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MacBookProの修理が完了

 MacBookProの修理が完了しました。

 水曜日の夜8時半頃に修理完了の電話をもらい,翌日会社を早く出て,渋谷のAppleStoreに向かうことにしました。

 ちょうど7時半頃渋谷に到着,それからしばらく待たされ,受け取りました。交換されたのはロジックボードと,異様に膨らんだ電池の2つです。本来ならロジックボードの5万円と電池の1万円で合計6万円かかった(もしかすると定額5万円の修理代で電池も交換してもらえるのかも知れませんが私は知りません)ところを,無償修理にしてもらいました。

 他に壊れたところもなかったようですし,ロジックボードも水濡れなど面倒なことは起こってなかったようです。HDDもそのまま,6GBにしたメモリもそのまま,自分で交換したこれらをちゃんとテストしてもらえたわけで,むしろ安心して使えるくらいです。

 私はHDDの交換やメモリの交換のために自分で分解しています。壊すリスクを覚悟の上で行ったことですが,今回の修理ではそうした行為について,なにも聞かれませんでしたし,説明を受けることもありませんでした。

 昔のAppleなら,このへんうるさかったはずです。分解したら,手を入れたら,保証はきかなくなって全部有償になるものというのが,Appleに限らずどのメーカーでも常識でした。

 そんなこんなで家に持って帰って確認すると,なるほどちゃんと直っています。ありがたいものです。画面を含め,本体は一通りクリーニングされています。電池もばっちりです。

 しかし一部設定が変わっていたので気が付いたところから直していきます。

 まず,キーレイアウトです。CapsLockキーをControlキーにする設定が初期化されていたのでこれを元に戻します。

 次に画面のカラープロファイルです。これも初期化されているので,hueyでキャリビュレーションしたプロファイルに変更します。

 そして入力メソッドです。これはことえりに戻っていたので,ATOKの全角ひらがなとUSにします。

 心配していたWiFiのMACアドレス(AirMacIDです)は変わっていないらしく,うちのアクセスポイントにすぐに繋がりました。不思議な話なんですがね,これも。

 そして最後にはまったのが,iTunesStoreで購入したコンテンツの認証です。なにせ壊れてからは全く起動しなかったので,認証の解除を行うことが出来ず,そのまま修理に出すことになったため,新しいマシンで認証をして再生をすると,認証されたコンピュータの台数が2台となってしまいます。

 5台まで認証出来るし,私は2台しかマシンを持っていないので別にこのままでも構わないのですが,ちょっと気持ち悪いですね,こういうケースで認証を解除する必要がある事態は頻繁に起きそうな話で,きっとなにか対応策があるだろうとgoogle先生に聞いてみます。

 すると,サポートに電話して認証の解除をしてもらうか,iTunesStoreの画面から解除してもらうと解決するようです。

 ただ,特定のコンピュータの認証を解除するというのではなく,現在登録されているコンピュータの認証を全て解除し,新たに認証をしなおす形をとります。これはなかなか合理的で安全な方法ですね。

 iTunesStoreの場合,上限の5台が認証された場合で,かつ前回の全コンピュータの認証解除から1年以上を経過してる場合に限って,この操作が可能になりますが,サポートにお願いするとこの限りではないようです。

 夜でしたので電話はせず,iTunesStoreのサポートにメールをしました。24時間以内に返事をしますというのですから,待ってみましょう。特別急を要する話でもありませんし。

 ほんの数日ですが,MacBookAirを使っていて,いつの間にかこれにすっかり慣れていたようです。2008EarlyモデルとはいえMacBookProのポテンシャルはまだまだ高く,レスポンスの良さ,処理速度の高さ,画面の広さを実感しました。

 ということで,この週末からようやく本のスキャン作業を再開できます。

 私もMacを使って長い(もう20年になるのか・・・)ですが,実はこれだけ大がかりな修理を行ったのは今回が初めてです。かつてMacの修理は,Apple自身が行わずに,修理を専門の業者に委託していました。

 業者によって当たり外れもあったし,部品の在庫にもバラツキがあったりして,早かったり遅かったりしました。

 これが,ちょうど初代のiMacが出た頃を境に(つまりJobsが戻ってきた頃ですが)急激にApple自身が手がけるような中央集権的な体勢が取られるようになりました。

 これが結果として功を奏すわけですが,当時はそりゃ散々いわれたものですし,我々ユーザーも不安でした。あのサポートの悪いAppleが自らやれんのか?なんだかんだで専門の業者の方が信用できるし,融通も利く,それにいけないことだったのかも知れないですが,そういう修理業者から部品が市場に流れてきていたので,ここが押さえられてしまって,一部のマニアは部品が手に入らなくなって,面白味がなくなるんじゃないかと思っていたわけです。

 結局Appleは直営店を出して,ここにサービスセンターの機能を持たせることで,顧客との距離を急激に縮めました。iPodとiPhoneのヒットはこの体勢によって支えられているし,またこの体勢がヒットに繋がった要因の1つといえるかも知れません。

 修理期間の短さ,修理内容の確実さ,窓口となるAppleStoreとGeniusたちの素晴らしさ,納得のいくうまい説明と,今回の件は本当にいい対応をしてもらったと思います。製品自身が壊れないこと,不良を出さないことはもとより大事な事ですが,それでもどうしても出てしまうトラブルを,どうやって解決するかにこそ,そのメーカーのスタンスが浮き出るものと思います。

 ところで,実はこの一連の騒動のなかで,私には精神的に立ち直れないと思うほど,悲しく情けないことが起こってしまいました。すべて私の不注意なのでこれはもうあきらめるほかありませんし,人や物に責任転嫁しようという気さえ起きません。

 これについては,また後日。う~。

MacBookProの故障とGeniusBarでの出来事

 9月の末に持ち込んだ大量の本も,ようやくあと1日あれば全てスキャンが完了する,と言うところまでやってきました。思えば長い道のりでした。季節は進み,日差しがまだまだ厳しい9月から,もの悲しい秋,年末年始,そして雪のちらつく厳しい寒さ,と,この数ヶ月の時間は決して平坦ではありませんでした。

 1月中に終わるというのは,実はほぼ予定通りという事もあり,私は1月最後の土曜日に,スキャンをしているMacBookProをスリープから解除しようと,気分良くLCDを開きました。

 電源は入り,HDDも回転しているのですが,全く画面が出てきません。キーボードもトラックパッドも反応がなく,画面は相変わらず真っ黒のままです。MacBookAirから画面共有でアクセスするも反応無し。

 これはもう再起動しかないな,とCOMMAND+OPTION+POWERでリセットを押してみますが,これも反応無し。いよいよ最後の手段ということで電源ボタンを長押しして,電源を落とします。

 ま,この手の問題はままあることです。

 気を取り直して電源ボタンを押します。

 DVDドライブが「うぃーん」と音を立てて起動し,HDDに回転がかかって,電源が入った事が分かりますが,いつもの起動音が鳴る前に電源が落ちてしまいます。

 私の背中にも冷たい汗が落ちていきます。

 壊れたようです。

 落ち着け。こういうときは,PRAMリセットです。

 しかし,電源がすぐに落ちるのでリセットがかかりません。電池とACアダプタを外してしばらく放置しPMUをリセットするも,変化なし。相変わらずすぐに電源が落ちます。

 電源ボタンの長押しをすると電源は落ちないのですが,スリープのランプが点灯して何の反応もないままです。結局完全に壊れたという感じです。

 うわーーーー,これは大変なことになった。大事に使っていたのになあ。

 困ったときのgoogle先生に相談すると,先生は「このマシンは無償修理対象かもよ」と教えてくれました。

 私のMacBookPro,MB134Jは2008年の生まれです。このマシンはGPUにGeForce8600Mを搭載していますが,なにやらこのGPUの一部にパッケージングの問題のある不良品が混じってしまったとのことで,発熱によってチップが破損してしまう場合があるそうです。

 Appleはこの問題をリコールすることはなかったのですが,GPUの問題が原因で壊れた場合は,無償で修理することにしました。当初購入から2年だった期間は,現在4年まで延長されており,実質GeForce8600Mを搭載するMacBookProは全機種対象になっていると考えて差し支えありません。

 対象となる症状は,画面が真っ黒になる,画面が乱れる,ということですが,この場合でもMac自身は動作しているんだそうです。私のように動作しなくなってしまうのは,厳密には対象外となります。

 でも,バスにくっついたLSIが壊れてしまっても,ハングアップしないで壊れた部品がないまま動作するシステムにするには,わざわざそういう設計にしないとダメだと思うのですが・・・結構大変だと思いますよ。

 気の動転した私は,もう少し悪あがきを行う事にします。

 ・・・もしかすると,電池が怪しくなったからかもしれないなと,ふと予備に買ってあった新品の電池を箱から取り出して装着しようとしました。

 果たしてその電池は,美しく,グラマラスな三次元曲面を描いていました。

 膨らんでいます。それもふたが開いて,中身が見えるほどです。

 いやあああああああ

 まるでハマグリのような電池を,恐る恐る手にとって嫁さんに見せると,「妊娠したのね」と笑っています。

 1万円以上の電池が,あっけなく死にました。なんと不憫なことよ。

 いやいや,こんな事をやってる場合ではありません。MacBookPro本体をなんとかせねば。

 google先生は言います,無償修理になった人もいれば,電源入らずになったケースでは有償修理になった場合もある,と。電話の対応よりもどうもGeniusBarへ持っていった方が良さそうという事も耳打ちしてくれました。

 私はあわてて,その日のAppleStore渋谷の,GeniusBarの予約を確認しました。いつもいっぱいの予約で結局あきらめてしまうGeniusBarですが,今日に限って夕方があいています。よし,16時30分に予約です。

 予約の際に,画面が黒くなって再起動をかけたら電源が入らなくなったことと,電池が膨らんでしまったことを書いて送っておくっておきました。こうしておくと話がスムーズに進むのでおすすめという話を以前耳にしました。

 Appleの場合。有償修理は定額料金です。特別なケースやモデルごとの金額は知りませんが,MacBookProの場合約5万円だそうです。5万円でMacBookProが買えるわけでもないし,まだまだ使う気でいましたから,有償でも修理しようと覚悟は決めていいます。

 しかしその前に,xxxやyyyでzzzなファイルを,なんとしてもHDDから消してしまわねばなりません。これは,私という個人の,人間性と尊厳にかかわる大問題です。

 嫁さんは「男の人ってのは大変だねえ」とニヤニヤしています。そんなの誰も気にしないよ仕事だもん,と嫁さんは言いますが,一方で「サービスセンターに持ち込まれた,xxxなレンタルビデオを噛み込んだままのビデオデッキの話ってのも良く聞くよねえ」と,私を崖っぷちに追いやる発言。

 あと3時間。3時間もあればどうにかなると,私はマッハの速度でMacBookProを分解します。

 取り出したHDDをUSB経由でMacBookAirにつなぎ,外付けの別のHDDにつないでコピーを取ります。そしてオリジナルは消去。神業の速さです。

 そしてまた組み立てます。私の目の前には,以前と同じく,MacBookProが鎮座していました。どうやってばらしたのか,どうやって組み立てたのか,もう全然覚えていません。

 なんだかんだで予約時間に遅れそうになりながら,何食わぬ顔で渋谷のAppleStoreに到着します。名前を呼ばれてからしばらく待たされた後,初めてGeniusBarに座ります。

 向かいのお兄さんは,私のメモを既に読んでくれていたようですが,一応私に症状を尋ねます。

 私は,ウソにならない範囲で,画面が黒くなり,電源を切って再起動をしたら,電源がすぐに切れるようになったと答えました。

 確かに,これはウソではないですが,正しいわけでもありません。

 スリープから復帰させようとしたら画面が真っ黒のままだったので,電源を切りました。その後電源を入れてもすぐに切れるようになったというのが正しい言い方でしょう。

 しかし,この言い方では,厳密にはAppleの無償修理の条件には合致しません。人によっては有償修理になってしまうかも知れません。

 私は,Macのハードウェアについては素人ですが,半導体の使いや壊れ方には一般的な見解を持って仕事をしている人です。熱なり静電気なり,半導体が壊れる条件はいろいろありますが,壊れてしまったあとの状態として,内部でショートをおこし,大きな電流が流れてしまうと言う壊れ方は珍しい物ではありません。

 この場合,正しい動作はしないのは当然としても,電源がショートするのですから,大電流が流れて電源電圧が上がらず,回路によっては保護回路が働いた上で,電源が切れてしまいます。

 今回の電源の切れ方というのは,まさにそれだと思うのです。

 また,GPUとはいえ,コンピュータ内部で繋がっている部品です。壊れてしまえば,他の回路に影響を与えて,システム全体が動作しなくなることはむしろ普通の事です。

 私の場合,スリープからの復帰で画面が真っ黒,システムは一切反応せず,再起動後は電源が入らないというものでした。GPUが熱によって壊れた場合,こうならないと断言できないし,むしろこういう結果になることは,十分な可能性があると私は思います。

 お兄さんは私の話を聞いて早速電源を入れようとしますが,一瞬で電源が切れるため手も足も出ない様子です。それでも機種を特定して,引き出しから「nVidia」と書かれたUSBメモリを差し込んで,ここからの起動を試みます。

 すでに無償修理対象の機種あることはわかってらっしゃるようですが,いかんせん電源が入らね,該当するかどうかの判断が出来ません。

 しばらくして,お兄さんは手を止め,私に言います。

 -- お客様の場合,最初に画面が出なかったと言うことから,GPUの問題である可能性があります。電源が入らなくなったことは別の要因で起こっているのかもしれないけども,GPUのせいで壊れた可能性もあります。どちらにしても確認が出来ないのでわかりませんが,今回は無償修理とさせて頂きます。

 同じように壊れていても,画面が出ないままシステムが動作する場合に限って無償修理で,それ以外は有償というのは,ちょっとおかしいかも知れません。ただ,我々はこの件でお金儲けをしたいわけではなく,お客様にちゃんとしたMacを使って頂きたいと思っているのです。だから,今回は無償で結構です。

 電池についても,無償で交換します。電池は大なり小なり膨らむものですが,外装が割れてしまうほど膨らんだものは交換させて頂いています。

 こんな話があって,結果的に私の修理は,全て無償ということになりました。水濡れがあったりすると10万円かかるらしいですが,それは私の場合ありません。

 もしも,全然GPUに関係のない故障で電源が入らなくなった場合でも,極端な話HDDの入れ替え中に基板をショートさせて壊したような場合でも,同じことをいえば,無償修理になってしまったことになります。

 私の場合,本当に画面が黒いままスリープから復帰せず,次から電源が入らなくなったので,やっぱりGPUが故障原因じゃないかとおもっていますが,電源が入らなくなってしまうという症状は少ないようです。最初は電源が入らない場合でも,PRAMをクリアすれば起動したとか,そういう話は見つかったのですが,私のように結局電源が入らないケースというのは,そう多くはないのではないかと思います。

 今になって考えると,お兄さんはGPUに関係のない故障かもしれない,あるいは私がネットで仕入れた知識で無償になるようなウソを言っているのかもしれないという疑いの中で,私の話を信じ,5万円という決して安くはない修理費用をゼロにしてくれたのです。

 これは,結構重たい話です。単純な損得では割り切れません。

 それはそれとして,GeniusBarは今回初体験だったわけですけども,噂通りの,心地よい対応を頂きました。狭く,人でごった返した騒々しい室内で,決して落ち着くわけではありませんし,非常にてきぱきと短時間で処理されていく様子は,さながら病院のようです。

 じっくり長い時間をかけてくれるというサービスとは異なるのに,この手際の良さでなぜこれほど心地よいと感じるのか,非常に不思議なものがあります。

 単純に,私が望む結果以上の対応をしてもらったからでしょうか。そんな損得の話だけで,私は心地よいと感じたのでしょうか。対面なら安心?国内メーカーのサービスセンターだってそうですよね。

 彼らにだってできる事とできない事があります。現場に権限がないことだってあるだろうし,仮に修理を行うにしても,1ヶ月以上かかるような特殊な修理だってあるはずです。

 でも,GeniusBarの悪い評判を聞くことはほとんどありません。

 GeniusBarに来る人は,たいてい困ってやってきます。困っている人をサポートすることをテーマに動いているのがGeniusBarです。彼らは,このことを誇らしく思っているのではないでしょうか。

 またAppleStoreのスタッフの中でも,資格を持つ,精鋭でなければ,GeniusBarの担当にはなれないといいます。GeniusBarでお客さんの対応ををするということは,非常に名誉なことであり,同僚からの尊敬も受けるものであるわけです。

 そう考えると,なるほど,彼らが彼らの仕事に胸を張り,困ってやってくるお客さんがホッと安心して「よかった」と店を出て行く姿を見ることがどれほど価値のあることなのか,それは創造に易いことです。

 自然と彼らのペースになっていることに,時々気付いていました。何度も言うように,それも全然不快ではありません。

 こうしてテーブルの向かい側に座っている彼らに任せておけば,やがて最善の方法によって問題は解決するのだという安心感と期待感が,電話をすればピックアップしてくれる便利な修理サービスを使わず,あえてAppleStoreまで持ち込もうという人が多い理由なのかもしれません。

 ということで,土曜日に預けてきたMacBookProですが,修理が終わったという連絡の電話がかかってくるのを待っています。修理が終わったら,会社からの帰りに寄り道して,引き取りに行く予定です。

 つくづく思うのは,メーカーに取っては数多くの中の一台,に過ぎないものでも,使っているユーザーにとっては,まさに特別な一台なのですね。当たり前の事ですが,手元からなくなる不便さも深刻なら,5万円の修理代が無償になるということも,やはり個人レベルでは大変な事件です。

 早く戻ってくることを願っています。

 さて,その「妊娠した」電池ですが,あわてていたので写真を撮らずにAppleStoreに行ってしまいました。GeniusBarで気が付いたので,手元にあったIDEOSで写真を撮りました。

ファイル 448-1.jpg

 画質が悪いのはお許し下さい。

その名はちょぼ

 あけましておめでとうございます。2011年になってしまいました。

 年を経るごとに,年末年始へのわくわく感が削がれていくことに寂しさを感じていますが,私はというより世の中全体が正月気分云々を声高に言えない雰囲気があるように感じます。

 それはそれとして,実家の母が,とうとう猫を飼い出しました。

 私が小学生の頃に猫がやってきて以来,我々家族は猫好きということになったのですが,その猫も私が社会人になったときに亡くなり,実家を新築してしまったこともあって,長く猫のいない状態が続いておりました。

 母は猫をずっと飼いたいと思っていたようですが,ペットショップで飼ってくる猫と言うより,何かの縁で家にやってくる猫がいれば,是非一緒に暮らそうと思っていた所がありました。

 そしてそれは年末に突然やってきました。

 母の仕事場の知り合いが通う乗馬クラブは,捨てネコが多いそうです。スタッフはみんなしてその猫を飼うなり飼い主を捜すなりで世話をしますが,どうしても1匹だけもらい手が見つからず,年末年始を寒空の下で過ごすことになりそうでした。

 見かねてその知り合いが家に連れて帰ったところ,家族から反対され困り果てたところで,母に相談しました。母はこれぞ縁と思ったのか,自分の家で飼うことにしたというのが経緯です。

 電話で母にどんな猫かと聞いてみましたが,2歳の雌,不細工な猫,人なつこい,しっぽがハート型,と,なにやらつかみ所のない説明です。私は今年は実家に戻りませんでしたので,戻っている弟に写真を送ってもらいました。

ファイル 437-1.jpg

かわいいじゃないですか。

白黒の猫ですが,お腹と手足が白く,その手足も短く太く,このあたりが不細工らしいです。顔はまんじゅうのように丸いのですが,模様のせいでとがって見えます。

 家に来るなりすりすりしてきたそうで,性格はおとなしいと思いきや,この猫はなかなか人に慣れず,実は一度もらい手が見つかったのに,あまりに暴れて僅か一晩で返されたという話です。そんな話がウソのように,とても甘え上手なんだそうです。

 2歳という年齢は人間で言うとそろそろ大人という感じでしょうが,実は一度出産をしているそうです。乗馬クラブのスタッフがそれを「かわいそう」と感じて,避妊手術は済んでいるとのこと。健康状態もよくて,その辺は心配ないらしいです。

 しっぽですが,最近の猫は直角に曲がったり短かったりと,しっぽが長くて綺麗な猫は少なくなりました。この猫も先端がくるんと丸まっていて,さながらさきっちょにハートマークがあるかのようです。

ファイル 437-2.jpg

 まあ正直,この写真でもよくわかりません。太いしっぽの先端が割れているようにしか見えないですね。弟曰く,しっぽを触ると少し痛がるようですので,やっぱこういうねじれ方なんでしょう。

 それで,名前は弟が候補を作り,母が最終的に選んだところ,「ちょぼ」になりました。

 口の部分に白い模様があり,これがその由来になったとのこと。いいんじゃないですか。

 もとが野良猫ですし,一度外に飛び出せばもう二度と戻ってこなくなるでしょう。それは母も分かっているようで,いかに家から出さないようにするかを,腐心することになりそうです。弟がいうには,その点でいつまでこの猫が家にいるか分からないので,早めに見に行くことをおすすめするとのことでした。

 母は,現在一人で暮らしています。帰宅しても誰もいない家に寂しさを感じるのは想像に難くなく,小さいとはいえ,そこに自分を頼り,暖かく,動くものがいるというだけで,随分を部屋の空気が変わることでしょう。家が心配,家が気がかり,そういう意識が,生きていく上で支えになるのも確かなことです。
 
 だからこそ,この猫には,長くいて欲しいと私は思います。

 弟は,「今年の正月はひと味違った,猫のおかげで楽しかった」といっていました。誠に猫の存在感というのは,はかり知れません。

さらばT-ZONE,そしてすごいぞパーツランド

 かつて,IBMからPC110という,文庫本を少し大きくしたくらいの
サイズのモバイルPCが出ていました。私もこれには随分
はまって,Windows95を入れて持ち歩いていましたが,
T-ZONEはこのPC110のオリジナルオプションを作ってくれるほど
熱心で,増設メモリやら内蔵モデムなど,いろいろ
買いました。

 それ以上に,私のように,学生の頃にアキバに来ることが
出来なかった人は,アキバには亜土電子という店があるらしい,
ここはビル1つが上から下まで全部電子部品の店らしい,と
言う話に,まるで外国の話を聞くような驚きと憧れを
感じた記憶のある人もいたはずで,今回の廃業は,
感傷的な気分にならざるをえないものがあります。

 いささか旧聞になりますが,アキバの名門ショップ,T-ZONEが廃業しました。私が電子工作に興味を持ち,お手本にしていた初歩のラジオやラジオの製作がおよそ秋葉原で手に入る部品を基準に記事を作っていたころ,大阪にいた私は,日本橋と秋葉原の間にある,高い山を意識せざるを得ませんでした。

 もちろん,当時の日本橋も電子部品を手に入れるのにそれほど苦労はなく,ニノミヤは本店とエレホビーの最上階が電子部品の売り場,ジョーシンの1番館も最上階が電子部品売り場でした。

 シリコンハウス共立も三協電子もテクニカルサンヨーはもちろん,個人的には親切にしてもらった記憶しかないアークエレクトロニクスももちろんあって,これらを一回りすれば概ね部品は揃いましたが,ケース,コネクタ,ジャック,スイッチといった機構部品のたぐいは,秋葉原とこんなに違うものかと思うほど,別の部品が売られていたものでした。

 年齢と共にノウハウも付き,スイッチなんて電気を入り切りするだけ,ケースなんて基板がおさまりゃなんでもいい,コネクタなんか単純に線を繋ぐだけ,と割り切って,手に入るものを使いこなすことを覚えるのですが,半導体に至ってはそういう工夫も難しく,秋葉原と日本橋との間と同時に,自分の未熟さにくずおれたものでした。

 1980年代後半のことだと思うのですが,今のツクモexのビルが完成,亜土電子という電子部品とパソコンのお店が入って,上から下までエレクトロニクス一色の「T-ZONE」というお店になったことを知ります。

 電子部品などという,ニッチな商品だけでビルが1つ出来て,上から下まで埋まるものなのか!,アキバというところはなんとマニアックな街だ!と,さも外国の話を聞くような驚きと憧れを感じた記憶が私にはあり,まだ箱根の山を越えたことのない当時の私は,まだ見ぬ秋葉原を,いつしか聖地と考えるようになったわけです。

 時は流れ東京で暮らすようになり,アキバに足を運ぶようになりますが,この時すでにT-ZONEはPCパーツのお店になっており,電子部品は売られなくなっていました。当時,電子部品の大型店舗であったヒロセ無線もつぶれてしまっており,むしろ日本橋の方が部品の入手が容易な印象さえ持ちました。

 ただ,T-ZONEにはその後も度々お世話になることとなります。私はPC110という小型のPCにはまった時期がありましたが,T-ZONEはこのマシンを強烈にバックアップしていて,オリジナル周辺機器を作るほどの力の入れようでした。増設メモリ,高速なモデム,そしてオリジナルカラーの外筐。これらを買いに,土曜日の早朝から出かけてみたり,会社の帰りによってみたりと,よく立ち寄りました。

 そういえば,初代iPodを予約したのもここでした。そう,このころは今のドンキホーテのビルが,T-ZONEだったのです。懐かしいなあ。

 盟友(といっていいかどうかわかりませんが)のツクモはヤマダ電機の一部となり,新興勢力ソフマップはビックカメラの傘下に入って,T-ZONEはCSKの支援を受けたり,ファンドの餌食になったりといろいろあったのち,最後に1つだけ残ったお店が,今回の廃業と共に姿を消すことになりました。

 このお店,決して広いわけではありませんが,それでもいつもお客さんでいっぱいでしたし,品数も品種も決して悪くはありません。価格も安く,多くのマニアが巡回ルートにしていたお店でした。

 廃業の理由について,公式な理由はさておき,PCパーツという業態が,それだけで食べていくのが難しい世界になっていることは疑う余地はありません。かくいう私だって,その昔大きなデスクトップマシン(といってもAT互換機というわけではありませんでしたけども)を何台も持っていましたが,今はほとんど全てがノートPCです。

 PCが日常品になり,自分では手に入れようがないノート型が主流となった今,余程好きな人しか,アキバでパーツを買うことはないわけで,今後今以上にPCパーツの世界が大きくなることは難しいと考えると,T-ZONEのようなお店は,確かに難しい選択を迫られたのかもわかりません。

 皮肉なことに,かつてアキバの後塵を拝していた日本橋は,電子部品のお店が破竹の勢いです。

 数年前に福井のマルツ電波がやってきたかと思うと,続いてアキバから千石電商がお店を出します。

 老舗のシリコンハウス共立は堺筋に面したジョーシンの旧J&Pメディアランドのビルに進出し,文字通り上から下まで電子部品というお店になりました。

 ジョーシンは電子部品から撤退して久しく,かつてこのお店がラジオと電子部品からスタートしたことを知る人も少なくなったと思いますが,盟友(これもそういっていいのかわかりませんが)ニノミヤは,本業以外の躓きからファンドに骨までしゃぶられて倒産した後,電子部品部門がスピンオフ,パーツランドとしてまさかの復活を遂げます。

 パーツランドはひっそりと営業を続け,素人目に持って数年かなと,心配していたわけですが,なんと旧丸善無線,後のOAシステムプラザ日本橋店のビルにこの12月から入り,リニューアルという情報が入ってきました。

 え,上から下まで電子部品のビルが,日本橋に2つもあるわけ?

 アキバがダイナミックに街の様子を変化させ,やってくる客層も大きく変わってしまったこの10年で,変化する元気すらなかった日本橋の地盤沈下は凄まじく,電気街という形態を維持することすら難しくなるのでは,と思っていましたが,リーマンショックから土地価格の下落がかえって大阪の都心部の再開発を遅らせることとなり,パソコン関連のお店が撤退した後,急激に目立って来た電子部品専門店が,こうも力を付けてくるとは,私も想像だにしていませんでした。

 今や,シリコンハウス共立はその名を全国に知られるお店になりましたし,東京の人からもうらやましがられるお店になりました。日本橋に足りないお店は,秋月電子と真空管の専門店くらいではないでしょうか。

 しかし,新しくできたお店だったり,大きなビルに引っ越したお店というのは,古い部品の在庫がなかったりします。電子部品はライフサイクルが長いですし,早期に処分しないといけないようなものでもないので,古い店には30年前の部品が当時の値段のままで売られているのが普通です。

 アマチュアの工作の世界では,30年前の部品でも十分現役だったりしますから,実は今も昔も変化なく地道に商売を続けている電子部品専門店をみていると,心なしかほっとするものがあります。川崎のサトー電気もその1つで,私の場合なんだかんだで通販での利用率は,秋月よりも高かったりします。

 電子工作を支える電子部品専門店こそ,時代の波にさらわれて消えゆくものと思う人が多いとは思いますが,電子工作の世界も日進月歩ですし,工作を楽しむ人だけではなく,芸術や服飾関係の人もお店にやってくるようになりました。確実に裾野は広がっています。それだけ新しい技術が生まれ,応用もされているあるわけで,こうした流れを楽しむことが出来れば,まだまだ十分,面白い趣味であり続けると,私は思っています。

 ところでところでHC-20ですが,検討がさっぱり進みません。

 マスクROMを27256と見なして,本物の27C256にコピーしてみましたが変化無し。ここにいたって,CPUやROM,RAMといった基幹部品に不良がないことが分かったと言うだけで,全然原因が見えてきません。

 昨日も,アドレス線とデータ線のパターン切れがないかと確認しましたが,これも見つからず。電解コンデンサが液漏れしているので,どこかが切れている可能性も高いと思うのですが,なにせディスクリートで作られた回路ですので,追いかけるのも一苦労です。いやはや,ゲートアレイを使った1980年代中盤以降のPCが,以下に修理しやすいかを痛感しています。

 現在,先程のサトー電気に,交換用のゲートICを注文しています。74HCシリーズの在庫は若干ありますが,4000シリーズはほとんど手持ちがないので,壊れていたとき交換する手段がありません。4000シリーズのDIP品など,これからもっと手に入りにくくなるでしょうから,これを機会に少し在庫を持つようにしました。

 オリジナルでは,TC40Hシリーズが使われていますが,これはHC-MOSが登場するまでの過渡期の製品で,速度も遅く,74HCシリーズの登場で市場から消え去りましたが,電池駆動のコンピュータというと,この頃はこれくらいしか使えるICがなかったので,良く見る物です。

 HC-20では,いろいろ検討してみると,多くの部品が74HCシリーズにそのまま置き換え可能です。ですので,とりあえず74HCを発注してあります。

 この時,ちょっとびっくりしたのですが,C-MOSのロジックによくあった,アンバッファタイプが,WEBから買えないんですね。74HC04にしても,4049にしても,4011にしても,アンバッファと間違うなという注意書きが必ず初心者向けの電子工作雑誌にあったものですが,今時アンバッファなんて使わないんでしょうか。

 仕方がないので,アンバッファタイプは,壊れてない限り流用です。

 今後は,アドレスデコーダやちょっとした信号の生成に使われているグルーロジックの故障の可能性と,パターン切れの可能性の2つから,原因を追い込んで行くしかありません。データバスのショートや出力の衝突があることは波形からも明らかですが,その根本原因ははっきりしないままです。

 時間もかかってますが,やっぱりHC-20はあきらめるわけにはいかないマシンです。もうちょっと頑張ろうと思います。

感謝とお別れ

 今日で9月も終わりです。

 私の背中側に座ってらっしゃる方が,今日をもって定年退職されることになりました。

 詳しいことは伺っていませんが,サラリーマンですから,それはそれは山あり谷あり,いろいろおありだったことと思います。

 ともあれ,1つのことをやり遂げる,それも短時間の努力や我慢で成し遂げられるようなものではなく,日々積み重ねていくことでしか完遂できない物事には,ゴールにたどり着いたという事実が,直ちに賞賛されるものとなります。

 個人的事情ですが,ちょうどふさぎ込んで,誰とも話をしようと思えなかった時に,その方が近くの席においでになり,なにかと話しかけて下さったことで,少しずつ話をするようになり,それが私という人間を周囲に認知せしめたという,とてもありがたいきっかけを作って下さった方でした。恩人の一人と言ってよい方だと思います。

 60歳で仕事を辞めて,そこから一体なにをして過ごすのでしょうか。はたまた,生活の糧はどうするのでしょうか。確かに自分の人生設計ですから,定年後,年金をもらうまでの間をどう生きるか考えておくべきというのは分かりますが,そういう心配をしなくて済むならそれが一番いいわけで,もう少しどうにかならんもんかな,とそんな風に感じました。

 私としては,この方が思っている以上に感謝をしているのですが,普段から肩肘張らない話を気楽にさせて頂いただけに,改まってきちんとお礼を申し上げていません。もうそんな機会が何度もあるとは思えず,焦りに似たような気分をここ数日味わっていました。

 それにしてもリアリティがありません。明日の朝,また職場にいる姿を見つけてしまいそうな気がします。

 特に感傷的になるものでもなく,入れ替わり立ち替わり,世話をした若い人や,同僚の方々が次々にお別れの挨拶にやってこられます。おかげで片付けがさっぱり進まないご様子ですが,さすが人望のある方だなと思います。

 私は,定年を理由に親しくして頂いた方とお別れすることは実は初めてです。悲しいことでも残念な事でもなく,めでたいことなわけですし,今生の別れとなるわけではありませんから,通過点の1つとして,私も捉えたいと思います。

 とても長い時間を過ごされた大先輩に,心から感謝したいと思います。ありがとうございました。そして,ご苦労さまでした。

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