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スワンクリスタルとワンダースワンカラーを失った週末

 ワンダースワン,今なかなか人気のある携帯型のゲーム機です。

 「枯れた技術の水平思考」を是としたゲームボーイの生みの親,故横井軍平さんが任天堂退社後に立ち上げたコトが開発,当時のバンダイから発売になったワンダースワンですが,安く,低消費電力で,手軽に買えて,だけど楽しく面白くを具現化したワンダースワンは,当時の私の商品設計に対する考え方に近かったこともあり,大好きなハードウェアとして,特別な思いがありました。

 今にして思えば初代が一番洗練されていて,バランスも素晴らしかったと思うのですが,市場はそんな設計者の思いなど知らずに,当然の如くカラー化を望みます。当時の技術ではカラー化によるコストと消費電力の増大が非常に大きく,登場したワンダースワンカラーは市場の要求に,なんとか折り合いを付けた妥協の産物であると,私には見えていました。

 それは乾電池1本で動作するという目標のために,徹底したパッシブ動作へのこだわりにも現れていました。バックライトはコストも大きさも消費電力も大きいので使わない,LCDも美しいが高価なアクティブマトリクスのTFTを使わずパッシブマトリクスのSTNカラーです。

 確かにこれでワンダースワンの目指した安く消費電力が小さいという優先度には矛盾しないものが出来ましたが,結果暗く発色も悪い,とても見にくい画面のゲーム機が出来てしまいました。見やすさだけで言えば,初代のモノクロ機にもかなわないでしょう。

 それでも私は発売前からコトが出した答えが楽しみで,予約して買いました。以後はガンダムのゲームを中心に持ち歩き,暇さえあればゲームを楽しんでいました。実家に帰る新幹線で3時間近くひたすらゲームをやったことも良い思い出です。

 これだけ持ち運んでいれば傷むのも道理で,風防(フロントパネルのことです)の真ん中に大きな傷を付けてしまい,ゲームに没頭できなくなってしまいました。ワンダースワンカラーはパッシブのLCDで,明るさだけではなく色味も改善しなければならなかったので,LCD表面のフィルムはもちろん,風防の表面の反射防止コーティングにもかなりのお金をかけていたように思います。

 それでもバックライトを付けるよりはいいと,パッシブにこだわったのでしょう。でも,もともと暗い所ではいかに反射防止をしても見えるようにはなりません。単三電池1本で動く事にこだわった結果,ワンダースワンカラーは,普通なら市場に出ないだろう形で販売された,珍しい携帯機器だったと思います。

 そして時は流れ,ワンダースワンというプラットフォームに終焉が近づいた時,ようやくワンダースワンの理念を満足な表示品質で実現出来るときが来ました。今ではすっかり珍しくなった全反射型のTFTを搭載した,スワンクリスタルの登場です。

 ようやく価格もこなれてきた鮮やかで見やすいTFT液晶を採用しながら,消費電力の大きなバックライトを使わない反射型にこだわり,画質と消費電力をバランスしたスワンクリスタルは,確かに劇的に見やすさを改善していました。

 名前に与えられた「クリスタル」が,とても誇らしく感じました。

 全反射型のTFTはゲームボーイアドバンスでも使われていたものですので,当時としては珍しい物ではありません。でも,やっぱり周囲の環境に左右されてしまう反射型が淘汰されるのは目に見えていました。

 バンダイらしく,版権物のキャラゲーが主力となった末期のソフトラインナップには興味はなくとも,ワンダースワンに共感し,ワンダーウィッチにも手を出していた私は,スワンクリスタルも迷いなく入手します。

 しかし,以後ソフトも出てこず,私も別の事に興味を持つようになり,私のスワンクリスタルはほとんど稼働することはありませんでした。しかし,自分の身内のように感じられたワンダースワンだけはすべて大切にしておこうと誓い,スワンクリスタルを含むすべてのワンダースワンは,大切に元箱に収納されて保管されていました。

 事が動いたのは実家の荷物をすべて引き上げるときです。当然処分されることなく自宅に運び込まれたワンダースワンですが,動作の確認のためと娘の興味を惹くかもと,電池を入れて動かしてみました。

 グンペイを遊んだのですが,娘は関心を示さず,私も30分ほど遊んでまた箱にしまい込んだのですが,この時私は重大なミスをしていました。

 また近いうちに遊ぶからと,電池をそのままにしてしまったのです。

 それから3年,先日の話です。

 あるお店で,最近人気が高まっているワンダースワンカラーの,交換用の風防が売られていました。ガラス製なのでキズもつきにくく,見た目にも綺麗なのでちょうどいいと手に入れ,これで20年越しの「キズ」に決着を着けることが出来ると喜んで交換作業を始めました。

 傷ついた風防を取り外すのですが,風防の裏面の印刷と両面テープが本体に残ったままになってしまい,これを取り去るのに随分手間がかかったのですが,どうもこれが良くなかったらしいです。

 交換作業は終わったのですが,おそらくその時に指で触ったりねじったりしたせいで,どうもLCDにまだら模様が残っているのです。電荷が残っているせいかもと思いましたが一晩経っても消えず,よく見るとピクセルにまたがっていますので電荷によるものではありません。

 ならば偏光板の劣化だろうと思ったのですが,ここはあまり深追いせず,ワンダースワンカラーはこのままとして,スワンクリスタルで遊ぼうと箱から取りだしました。

 するとなにやら,白い結晶のような物がパラパラと出てきます・・・

 何だろうと思って本体をよく見ると,本体の通信コネクタに結晶がびっしり,隙間からも透明とライトブルーの粉が出てきています。何だろうとしばらく考えて,まさかと思って電池ケースを外してみました。

 そのまさかでした。盛大に液漏れしていました。

 元の電池の形をとどめないくらいにぐじゅぐじゅに融けてしまっています。これほど強烈な液漏れは私も見たことがありません。さすが,電池1本にこだわって昇圧のDC-DCコンバータを常時動作させる電源システムを持つワンダースワンです。電源OFFでも微弱電流が流れ続けます。

 これまで多くの液漏れを見て来た私ですから,分解掃除をすれば大丈夫,仮に基板のパターンが切れるほどの液漏れがあっても,少し確認して修復すればまた元通りになると軽い感じで開けてみました。

 これまで,たくさんの液漏れを経験してきましたが,これほどひどい液漏れは初めて見ました。もう,手の付けようがありません。基板が腐食しているというよりも基板に結晶が盛り上げられているのです。チップのトランジスタは,まるで砂糖菓子に埋め込まれたゴマのようです。

 こびりついた結晶を剥がそうとしましたが,それも難しい位基板に一体化して成長していました。様子を見たいということで紙やすりで結晶をはがしていきましたが,パターンもスルーホールも,もう手の施しようがないほど切れていました。

 当然電池を入れてもうんともすんとも言いません。修理不可能です。

 LCDもよく見ると,中央部が膨らんでいます。空気が入ったドームのようになっているそれは,LCDの不良を示していました。

 取り外してLCDを見てみますが,電解液が付着した形跡はありません。ただ,表面の偏光フィルムを剥がしてみると強烈に酸っぱい臭いがします。そう,ビネガーシンドロームを発症していました。

 21世紀のLCDにビネガーシンドロームが発生するとは思わなかったのですが,もしかすると電池の液漏れによって発生したガスがその引き金になったのかも知れません。

 ということで,LCDも基板も,たった1本の単三アルカリ電池を取り外さなかったことで,死んでしまいました。

 突っ伏した私を,妻と娘は,かける声も見つからないと,心配そうに遠くから眺めていました。

 ならば,せめてワンダースワンカラーを復活させよう,これでギレンの野望特別編を完遂しようと意気込んで,まだらの原因である偏光フィルムを剥がして交換することにしました。今思えば,その発想は自殺行為でした。

 しかして,これも大失敗。偏光フィルムを剥がしてみても,まだらは消えませんでした。あわてた私は反射シートを剥がしにかかりますが,なかなか剥がせません。仕方がないので糊を綺麗にすることにしたところ,まだらが消えました。

 そう,原因は糊にありました。糊をアルコールで完全に剥がすと,ようやくまだらはなくなりました。

 私はホッとし,新しい偏光フィルムを用意して,貼り付ける向きを確認することにしましたが,どの角度でも全然画像が見えてきません。裏返してもだめです。ようやく見えると思った角度でも,よく見ると色が反転しています。

 そうでした,STNのカラーLCDは,発色に複屈折を利用するので,白黒のSTNやTNで使われるような偏光フィルムを使うことは出来ないのです。

 糊に原因があるなら偏光フィルムそのものは再利用できるかも知れないと脇に無造作に捨て置かれたフィルムに目をやりますが,もはや傷だらけで再利用できる状態ではありませんでした。

 ここに至って,我が家のワンダースワンのカラー対応機は全滅し,カラー専用のソフトはゴミになってしまったのでした。

 ああ,なんと悲しい事か。

 当時の雰囲気を良く伝える部品や基板,LCDを見ながら,今も愛されるワンダースワンを愛でることは,とうとうかなわなくなってしまったのか。他のゲーム機はともかく,ワンダースワンだけは持ち続けようと最初から誓っていたのに,こんな不注意でだめにしてしまったのか。

 そもそも,貴重なスワンクリスタルをくだらない理由で失ってしまって,私はレトロゲームを持つ資格がないのではないか,そんな風に自分を責め,再び突っ伏した私を妻と娘は遠巻きに眺めていたのでした。

 ワンダースワンの設計のうち,まずかったなと思うのが,この電池1本で動作にこだわった点でした。いや,別に電池1本で動作させることそのものは問題ないですし,それで20時間も持たせる技術はさすがだと思います。電池1本にこだわる技術者の心意気に私も当時共感した覚えがありますし。

 しかし,1.5Vから3.3Vや5Vに昇圧する回路は,効率も良くないですし,電源OFFでも僅かとは言え結構な電流が流れ続けます。この僅かな電流というのが液漏れを一番誘発するのです。

 当時の私も液漏れを強く意識した設計を心がけていましたが,ワンダースワンでも液漏れを防ぐ為に,DC-DCコンバータの入力側,つまり電池とDC-DCコンバータの間を物理的なスイッチで切断することにして欲しかったと思います。この方法だと電池が完全に切断されますから,常時電流が流れることなく,仮に液漏れがあったとしても小さな被害で済むのです。

 しかし,ワンダースワンは電源ボタンを押しボタンにして,ソフトで管理することにしました。そのせいでCPUに電源を供給する必要が生じ,DC-DCを電源OFFでも常時動作させることになってしまったのです。

 電源スイッチをソフトではなく物理的なスイッチにするには,コストもかかるしデザイン面での制約もあります。でもですね,ワンダースワンには電池ケースが外れるのを防ぐスライド式のロックがあります。ここに電源スイッチを仕込んで主電源スイッチとしてくれれば,救えたワンダースワンもかなりあったんじゃないかと思うのです。

 あれこれ考えていてもどうにもなりません。

 スワンクリスタルは,基板とLCDの損傷。筐体は新品同様です。

 ワンダースワンカラーは,LCDが使えなくなりました。

 多数のカラー専用ソフトを楽しむために,今の私に出来る事は・・・

 続く。

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