標準電圧発生器で遊んでみよう[考察編]
- 2016/02/17 09:07
- カテゴリー:make:
さて,電子負荷キットがめでたく完成し,我が家の測定器戦列に加わったわけですが,この時同時に同じお店から,「標準電圧発生器」なるものを買ってありました。
これ,キットでも部品セットでもなく,完成品です。透明なアクリルで出来た高級感など全くない筐体で,当然のように中国製なのですが,なんと4000円もする高級品です。
なんでそんなものを,と思われたかと思いますが,その名の通り,標準電圧を発生させる,いわばモノサシです。
実はこれ,なかなかこの値段では手に入りにくいものです。
電圧というのは身近な数値で,乾電池は1.5Vですし,コンセントの電圧は100Vです。で,それを測定する機材としてテスターがあり,電子工作に興味を持てば,まず最初に手にする測定器だったりするので,初心者の頃からとにかく電圧だけはどんどん測定することになります。これはもう大昔から変わりません。
初めてのテスターを手に入れて,大喜びでそこら中の電圧を無闇に測定しまくった経験を皆さんもお持ちかと思いますが,その後テスターがもう1台増えると,新しい疑問が吹き出します。
そう,2つのテスターの示す値が違うのです。
どっちが本当だ?
いやどっちも間違っているのでは?
とりあえずもう1台テスターを買って試して・・・なんてことを長年繰り返して,気が付いたら身の回りはテスターがゴロゴロしているわけですよ。困った事です。
そんなあなたに,これ,標準電圧発生器です。
非常に高精度な電圧を安定して発生させるこの装置を使って,テスターの数字が正しいかどうかを確かめてみるのです。標準電圧に比べて大きくずれていたら,そのテスターは信用出来ないということになります。
とはいえ,そんなに高精度な電圧なんて,簡単に手に入るのでしょうか?そう,簡単には手に入りません。まず,絶対的な精度があります。同じ5Vといっても,5Vと5.00000Vとでは,全然意味が違います。
仮にその精度を実現した電圧があったとしても,それがずっと,長い間変化しないように作ることはとても難しいことです。電池だって,使わなくても勝手になくなってしまいますよね。世の中,変わらないことがどれほど難しいことか。
加えて,気温や湿度,気圧の変化だって電圧に影響を与えてしまいます。もしかしたら強力な電磁波(電波)でも変動するかも知れませんし,その電圧を発生させる仕組みによりますが,元々の電源の変動が影響することだって考えられます。
高精度になってくれば,地磁気の影響だって受けるだろうし,もっといえば人体の影響だって避けられないでしょう。もう,泥沼です。
まあ,さすがにそこまで気にし出すともう切りがないのでそこそこにするとしても,それでもやっぱり大変です。こういう,絶対精度と経年変化を抑えた「標準電圧」は,電圧計の校正などに使われますが,とても高価ですし,精度の維持管理がとても大変です。
これを,そこそこの精度でいいからという制約で,モノリシックICにしたものがあります。そう多くはないにせよ,機器に組み込んだ高精度な標準電圧が欲しい時だってあるんですね。
そのICとしてよく知られたものが,アナログデバイセズのAD584です。なかなか高いICですが,今回の標準電圧発生器は,このICを使っています。だから4000円でも安いと思って買いました。![]()
さて,届いてみると,透明アクリルの板きれを組み合わせて作ったオモチャのような外見と,そんなに高級な部品を使っていない感じがして,どうもあやしい感じです。裏側には電圧の実測値がボールペンで書かれています。どれどれ・・・
気温21℃で,測定日時は2015年とだけ書かれています。それぞれの実測値は,
2.500V・・・2.50165V
5.000V・・・5.00302V
7.500V・・・7.50454V
10.00V・・・10.00533V![]()
これが,シールに書かれた日時に,彼らの34401Aで測定された電圧です。その34401Aが十分な精度を持ち,管理されているのであれば,この標準電圧発生器の電圧もそれなりに信用出来るというわけです。
さて,うちのテスターどもを確かめる前に,あらためてこの標準電圧発生器を考察してみることにします。
まず,心臓部のAD584KHですが,メタルCANパッケージで,精度は2.500Vで±3.5mV,5.000Vで±6mV,7.500Vで±8mV,10.000Vで±10mVという仕様になっていて,2ランクあるAD584のうち上位ランクになります。![]()
温度安定性については,0から70℃までの範囲で15ppm/℃。いやーやりますね。なになに,レーザーウェハトリミングで出力レベルと温度係数を調整ですか,むむー,しびれますね。
私の手元にある標準電圧発生器の誤差は,現地で測定された34401Aが誤差ゼロと仮定すれば,2.500Vで+1.65mV,5.000Vで+3.02mV,7.500Vで+4.54mV,10.000Vでは+5.33mVです。いずれもスペック内に入っています。
ちなみに今日現在の某部品通販会社の価格は1個で3633円,メーカーの100個時の価格は18.03ドルです。これが完成品でしかも実測値つきなら4000円というのは十分安いです。
AD584KHはメタルCANパッケージで,プラスチックのAD584KNとスペックを比べても,同一です。ではわざわざなんでメタルCANを用意するのか,と言う話なんですが,これはもう長期信頼性と堅牢性が気になる方向け,です。
メタルCANパッケージは溶接で封止するため,完全な防湿が可能です。半導体は,素子の酸化や劣化が問題となってメタルCANパッケージが使われていた時代が初期にあったのですが,その後プレーナプロセスの登場で酸化や劣化をほぼ無視できるようになり,安価なプラスチックパッケージに移行しました。
ただ,このプラスチックというのは水分を通しますので,半導体は湿気に晒されることになります。それでもほとんど影響がないのですが,ごく僅かに性能を変化させるため,その変化が問題となるような高精度な世界では,長期間にわたる信頼性を確保するために,こうしてメタルCANパッケージが選べるようになっています。
もちろん,光,電磁波,機械的衝撃,磁気などにも強いことは言うまでもありません。ただ,このパッケージはピンが細くて長く,曲がりやすいこともあって,自動で基板に取り付けできません。大量生産品には使えないんですね。
さてさて,ICの性能が高ければそれでOKかというと,そんなに甘い世界ではないわけで,ここまでくると実装や回路の工夫が,精度を左右します。
まず,電源です。電源をACアダプタなんかから取ってしまうと,電圧の変動やノイズといった電源品質が,精度の足を引っ張ります。理想的には電池ですが,その電池だって乾電池では内部抵抗が高いし,電圧が安定しません。
そこで,内部抵抗が低く,電圧変動の小さい電池として,リチウムポリマー2次電池が使われています。3.7Vで580mAhと,この回路では大きすぎる容量を持っているのですが,あまり小さいと使い勝手も悪いし,電圧変動も出てくるので,これを選んだのかも知れません。ちなみに充電は外部から5Vを供給することで行います。充電中は動作しません。これも,設計者がよく考えて作った結果だと思います。
1つのボタンで電源と電圧切り替えを行うのですが,当然マイコンが入っています。また電池の充電回路も入っているので,システムとしてはそれなりに完成されていて,電圧だけ出ればそれでいいやという適当な作りにはなっておらず,ちょっと感心しました。
些細なことですが,電圧表示のLEDに赤を使っているところもうれしくて,中国製にありがちな超高輝度なギラギラした青色なんかを使っていると,もうゲンナリです。
次に基板です。両面基板ですが,しっかりとGNDを取ってありますし,配線も太く,それなりに考えられていると思います。職人が引くもはや芸術的とも言える高精度アナログ回路のパターンというわけではありませんが,それはもう高望みでしょう。
面白いのは,AD584KHの周りに3mmくらいの穴が8個あいていることです。これ,おそらくですがパッケージの周囲の風通しを良くすることで,IC自身が発生する熱を放熱しているんではないかと思います。
残念な所があるとすれば,出力端子でしょうか。普通のバナナプラグが刺さるような安物の端子で,配線もラグにハンダ付けです。せっかく高精度なものを使っているのだから,ここは圧着か直出しでしょう。
それと,基板の洗浄がちょっと不足です。AD584KHの足下に,白いフラックスが残っています。こういうのが案外,精度を落としたり長期的な信頼性を悪化させたりするんです。
とまあ結局の所,校正され管理された正確な電圧計で測定した値を,温度や経年に対して出来るだけ維持して持ち歩くための「箱」がこの標準電圧発生器です。絶対精度で一喜一憂するよりも,変化しないことを評価したいです。