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気象通報はおわりません

 昨年12月5日に,「気象通報のおわり」と題して,NHKラジオ第2で長く放送されている「気象通報」が,今年3月末で終了すると書きました。

 NHKのラジオ放送の再編で,これまでのAM2波体制から1波に集約,気象通報は引き継がれることなく廃止されること「決まった」ことに,寂しさと諦めを綴りました。

 中学校の理科の授業でも採り上げられる気象通報だけに,この記事はちょっと注目を頂いたようですが,なんとありがたい事に,気象通報は廃止されず,2026年3月末以降もAMラジオで放送が継続されることになったと,2月12日に発表がありました。

 2月12日に正式に引き継がれる番組や廃止される番組が発表になったことをうけ,私も調べてみたのですが,気象通報は月~金の15時45分から,土日は17時05分から,毎日放送されることが確認出来ました。

 また,同日配布された番組表にも,気象通報がきちんと記載されています。よかったー。

 なお,同時に終了すると書いた株式市況は,廃止が決まりました。

 一応,昨年の記事はそれなりの根拠があって書いたのですが,その情報に誤りがあったのか,それとも廃止が覆ったのか,結果的に嘘を書いてしまいました。ごめんなさい。

 個人的には,この番組は最盛期の役割を終えたかも知れませんが,廃止を決断するにはなかなか難しい物があったのではないかと思います。

 1つには,中学校で教えられること。義務教育は強いです。それから,海上や山など,気象が生死を分ける現場で,気象通報が最後の命綱になっていること。この番組で得られる天気図は,まさに天気予報のための基礎的情報です。

 さらに,気象通報用の天気図が今でも販売されていて,登山用品のお店で買えること。気象通報がなくなると,これらの商品も終売になるでしょう。実際に話し合いがあったかどうかは知りませんが,NHKの都合だけで,作ってきた人や売ってきた人たちの仕事が消えてしまうようなことは,彼らが決して大きな商売ではなかっただろうこれらの商品を,社会的な意義で長年支えていた意義に照らして,そう簡単にはできなかったのではないかと思います。
 
 いずれにせよ,この春以降もきちんと毎日,これまで通りAMで夕方に放送される気象通報が残ることは素直にうれしいですし。本当に良かったと思います。

 多くの人が気にもかけず,見過ごしてしまうこの一件で,私はNHKの社会的な使命感と良心を垣間見ました。

とうとう手を出したRoland Boutique,楽しいけど不満の多いJD-08

  • 2026/02/10 15:32
  • カテゴリー:散財

 日本の電子楽器メーカーが,往年の名機を復刻させる話はもはや珍しい物ではなくなりました。コルグがMS-20の復刻を2013年に手がけたかと思えば,YAMAHAとRolandは2015年にそれぞれrefaceとBoutiqueで,名機を復刻します。

 共通するのは気軽に買える安さと小ささです。明らかにステージや音楽制作で機材としてではなく,当時憧れた人たちがついつい買ってしまうことを狙ったものだと思うのですが,中身は本格的で,小さいから安いから,と妥協を強いるようなことがありません。

 その当時に高価な機材に憧れた人たちに買ってもらうには,音や機能に妥協があってはいけませんし,同時に置き場所に困らないようにしないといけません。若いときとは違って,年齢を経ると楽器に人生のすべてをかけられなくなっているものです。

 とまあ,私もこうした復刻シリーズにピクピク来ていた人ですが,結局使わなくなることが目に見えていましたし,小さいとはいえ演奏にも保管にもそれなりの場所が必要になることから,ぐっと堪えておりました。

 しかし,とうとう誘惑に負けてしまいました。買ったのはRolandのJD-08,JD-800の復刻版です。

 実のところ,Roland Boutiqueシリーズには「惜しい!」と思うところがあって,最終的に踏みとどまることが出来ていました。Jupiter-8の復刻であるJP-08は4音ポリであることが致命的だと思いましたし,D-50の復刻であるD-05は別にハードウェアシンセでなければならない理由が見いだせずにいました。

 そもそも限定販売であることが気に障っていて,そういう売り方はオリジナルに失礼だろうと思っていたのです。

 加えて専用キーボードのK-25mの存在です。これとRoland Boutiqueを組み合わせるとA4ファイルサイズのとても可愛い本気のシンセサイザーが完成するのですが,キーボード部分は共通で,本体をとっかえひっかえして楽しめるようになっています。うーん,これは買い集めろという事か・・・

 オリジナルを熱い情熱で維持することを最右翼とすれば,対極に位置するのは合理的にソフトシンセで揃える事です。Jupiter-XやXmのように,1台のハードウェアシンセに複数のオリジナルのエンジンを持つ機材を持つことはやや左,Roland Boutiqueのような小型の復刻機を複数揃える事は少し右という感じでしょうか。

 私はコレクターではありませんので,触って楽しい事や所有欲を満たすことだけではなく,実際に使えることを基準に考えたとき,JP-08やD-05は今ひとつだったわけで,私がJupiter-Xmを買ったことは自然な流れでした。

 そんなわけで気にかけることもなくなっていたRoland Boutiqueシリーズですが,先日偶然JD-08とJX-08を見た事で,少し調べてみたわけです。JD-08は当時一世を風靡した説明不要の名機JD-800の復刻で,オリジナルであるJD-800が出たばかりの当時,ステージ用に新しいシンセサイザーを一大決心して買うにあたり,30万円は出せないなーと,少し安かったD-70を買ったことを思い出させる,小さな心の傷でもあります。

 JX-08のオリジナルはJX-8Pというこれまた名機ですが,アナログシンセのブームがやってきた時期でも不人気のシリーズでした。というか,JX-8Pが評価されるようになったのってここ最近の話ですし,そもそもその評価ってどこからきたものか私にはよく分かりません。

 そんなJX-8Pを私は一時期使っていました。痩せたデジタルシンセの音に加えるべきアナログシンセとして,OberheimのMatrix-1000を導入したわけですが,エディットが本体だけでは出来ない事にフラストレーションがたまり,鍵盤付きでエディットが出来るアナログが欲しいと言うことで,1990年頃最も安く買えたポリシンセがJX-8Pでした。39800円で買った記憶があります。程度は悪かったですが・・・

 いざ使ってみると,確かにウォームな音が大変好ましい上に,FM音源に対抗しようと鋭角的なサウンドも工夫して出るようになっていました。いい音がするなあと思った一方で,Matrix-1000と同じくアナログシンセの終着点として,同じような傾向が見られたことで手放してしまいました。

 ただ,その事を後悔しているのもまた事実で,買い直そうにも10万円近くに値上がりしていること,仮に頑張って買っても置き場所を確保出来ないことから,もうあきらめるしかないと思っていたのです。

 そこへJX-08です。JX-08もどうせ妥協の産物だろうと思っていたらさにあらず,オリジナルを越える20音ポリというではありませんか。この1点だけでもオリジナルを越えるわけで,オリジナルを所有していた私が手に入れる有力な理由になります。

 さらに調べてみると,JX-08はそんなに割引をしていませんが,どういうわけだかJD-08は結構な割引をしています。55000円に10%のポイントですから5万円を切ります。

 JX-8PもJD-800も,私のJuoiter-Xmで再現可能ですが,JX-8Pはかつて持っていたのに対し,JD-800は持っていたことはありません。音もJD-800の方が多彩ですし,1990年代らしい音が出ます。JX-8Pはいい音だとは思いますが,やはりアナログの限界を超えられません。

 私の興味はJD-800の復刻であるJD-08に向かいます。なになに,128音ポリとはオリジナルを超越してるな,音色データに互換性はないのか,など,いろいろ調べていきます。

 そして気が付いたら,ポチっていました。JD-08と専用のキーボードであるK-25mです。

 早速使ってみると,これがまたとても楽しく,時間があっさり溶けていきます。娘に使ってみてよと渡してみたところ,やはり娘の時間も溶けてしまいます。ここ数日どっぷりとJD-08を触って楽しみましたが,がっかりしたこと,期待外れだったこともそれなりに合ったことも事実です。

 JD-08が登場してからかなり時間が経過しています(2021年発売だそうですから5年ですか)が,いつものように勝手気ままにレビューです。

(!)質感,外観

 JD-08本体は金属製の筐体で,結構しっかり作られていますし,ずっしりと重たく本物のシンセサイザーであることを強く主張していて,所有欲を満たしてくれます。加えてJD-800の個性である多数のスライダーとボタンが一回り小さく作られていながらも整然と並んでいて,実にかわいらしいく,かつ格好いいんです。

 しかも,最もJD-800らしい斜めに並んだボタンもパネルデザインに取りこまれていて,一目でJD-800の復刻だと分かるようになっています。使ってみれば分かりますが,このサイズだと斜めにボタンを配置する意味など全くないにもかかわらずです。

 ボタンの押し心地はとても良く,オリジナルを越えたかも知れません。ランプのオレンジも本体色のガンメタリックによく似合っています。特筆すべきはスライダーで,長さは短くなっているし,ツマミも小さくなっていますが紛れもなくJD-800のスライダーです。このサイズによくもまあ,押し込んだなと感心します。

 しっかりした筐体でたわむこともなく,操作もやりやすいのでデジタルシンセで音作りを楽しむというJD-800のコンセプトは間違いなく「復刻」したと言えると思います。

 ところでBoutique用のキーボードであるK-25mですが,これもしっかり作られているので価格相応の質感は保っています。キーも演奏しやすく,こちらもたわんだりしませんし,華奢な感じはしません。

 本体を斜めにセットすると,スライダーがたくさん並んだJD-08がさらに格好良く,シンセサイザーという音を創る楽器と向かい合っている感じがたまりません。


(2)音

 JD-08の音は,そのまんまJD-800といってよいと思います。オリジナルを使っていない私がJD-800にいかに近いと語っても説得力を持ちませんが,D-70を使い込んだ人からすると,1990年代の空気がきちんと出てくる音です。

 ヘッドフォンで聞けば,似ている似ていないという話以上に,いい音だなと感心します。芯のあるしっかりした音も,包み込むような音も,鋭角的なデジタルサウンドも,きちんと出てきます。この小さい箱からこれだけ本気の音が出るなんてすごいなと,その違和感が楽しさを倍加します。

 調べた限りですが,WGの波形はオリジナルと全く同じ,プリセットされたパッチもインターナルについては完全に同じで,これに加えてJD-08用に数個新しいパッチがBバンクに登録されています。この新しいパッチは明らかに1990年代のものとは傾向が違うので,同じシンセサイザーでも時代を経るとこんなに使われ方が変わってくるんだと思いました。


(3)操作性

 JD-08は小さいので,操作はかなり大変です。ツマミが小さいだけではなく,スライダの長さが短いので,ちょうどいいところで止めるのが難しいです。しかし感触は良く,オリジナルをよく再現していると思います。大事な事は,あの膨大なパラメータに向き合って,デジタルシンセの音を作っていこうという気持ちにさせるかどうかです。

 見た目も含めてですが,JD-08は本当によくJD-800の個性を再現していると思います。


(4)気になったこと

 と,散々褒めたところで,悪かったこと,気になったことをここから書き連ねます。

1.25鍵は少なすぎだ
 まずこれ。薄々覚悟はしていましたが,やはり25鍵では音作りで音を出すときくらいしか使い物にならないです。音域が狭いと言うより,両手で演奏出来ないです。せめてもう1オクターブ欲しいです。

 加えて,オクターブ動かす事がさっと出来ません。後述するペダルがない事もあいまって,音域の狭さも克服できません。


2.ベンダーレバーがないのは話にならん

 せめてリードシンセをと思いましたが,ピッチベンダーもモジュレーションもありません。初期のBoutiqueには本体に2つのスライダが用意されていたのですが,JD-08to
JX-08はスペースの関係からか,スライダが廃止されています。

 確かにA4ファイルサイズにするにはK-25mのサイズをこれ以上大きくできないのでしょうが,だからといってシンセサイザーをシンセサイザーたらしめるピッチベンドーとモジュレーションがないのは,あまりにひどいと思いました。

 なにもホイールを2つ用意しろとは言いません。JD-800らしく,というよりローランドらしく,ピッチベンドとモジュレーションを一体化したレバーを小型にしてK-25mに搭載して欲しかったです。


3.ペダルはどこに?

 これもK-25mへの不満になるのですが,ホールドペダルがないのはもう致命的でしょう。せっかくの128音ポリが泣いています。せめてホールドペダルの代わりになる,ホールドボタンがないと使い物になりません。


4.こんなスピーカーならない方がまし

 スピーカーがあるのは便利に思えるかも知れませんが,帯域が狭くてJD-08(おそらく他のBoutiqueもそうでしょうが)の音の良さを殺しています。しかもモノラルで,本体の底面にあるので聞こえにくく,本体を寝かせてしまうと音が籠もり,本体を立てると自分ではなく他に向いて音が出ますから,結局ヘッドフォンなり外部のモニターで音を聴くことになります。これならない方がましかと思いました。


5.キーボードのローカルオフがないのはなんでだよ

 DTMで入力用のキーボードとして使おうにも,ローカルオフがないのでキーボードと音源を切り離せず,シーケンサーからのループバックで動じに音が出てしまいます。私はローカルオフの設定がないシンセサイザーを初めて見ました。正直呆れました。


6.なんでマルチモードがないのよ

 せっかく128音ポリなのに,マルチモードがなく,シングルモードだけなんだそうです。シングルモードはステージで演奏するのに適したモードなのに,ベンドもモジュレーションも出来ずペダルもない25鍵のJD-08がステージで満足に使えるはずはありませんし,むしろJD-08の音の良さをマルチモードで存分に使いたいと思う方が自然なはずで,なにやってんだと思いました。


7.エフェクターの制限が厳しいなあ

 シングルモードしかないJD-08ですが,内蔵シーケンサーが2トラック仕様であることからでしょうか,2パートのマルチティンバーになってます。ただ,パートAとパートBはエフェクタの扱いが違っていて,リバーブなど空間系のエフェクトはパートAしかかかりません。

 てことはなにかい,パートBはベース専用ってかい?


8.4パートはあるように見えるけど実はバグで本当は2パート

 パートAのMIDI CHは2,パートBは3なのですが,いろいろ実験しているとMIDI CHが4と5でも音が出ることが分かりました。それもパートAやパートBと同時にならすことが出来るので,もしかして4パートかもと喜んだのですが,音色の切り替えが出来ずデフォルトののこぎり波しか出ませんし,エフェクトも全くかかりません。あげく,パート切り替えスイッチを一度でも押すとCH 4と5は二度と音が出なくなります。

 DTM Stationというサイトでは4パートと紹介されているので信じたのですが,海外のサイトではこの4パートはバグだと言われていますし,公式には2パートとありますので,やはりバグのようです。


9.JD-800の音色データと互換性がないのは悲しい

 せっかくJD-800をここまで再現出来ているのに,音色データに互換性はありません。なにもシステムエクスクルーシブでオリジナルから流し込めるところまでを期待してはいませんが,せめてソフトシンセのJD-800と音色が共用出来るくらいの工夫は欲しかったです。


10.マニュアルが不親切過ぎる

 音の作り方,活用方法,設計思想などが書かれていないのは残念とは言え,復刻版である以上は仕方がないのかも知れません。しかし,ボタンの説明がないのはあまりに手を抜きすぎです。私は「MANUAL」というボタンの機能が分からず,散々試した後にJD-800の取説を熟読してようやくその機能と使い道を知解しました。

 JD-08は復刻機ですが,それ以前にそれ単体で動作する工業製品です。そこに備わったボタンの説明はひととおり行われてしかるべきでしょう。それがJD-800から引き継がれた物か,JD-08になって用意された物か,私にはわかりません。


11.電源を切っても覚えているパラメータがどれかわからん

 例えばマスターチューニングは電源を切っても設定は残ります。しかし選んだパッチナンバーやキートランスポーズは初期化されます。JD-800とは異なるメモリシステム(例えばパッチはJD-800はインターナルとコモン,JD-08はAからDまでの4バンク)ですし,メモリが消えるというのは致命傷なので,何が残るのか残らないのか,残せないのかは明記すべきだと思います。


12.付属品に電池4本と書かれているけど?

 些細なことですが,取説にもホームページにも,付属品として単三電池4本と書かれています。しかし私のJD-08には入っていませんでした。別にいいけどね。


13.ディスプレイへのリスペクトが足りない!

 JD-800の顔の特徴は,ツマミとボタンとスライダにありますが,同時にオレンジ色のバックライトのLCDと赤の2桁7セグも重要な役割を果たしています。スライダで音色エディットが出来るからといってLCDがいらないという話ではないことを物語っていますが,JD-08は4桁の7セグです。

 無理矢理アルファベットを表示するのでわかりにくいですし,情報量がそもそも少ないのでなにをやっているのかさっぱりです。8桁2行(最悪1行でもいい)の小型LCDか,せめて16セグメントLEDにしてくれないと実用性を損ないます。

 のみならず,オレンジ色のバックライトがJD-800らしさの1つであることを分かって欲しかったです。兄弟機のJX-08だって,オリジナルのJX-8Pは16セグメントのディスプレイを持っていたのですから,ここにこだわらないのはおかしいと思います。


14.キートランスポーズがどうにも中途半端

 キートランスポーズは私にとってはありがたい機能なのですが,JD-08は深い階層に入っているので簡単に変更出来ません。設定があるだけましかも知れませんが,オリジナルの様に独立したキーにして欲しかったと思います。

 さらに,このキートランスポーズの設定はK-25mだけに有効で,USBやMIDIで繋げたキーボードでは無効です。まあこれは,キーボード側でトランスポーズしろよという意思表示なんだろうと思えば納得も出来るのですが,もうちょっと使いやすくして欲しかったなと思います。


 というわけで,近年の私にしてはたくさんの不満が噴出しました。ファームウェアで改善出来ることは少なく,ハードウェアの,それも基本的な仕様やコンセプトに起因する問題点ばかりです。ここを妥協したら実用性が損なわれるとか,ここはこだわるべきだとか,そういう悩みもなかったくらい,あっさりとあきらめている部分も感じます。

 表示の問題はLCDでも良かったはずで,なぜ4桁の7セグというオリジナルにはない仕様をわざわざ実用性が損なわれるのに突っ込んできたのか,ピッチベンドとモジュレーションこそがシンセサイザーのアイデンティティなのになぜないのかとか,大事なところが抜けているように思えてなりません。

 JD-800の復刻として,かなりいい線までこだわっているのに,主に実用性に関する部分でのツメの甘さが散見されるのは,Roland Boutiqueというシリーズが「コレクションアイテム」だといっているように思えてなりません。小さいけどちゃんと使える事がこのシリーズの面白さですし,またそこが評価されているはずですから,フォームファクターを換える必要があるベンダーレバーは別にしても,せめてディスプレイには妥協して欲しくなかったです。

 とにもかくにも,JD-08です。発売5年でまだ在庫があるようですし,値下がりもしています。中古価格も安くなっているところを見るに,今ひとつ不人気のようです。無理もないと思いますが,音そのものは抜群ですし,操作も楽しく,時間が溶けていくのは前述の通りです。

 おそらく新品が安く買えるのは今しかないでしょう。気になっている人は迷わず買って下さい。でも,JD-800を再現するのに他の方法もあります。Jupiter-XmやFANTOMでも再現出来ますから,それでも良いかもしれません。

 

私の助手席自動車列伝

 私の父は典型的な団塊の世代で,昭和の価値観を持つ人でした。この歳になって冷静に思うのは,地主の次男坊に生まれ,病弱で甘やかされて育ち,家を継ぐことも考えず,したい放題が許されて育った故の,自分に甘いわがままな,実にみっともない人だったと思います。

 一方で母は雪国で育った地元の名士の娘で,気位の高さと賢さを備えた人ではありましたが,これもまた自分に甘い人だったので,最初から上手くいくはずがない組み合わせだったのかなと思います。

 父は当時の男としては多趣味な人で,どれもセミプロ級だったとは思います。私のようにインドアでもなかったので,野球にゴルフに釣りにと元気でしたし,模型作りもDIYも料理も上手で,高卒の割には博学だったりして,私は大人になると何でも上手になるんだと勘違いをして育ちました。

 そんな父の楽しみの1つが自動車です。なんとまあお金のかかる趣味だことと呆れるばかりですが,当時はモータリゼーションの勃興期であり,次々に新しい技術を搭載した自動車が登場し,4年に一度のモデルチェンジで乗り換えるのが普通だった時代です。

 父はモータースポーツには興味はなく,また二輪車にも関心はありません。スーパーカーや厳つい車よりも,自分の眼で見て気に入った自動車を選ぶ傾向があったようです。

 小学校にあがって友人と親が乗っている自動車について話をすると,どうも父の自動車の乗り換え頻度は多かったようで,ちょっと珍しい自動車が年に一度くらいの割合でやってくる我が家の状況を,私は密かに得意に思っていました。

 普通の中流家庭だった父がそんなに頻繁に買い換えが出来るというのも,経済的におかしな話だったのですが,父に話を聞いてみると,いわゆるリセールバリューの高い車を丁寧に乗り,価値が下がらないうちに売却し,僅かな追い金で新しい車を手に入れるという仕組みだったみたいです。

 とはいえ,まとまったお金が必要になったのは事実であり,どうやって家計を回していたのかと,今でも不思議でなりません。

 父の自動車遍歴はこの当時としてはなかなかマニアックで,話のネタとしては面白いわけですが,こうした事情もあり根本的なところで肯定的な気分にはなりません。

 ただ,小さい頃からメカ好きな私は,父の自動車の助手席に喜んで乗ったばかりか,週末の洗車やワックスがけ,ちょっとしたメンテナンスも手伝っていて,そんな自動車をまるでオーナーのように間近に触れる経験をしてきたのでした。

 今それらの自動車に乗ろうと思うと大変な手間がかかるわけで,なかなか貴重な経験をしたなと思います。当時の事を書いた本や写真を見ると,懐かしいという気持ちと共に,忘れないうちに書いておこうと思いました。

 ということで,私が(助手席に)乗ったことのある自動車列伝です。


・BMW2002ti

 私の記憶の中で最も古いもので,もはや色も覚えていないのですが,時期的にこれだろうと思うのがBMW2002tiです。小学校に上がる前の話ですので,間違っている可能性も多いです。

 覚えているのは,2ドアであったこと,ビニールのようなペラペラなシートであったこと,丸いテールランプであったこと,そしてホイールキャップがクロームメッキにBMWのエンブレムが入ったものであったこと,ドアハンドルがプッシュ式だったことです。

 どんな乗り味だったかは覚えていませんし,そもそも助手席があったはずの右側に乗っていた記憶も薄いのですが,父もかつて乗っていたと言っていますので,たぶんこのあたりのBMWでしょう。

 私が全く知らない話として,父はあの2000CSにも乗っていたそうです。トランスミッションの歯が欠けてロックし,ギアがフロアから突き出したという事故があり,怖くて手放したと言ってましたが,今ほどBMWが大きくなく,少し前には経営危機でベンツに買収されるかもといわれた時代であった当時に,なぜそこまでBMWが好きだったのかは不思議だなと思います。


・BMW320i(E21) 1982年ごろ

 これは良く覚えています。レモンイエローの2ドアで,乗り降りが面倒だと母は良くこぼしていました。

 子供心に格好いいなあと思った自動車で,もちろん左ハンドルでしたから,高速道路の支払いは私の役目でした。

 明らかに国産車とは違っていたのは,センターコンソールが運転席に向けて湾曲していたことで,ドライバーが主役の自動車であることを強烈に印象づけました。

 ドイツ車らしい重厚さや実直さも印象的でしたし,乗り心地も当時の国産車のようにふにゃふにゃではなく,特に高速道路でのしっかりした走りもあって,子どもの頃に乗った自動車の中では一番良い印象が残っています。

 180km/hを越えた速度計と速度警告音が鳴らないことは,この車が「外車」であることを物語っていて,このあたりも当時の自慢話の1つだったことを覚えています。今思えば高速道路でのエンジンの音はなかなか良かったなあ。

 ヒンジが前にある,逆アリゲータのボンネットも良く覚えていて,当時の国産車によく見られた丸いエアフィルター(ストロンバーグ式のキャブレター)がなく,スッキリとしたエンジンルームでした。

 加えて,父はこの時カーオーディオにも凝っていて,クラリオンのコンポを組み込んでいました。プリアンプとパワーアンプが分かれており,マルチアンプ構成でした。ただ,それで聴いていた音楽が演歌だったのは,ちょっと理解出来ません。

 正確な記憶ではないのですが,たしかパワーウィンドウを装備していたように思います。記憶にあるのは,その前に乗っていたBMWは手回しだったことと,ひょっとしたら三角窓もあったんじゃないかと思うのですが,それに比べてこの320iはなんと先進的だと感じた記憶があります。

 そうそう,ラジエータを繋ぐ15cm程のゴムパイプが破れたらしく,交換にえらい時間とお金がかかったと私に愚痴っていたことや,日曜日に家族で昼食に出かけた帰り,突然エンジンが止まって立ち往生して,母と弟はあきらめて歩いて帰ったのを私は父と一緒に修理に付き合い,私がヒューズを疑ってみたらと何気なく言ったことをきっかけに,本当にヒューズの交換で直ったことや,ボンネットのBMWのエンブレムを盗まれた話,キドニーグリルがどうしても豚鼻に見えたことなど,当時の記憶がたくさんあります。それだけお気に入りの自動車だったのだと思います。


・アクディ クーペ(B2) 1980年ごろ

 BMW320iよりも前だと思うのですが,一時期アウディに乗っていました。叔父が大学生の時に我が家に下宿していたのですが,その叔父と一緒に洗車を手伝った記憶があるので,時期的にも正しいと思います。

 父に,この車はなんという名前だと聞いた時,返ってきたのが「クーペ」でした。何せ初めて聞く単語ですからクーペという固有名詞と思っていたのですが,後に2ドアのボディの一般名詞だと知って,オヤジもたいしたことないなと思っていました。

 ですが先日,B2系のアウディ80の派生モデルとして,本当にクーペという名称で正規輸入されていたことを知り,父が正しかったことを知ったのでした。

 フロントの4つの輪が,オリンピックマークの偽物のように見えて,どうもパチモノくさい印象があったこのアウディですが,父もそれほど気に入ったわけでもなかったようで,短期間で我々の目の前から姿を消してしまいました。


・スカイライン2000ターボRS(DR30) 1983年ごろ

 BMWから,突然赤と黒のツートンカラーを纏った国産車に変わったことはなかなかショックな事件でした。

 ようやく排ガス規制の暗黒時代を乗り越えた国産車が,DOHCだのターボだのとパワー競走に走った時代のスカイラインです。

 父が言うには,もともと試乗車で破格の値段で売ってもらったと言ってました。毎週西部警察を見ていた父ですし,もともと日産車のファンでもあったので,久々のDOHC搭載のホットモデルに,いてもたってもいられなかったのでしょう。

 RSターボと言えば鉄仮面で知られる後期型が有名ですが,うちに来たのは前期型でした。個人的には6代目のフロントデザインは嫌いではないので,もし今RSターボを探すとしても,やっぱり前期型を選ぶと思います。

 赤と黒で塗り分けられたデザインも,ちょっと他に見ない精悍さを放っていましたし,それまでのスカイラインに比べて圧倒的にリアが格好良かったと思いました。テールランプは点灯すれば丸形ですが,四角くコンビネーションされていたのが斬新でした。

 運転席も80年代らしくボクシーで,メーターの初期位置が水平だったことも格好いいと思いましたし,エンジンもヘッドカバーが赤く塗装されていて,特別であることを主張していたように思います。(ヘッドカバーの形をしたキーホルダーがうちにいくつもありました。ノベルティだと思いますが,とっておけばよかったと思います。)

 走りは,ターボが効いてからの加速が強烈で,シートに沈み込むような感覚がありました。1980年代らしい,いわゆるドッカンターボというやつです。ただ,そんな急加速をする父もどうかと思いますし,ターボが効き始めるまでの時間の無力感が際立った当時のターボに,一体何を求めていたんだろうと思います。

 私には面白かったこのスカイラインでしたが,当時の国産車の常として,ふにゃふにゃの足回りに剛性感のないボディで,乗り心地は良くありませんでした。だから,後部座席に押し込まれた母と弟はすぐに酔ってしまい,乗り降りが面倒だったこともありとにかく不評だったようです。

 私の勝手な予想に反し,このスカイラインは短い期間で手放されることになります。理由を尋ねると,ブレーキが甘くて怖かった,加速性能に追いついていないから,といっていました。

 ボディやブレーキに目が向きにくかった,当時の国産車の傾向がよく分かる話です。


・グロリア2000ハードトップジャックニクラスバージョン(430) 1983年ごろ

 ドッカンターボと言われたスカイラインRSターボの後にやってきたのが,グロリアでした。430系ですのでエンジンはL20で,ターボとの組み合わせであの大きな車体を無理に引っ張っていた印象があります。

 ようやく4ドアになり,母も弟も喜んでいたのですが,なにより大きな車でしたのでゆったりできたことを覚えています。

 ジャックニクラスバージョンという,なんとも格好の悪い名前のモデルだったのですが,渋いツートンカラーにサンルーフ,オートエアコンとなかなかの贅沢装備で,これまでになく快適でした。

 個人的には,L20という6気筒エンジンを収めたエンジンルームが堂々としていて,ノーズの長い自動車に格好の良さを感じていました。トランクの鍵穴が隠れる仕組みも高級車だなと思わせましたし,走り出すとロックがかかるオートロックも先進的だと思いました。

 ただ,乗り心地は悪くて,とにかくふわふわと揺れました。スカイラインのMTからATになったのですが,走りも緩慢で面白味に欠いていて,キビキビとした楽しさがなかったことを覚えています。


・セドリック2000ブロアムVIP(Y30) 1985年ごろ

 430のグロリアが,ある時突然真っ白なセドリックに変わっていたから,驚きました。以前のグロリアよりもボクシーになり,ノーズも短くなって伸びやかさがなくなったデザインは私の好みではなかったのですが,父が自慢げに言うには,日本発のV型6気筒であることと,タイムラグをなくした新しいターボを装備していることでした。

 VG20ETと名付けられたこのV型6気筒エンジンは確かに画期的だったのですが,そのせいかノーズが短くなったのは高級車としてどうなんだと今にして思いますが,このエンジンがこの後しばらく日産を支える名エンジンになることを,当時の私は知るよしもありません。

 ジェットターボと名付けられた新しいターボは,タイムラグを小さくすることで,急激な加速よりも運転のしやすさを目指したもので,ターボと聞いてあの加速を楽しみにしていた私は,ノロノロとした加速にがっかりしたものです。

 調べてみるとY30のセドリックって1.5tもあったんですね。ジェットターボ搭載のVG20ETは180psだったそうで,おそらくそんなに非力な感じはなかったんじゃないかと思うのですが,スカイラインRSターボの印象が強く,お行儀の良いVG20ETにがっかりしたんだと思います。

 80年代の王道を行く高級車らしく,装備は充実していて,ステアリングの中央部が一緒に回転せず,スイッチだらけになっているのも初めて見ました。たぶんオートクルーズも搭載していたんじゃないかと思います。


・BMW325i(E30) 1986年ごろ

 セドリックの後にやってきたのが再びBMWの325iでした。今度は白でかつての320iよりはおとなしく,またキドニーグリルも角張ってしまったので,外観は好みに合いませんでした。

 しかし,乗ってみるとそれはもうBMWです。ドライバーに向いたセンターコンソールを見て,BMWのポリシーが変わっていないことにホッとしましたし,相変わらず180km/hを越えて刻まれた速度計にも,ヨーロッパの自動車の頼もしさを感じていました。

 2.5Lのエンジンにはさすがに余裕がありましたが,しっかりとした剛性感や乗り心地にはかつてのBMWの印象がそのまま合致し,いい車だなと思わせるものがありました。

 ただ,この頃になると家族でどこかに出かけることが少なくなり,私も助手席で乗り味を愉しむことは少なくなりました。


メルセデスベンツ300SE(W126) 1987年頃

 とうとう我が家にベンツが来ました。世の中はバブルで,これまでにないくらいベンツが日本に入ってきていて,程度の良い中古車が父のような庶民にも行き渡ったということでしょう。

 私にとってもベンツは初めて乗る車です。私も含めて怖い人が乗る最上級車か,小ベンツと揶揄された小さいベンツしか見た事がないわけで,この300SEというグレードのベンツがどんなものか,私には全く分かっていませんでした。

 家族での移動はほとんどなくなっていた時期でしたが,この時は母方の祖父が手術中に急死するという事件があり,急遽父が私と弟を連れて,このベンツで母の実家に急ぐことになり,期せずして高速道路での長距離ドライブを経験することになったのでした。

 その体験はまさに感動的でした。圧倒的な安定感,疲れることを知らない乗り心地,キビキビとした加速と減速,高速走行でも全く怖さを感じないのです。

 義理の父の急死ということで,父も焦っていたと思うのですが,ほぼ休憩無しで走り続けましたが全く疲れることなく,ここには書けないほどの速度を出しながらも,体感では100km/h未満かと思ったことなど,ベンツの神髄を見た気がしました。

 あれこれと文字を書いていないシンプルなインテリアもドイツ車らしくて素晴らしく,木目の高級感もやはりベンツらしい贅沢感がありましたが,いざ踏み込めばグイグイと加速し,あっという間に国産車が後ろにいます。しかし,フラフラすることもなく,どこまでもまっすぐ走っていく安心感が助手席でも味わえます。

 DOHCでもなくターボでもない,先進の装備もないし,特別流麗なデザインでもなく,目立つのは厳ついベンツマスクで,独特の威圧感がある車ですが,自動車としての本質は今もって最高水準にあるといってよいでしょう。

 ところでこの当時,父が気になる事を言っていました。この300SEには,500SEというエンブレムがついていましたが,これは嘘で本当は300SEだと。そういう話がまかり通ることにベンツの胡散臭さを感じたものですが,今調べると500SEだとエンジンはV8で,これはさすがに庶民が持つ物ではありません。

 私の記憶が正しければ,この車は右ハンドルでした。W126の右ハンドルは300SEにしか用意されなかったそうですので,やはり300SEが正しいのではないかと思います。

 私がこれまでに乗った車で最上のものが,このW126でした。今後もこれを上回る車に出会うことはないと思います。


 このあと私と父は疎遠になり,私も父を避けるようになりましたし,父も我々家族を相手にしなくなりました。私は免許を取り,自分自身が運転する車に夢中でしたから,その頃意向の父の車のことは,全く記憶にありません。

 ベンツのセダンはこの後ちらっと見た記憶があるのですが,残念ながら車種を覚えていません。また,見た事はないのですがSL500に乗っていたという話も本人から聞きました。


 また,ここにあげた車以外にも,ジャガー,マスタングに乗った記憶があります。ただ時期も車種もわかりませんし,印象もほとんど残っていないので,詳しく書くことをやめました。

 そうそう,BMW320iの前後に,318iに乗っていた時期もあったと思います。とはいえ,それほど320iとの違いも分からず,あまり記憶に残っていないばかりか,本当に318iだったのかも定かではありません。

 国産車についても,スカイラインとグロリア/セドリック以外に,ローレルやクラウンに乗っていたことも覚えていますが,これは代車だったみたいですし,父の好みでもなかったのではないと思います。

 私が生まれるずっと前には,110サニーや510ブルーバードSSSに乗っていた(ブルーバードは新車だったらしい)ので,随分といいご身分だったんだなと思います。

 父とはいろいろあって複雑な気持ちがあって,そのせいか自動車についても当時の名車に助手席とは言え乗る機会に恵まれたことを肯定したい気分と否定したい気分の2つがせめぎ合っています。同じように,自動車が好きな自分と嫌いな自分が私の中にいて,自動車を所有することの面倒臭さがその利便性を上回る現実と微妙に重なっています。純粋に自動車のことが好きになれないのは,そういうことなのでしょう。

 

初代GRの出番が増えた

 GRIVがえらいことになっている昨今,我が家にある初代GR(2013)の出番がにわかに増えてきました。

 先日の富山への旅行ではサブカメラとして大活躍しましたし,普段でもちょっと出かけるときにさっと手に取るカメラとして持ち出すことが増えました。

 サイズも手頃でAPS-C,35mm換算で28mmという画角,1600万画素という十分な画素数に,すっかり手に馴染んだ操作感と,確かに普段使いにぴったりです。

 旅行で撮影した画像をみて,初代GRってこんなに良い画を吐き出すんだなあと感心しました。屋外での撮影だったからでしょうが,冬空の青さが見事でした。

 記録を見ると,2013年5月の発売日に9万円で手に入れています。12年前のカメラを一過性のブームに終わらず日常的に持ち出すカメラになっていることは,ちょっと驚きかも知れません。

 その頃の記録を見ると,高感度が絶望的とか,ポートレートが塗り絵みたいだとか,プログラムラインがF4にこだわりすぎてダメだとか,1600万画素くらいでローパスレスにこだわるべきではなく事実モアレが出てしまって困るとか,結構不満を書いていました。

 しかし干支一回りして,私の中でもそうした評価が変わっていることに気が付きます。GRIVが手に入らない今だからこそ,初代GR再考,といきましょう。

 ちなみに,GRシリーズ人気のおかけで,初代GRでさえ中古の売値が9万円程度になっています。買い取り価格は3万円ほどなのでアホらしいですが,数年前まで3万円くらいだった売値がここまで高騰することも異常かなと思います。


 まず最初に,当時の感想についてはその頃使っていたD800への絶大な信頼に随分引っ張られているように感じました。D800は今もいいカメラだったと思える名機だと思いますが,これを基準にGRを評価しているように思います。

 しかし,言うまでもなくGRにはGRの良さがあり,当然得手不得手がありますから,そこを生かして使うことを考えなければなりませんでした。

 今の私はZfで2400万画素に慣れたこともあって1600万画素はそんなに窮屈に感じません。色も感度も屋外なら問題はありませんし,手ぶれについては元々私は必要度が低いです。

 感度もISO1600以上は絶望的だと書いていますが,屋外のスナップならISO400で固定したって構わないくらいです。ISO1600でもノイズの除去はRAWならLightroomで処理できますし,問題ありません。ついでにホワイトバランスもLightroomで調整出来ますから,多少外しても全然構いません。

 そんなことよりレンズの性能の良さが重要だったりします。RAWの素性の良さが利いてくるんです。

 次にAFですが,聞けばGRIVでもそんなに優れたAFではないそうです。つまるところAFに期待しすぎるからなのかも知れず,実は私もこの初代GRを,中央1点にしてシャッター半押しでのAFロックを使うようにしてから,とても快適に使えるようになりました。

 当時はマルチAFだとか,測距点を移動させてとか,コサイン収差を考えて出来るだけ構図を先に決めることを考えて使おうとしていましたが,それらを本格的に使うにはまだまだ初代GRの能力は使用に耐えず,測距点を動かすUIもさらにストレスになっていたのでした。

 また,D800やD850にあわせて親指AFで使うようにしていたのですが,これもそもそも意味はなく,コンテュニアスAFに連写などGRに求めるのが間違いでした。

 潔く中央1点でAFロック。これが一番使いやすいです。しかもこうすることで,ごく普通の使い方に慣れたごく普通の人々(例えば嫁さん)とも貸し借りが出来るわけで,撮影者が増えて撮影チャンスが広がる事の方が遙かに価値があると思いました。

 Pモードにおけるプログラムラインも,実はその後のFWアップデートで出来るだけ開放で使おうとするように変更されています。なので無理にAモードを使うのではなく,Pモードでこちらの意図通りになってくれることが増えました。

 相変わらずポートレートは苦手なカメラですが,スナップやメモ,風景や旅の記録などでは今でも全然通用する画質で,先に書いたようにシーンによっては先日の旅行での写真をプリントしてZfと比較しても,十分張り合えます。驚いたと共にGRの力を見直しました。

 電池もまだまだ劣化していません(予備の電池も買ってあります)から十分実用になります。

 さて,当時気にしていなかったことで,最大の問題点はホコリです。沈胴式のレンズの隙間から入り込んだホコリがセンサに付着して映り込んでしまうという最悪の問題点は,GRがレンズ固定式のカメラでCSMOSセンサの掃除が出来ず,かつセンサクリーニング機能を持たないが故に,修理に出すしか解決方法がありません。

 しかし,修理対応で清掃しても根本的な問題はそのままですから,清掃直後にホコリが付着することもあるわけで,そうなるともうホコリの映り込みを気にしないか,使うのをやめるかの二択になってしまいます。

 私の初代GRも派手にホコリが入り込んでいたのですが,自分で分解してホコリの除去を行いました。あれから何度かやってますので,もう慣れた物です。手間はかかりますが自分で出来るようになると,ホコリももう怖くなくなります。

 初めてホコリの除去を行った後には,ホコリの侵入を防ごうとフィルタを取り付けるアダプタを買い,保護フィルタでホコリの侵入を防ごうとしたのですが,そのせいでGRのコンパクトさが損なわれてしまい,持ち出す気がなくなってしまいました。

 これではいかんと,レンズバリアの前に両面テープで貼り付ける保護フィルタに,薄型のアルミのレンズキャップを用意し,コンパクトさをスポイルしない程度にホコリ対策を行うよう方針を変更しました。これで一気に持ち出す機会が増えたのです。

 おかげでホコリを避けきれなくなりましたが,先程書いたように自分で掃除が出来ますので,ホコリよりもハンドリングの良さを優先できるようになりました。

 同じような感覚で,これまた価格が10万円程度に上がっているシグマのDP2Merrillも使ってみるわけですが,こちらはやっぱりじゃじゃ馬で,とてもGRのような再評価が出来そうにありません。そう考えると,なんだかんだで初代GRは良く出来たカメラだったということが言えそうで,当時のしっくりとこない感覚は私にも問題があったと認めざるを得ません。

 むしろ,サクサクと小気味良く撮影出来るテンポの良さや,大きすぎないデータサイズでRAWから気分良く狙った画に追い込んでいけること,なによりポケットにさっと突っ込んで持ち歩けるコンパクトさという,最新のGRIVでも評価されている点がすでに初代GRに備わっていることを,もっと生かすべきだったと考えるようになりました。

 実のところ,この初代GRはD850を買うときに資金源とするために売却することを検討し,一度は元箱に詰めることまでやっていたのです。当時は出番も少なく,どうもしっくりこないなと避けていたところもありましたので,さっさと売ってしまおうと思ったわけですが,どうせ1万円か2万円程度にしかならないでしょうし,ここで売ってしまうともう二度と買い直せないだろうと思った事に加えて,嫁さんも「置いておいたら」と言ってくれたことで,ギリギリになって売ることをやめたのでした。

 いずれ買い換えるに値するような後継機が出るだろう,その時が来たら売ればいいかと思って残していたところ,意外に手に馴染み始めた事に加えて,ようやく買い換えようと思った後継機は2倍の価格になっただけではなく入手が極めて困難となり,結局売る機会も逸してここまで来ました。これも縁だったのだと思います。

 そんなわけで,初代GRは1周回って,お気に入りのカメラになりました。私だけではなく,嫁さんにとっても使いたいカメラになってくれたことで,初代GRは私以外の視点も手に入れました。

 いつまで壊れずに動いてくれるかわかりませんし,ホコリの除去もいつも成功するとは限りませんから,いずれダメになる時が来るでしょう。でも,12年も使えばそれはそれで十分です。仮にGRIVが買えても,初代GRは手元に置いておくつもりですから,出来るだけ大切に,しかし出来るだけ持ち出して,使っていこうと思います。

2025年の散財を振り返る

  • 2026/01/20 10:45
  • カテゴリー:散財

 毎年この時期に行っている,昨年1年間に買った物を思い出し,反省を自ら促す,昨年買った物2025です。

 買いたい物がないよなーなどといいつつ,昨年はそれなりにお金を使ってしまいました。大きな買い物もありましたが,実のところ価値のある出費だったと思いますので,結果としてはよかったんじゃないかなと思ったりしています。


・MacBook Air 2025 M4

 昨年の買い物で一番は,やっぱこれでしょう。高価だったとはいえ,全く無駄に思えません。M1のMacBook Airと比べて,処理速度が上がったこと以外にも細かい部分でアップデートが行われていて,ストレージが512GBあることも幸いし使い心地は非常に良いです。

 その後,Amazonのセールでかなり安くなりましたが,私の買ったものはUSキーボード仕様であるため,セールとは無縁の世界です。それでも納得のマシンだと思います。

 残念なのは購入直後につけてしまったLCDのキズで,最近でこそあまり気にならなくなってきましたが,やはりキズですから,目に付くのは事実です。このまま気にしないようにするのがいいのか,悩みどころです。


・Charmera

 散財と言うほどでもないのでしょうが,ちょっとブームになっているCharmeraが手に入りそうだったので,家族の分も含めて買うことにしました。小さく軽く,軽快に写真撮影が出来るスナップ写真の原点を垣間見た気がしますが,その画質は私の目から見ると,残すほどの価値のないものに見えてしまいます。

 もちろん,そんな画質でもないよりましで,きっと10年,20年後には懐かしいと思うのでしょうが,同じ残すなら高画質なものがいいですよね。だからというのではないですが,稼働率は低めです。家族の誰も使っていないように思いますから,これは完全に失敗だったと思います。


・Nintendo Switch2

 奇跡的にヨドバシ.COMの抽選販売にあたったことで発売日に入手出来ました。Switchに比べると何もかも改善されていましたし,妥当な価格と言うこともあって,ゲームをやらなくなった私でも,満足度は非常に高いです。

 マリオカートワールドは散々遊びましたが,基本的にゲーマーではない我々家族においては,徐々に稼働率も落ちてしまい,てこ入れとして購入したカービィのエアライダーも,面白いのですが,一度画面に酔ってしまい,その後遠ざかってしまいました。

 あまり詳しく書きませんが,AIブームのせいでDRAMの価格が激しく上昇しています。深刻なのは,値段の上下以上に手に入らなくなってしまうかもしれないことでしょう。そうなると,せっかく抽選販売から店頭販売になりつつあるSwitch2が,また抽選販売に戻ってしまうかもしれず,しかも価格はどーんと上がることになるでしょう。

 それでも買えるだけましというという話もあって,完全に生産できなくなってしまって全く買えなくなってしまう可能性も否定できなくなっています。

 これはなにもSwitch2の話に限らず,PS5も,スマートフォンも,PCも,テレビもデジカメも,およそデジタル家電のすべてが該当します。

 日本に限って言えば,すっかり円安が定着してしまい,どうしても輸入に頼らざるを得ないデジタル家電はますます割高になっていきます。

 今のDRAM不足はAI学習のためのデータセンターで消費されるDRAMに全振りしているからなわけですが,そのAIを実際に利用するための端末が,どれもDRAM不足で値上がりもしくは入手困難な状態になったら,誰がAIをするんでしょう?

 それって,膨大なAIへの投資が回収できなくなるということになりませんか?


・PocketMaster

 安いのでここに書くほどでもないかと思うのですが,話題のPocketMasterも面白いアイテムでした。マルチエフェクタとしては小さいけどそれなりに使えて,なにより演奏が楽しくなるエフェクタだと思うのですが,私にとってはIRを初めて体験できたことが印象深いです。

 ギターを楽曲に取り入れるのにも使えると期待しましたが,実際の所ギターの腕前がさっぱりで,録音に耐えられるものではないことから,あくまでお遊びに留まっています。


・Behringer PRO-800

 昨年はDigitalPerformerを使って音楽作りを真面目に始めたこともあり,楽器関係への投資がそれなりにあったのですが,珍しいハードウェアへの投資として,PRO-800がありました。

 本音を言うと,別にProphetでないとだめだということはなかったのです。ただ,みんなProphetは別物だとか,SCIでなければ意味がないとか,3014と3012でないと出ない音があるとか,Dave Smithは神様だとか言うもんだから,どれほどのものかと思って気になってはいました。

 そんななか,一番安価にそれらを試せるのがPRO-800だとわかって思い切って買ってみたわけです。しかし,今もって使いこなせていませんし,Prophetでないとダメな音を出したことも目指したこともありません。その点で言えば,後述するMercury-6の方が余程自分の欲しい音が出てきていると思います。

 Prophetの,Prophetたらしめているのがポリモジュレーションだと言われます。しかし,PRO-800はProphet5に比べて制限がありますし,仮に制限がなかったとしてもポリモジュレーションで作られる音が私に必要な音かと言えばそうでもなかったというのが正直な感想で,実のところどうしたものかと思っています。


・SynthesizerV

 歌声合成もここまで来たと感激したのが,このソフトでした。特別高価なわけでもないのに,ベタ打ちでもこの表現力はなんだと思いましたし,実際に使ってみたら,専属のボーカリストがそばにいつもいるような錯覚を覚えるほどの楽しさです。自分に出来ない事を,簡単な指示で勝手にやってくれることの面白さは,さすがAIというところでしょうか。

 うちには娘が使う初音ミクV4がありますが,こっちはこっちで初音ミクという仮想ボーカリストとして,上手い下手,リアルかどうかは関係なくキャラクターとして確立していて,明らかにSynthesizertVとは別の道を歩んでいます。もともとリアルな歌声合成ソフトを目指していたはずなのに,不完全なことがかえって受けているというのは皮肉な物です。

 個人的には,リアルタイム演奏による入力機能をもっと充実させて欲しいなと思っています。ピッチベンドでしゃくったり,モジュレーションでビブラート自在にコントロール出来れば,きっと自分の歌のクセのようなものが記録出来るし,下手なところも含めて人間らしさが再現出来るんじゃないかなと思うんです。


・ソフトシンセ
 Mercury-6
 M1
 CollaB3-V2-PRO
 T2L piano
 Melodyne5

 Mercury-6はJupiter-6のソフトシンセということで,安いのですが,楽曲に良く馴染む音で,私はよく使っています。ただ,知っている人に言わせると,安いなりのものでJupiter-6には似ても似つかないものなのだそうです。

 CollaB3-V2-PROはフリー版がなかなかよかったからアップグレードしたのですが,これももっと良い音源があるそうです。B3ですもんね,そりゃそうか。

 ハモンドオルガンを完全に再現しているわけではありませんし,例えばリークなんかもちょっと大げさすぎやしないかと思う所はあります。とはいえ,レスリーのマイクの位置を調整出来たりしますし,演奏していて楽しいと言う点では,私にとって十分B3です。
 
 T2L Pianoは画期的でした。音の良さ,そして様々なピアノの個性を表現している点でも興味深く,これも演奏していたの強い音源でした。安いですしね。

 ただ,あまりに個性が強く,ギラギラしているので他の楽器とはあまり馴染まないように思います。使い方が難しいピアノだなと思ったのですが,電子ピアノでモデリングと言えば日本のメーカーが先頭を走っていると思い込んでいただけに,世界は広いなと思い知らされた音源でした。

 M1はM1Leからのアップグレードで買った物ですが,当時M1に憧れつつも買えなかった高校生が,今になってようやくM1を触る機会に恵まれたということで,ひととおり触って見たわけです。

 確かにその当時,この音が手に入ったらすごかっただろうなと思いますし,当時私が使っていたD-20よりもずっと楽しめただろうと思います。後年価格改定が行われて安くなった時に買っておいても良かったかなと思う一方で,でも当時はD-70を使っていましたから,まあM1とは縁がなかったと言うことなんだなと思いました。

 だけど,ピアノも今聞けば大した事はありませんし,オルガンもVintageKeysに比べたら薄いです。キラキラ系はさすがと思いますが,そんなのはあまり出番もありませんし。

 結果,現在使う音源ではありません。ほぼ死蔵しています。もったいない。

 もったいないといえば,Melodyne5のEssentialにアップグレードしました。別にボーカルを扱うつもりはないのですが,リード楽器やギターソロで使えるかなと思った事と,アップグレードの価格がキャンペーンで下がったことが理由です。

 でも,使っていません。そんな時間はないですしね。


・MDR-M1

 MDR-M1STに比べて随分高価になったモニターヘッドフォンですが,よく調べてみるとM1STがプロ向けで保証なしであるのに対し,M1は通常の商品の扱いで保証も1年間あるんですね。こういうところの違いもあって,価格や販路に違いがあるのでしょう。パッケージもM1STが簡素な箱であるのに対し,M1は普通に化粧箱でしたし。

 音はもう全然違います。M1でJupiter-Xmを鳴らしてみたとき,VCFのパラメータをいじったかなと思ったほどです。解像度も高く,なにより着け心地が大きく改善され,長時間の使用でも全く苦にならなくなったのはありがたいのですが,これだけ音が違ってくるとどうしたものかと思います。

 どう違うかについてはなかなか言語化しにくいのですが,先のJupiter-Xmの時には,カットオフを結構あげましたから,高い方が出ないのだと思いますし,同時にレゾンナスもいじったかなと思うような印象を受けたので,カットオフ周波数の付近にクセもあったのではないかと思います。

 それが分かってからは,M1をあまり使わなくなってしまいました。やはり安全なのは,長い時間使ってきたモニターですし,今から乗り換えるのもしんどいなと思います。


・そして旅行

 ここにも詳しく書きましたが,富山への家族旅行で随分お金を使いました。嫁さんとも話をしていましたが,我々はこうした機会がなかなかなく,結果としてお金を使うことをしてきませんでした。これは今後もそう変わらないだろうと思いますが,思い立って機会を得た今こそ,ちゃんとお金を使いましょうということで,多少の無理をしたという自覚があります。

 結果は書いた通りとても良かったわけですが,この金額で得た物が手元に残らず,しかもわずか3日で消費されるというのは,なかなかすごいことだと思います。コト消費などと呼ばれて久しいですが,確かに物が残ることにこだわり続けたこれまでと違い,記憶に残ることにも目を向けてみようと思います。


 ということで,ざっと思いついた買い物を並べてみました。昨年はDAW関連でいろいろお金を使ったように思います。MacBook Airの買い換えも動機はDAWにありましたし,とにかく見るもの聞くものどれも珍しく新鮮で,いろいろ触って試して一喜一憂する楽しみを久々に思い出しました。

 レンズやカメラに比べて安価で済む事も,ありがたいやら無駄遣いになるやらで,考えてみると私が学生だった頃は,同じような体験をするのに何十万円も用意する必要があったんだなあと思うと,ソフトウェアシンセサイザーというのはつくづくい低コストな世界だなと思いました。果たしていいことなのか悪いことなのか。

 他にも小さい出費はチラホラありましたし,実は部品の買いだめとかで散財をしています。単価が安いのであまり表に出てきませんが,積み上げるとなかなかの散財になるんじゃないかと恐ろしい気もします。

 これまでに買った物で楽しむのもいいですが,やはり新しい物を手に入れて新しい体験をすることも大切かも知れません。惜しいのは,欲しいものが減ってきていること,あるいは欲しいものがあっても手に入りにくくなってきていることでしょうか。

 もしも,GRIVの抽選販売に当選していたらここにも書くことになっていたんだと思いますが,幸か不幸かさっぱりあたりません。欲しいものが少ないうえに,欲しいものは全然買えない,出費の増加は食べ物の値上がり分・・・使うお金が増えても全然楽しくないじゃないですか。この状況って健全なのかなあと,どうにも腑に落ちません,

 

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