唯一無二のレンズ
- 2023/02/14 16:07
- カテゴリー:散財, カメラに関する濃いはなし
気になっていたレンズを,とうとう買うことにしました。
厳密に言うと,変わったレンズだなと気になっていただけであり,買うか買わないかで気になっていたわけではなく,それこそ買おうと持ってから実際に購入鉄津起きに至るまでの行動は15分にも満たないものでした。
AF Zoom-Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-5.6D,という長い名前のレンズです。
Nikkorというほどですので,もちろんニコン。1997年生まれといいますから,ちょうど名機F5と同じ時期に投入されたレンズです。
F5と同じく,高い理想を技術と材料で実現した贅沢なレンズと言えると思いますが,先に結論を書いてしまうとあまり売れなかったそうで,中古市場では幻のレンズになる一歩手前の印象があります。少なくとも,欲しい時にいつでも買えるレンズではないですし,同時に複数のレンズを比較して一番良いものを選ぶ事の出来るようなレンズでもないということです。
ではなにが高い理想だったのか。それはZoomでMicroだったことです。
1990年代の終わり頃というのは,まだまだズームレンズの画質が単焦点のそれには届かないものであるのが常識で,どちらかというとズームであることの利便性を訴求した商品が多数派だったと記憶しています。
それは1本で広角から望遠までとりあえずカバーする便利ズームであったり,ボディとのセット価格を引き下げるためにとにかく安く作った標準ズームであったりしました。
性能ではなく,それ以外で選んでもらえるレンズである事が,当時のズームレンズだったのです。
この時期のズームレンズは,ビデオカメラの製品開発の過程で鍛え上げられたそうです。コンスーマー向けのビデオカメラの市場が大きくなり,開発競争が激しくなるにつれ,画素数が限定されるビデオの世界で倍率とコストで競争が起きるのは自明です。
一方で,21世紀には当たり前になる,単焦点に迫る高画質ズームの萌芽もこのころで,それらは新しいチャレンジとして自ずと高額になる運命を背負い,しかし高額商品を手にできる「保守的なユーザー」の厳しい評価に挑み続けねばなりませんでした。
そんな中で生まれたのが,このAF Zoom-Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-5.6Dです。
今さら説明の必要もないでしょうが,随分昔に書かれた「ニッコール千夜一夜」の第18話に登場するこのレンズは,当時の記述らしく,この商品が持つ可能性や開発者の熱量を考えた時に,これが今の「ニッコール千夜一夜」に採り上げられていたら,と残念でならないほど,実にあっさりと,別の言い方をすれば禁欲的にまとめられています。
曰く,花のマクロ撮影が流行していた,花の撮影こそズームが便利なはず,しかしズームとマクロ(マイクロ)レンズとは両立しない難しい技術,しかもフィールド撮影が目的なんだから持ち運び出来ないとダメだ,と言う制限のなかで,2年歳月を経て完成したのが,このレンズだとあります。
14群18枚,重さは1kgを越える,まるでガラスのかたまりで,最終的な価格は168000円とあります。前述の通り1997年に発売され,2005年に販売が終了したという短命なレンズです。
正確なことは分かりませんが,当時はまだニッコールという名前に厳しい基準があり,焦点移動があったらZoomを名乗れないとか,様々な性能の基準があるなかで,Zoomと歪曲収差があってはならないMicroとの両立は,さすがに困難だったのではないかと思います。
そしてその性能は,70mmから180mmまでのズームをF4.5から5.6まででカバーし,全域で37cmまで寄れ,倍率は180mmでは1/1.32倍と立派なマクロレンズです。しかも通常のマクロレンズと違って被写体との距離によって露出倍数が変化しません。どこでも露出倍数は1なのです。
ZoomでありMicroであるこの見事のレンズは,新しいマクロ領域の撮影方法を開拓しました。マクロ撮影を行った人なら経験があると思いますが,構図を先に決めるとフォーカスが合わず,フォーカスを先に合わせると構図が狂うということが多いです。
構図の調整だけではなく,フォーカスも被写体との距離で調整することがあるマクロ撮影では,自分が動けなければ手も足も出ません。さらに相手が動く被写体ならまずます難易度が上がります。
そこでズームです。ズームが出来れば構図も拡大率も思いのままです。ズームレンズは撮影者が動かずに済むため,多くの名のある写真家が単焦点レンズを使って「自ら動け」と若者を鼓舞した時代にあって,実は自ら動けないマクロ撮影こそ,ズームが欲しい撮影の代名詞だったというわけです。
とはいえ,設計はとても難しいものだったそうです。噂に聞くに,メーカーを越えたレンズ設計者のとある座談会では「真似の出来ないレンズ」というお題でこのレンズが筆頭に上がったとか,似たようなレンズが他社から全く出なかったのは売れそうにないからというより,そもそも作れなかったからじゃないかとか。
実際,このレンズは発売時にいくつかの賞を受賞していますし,学会発表では第一回光設計大賞という名誉ある賞も手にしています。このエピソードを聞くと,このレンズの設計は同業者を震撼させたレンズだったと言えそうで,写真家よりも設計者の心に響いたレンズだったということでしょう。
しかし,一部の写真家はこのレンズの優位性に気付いており,もともと数が少ない上に分かっている人は手放さず使い倒しますので,中古市場にも出にくく,まして新品同様の程度のいいものなど期待薄なわけです。
登場が1997年というのもまた問題で,18枚ものレンズに世代の古いコーティング,プラスチック製の鏡筒に塗装の劣化,華奢なスイッチやレバーの経年的な劣化と破損,VR非搭載は当然としてAFモータすら内蔵ではないと,明らかに旧世代のレンズなのです。加えてとっくの昔に修理可能な時期を過ぎており,つまり壊れたらもうおしまいです。
かように厳しいレンズではありますが,世界初のズームのマクロレンズは,今のところ唯一のレンズでもあり続けており,これを使いたいならFマウントを選ぶしか選択肢がありません。
とまあ,私の事情に話を移すと,やっぱりマクロ撮影は難しいのです。MicroNikkor60mmF2.8Gは性能は申し分ないのですが,いざマクロ撮影をやろうとすると思い通りにいきません。三脚を使えば大丈夫なのですが,小さい相手に大げさな準備というのも敷居が高く,だったらスマホで十分か,といういつもの結論に流れてしまいます。
そんなとき知ったのがこのズームです。マクロ領域こそ望遠だ,と言うニコンの設計者の主張を頭の片隅に残っており,でも本当ならズームこそ最強なんじゃないかと,もしかしたらマクロ領域の撮影を根本から変えてくれるんじゃないかと,そんな風にストーリーが組み上がって,中古市場を探して回ることになったのです。
とはいえ中古は縁のものです。いいものがなければ諦める予定だったのですが,幸い自称Aランクの中古がキタムラの地方のお店に安価に出ており,クモリもなく大きな傷もなく,フードも付いているというので買いました。マップカメラではフードなしの使用感あり,でこれよりも高い値段がついていました。
しばらくして届いた個体は,Aランクと言うよりBランクという感じの使い込まれた1本で,細かい擦り傷も多いですし,プラスチックのテカリもあるし,スイッチも動きが渋く,値段相応だなという感じです。でもいいんです,私も使い倒すつもりで買いましたから。
幸い小さいホコリはあるものの,クモリもなく,性能も出ているようです。光学的には問題なく,実用品として使うにはなんら問題はありません。
ただ,そもそもD850のお奨めレンズリストからには記載がない(これはこのリストが作られた当時にすでに販売が終了していたからかも知れませんが),そんなに高解像度なレンズでは覚悟しておくべきだとも思います。
試写してみましたが,まずマクロ領域では申し分ないです。解像度も十分,歪曲などの収差も問題なく,なにより撮影が想像以上に楽ちんです。撮影倍率が変化しないことも想像以上に便利です。
一方でAF-S MicroNikkor60mm2.8Gのような切れ味はありませんし,あと一歩寄りたいというところで限界を迎える点で,やっぱ等倍撮影というのはいいなあと思い直した次第です。
AFが遅いことはなにも問題はありません。確かに静物ならAFは便利ですが,相手が動くならもうMFであわせた方がずっと楽です。
絞り開放のF5.6でもF8でもF11でもそんなに画質に変化はありませんから,確かに絞り開放から使えるというのは嘘ではありませんが,F11まで絞ってこれか,というがっかり感があるのは事実です。
ということで,VRがない事を加味すると,F8くらいで撮影するのがこのレンズの良い使い方ではないかと思いますが,総じて本来のマクロ領域の撮影については期待通りです。
ではもう1つ,一般撮影ではどうでしょうか。実はマクロレンズというのは一般撮影でも好ましい結果を得られることが多いです。やや暗いので敬遠されがちですし,一般撮影用にはもっと良いレンズがたくさんありますのでわざわざマクロレンズで撮影することもないのですが,ボケ味といい解像度といい色のりといい,なかなか高い次元でバランスしているのがマクロレンズです。
MicroNikkorを名乗る事の出来るほど収差が補正されているズームですので,私はかなり期待していました。しかしこの期待には少々届かなかった様です。
まず,全体に眠いです。解像度が不足し,線が太いです。それから若干ハレ気味で,白く飛びがちです。またコントラストも今ひとつで,このあたりは当時のズームレンズらしい個性を引き摺っているように思います。
これらは絞れば改善しますが,F11あたりまで絞ってしまえばVRがないこのレンズではかなり撮影可能な状況が限定されてくるでしょう。歪曲収差がソフトウェアによって完璧に補正される現代において,光学的に補正することに主眼を置いたこのレンズの出番は,もうないのかも知れません。
とはいえ,ボケはなかなか良好です。自然ですし,滑らかです。そしてちゃんと光を読めば立体的な表現も十分可能なレンズだと思います。
ちなみにAIですので,F2にも使えます。実際撮影してみましたが,まったく問題なく使用することができました。
でもさすがに25年前のレンズですね,これを現代にも通用する等とはちょっと言えないですし,はたまたこれに10万円の価値があるかと言えばないと思います。マクロ撮影はセンサのサイズが小さくても構わない撮影領域ですし,持ちやすいことやブレの防止,拡大率やフォーカスの合わせやすさという点が重要ですから,実質的にもうスマホに任せるべき世界なのかも知れません。
Fマウントが徐々に終わりの時を迎える中で,これは私が買うおそらく最後のFマウントレンズとなることでしょう。実際の稼働率は上がらないとは思いますが,なにより技術的に大変興味深い唯一無二のレンズですし,また評価が大きく分かれるレンズとして,おそらく最後まで持っているレンズになるんじゃないかと思います。
春になったら外に持ち出してみます。