もざらですから,長時間使う時には大きな差になります。(オシロスコープを使う時というのは,得てして手強い相手の時ですので,長時間になるものです)

 

 この消費電力の小ささにはクラクラきていて,うちの主力機をこいつに入れ替えようかと,ちょっと本気で考えてしまいました。


 というわけで,TDS3054Bが稼働し始めました。思えば,松下製の帯域5MHzで1chの強制同期式オシロスコープを5000円で買ったのに始まり,2645Aで憧れのリードアウト/カーソル,遅延掃引付きのオシロスコープに感激し,54645Dでトリガのキレが作業効率に大きく影響することを知り,ここまで来ました。10年遅れで機材が導入されていくのですが,私自身が20年遅れているので,気分的には最新の状態です。

 ただ,いかにDPO,いかに500MHz,いかに4chとはいえ,やっぱり肌に合わないテクトロです。まだまだサクサクと操作できるほど慣れていませんし,どうももどかしいのですが,もともと置き換え目的で購入したわけではありませんから,随時使い分けを行っていくことになると思います。

 ヤフオクでは数万円程度,アキバの中古測定器店では20万円から30万円程度で売られている,アマチュア向けとしては最高級のオシロです。考えてみると,中国製や韓国製のオシロスコープで,500MHzを越えるものって極端に少ないですよね。

 これは,垂直軸のアナログ性能がオシロスコープの最も難しい部分であり,ここがきちんと作れるメーカーが限られていることを物語っています。

 繰り返し波形を見れれば良かった時代から,レーダーやコンピュータの登場で,単発現象を捉える必要性が生じて誕生した,トリガ同期式オシロスコープ。

 このトリガ同期式オシロスコープを発明した若者ががHPに持ち込んだところ,ヒューレットとパッカードは,その発明品が放つ先進性から,HPで商品化するより,自ら起業することをすすめたそうです。

 雲の上の人の声を,門前払いととらえたか,あるいは親切心ととらえたかは分かりません。分かりませんが,その後彼らが起業した計測器メーカーの隆盛が,答えの正しさを証明しているといえるでしょう。そう,その会社こそテクトロニクスです。

 数々の先進的な機能を搭載し,見えないものを見えるようにしてきた革新性,そして既存の機能を高い水準で洗練させてきた品質の高さが,電子工学がもっとも進歩したこの50年を切り開いてきたと,つくづく思います。

 もしテクトロニクスがなかったら,などと考えてしまいますが,もしかすると10年単位で技術の進歩が止まっていたかも知れません。特に,1980年代に日本が民生の電子機器で世界を席巻した時代,開発や設計の現場で困難な問題解決の心強い相棒が,テクトロニクスのオシロスコープだったことを思い起こすと,ビデオデッキもCDプレイヤーも,マザーツールである計測器がしっかりしていたからこそ,これだけの足跡を残せたのかも知れません。

 そして今もなお,テクトロニクスとHPの流れを汲むキーサイトが,オシロスコープの分野で2強として激しいデッドヒートを繰り広げていて,それらを使いこなした最先端の技術者が,新しい世界を切り開いています。

 計測器に対する憧れや夢というのは,こういうところにあるようにも思います。

この20年の流れを思い出してみると

 Windows95が登場したのが1995年,今年は2017年ですので,もう22年です。すごいですね。

 20年というと,この年に生まれた人は成人式を迎えますし,働き盛りの45歳だった人は65歳で高齢者の仲間入りです。

 私の感覚でも,20年なんてあっという間に,ついこの間のことのように感じてしまいます。

 しかし,2017年の20年前である1997年は,今とそんなに変わらないように思うのです。これが1984年の20年前である1964年ということなると,もう全然違うように想うのです。

 100円玉が銀貨だった時代ですよ。500円が紙幣だった時代ですよ。1万円札がまだ珍しかった時代ですよ。

 20年の変化は,これくらいあって当然だと思っていた私は,1997年から2017年の20年を同じ物とは,ちょっと思えません。自分が歳を取ったからだとか,みんなそういんだよとか,そういうありがたい格言はそれはそれで伺いますが,差し引いてもこの20年の変化の緩やかさたるや。

 これが失われた20年なのか。

 しかし,コンピュータの世界は,1995年から2017年で随分変わりました。そんなつもりもなかったのですが,改めて見ると確かに変わっていると,そんな風に思います。

 いや,クロック周波数が高くなった,メモリ容量が増えた,HDDが大容量化した,というような,何かの延長になるような変化というのは,それはそれで大切な事だし大変なことなのですが,不連続に突如現れる変化があり,それが社会を動かすという事が何度もありました。

 ちょっとそのあたりを,つらつらと思い出してみようと思います。


・インターネットの登場と普及

 これはもう,誰でも一番に言うことでしょう。インターネットの登場はもっと前ですが,1992年頃に商用利用が許されて,一気にお金が流れ込んで爆発的に広がりました。

 ここでいう商用利用というのは,お金儲けに使えるという狭い意味ではなく,お金さえ出せば誰でも利用出来るようになった,という意味です。逆に言うと,それまでは,お金儲けを直接目指さない,学術研究用途に限るという「資格」がなければお金をいくら出しても使えない物だったのです。だから学校ならどこでもOKというわけではありませんでしたし,私企業でも研究用途なら繋がっていました。

 先駆的な諸先輩方のおかげで,日本は幸い学術利用に限定された頃から関係者の間では当たり前の存在になっていたため,商用利用が許されても特に大きな混乱もなく,順調に広がって行ったように思います。

 というのは,商用の世界では「パソコン通信」が1980年代から普及しており,これらとインターネットが繋がりさえすれば,その日から誰でもインターネットの海に飛び出すことが可能でした。

 パソコン通信は,当時は富士通系のNiftyServe,NEC系のPC-VAN,ASCII系のASCIIネットが圧倒的だったわけですが,1992年にNiftyがインターネットの電子メールを受けられるようになったあたりから,両者の境目が不明確になってきました。

 インターネットというと,今ではWEBなわけですが,当時はWEBなどそんなに普及しておらず,チャットはirc,コミュニケーションは電子メール,情報交換は電子掲示板によるネットニュース,検索はgopher,ファイル転送はFTPと,コマンドラインを駆使して別々に使っていました。

 WEBは一部の感度の高い人の間でぼちぼち立ち上がるようになってきましたが,それでもハイパーリンクが一番の売りだった時代ですから,出来上がっても「だからなんだ」という程度の反応に過ぎず,作った人の自己満足に終わったような気もします。これが変わったのは,検索エンジンの登場からでしょう。

 私は,遠く離れた友人とほぼリアルタイムでメールのやりとりが出来ることに感激していて,これで本当に物理的な距離が無意味になると信じたのと同時に,それまで信じていた距離と時間のとらえ方が大きく変わり,不安になったことを覚えています。

 また,当時は雑誌やクチコミでしか入手出来なかった海外のフリーウェアが,直接手に入るようになったこことも感動的で,日本にいながら海外の情報が瞬時に手に入ることを,母親などに自慢した記憶があります。

 でも,これはあくまで学校での話。学生が学校に行けば使う事が出来る窓口でした。それが,1995年に大きく変化し,IIJやbekkoameといったサービスプロバイダが個人を対象に,ダイアルアップでIPアドレスを割り振る事業をスタートさせます。

 ここから雪崩を打って,のちにISPと呼ばれるサービスプロバイダが登場し,価格が下がって淘汰されていきます。考えてみれば電話回線を確保し,モデムを置いて,かかってきた相手にIPアドレスを割り振るだけの商売ですから,初期投資に見合うだけの会員を集めれば儲かりますわね。

 それで,会員の獲得競争が激しくなります。これは,後に書くADSLが普及するまで続きました。

 このころ,本当に本当に苦労して手に入れたIPアドレス。動的に割り振られて他の人と使い回すような物ではなく,本当に世界で唯一の私の番号を,自分のマシンに打ち込むときの,あの感激と誇らしさは,今思い出してもゾクゾクする物がありました。


・ADSLの登場と普及

 自宅でも電話回線を通じて世界と繋がるようになったのはいいことなのですが,学校では常時繋がっているインターネットも,家では電話回線故に繋ぎっぱなしは許されず,必要な時だけ最短時間で繋いでいました。

 モデムの高速化は当時もとどまることを知らず,2400bpsだったものが9600bps,14400bps,28800bps,33600bps,57600bpsとなってきましたが,すでに57600bpsは理論的限界を迎えていましたし,理想的な通信環境においてのみ発揮された性能だったので,実力はそんなに出ていませんでした。でも,14400bpsのモデムに切り替えた時には,圧倒的な速度に涙が出ました。

 いくら高速になったとは言え,従量制で最短時間だけ繋ぐという使い方では便利になるはずもなく,これが常時接続になることで大きく世界が変わるだろうことは,私の目にもはっきりしていました。

 そこでISDNが注目されたのですが,それでも高いし,遅いのです。そこで,これまでのアナログ回線をそのまま使い,高速なデジタル通信を実現する技術が登場しました。ADSLがそれです。

 アナログモデムが57.6kbps,ISDNが128kbpsだった時代に,ADSLは1.5Mbpsですから,そりゃ驚きました。これをISDNよりも安い値段で提供しようと表舞台に躍り出たのが,ソフトバンクです。

 ソフトバンクと言えば,それまでソフトの卸業と出版だけやっていた,マニアしか知らない会社だったわけですけど,ADSLの普及を加速させ,モデムを駅前で無料で配るようになって,一般にも知られるようになってきました。

 最初はトラブルも多く,さんざんにこき下ろされたものですが,後になって急激に普及し,常時接続環境が手頃な値段で利用出来るようになったことは,まさにパラダイムシフトと言えました。

 遅くてもいいのです。ずっと繋がっていることが重要なのです。


・携帯電話の登場と普及

 携帯電話についても,それまで高額な保証料と端末のレンタル制度があったおかげで,社長さんかヤクザしか使ってないと言われていたものが,保証料の撤廃と端末の買い切り制度がきっかけになり,これもまた1995年頃から急激に普及するようになりました。

 当時はアナログから,契約者の急増を支えるためにデジタルへの移行が急務だった時代でしたが,ぼちぼち今で言う3Gが登場してくる頃でした。

 アナログの時代にもモデムを使って通信をする人はいましたし,デジタルになれば標準でデジタル通信が可能になりました。パケット交換式もこのころに出てきたはずです。

 ここから携帯電話のメールサービスがインターネットと繋がるようになり,携帯電話があれば世界中の人とメールがやりとりできるようになりました。小型端末にあわせて仕様を軽く作ったWEBサービスである「iモード」の登場により,インターネットが個人レベルにまで降りてきたのも,この時です。

 こうなると音声よりもデータ通信,もっというとパケット通信の方が重視されるようになり,3GからHSDPA,そして4Gとデータ通信が高速化されて,最終的には音声でさえもパケットで送られる時代になりました。

 携帯電話は,一種のトランシーバーであり,基地局が公衆回線に繋がっていることで,電話として機能します。同様に基地局がインターネットに繋がればネット端末になるわけで,最終的にはかつてのスーパーコンピュータが手のひらに収まって,かつてのイーサーネットよりも高速な速度で,データがやりとりされているわけです。



・NANDフラッシュの登場と普及

 大量のデータが交換され,生み出されると,それを蓄えておく場所が必要になります。それまで,高速だけど高価な半導体メモリは一時的な記憶に,安価だが低速のテープやディスクなどの記録メディアは長期の保存にと使い分けられていました。

 メモリカードはいずれ普及するだろうと思われていましたが,まだSDカードも出ておらず,ストレージにはコンパクトフラッシュしかない時代でした。

 そのコンパクトフラッシュが,ある時急激に安くなった時がありました。それまでの16MBの値段で,32MBが買えるようになったときには,驚きました。

 私は当時,ザウルスポケットというPDAを使っていました。とても便利に使っていたのですが,アプリの追加ではやっぱりストレージの拡張が必須で,確か6000円ほどで32MBが手に入った時に,何があったのかと不安になったほどでした。

 のちに,NANDフラッシュという新しいフラッシュメモリが登場したことが原因だったと知るわけですが,このあとすぐプロセスリーダーをDRAMから奪い去り,最も高い集積度と最も安いビット単価を実現したメモリの王者になります。

 NANDフラッシュにはそれまでのフラッシュとは違う弱点もあったのですが,これが逆にストレージという用途にはまるで関係がなく,MP3による音楽のデータ化にも後押しされて,どんどん大容量化と低価格化が進んでいきました。



・USBの登場と普及

 あるとき,PCの背面に,見慣れない不細工な四角いコネクタがあるのが目に付きました。当時のOSであるWindows95ではまだサポートされておらず,ここに繋げる物もほとんどめにすることなく,意味のない穴になっていました。

 USBとして,世の中のあらゆるものがここを目指すような存在に君臨するのはもう少し後です。

 それまでのインターフェースというのは,まず用途別に分かれていました。プリンタとマウスとキーボードとHDDを繋ぐコネクタは,それぞれ別だったのです。

 その上,そのコネクタからは電源が供給されませんでした。

 USBはこれら周辺機器のインターフェースの統合を目指しました。そのために速度を高速化し,電源の供給も行われるようになりました。ソフトウェアも柔軟な構造になっていて,繋がった相手によって,OSからの見え方が変わるように配慮されていました。

 とはいえ,まだまだUSBは不安定で,なかなかうまく動いてくれません。キーボードやマウスも,OSが動き出してからようやく動作するものでしたから,OSが立ち上がるまではなにも出来ない状態だったのです。

 これが一気に変わったと思うのが,iMacの登場です。iMacではキーボードやマウスをUSBに統一し,フロッピーさえもなくしてしまいました。また,USBはHDDやメモリカード等の高速転送もカバー出来るように仕様が拡張され,USB2.0に発展します。

 これが決定的となり,PC用の標準インターフェースとして君臨することになるのです。


・TFTカラーLCDの登場と普及

 LCDが小型携帯デバイスの要になることは1980年代にもはっきりしていましたが,時計や電卓で使われていたLCDは表示品質が悪くて,およそPCやテレビに使えるようになるとは思っていませんでした。

 やがてポケコンやワープロの搭載されるようになったLCDですが,それでもまだまだ。ノートPCに搭載されるようになっても,やっぱりまだまだ。反応速度は遅いし,色は白黒ではなく白青,もしくは緑と黄色でした。

 これでは当時流行っていたxxxなゲームが全然楽しめません。

 ですが,1991年の春,PowerBook170というMacintopshの最上位ノートを見て,私は自らの認識に誤りがあることを悟りました。LCDがダメなんじゃないんですね,LCDを駆動する方式が問題だったのですね。

 PowerBook170は,かつての名機MacintoshPortableで人々を驚かせた,ホシデン製のモノクロアクティブマトリクスLCDを搭載していました。色が完全な白黒ではないことを除けば,反応速度もコントラストも非常に高く,我々が知るLCDのイメージを完全に吹き飛ばすものでした。

 これと同じ物と思われるLCDが,Macintosh初のノート型の最上位機種に搭載され,私は改めてその実力に驚いたのでした。

 しかし本当の驚きは,この半年後に訪れます。PC-9801NCの登場です。TFTカラー液晶をいきなり搭載した98ノートの登場です。これを見た時,私はもうブラウン管の時代は終わったと思いました。お金の問題はいずれ解決するとして,今の段階でこれだけの品質のLCDが出来ているなら,もうあとはこの延長線上の進化だけでいいと,そう信じたからです。

 この頃,PC-9801のラップトップにや東芝のJ-3100にも,プラズマディスプレイを搭載したモデルがありました。高速かつ高コントラストで見やすいディスプレイだったのですが,これも消費電力や大きさ,カラー化の難しさからLCDに駆逐されました。

 実は,当時私はとあるパソコンショップの店員をしており,PC-9801NCも売りました。単価が大きくて60万円とかしたはずでしたのでかなりビビって売ってましたが,やっぱドット抜けのクレームが一番しんどかったことを覚えています。

 今でこそ,ドット抜けなど「取説に書かれた言い逃れ」に過ぎないくらい,実害が出ていないものなのですが,当時のLCDは本当に2,3個程度のドット抜けは当たり前でしたから,当たり外れがあったのです。

 お客さんが買っていったものが,展示機よりもひどい状態だと,そりゃ交換して欲しいとなります。こちらとしても交換したいのですが,メーカーが「不良品」と認めてくれないと交換出来ないわけで,お店の判断ではどうにもならないところがあったのです。

 メーカーとしては,2,3個なら良品として譲りませんでした。ドット抜けがないものだけを良品としていたら,不良品が続出するのでとてもこんな値段では売れないというのが,言い分でした。

 説得力のある説明としては,この大きさのICを作るのと同じだから,ドット抜けゼロというのはもうアリエナイ話なんだ,という事でした。概ね,このあたりの話をすればどんなお客さんも納得してくれたわけですが,それでも5,6個抜けていたお客さんの,悲しい目を私は忘れません。60万円もしたんですからね。

 やがてLCDはどんどん良くなり,高精細化,高輝度化,大画面化,そして色域の拡大,何より低価格が進んで,LCD以外のディスプレイを見る事はなくなりました。でも,見慣れたPCの画面が薄っぺらいLCDで表示されたときの新鮮な違和感は,今思い出しても感動します。


・googleの登場と普及


 コンピュータ工学をきちんと学び,大変に賢く,最先端の事情に明るかったとある友人が,「最近googleを使ってる」と私に教えてくれました。え,gooの間違いじゃないのか,と素人丸出しの私ですが,まだ日本語の画面も出ていないような時代に,私もgoogleを使うようになりました。

 gooに比べると,確かに出てくる候補が的確でしたし,予想外の面白い結果も出てくるので,検索行為に広がりが出てくるのです。また,海外のWEBをきちんと探してくることもありがたくて,検索エンジンを使い分ける必要がなくなったことも大きいです。

 以後googleは他の検索エンジンを圧倒し,コンピュータ業界で最強の巨人になりました。黎明期からgoogleを使っていた私としても,なんでこんなにgoogleが大きくなったのか,よくわかりません。

 もちろん,検索エンジンでトップになることは想像出来ました。他の検索エンジンが死に絶えることも予想できていたのですが,MicrosoftやAppleをしのぐ会社になるとは,全く思っていませんでしたし,今もよく分からないです。

 でも,googleが確実にWEBと人間との関係を変えたと思います。世の中にあふれる膨大なWEBとその情報は,存在するだけでは意味がなく,欲しい人の手もとに届いて初めて意味をなします。

 欲しい人に届けることに長けていたことが,googleの勝因だと思います。その結果,WEBは本当に我々の生活の深くに入り込むようになりました。


・デジタルカメラの登場と普及

 私が初めてデジタルカメラを見たのはQuickTake100というAppleのもので,これが1994年だったと思います。ある友人が自慢していたのですが,私はどうもしっくりきません。

 ビデオカメラと同じ程度の画質,それは画素数もそうだし,色もそうなのですが,その動画のキャプチャと同じ程度の情報を,なぜわざわざ静止画で1枚1枚記録しないといかんのか,と思ったのです。

 しかし,フィルム代と現像代を気にして撮影に躊躇してしまうことがちょっともったいないと思うようになりました。実は何気ないスナップが後で見返すと結構うれしいもので,そうした用途にぴったりなのはデジカメではないかと思ったのです。

 これが1996年頃のことで,チノンのデジカメES-1000を買ったのでした。私のデジカメはここからスタートです。

 ただし,このES-1000はビデオ用のシステムを流用していて,はっきり言えば当時の家庭用ビデオカメラの方がずっと高画質でした。

 30万画素程度では動いているだけビデオの方がずっとよい,という状況が続いたのですが,オリンパスから100万画素のデジカメが出て風向きが変わり始めたのです。カメラメーカーとしてもフィルムのカメラの市場が小さくなっている時でしたので,これにかけるしかなかったのでしょう。

 私はフジフイルムのFinePix500で念願のメガピクセル機を手に入れ,ようやく記録に残す価値のある静止画を作る事が出来るようになりました。しかしまだ銀塩一眼レフには追いつきません。

 そしてオリンパスのE-20というカメラを20万円出して購入,500万画素という画素数に,一眼レフを凌駕する高画質レンズを装備したデジタルカメラで,ようやく一眼レフと同じ「使い勝手」になるカメラを手に入れたのでした。

 それでもまだまだ一眼レフには及びません。レンズ交換が出来ない,レスポンスが悪い,センサのサイズが小さすぎる,という弱点が足を引っ張っていましたが,キヤノンから登場したEOSkissDigitalで,一気にAPS-Cのデジタル一眼レフが普通の人の手に届くところに来たという実感を持つに至りました。

 この頃になると,コンパクトデジカメとデジタル一眼レフは完全に違うマーケットを構成していて,同時に携帯電話にデジタルカメラが搭載されるようになって,ぐっとカメラが身近になった印象があります。

 そして同時に,価格と大きさと簡単さと画質がほぼリンクするような構図が完成し,今日に至っています。気が付いてみると,静止画の画質がビデオの画質を完全に飛び越えていて,記録に耐えると言うよりも,芸術的な作品作りに使う事の出来るだけの,膨大な情報量を取り込む事がデジタルカメラで出来るようになっていました。

 デジタル一眼レフでも4000万画素を越え,中判なら1億画素を越える画素数が手に入る時代になっています。個人的な印象では,APS-Cで1000万画素を越えたあたりからレンズの個性が分かるようになってくるのですが,すでに現在の高画素なカメラは,かつてのフィルムなど足下に及ばず,我々の世代は一瞬のうちに,誰も経験したことがないくらい膨大な情報量を持った記録を残せる人類になっています。

 それはなにも,気合いの入った写真ではなくとも,なにげなく撮ったスナップや友人や家族との日常の記録が,あとになって「楽しい,うれしい」と思えるものであることを再発見するでしょうし,そんな写真たちが意図せずともフィルム時代には考えられなかったほどの情報を抱え込んでいることを,私はとても素晴らしい事だと思うのです。

 そうして考えていくと,静止画でも1000万画素程度で,動画に至っては30万画素程度しかない記録しか残せなかった1980年代から1990年代の10年間は,人類の映像の歴史の上で最低の時代だったと言えるかも知れません。

 動画がビデオではなくフィルムだった時代はそうでもないのですが,ビデオでしか記録が残っていない激動の時代を振り返る際,後世の人達の「この頃の人達はなにをやっとたんじゃ」とぼやかれてしまうのが,目に浮かびます。

ヘルシオホットクックは軍用調理器具の民生版か

  • 2017/03/22 14:56
  • カテゴリー:散財

 毎日の夕食作りになれてきたのとは裏腹に,時間がかかってしまう事が増えました。手際は確実に良くなってきていると思うのですが,なぜ開始時刻を早めても終了時刻が遅くなるのか,わからないのです。

 一品増やしたから,というのがもっともらしい理由ですが,その実5分ほど余計にかかっているに過ぎず,やはり主菜に時間がかかっているとしか思えません。

 確かに,以前のように塩を振って焼くだけとか,そういうことは少なくなっているし,その結果料理が偏らなくなってきているという実感はあるのですが,時間がかかってしまってはあまり意味がありません。

 今の私の状況を整理すると,

(1)コンロが不足し煮物が出来ない
(2)ほうれん草や小松菜のお浸しが面倒くさい
(3)揚げ物をローテションに加えたことで付きっ切りの作業が増えた

 という感じです。


 私は本来煮物は好きなのですが,大根を煮てお浸しをして味噌汁を作るともうコンロが埋まります。これらを順番に回していくと,結局30分ほどの時間がこれだけで消費されてしまい,主菜に充てられる時間が限られてしまうのです。

 主菜も,コンロを使わない焼き魚やエアフライヤーを使う料理ならまだいいのですが,フライパンを使う炒め物はコンロでやる他なく,大忙しな割には10分ほども後ろにずれていたりします。

 (2)も似たような理由です。無水鍋を使うと5分もかからずにお浸しが出来るのですが,それでも水にさらして切って盛りつけて冷蔵庫に入れてまでをやると,やっぱり10分は見ないといけません。作業は楽なのですが,放置できないので結構負担です。

 (3)は揚げ物特有の問題で,揚げ油から引き上げるタイミングを見計らうために常にモニターをしなくてはいけませんし,そもそも持ち場を離れたり眼を放すのは危険です。小さいフライヤーなので,揚げ時間10分でも,2倍3倍の時間がかかってしまうのも深刻です。

 とはいえ,うちはまだそんなに大量の揚げ物をするわけではないし,揚げ油の消費サイクルから考えても,フライヤーを大型化するのはまだ早い気がします。

 そこで,抜本的に時間の最適化と,手薄になっているメニューのてこ入れを効果的に行う方法として,新しい調理家電の導入を計画しました。

 調理家電を使えば,コンロが空きます。コンロを使う料理が並列化されスループットが向上します。

 いわば,浮動小数点演算を新しいパイプラインとして並べて,整数演算を邪魔しないようにする作戦です。

 では,その私にとっての浮動小数点演算とはなにか・・・煮物です。時間がかかり,火加減や材料の投入順番,そして混ぜる作業と,案外目を離せない,長時間料理です。圧力鍋は投入順番と混ぜる作業を省略出来る画期的なプロセッサでしたが,それゆえ可能な料理に制限がありました。

 しかも電気を使う調理家電から選択するとなると・・・おお,ありましたよ,シャープの「ヘルシオホットクック」です。

 2015年秋に登場するや否や,無水料理を知らない若い世代はその濃厚なカレーに驚きの声を上げ,ブームの後急速にしぼんだ無水鍋ブームを知る高度成長期を生きた人々にとっては既視感をもって迎えられた,あれです。

 無水鍋にはそれなりのメリットがあるのですが,今ひとつメジャーになれないのはやっぱり扱いが難しいからだと思います。私も無水鍋を使いますが,火加減が強いと焦げたりしますし,水がないので調理時間が短いことはメリットと感じつつも,変化が急峻なので,結局付きっ切りになってしまうのです。

 これをマイコン制御で自動化するというのが,この商品の売りだったわけですが,そもそも無水鍋に疑問を感じていた私は,当初全く関心を持ちませんでした。

 しかし,発売から1年半が経過してなお,その無水カレーのおいしさが評判になり続けていることを無視できず,気になって調べてみると,なにやら今の私の問題点を解決出来そうな予感がします。

 値段も,当初6万円もしていた(電気無水鍋に6万円はない)のに,最近は32000円ちょっとまで下がってきています。この値段なら手が届きます。

 気になったのは,目の付け所は良くても,詰めが甘いシャープという点です。これまでシャープの製品を何度か使ってきましたが,確かに目の付け所は良くてオリジナリティあふれる製品が多かった一方で,その結果は平均以下だったり,基本機能が今ひとつで常用出来ないとか,そういう残念な結果に終わることが多かったのです。

 家電品は毎日使って価値のあるものです。ゆえに毎日の家事の省力化に繋がらない家電品に,家電品を名乗る資格はありません。

 とりあえず取説をダウンロードしてみます。レシピ集も,版権の関係からダウンロード出来ないメーカーが多いなか,シャープはダウンロード可能です。版権がシャープだけにあるということなのでしょうが,良心的だという好感と,レシピを権利として主張するプロの手が入っていないことへの漠然とした不安とが交錯します。

 ・・・なになに,100レシピ!すごい!材料を突っ込んでスイッチを押し,しばらくして煮込み料理が完成,ってなものが,100種類も出来るのか!

 しかし,つぶさに見ていくと,袋入りのラーメンまでレシピとして1つカウントされてます。特においしいとか,特に独自の味になるとか,そういう話もなくただただラーメンです。しかも15分ですって。

 小さい部品を外して洗う手間を乗り越えて,しかも5倍も時間をかけて,手に入るものはインスタントラーメンです。

 あかん,これはこの商品の設計思想,間違ってる。

 この段階で大変な地雷なわけですが,それでも無水カレーは魅力的です。他も探してみましょう。

 ・・・なになに,トマトリゾットが4から6分!うそだ,絶対ウソだ。でも,そう書いてあるんだから,仕方がありません。八宝菜も15分!八宝菜と言えばご馳走ですよ。材料を入れ,スイッチを押せば,15分後に八宝菜なんて,もう中華料理屋は潰れてしまいますよ。

 試さねば。

 先日の土曜日の午前中に,我が家には深紅の「ヘルシオホットクック」が鎮座していました。1.6Lの小型のものです。

 なんか,石ノ森章太郎原作の特撮モノの,主人公(赤ですし)のヘルメットみたいな形状です。

 ということで,この3連休は,家族の協力も得ながら,ヘルシオホットクック評価大会となりました。とはいえ我々も人間ですので,ご飯は最大でも一日3食です。朝はパンですので,昼と夜だけしか機会はありません。


(1)ほうれん草のお浸し・・・○

 ほうれん草を洗って,水を切らずにそのまま入れて,手動モードで運転します。ほうれん草の無水調理は,火の通りにムラがあり,硬さの調整も極めて難しいので私はある時点から苦手になってしまったのですが,ヘルシオホットクックでは問題なく出来ました。

 たかがお浸しで大げさなマシンを使い,洗い物も増えてしまうのに抵抗がないとは言えませんが,それでも放置で完成するのはとても助かります。これは成功ですね。


(2)ブリ大根・・・×

 今が旬で,どうやって食べても美味しいブリ。とてもよいブリが手に入ったので,これでブリ大根を作ってみます。

 私はすでに圧力鍋で美味しいブリ大根を作ることになれているので,これを越えなければいけません。

 このブリ大根はみりんで煮込むんですね。私は料理酒で煮込みますので,このあたりに考え方の違いが見て取れます。

 出来上がったブリ大根は見た目はとても美味しそうなのですが,みりんに砂糖ですのでとにかく甘くて,どうにもなりません。

 また,味の複雑さも足りず,ブリ大根のあの味を表面的に作っただけの残念な料理になっています。かといって火の通りがベストかというとそんなこともなく,ふっくらしているわけでも,じっくりしみ通っているわけでもないので,時間ばかりかかってこの程度なら,このマシンで作るメリットはありません。二度としないと思います。


(3)茶碗蒸し・・・○

 茶碗蒸しはたくさんの種類の材料を少量ずつ集める必要があり,なかなか手間もお金もかかる上に,蒸すのがまた面倒で時間がかかる料理です。その分美味しいのですが,主菜になり得ない一品に主菜以上の手間をかけるのは現実的に難しいため,私は作らずにきました。

 しかし,娘が市販の茶碗蒸しを食べる機会があった時に,こんなに美味しいものがあるのかと驚愕したのを見て,考えを改めました。同時に買った桜の花びらの蒸し茶碗を使って,茶碗蒸しです。

 時間は茶碗をセットしてから25分程度で完成で,その間なにも見ている必要はありません。茶碗蒸しは火加減も案外難しく,すが入らないように作るのは結構大変だと聞いたことがあるのですが,そこが自動化されているのは素晴らしいです。

 完成した茶碗蒸しは絶品です。ダシをきちんととったからというのもありますが,これは市販品を越えたでしょう。娘も大喜びでした。

 それと,些細なことですが,泡が立たないような卵の混ぜ方を,欄外にちょっと書いてあったのが大変良かったと思います。知ってる人にとってはなんでもないことなのですが,私にはとてもうれしい情報でした。


(4)八宝菜・・・○

 自動で調理できる無水料理の1つで,「調理時間15分」と書かれたこの料理が本当にこの時間で出来るのかどうか,この目で見たいというのがヘルシオホットクックを買った動機の1つでした。

 レシピブックには,八宝菜が15分で出来るとは書いていないのですが,この自動メニューの番号で作る他の料理は15分です。

 出来具合を管理しながら時間を調整する自動メニューなら15分では終わらないでしょうが,それでも1時間になったりすることはないでしょう。

 材料を入れて,蓋をして,自動メニューを設定します。

 さすがに15分では完成しそうにないのですが,それでも25分ほどで完成のサインが出ました。ワクワクしてフタを開けてみます。

 無水料理らしく,白菜がクタクタになっていて,ほどよい水気にとろみがついて,美味しそうです。

 鶏ガラスープだけではなくウェイバーを入れたこともあり,味も良くなり,コクが増しています。豚肉の香ばしさは薄いですし,にんじんにももう少し火が通るといいなあと思いますが,これは十分美味しいです。

 確かに,私が作った方が時間はかかりませんし,豚肉の香ばしさは出てきますが,冷静に考えると材料を入れてボタンを押すだけで出来ているんですよね。その間,私は他のことが出来たわけです。

 時間は少々かかるが味は悪くない,しかもほっとけばいいというのは,ルンバと同じ考え方かも知れません。

 30分ほどで完成するなら,帰宅後の夕食に使えるメニューです。これはレギュラー昇格ですね。


(5)ロールキャベツ・・・○

 私はロールキャベツが好きな癖に,自分では作りません。1玉丸々買ってこないといけないキャベツに抵抗があったり,手間がかかり過ぎるとか,いろいろ理由があるのですが,もっぱらこれは嫁さんの担当です。

 その嫁さんが,ヘルシオホットクックでロールキャベツに挑戦してくれました。さすがにキャベツの下ゆでは別の鍋でやるのですが,そこから先は煮込み料理としてヘルシオホットクックの出番です。

 出来上がったものは,確かに美味しいのですが,やっぱりおかんのロールキャベツです。薄味というか,コクがないというか,物足りないです。

 ただ,これも繰り返しになりますが,仕込んでしまえばもうほっとけば完成するわけで,この便利さは確かに強いと思います。


(6)クリームシチュー・・・○

 大体45分ほどで完成するメニューなのですが,市販のシチューの素などをつかわず,ちゃんと小麦粉とバターから作る真面目なシチューにもかかわらず,こんな手間と時間で出来るのですから,大したものです。

 ホワイトソースを小麦粉とバターで作ると,うまくしないとダマになったり,焦げたりします。

 ですが,このレシピでは実にうまく小麦粉が馴染んでいて,とても美味しく滑らかなシチューになっていました。

 私はいつも,シチューやカレーはたくさん作って翌日にも食べるのですが,それは手間がかかるから1日で食べる量だともったいないと思うからで,ヘルシオホットクックのように一度で食べきれるだけの量を簡単に作る事が出来るというのは,シチューやカレーが身近になったということでもあり,ちょっと違った位置付けになってくれそうです。


(7)トマトリゾット・・・×

 お米から作るトマトリゾットが4から6分?ほんまかいな?

 そもそもトマトリゾットなんか,私は作った事がありません。普通にご飯を炊いても40分はかかるのに,なんでこんな短い時間でお米が食べられるように調理できるのか謎は深まるばかりです。

 材料を入れて,蓋をして,手動メニューから時間を6分に設定します。

 そしてスタートします・・・LCDには数字が出てこず,なにやらoが転がっていく表示になっています。

 6分経過しましたが,出来上がりません。

 そういえば,なぜ「調理時間」とあるメニューと,「設定時間」とあるメニューがあるのだろうとふと気が付いて,調べて見ました。調理時間というのは自動メニューで,これは調理開始から完成までの時間でいいんですが,設定時間というのは手動モードにおける,沸騰から弱火で煮込む時間の設定ということで,実は調理時間ではありません。

 沸騰には概ね15分から20分ほどかかりますので,トータルで30分弱かかるメニューという事になります。そういわれれば妥当な時間です。

 また,分量がとても難しいです。4人で1合というのはちょっと少ないですが,2合にしたらしたで,他の調味料の配分がよくわかりません。単純に倍にすればいいかと言えばそういうものでもないようなので,このあたりは試行錯誤が必要なのではないかと思いますが,2合で作った今回の出来は今ひとつでした。

 全体的な傾向通り,コクがなく,平坦な味です。また,設定時間では十分にお米に火が通っておらず,コツコツとしたご飯でした。

 さらに3分ほど加熱を延長し,ようやく食べられるようになったところからさらに10分ほどすると,美味しくなってきました。お米が食べられるようになるまでの加熱時間に,魔法はないという事です。

 滅多に作らないものが出来るといううれしさはあるのですが,美味しいかと言えばそうでもないなあというのが本音で,これをもう一度やるかと言われれば,ちょっと微妙なところです。


 とまあ,こんな感じです。

 使ってみて思ったことは,この調理家電は,無水鍋であることや,火加減をマイコン制御してくれることに加えて,自動で混ぜてくれることがポイントであるということです。

 ほら,給食センターや自衛隊の調理などで,大人数の料理を一気に仕上げる調理マシンがあるじゃないですか,あれって,自動でかき混ぜる仕組みが付いてますよね。あれは,量が半端ないので機械に頼らないと混ぜられないという事情もありますが,弱火で自動的に混ぜる仕組みがあることで,焦げずに,まんべんなく火を通すことが出来るのです。

 あれを人力でやると,付きっ切りになるし,大変です。

 ヘルシオホットクックというのは,この混ぜる仕組みを自動化して搭載した結果,いわばプロ用,いわば軍用の調理器具が,家庭のキッチンに入ってきたものと考えると,これはもう革命としか表現出来ません。

 例えばニコンF3。例えばマキタの電気ドリル。例えばKTCのラチェットハンドル。例えばノイマンのU87。

 ヘルシオホットクックとは,プロの道具を小型にし,しかも複雑な操作をマイコンでアシストして,素人でも使えるようにした,奇跡の民生品なのです。

 ただ,やっぱその辺はシャープらしく,詰めが甘いです。繰り返しになりますが100種類のメニューにインスタントラーメンが入っていたりするあたり,この商品を買う人達がどんな料理を期待しているのかを想像出来ずに,数を揃えることに目的が変わってしまっているのがわかります。

 また,調味料がシンプルであったり,強火で炒める行程が再現出来ないゆえの,香ばしさや歯ごたえが出てこず,どの料理もヘルシオホットクックで作ったという共通項が支配的で,味の傾向や食べ応えでどれもあまり代わり映えしないという「つまらなさ」が顕著です。

 出来上がった料理に対する喜びや驚きが今ひとつですし,味も平坦で悪く言えば料理の下手なおかんの料理です。今や家庭料理も「手軽で便利」だけではダメで,相応の水準を超えなければ支持されないと思います。

 例えばパナのオーブンレンジにあった,ピザソースです。トマトの水煮から作るトマトソースですが,簡単に手に入る材料だけで作る事が出来る上,電子レンジ機能を使うだけのものなのに,味は大変良く,市販のピザソースをある意味で越えたとも思います。

 ゴパンのレシピにあるピザの生地も良く出来ているので,これと先程のピザソースを使って,オーブンレンジで焼き上げたピザは,時間も手間もそれなりにかかりますが,とても美味しく,調理家電の底力を見せてくれるものになっていると思います。

 ヘルシオホットクックには,こういううれしさや驚きがありません。これだけのポテンシャルのある調理家電なのに,味はそこそこだけど時短が売りなので,という言い訳ではもったいなく,無水料理のように積極的にこのマシンでないと食べられない料理を自動メニューに加えておいて欲しかったと思います。

 ですが,無水料理こそヘルシオホットクックの真骨頂です。他のレシピは放置で完成というメリットだけに割り切って,ホットクックならではの美味しい料理は,無水料理でないとダメだと,考え方を切り替えてみると,いいかも知れません。

 煮込み料理は時間のかかるものです。時間を短縮するのが圧力鍋なら,その時間を放置可能な時間にするのが,このヘルシオホットクックです。仕込みから食べられるまでの時間が短くならない以上は,夕食の限られた時間で使うには難しいモノがありますが,概ね45分以内で仕上がるものなら,これで作って見ると,食事に幅が出てきて楽しくなるに違いありません。

 手動モードをもっと使いこなすことが次のテーマになりそうです。



トランジスタチェッカーを買ってみる

 先日出たばかりのトラ技を見ていると,ちょっと気になるコラムに目がとまりました。マルチファンクションテスタ,というやつで,LCR-T4 MTesterという名称のようです。

 各種半導体や抵抗,コンデンサ,インダクタを自動判定し,結果を少し大きめのグラフィックLCDに表示します。

 記事によるともともとドイツの有志によって開発されたもので,それを中国の企業が製品化し,世界中に安価にばらまいているという感じです。まあ最近よくあるやつですね。

 以前も目にした記憶があるのですが,あまり興味をそそられなかったので買うことはせずにいました。しかしトラ技の記事に出るくらいですので,まあ1つ買ってみてもいいかなと,amazonを調べて見ることにしたのです。

 記事の通り,国内在庫品は1800円くらいから,中国からの発送だと880円です。どちらも妥当な金額だと思います。とりあえず買っておこうということで,国内在庫品を買うことにしました。

 翌日には手に入れて開封した私は,まずアクリル板で綺麗に加工されたケースが着いていることにちょっとびっくりしました。880円のものは基板だけだと聞いていて,国内在庫品がケース付きであることは,意識していなかったのです。

 これならどう考えても国内在庫品がいいですよね。

 まず基板だけで動作させ,問題ないことを確認してからアクリル板の保護紙を剥がして組み立てます。説明書が全くないのですが,試行錯誤でさくっと完成です。

 ケースがあるのとないのとでは,やっぱり使い勝手が雲泥の差です。普段から手元に置いて使うためには,はやりケースが必須です。

 お。ゼロプレッシャーソケットが使いやすそうです。高級なROMライタの象徴である,TEXTOOLの緑色のソケットはいつ見てもいいですね・・・え,TFXTOOLと書いてある・・・パチモノですか!

 さて,まだ試せていないことが多いのですが,ファーストインプレッションから。

 試したのは,半導体チェッカーの機能です。手元にあるいろいろな半導体を差し込んで判定させてみます。

 バイポーラトランジスタはPNPとNPNの区別,ピン配置,ベース電流とベース-エミッタ電圧,そしてhFEが表示されます。基本的な機能ですね。

 ダーリントントランジスタでは非常に大きなhFEが測定出来ました。一方でパワートランジスタのhFEが数十という小さな値で表示された点については,これで正常であるという知識が必要です。

 FETはJ-FETとMOS-FETを,それぞれP-chとN-chで判別してくれます。

 次にサイリスタ。サイリスタも判別するというので期待したのですが,分かったのはピン配置だけです。他の定格については全く分かりません。

 UJTは構造からダイオード2つと判定されてしまいました。PUTも同様です。トライアックは判別不可能と出てきました。

 ということで,やったのはこのくらいなのですが,結局私が愛用している半導体チェッカ「DCA55」とあまりかわりません。今回のものの方が値段が安く,1画面にすべての情報が出てくるのでボタンを押してスクロールする必要がないこと,抵抗やコンデンサ,インダクタを測定出来ること,ソケットがゼロプレッシャーソケットなので手間がかからないことなど,良く出来ている点も多いのですが,逆に言えばそれだけの違いしかなく,得られる情報についてはそんなに違いはありません。

 LCRの測定に役に立つと思われる校正が出来るそうなので,これを試してからLCRメーターとしての機能を評価したいと思うのですが,すでにちゃんとしたLCRメーターを持っているので,これがありがたいシーンというのはあまりないように思います。

 やっぱり・・・DCA55とDE-5000を持っていたら,これはいらないだろうなあと,最初に興味を持たなかったことは正しい感覚だったとつくづく思いました。

 繰り返しますが,これを選んで使うのはボタン1つですべての情報が得られること,ゼロプレッシャーソケットがあることが便利だと思われるときくらいです。面実装や特殊形状のトランジスタはDCA55のようなICクリップのほうが便利ですし,電池の電圧が12Vと高いことで,測定範囲は精度にも違いがあるかも知れません。

 ということで,あまり出番がないだろうなぁ,という感じです。うーん。

 道具としての充足感もあまりなく,起動画面の変な漢字のロゴもなんだか萎えます。順方向電圧をUFと書いてあるのもがっかりで,せめてここは意味を考えてVFとして欲しかったです・・・

 ところで,DCA55にも共通する話なのですが,パワートランジスタでhFEが30程度にとどまるのは,正常です。

 子供の頃の私もそうだったのですが,hFEというのはとてもわかりやすいパラメータで,ベース電流をhFE倍したものがコレクタ電流になるという教科書的説明から,まるで比例定数のように誤解してしまうのですね。

 ゆえに個体差はあっても,変動しないものと考えてしまいます。

 しかし実際のhFEはベース電流によって大きく変動します。その変動率は大きいトランジスタもあれば,小さいものもあるのですが,小さいものが優秀であるという一般論は正しく,一方で大電流を扱うパワートランジスタでは,それなりのベース電流を流さないと,規格表にあるようなhFEにはなりません。

 正しいかどうかは別にしてですが,トランジスタというのは,ベース電流を流すとコレクタ電流が流れる部品であり,ベース電流とコレクタ電流は必ずしも比例関係になく,hFEなんてのもその条件下でたまたま計算された結果に過ぎないと,それくらいに考えておくといいいかもしれません。

 ですから,よくペアを組むときにhFEのマッチングを取りますが,これはhFEが揃っていることが重要ななのではなく,hFEが揃っていると他の特性もある程度揃っていると期待出来そうだから,と味方を反対に側にする必要があるということです。

 何が言いたいかと言えば,トランジスタの良否判定はそのトランジスタに適切なベース電流を流して行わないとダメだという話で,DCA55にしても今回のLCR-T4にしても,そこを固定してしまっていることが残念だということです。

 ということで,NECの中電力パワートランジスタの定番,2SC1096のhFEが30と出ても,それは不良ではありません。逆に小信号用トランジスタである2SC1815なんかは正確に出てくるでしょう。

 DCA55も6000円超えになっているんですね,ちょっとこれだと高いなあと思います。中学生くらいが,手元のジャンク品を活用したり,部品の知識を増やすのに有益な測定器ですから,2000円で買えるこのテスターは十分価値があるものとは思います。

 また,半導体も劣化し壊れます。20年以上前のラジオなどを修理する場合,結構な割合で半導体の不良が出てくることを実感するのですが,正式な良否判定は回路図を追いかけて,動作状態を正確に把握してから行うべきではあるものの,基本的な機能が損なわれて劣化している場合がほとんどですから,この手のチェッカーでさっと判定出来ると,作業が早く進みます。

 実際,私もオーディオアナライザのVP-7722Aの修理にDCA55は活躍しましたし,ダイソンのDC45の修理にも役立ってくれました。ないと困る存在になりつつあると思います。

 測定対象やその結果から見て,DCA55もLCR-T4も,半導体の判定アルゴリズムには大差がないようです。もしこの手の測定器をお持ちでないなら,この機会に手元に置いておくと便利かも知れません。


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