エントリー

カテゴリー「できごと」の検索結果は以下のとおりです。

京という名の計算機

 日本のスーパーコンピュータが世界一になりました。

 ニュースでも採り上げられていましたし,今回に限って言えば「世界一になる必要があるのか,2位ではだめなのか,1位のために700億円必要なのか」と,畳みかけるような詰問が話題になったことでも広く知られる日本のスーパーコンピュータ「京」が,Linpackベンチマークで8.16PFLOPSを叩きだし,TOP500リストで第1位に輝きました。

 2位のスーパーコンピュータに対し,3倍近い性能差という圧倒的な1位です。

 特徴はニュースでも報道されているのでここでは詳しく触れませんが,特筆すべき点は,その実行効率の高さと処理能力あたりの消費電力の低さ,そしてここまでの経緯です。

 そもそも,日本のスーパーコンピュータはCRAYのベクトル型を手本にして開発され,1980年代に世界を席巻しました。富士通,NEC,日立と,今で言うHPCの世界はコンピュータメーカーの意地と誇りを具現化するものとして,その先頭を走り続けていました。

 スーパーコンピュータは核実験にも使われることから,安全保障上の関わりも深く,経済大国,技術大国となった日本がこの世界"も"牛耳るようになることを,特にアメリカが懸念して,日本製のスーパーコンピュータに高い関税をかけて,事実上の締め出しを行ったことはよく知られています。

 一方で本家本元のアメリカのメーカーは,買収や倒産などを繰り返して,どちらかというと自滅に近い感じで消えていったのですが,これはPCの世界で高性能化が進んだx86のCPUを多数使ったスカラー型のスーパーコンピュータが,価格と性能のバランスから主流となったことと無関係ではないでしょう。

 PCを多数繋げて大きな計算能力を得ることは,正しいアプローチだと思いますが,私個人はこれによってベクトル型のスーパーコンピュータが駆逐されるとは思っていなかったのです。それは,あまりにアーキテクチャが違い,結果として目指すものも得られるものと違うので,共存するだろうと思っていたからです。

 しかし,ベクトル型のスーパーコンピュータは,共存するにはあまりに巨大で,あまりに高額すぎました。

 そんな中,NECのSXをベースにした「地球シミュレータ」が世界1位と獲得し,長くその席を譲らなかったことは,とても誇らしいことでした。日本製という事にはあまり関心はなく,生粋のベクトル型であることが,感動的ですらありました。

 記録だけではなく,天気予報,エンジニアリング,研究などに使われ多くの成果をあげた地球シミュレータですが,PCの進歩と同時に進むスカラー型スーパーコンピュータの性能向上に次第に追いつかれ,追い越されていきます。

 当然,次世代機種の開発が目指されますが,ソフトの互換性の問題やユーザーのベクトル型を望む声から,当然のようにベクトル型で作られることになります。

 しかし,スカラー型にはスカラー型の利点もあります。そこでベクトル型とスカラー型の複合システムという形で,2007年に概念設計が完了します。この結果,スカラー部は富士通が,ベクトル部とスカラー部との接続部分をNECと,NECと契約を結んだ日立という,日本の三大メーカーの連合によって,開発されることになりました。

 2009年には富士通から,このスーパーコンピュータ用に開発したCPUが128GFLOPSという世界最速のCPUとして発表されます。

 ところが同じ2009年,NECが事実上の撤退を決定,同時に日立も撤退します。ベクトル部の担当が抜けた以上,大幅なアーキテクチャの変更は避けられず,結局このスーパーコンピュータはスカラー型として再スタート,開発は富士通のみで行われる事になりました。

 さらに政権が民主党に移り,事業仕分けという公開処刑の場に引きずり出されたこのプロジェクトは,存亡の危機に立たされます。

 この話は大きな反響を呼び,一部感情論を巻き込みながら,国家と科学技術という大きな枠での議論に発展して,プロジェクト中止の危機を脱します。

 そして2011年,「京」というとてもより名前をもらったスーパーコンピュータは8.16PFLOPSという性能と93%という実行効率で,世界のトップに立ったのです。

 私個人は,世界一は素晴らしいことだし,日本という国には,これだけの力があるのだなあとつくづく感心したのですが,一方でお金がかかりすぎているなあということと,世界一位になることがいつしか目的にすり替わっていたんじゃないのかなあと思います。

 予算としては,すでに1000億円を超えています。既存の建物を使わず神戸にわざわざ専用の建物まで建設し,長い時間をかけて作られた「京」は,確かにお金さえかければ作れるような生やさしいものではないにせよ,お金にものを言わせた古い体質で作られたものであるという印象も拭えません。

 誰かが言ったように,スパコンの名を借りた公共事業というのは,事実かどうかは別にしても多くの人の持つ印象ではないでしょうか。

 それに,これだけの予算をつぎ込むのですから,それだけのリターンがなければなりません。そのリターンとして強調されたことが,世界一と夢と希望だとすれば,それは「ダメ」と言われてしまいます。

 そうではなく,これまでの計算機ではこれだけしか出来なかったことが,このコンピュータによってここまで出来るようになる,だから1000億円かける価値があるのだ,という説明がなければなりません。

 私などは,このことに気付いていなかったというだけではなく,世界一になること以外に,このコンピュータでなければならない理由などなかったのではないのか,と勘ぐってしまいます。

 高速なコンピュータを用意するという事は,いわば時間をお金で買うことと同じです。しかも時間とお金は比例せず,高速になるほどお金が余計にかかります。当然,その時々でもっともコストパフォーマンスの良い速度と金額というのが決まって来ることになり,技術の進歩というのは,極論すればその「旬の速度と金額」が底上げしていくことをいうのです。

 そりゃ,2秒かかるより,1秒で終わった方がいいに決まっています。だけど,2秒で100円,1秒なら200円かかると言われれば,まあ2秒でいいか,というのが「普通の感覚」でしょう。

 旅行に行くのに,安いけど時間のかかる列車と,高いけど時間のかからない航空機のどちらを選ぶかという話に例えると,「京」は航空マニアが自ら乗りたいと最速の飛行機をわざわざ作った,という感じです。

 私は,NECと日立が撤退したのは,こうした感覚のズレがあったことが根本にあったではないかと思っています。

 基礎研究にはすぐのリターンはない,宇宙開発も同じで,夢と希望も立派な目的だ,という意見には,反論はありません。私もそうだと思います。

 基礎研究も宇宙開発も,始めなければ全く先に進みません。他に変わるものもなければ,これを進める原動力は純粋な知的好奇心です。だからリターンがすぐになくても,夢と希望だけでも,許されます。

 一方,スーパーコンピュータはどうでしょうか。すでに一定の市場があり,その技術は民生品への転用が直接可能です。数年経てばもっとリーズナブルでもっと高い性能のコンピュータを作る事が経験的に可能と分かっており,しかも時間させ気にしなければ少々古いスーパーコンピュータでも同じ結果が得られるのです。

 この2つが同じもの?笑わせるな。

 夢?希望?君たちだけの夢だろう,希望だろう。

 科学技術の議論に経済合理性を引っ張り出すことに,嫌悪感を示す人も多いですが,スーパーコンピュータは「商品」ですので,経済合理性と共に議論されねばなりません。

 今年,BlueWaterというIBM製のスーパーコンピュータが,400億円ほどの費用で世界トップに躍り出ると言われています。1000億円と400億円,しかも性能は「京」の1.5倍と言われています。

 また,スーパーコンピュータは目的ではなく「道具」です。道具である以上,そこから何が生み出されるかも重要で,一緒に議論されなければなりません。

 こうした問題意識が私には依然横たわっていますが,それでも「京」というスーパーコンピュータは,高く評価されています。処理能力あたりの消費電力の低さ,富士通が作ったCPU単体の素性の良さ,ピーク性能ではなく実力の高さ,そしてこれらをささえるCPUの接続技術は,特に高く評価されています。

 「地球シミュレータ」にしても,「京」にしても,とってもよい名前です。名は体を表すといいます。「京」という日本生まれの才媛が,もっともっと高く評価されるように,彼女の父親と母親にはもっと頑張ってもらいたいと思います。

キュウリの種を蒔いてみる

 今年は原子力発電所が止まっている関係で,電気が足りません。毎日毎日「電気予報」なる笑えないダジャレに辟易しながら,我々は否応なしに電気が足りるか足りないかを日々意識して生活することを強いられています。

 無駄使いをしないことはとても大事な事です。我慢できる暑さをエアコンで快適にすることと,雨が続いて洗濯物が乾かず乾燥機を使うこととは,どちらも贅沢なことではありますが,どちらが切実かは説明の必要などないでしょう。

 私は夏ばてがひどい人で,寒いことには耐えられても,夏の暑さ,とりわけ汗が蒸発せず体温を下げてくれないような湿度の高い夏は,体温調整が下手くそな分だけすぐにぐったりして動けなくなります。

 さりとて冷房をすると,それはそれでまた体調を崩すので,暑い日はぴくりとも動かず,じっとしておくのが一番よいと知っています。

 こんなですから,私の場合,エアコンを使わないようにするという目的ではなく,少しでも涼しく過ごすという目的のために,今年はツル草を育ててみようと考えました。

 昨年の猛暑は電気が不足するという話がなかったにもかかわらず,軒先のゴーヤなどをよく見ました。ツル草は,私は視界が遮られて鬱陶しいし,見た目も気持ち悪いので基本的には嫌いなのですが,よしずやカーテンといった直射日光を遮る機能だけではなく,水が循環していること,その水が空気中に蒸発していること(蒸散といいますね)から,これを窓際に茂らせると本当に涼しいのだそうです。

 ツル草ですから,多年草で抜いても抜いても生えてくる,私の天敵「ヤブカラシ」なんかでもいいんでしょうが,さすがにこれは却下。

 お隣のおうちが植物好きで,ゴーヤを育てると伺ってから,うちもそういうたぐいのものを育ててみようと考えていました。しかし私は農家の出身の割にはまともに収穫できる野菜を作ったことはなく,嫁さんに至ってはサボテンさえも枯らしてしまう猛者ときています。

 実際,昨年はフルーツトマトとバジルの鉢植えキットをもらって育てましたが,フルーツトマトは花がほとんど咲かず,実もならずに枯れてしまいました。バジルも虫にやられ,気が付くと花が咲いて葉っぱが固くて風味もなくなり,そのまま放置していたら木枯らしが吹き始める頃に茶色くなって朽ち果てました。
 
 こんな我々に,夏の暑さをしのぎ,あわよくば食べる事の出来るものを育てることが出来るのでしょうか。

 会社を早く上がった日,近所のスーパーの園芸売り場をウロウロして,我々は壮大な計画を立てつつ,資材調達を行いました。

 育てるツル草は,キュウリです。

 嫁さんの情報によると,葉の茂りはヘチマ->キュウリ->ゴーヤなんだそうです。ヘチマもゴーヤも乾燥に強く,ほっといても育つと聞いていますが,キュウリはさすがにそんなインスタントな植物ではないでしょう。

 しかし,ヘチマなどは大きな実がなっても処理に困るだけ,ゴーヤは二人とも苦手な食べ物なので捨てるしかありません。食べられないものを捨てるのは心が痛まないけども,ゴーヤのように食べ物を捨てる(しかもそれが好き嫌いを理由にしている時はなおのこと)のは,さすがに良心が痛みます。

 そこで,二人とも大好きなキュウリです。

 計画としては,家にいっぱいある2lのペットボトルくりぬき,ここに腐葉土を入れます。ペットボトル1本につき2箇所ほど種をまき,これを3本作ります(結局4本作った)。

 めでたく芽が出てきたら,1階の窓硝子の前にネットを張り,ここに茂らせようというわけです。

 我々は植物を育てることを趣味にしてはいません。プランターなどを買い込んでしまうと,置き場所にも困りますし,捨てるのも大変です。気軽に用意出来て,簡単に捨てられる大きなペットボトルは好都合です。

 ちょっと小さい気もしますが,まあいいでしょう。キュウリにはかわいそうですが,やむを得ません。

 ペットボトルを横に倒し,上面をカッターで切り抜きます。底面には穴を開け,中に腐葉土を詰め込みます。指で1cm程の深さの穴を開けて種を数粒入れて,土を被せます。水をやって終わりです。

 作業は30分ほど。庭に出しておきました。

 しかし,ちょっと思い出してみると,昨年のフルーツトマトやバジルの時には,庭に置いた植木鉢に野良猫が毎日おしっこを引っかけるので,結局2階のベランダに引き上げたことがありました。2階のベランダは灼熱地獄。かわいそうなことをしたものです。

 すっかり忘れていましたが,キュウリとはいえ,一人前に育つには山あり谷あり,のようです。

 ふと思いついて窓をガラガラと開け,良さそうなキュウリを1本もぎ,さっと塩もみしてビールのつまみにするという夢は,果たしてかなうのでしょうか。

Bob Pease逝く

 ある日,ふと目にした記事に私は驚きました。

 米National SemiconductorのBob Pease氏が6月18日に亡くなったというのです。享年70歳。自動車事故だそうです。

 Bob Peaseは日本にも多くのファンがいる,アナログIC設計の大家の一人です。LM337をはじめ,多くのアナログICを手がけました。アナログICを作る事のみならず,使う事についても心を砕き,,彼がNational Semiconductorのホームページで主催していたアナログ回路の講座には,多くのファンがいました。

 世界を引っ張る技術力,独特の語り口に,個性的な風貌で,世界中の電子回路設計者の尊敬を集めた人でした。

 モノリシックOP-AMPの父と呼ばれ,バンドギャップリファレンスの発明者としても有名なBob Widlerは彼の数年先輩にあたり,その死が54歳という若さで突然訪れたとき,同じ仕事に取り組んだ同僚として,悲しみに暮れたといいます。Bob Peaseのページには,モノリシックICに革命をもたらしたBob Widlerを偲ぶ文章が掲載されています。

 日本にも何度か訪れ,熱心なファンがその一目見ようと駆けつけたと聞きますが,私は残念ながらご本人にお会いしたことはありません。

 誰にでも死は訪れます。しかし,今回の自動車事故はまさに驚きと言うほかありません。

 6月10日,伝説的なアナログIC設計者であるLinear TechnoligyのJim Williamsが亡くなりました。これだけでも大きなニュースなのですが,Bob Peaseは6月18日に行われたお葬式に参列した帰り,自ら事故を起こし帰らぬ人となったのです。

 わずか1週間の間に,我々は偉大な設計者を二人も失いました。特にBob Peaseは,多くのエンジニアに慕われ,また現在進行形で彼から学んでいましたから,特にその損失は大きいです。

 偉大な人が亡くなると,その度に時代の節目を意識しますが,NationalSemiconductorがTexasInstrumentに買収された後に続くBob Peaseの死去は,確実に1つの幕が下りたことを感じざるを得ません。

 ご冥福をお祈りするとともに,心から感謝したいと思います。

またもPM-G850のインク不良

 先日,数年前に購入したPM-G850というエプソンのプリンタを久々に使おうとしたのですが,あいにくインクが切れているというエラーが出ました。

 よく知られているように,インクジェットプリンタは本体を安くばらまき,その代わり高価な交換用インクで利益を上げるという仕組みになっています。使用頻度によりますが,インクを交換するより本体を買い換えた方がお得というのは事実で,そうしてより高画質なプリンタがわずかな間に普及したわけです。

 PM-G850には画質の不満もなく,今時のプリンタはスキャナ付きの複合機ばかりですので,プリンタだけで十分という私のニーズにはぴったりのプリンタです。使用頻度は非常に少ないのですが,買い換えようという気は起きません。

 そんなわけで,6本セットで6000円もするインクカートリッジを,何かの機会に安く買っておき,切れたインクから順番に交換していくようにしていました。

 6色のうち,未交換がライトマゼンタとライトシアンの2色だったところで,いよいよライトマゼンタがインク切れになったのでした。

 このプリンタは,どれか1つでもインクが切れてしまうと,印刷ができません。この時は黒1色のPDFファイルを印刷したかったのですが,ライトマゼンタなんて関係ないのに,動いてくれないのです。

 面倒なのでさっさと交換したわけですが,やっぱり動きません。おかしいなあと調べてみると,なんとこのインクを認識していません。おかげで他のインクカートリッジの情報も読む事が出来ていないようです。

 ものは試しにと空っぽになったインクに戻してみると,全てのカートリッジの情報が読めるようになりました。

 これは交換を行ったライトマゼンタのインクカートリッジの不良だと,私は結論しました。

 気になるのは,このインクが買ってからすでに長い時間が経過していることです。これには私なりの言い分があって,1本ずつバラで買うよりお得なセットを,いずれ交換するわけだしと購入したのであって,まさか最後の1本(実は同時にライトシアンも交換したのでこの時買ったインクは全部交換に使いました)で不良品が出てくるとは思ってもいなかったのです。

 早いうちに開封したなら私が壊した可能性もあるのですが,このカートリッジは未開封で,真空パックになっています。こんな風に密封されているものを,わざわざ認識出来なくなるように壊すことはできません。

 もちろん,初期不良は購入後1週間から2週間が限度です。それ以降は保証期間内で修理対応です。しかし,インクカートリッジに保証期間があるわけではありません。

 ただ,インクカートリッジには使用期限があります。使用期限が過ぎると未開封品でも性能保証はなくなるのか,といえば,これはYESです。インクが変質し,エプソンの思う画質が保証されないことは確かです。

 しかし,空っぽになったインクだけ交換出来るようにとバラバラにカートリッジを交換出来る仕組みを用意しておきながら,使ってみるまで分からない不良品が6本セット品の中に混じっていて,その結果他の5本も使用できなくなるというのは,ちょっともったいないと思いませんか。

 インクカートリッジが200円とか300円くらいなら,もう面倒なので黙って買い換えますが,1000円以上するのですから,やっぱり惜しいですよね。それによく思いだしてみると,私が6本セットをわざわざ買ったのは,バラで買うより安いからであって,6本のうち1本が不良品だったら全然安くならないじゃないですか。

 惜しいので,ダメモトでエプソンのサポートにWEBから問い合わせてみました。

 互換品じゃないのかと疑われてみたり,きっちり差し込めだの,エラーの画面をキャプチャして送れだのと,なかなか信用してもらえなかったのですが,よくやく代わりのインクを送るので試してくれという返事が何度かのやりとりのあとに届き,果たして数日後には私の手元に新しいライトマゼンタのカートリッジが届いたのでした。

 しかしまあ,私に言わせれば,インクで儲けるモデルを勝手に構築しておいて,高価なインクを嫌う消費者の声に応えた互換品を締め出すためにわざわざROMまで搭載し,徹底的に互換品を排除するわけですから,それが消費者の正常な使用に支障が出るようでは本末転倒です。(そのROM代だってユーザー負担ですしね)

 ROMが壊れたことで認識不良を起こしているのですから,非純正品対策などなければ私は問題なくその文書を印刷できたはずなのですが,こういうことが嫌で純正品を使っている私のようなユーザーの足まで引っ張るような仕組みは,やっぱやり過ぎだと思いますし,正規品を使用する人を巻き添えにするほどの強いプロテクトは,もう破綻しているといって差し支えないでしょう。

 まあ,もし使用期限のことをいわれたら,潔く引き下がってプリンタを別のメーカーに買い換えようと冷静に思っていたのですが,幸か不幸か届いたインクを差し込めば問題なく動作しました。

 やはりインクの問題だったようです。

 さて,この不良のインクを返却せよと,エプソンは返信用の箱と袋と伝票を同封してきました。

 ヤマトのメール便の着払いの伝票で,荷物を出す人の住所氏名を書く欄がありません。しかもメール便なので,コンビニか営業所に持ち込めと書いてあります。

 ヤマトは,かつてローソンとケンカをして取り扱いがなくなっているのですが,悪いことに私の通勤ルートにはローソンがほとんど。ヤマトを扱うコンビニなんか,わざわざ出向かないといけません。さりとて営業所の場所もわかりませんし,これじゃ着払いの意味がないと思うくらい,面倒です。

 そこで,別の荷物がヤマトで届いたついでに,持っていってもらえないか聞いてみました。無料だし,営業所に戻るんだから,聞いてみるだけ聞いてみようという魂胆です。

 来たドライバーは「よくわからない」と,営業所の社員に電話をしたら,現物を見ないとよくわからんので,うちまで来てくれるということになりました。

 しばらくして来てくれたのですが,彼も「こんなの初めて見た」といっていました。
メール便を集荷してもらう形に結果としてなったことを詫びると,いえいえ勉強になりました,とニコニコして持って帰ってくれました。

 翌日にはエプソンから私に解析結果がメールで届いたので,荷物は無事に到着したのだと思いますが,ユーザーに手間をかけさせることでコスト削減を狙ったエプソンの作戦は,私のような人のせいで,ヤマトへのしわ寄せとして決着したわけです。ヤマトは100円かそこらの運賃で,私の家まで取りに来たわけですので,割が合わないことでしょう。気の毒です。

 で,エプソンからの解析メールでは,やはりインクの不良でした,ご迷惑をおかけましたということでした。本当に迷惑したわけですが,ほとんど使わないライトマゼンタのせいで黒の文書が印刷できず,あげく今時解決に10日もかかり,しかもヤマトに負担を強いて問題を解決して,それでサポート完了というわけですから,まーなんというか,エプソンには怒りと言うより,ずるいよなあというイメージが渦巻いています。

 実はこのPM-G850,初期不良品だったのですが,その原因も同梱のインクカートリッジの不良でした。この時はライトシアンが不良だったのですが,なにせ一度も正常に動いていない初期不良ですので,それがインクの不良のせいとわかるはずもなく,私は相当困ったのです。

 とりあえずエプソンのサポートに電話をして,買ってすぐの話だし,一度も正常に動いていないのだから,私にあれこれ試させるのではなく,新しいものに交換するのが正しいのではと私が言えば,初期不良交換は販売店の仕事,動かない物を動くようにするのがエプソンの仕事なので,交換して欲しかったら販売店にいってください,と誠に正論を通されて,結局インクの交換で決着したのでした。納得しない人もいるだろうなあと思いました。

 それでも,この時の交換では,インクカートリッジの返却はもっと簡単だったように思います。

 ということで,私の結論は,もう次はエプソンのプリンタは買いません。

 同梱品を含む新品のインク12本のうち2本が不良という不良率の圧倒的な高さ,そして1本のインクが認識出来ないだけでプリンタ全体が全く動いてくれないという機会損失への誤った考え方,そして必ず一度は「非純正品じゃないか」とユーザーを疑い,自らのために不良品を返品させるのに,その返送コスト削減に罪のないユーザーの労力を平然とあてがう意識と,どうも私にはしっくりこないのです。

 いや,対応が悪いとか,そういうことではないですよ。丁寧だし,正論だし,メールのレスポンスも早いし,何も悪いことは彼らはしていません。ただ,やってることそのものというか,姿勢というか,非純正品の対策は彼らの都合で作ったビジネスモデルで,それを維持するためにユーザーを疑ったり,ユーザーに負担を強いるような話が,以前にも増して強くなっていることに,私はモヤモヤとしたものを感じているのです。

 まあ,そんなことをエプソンに言っても仕方がないし,エプソンも困るだろうから,私はどうもエプソンに共感出来ないので,違うメーカーにしますということで,よいのではないかと思います。

 やっぱあれですね,次はHPですかね・・・

Nintendo3DSのアップデート

 Nintendo3DSのアップグレードが6月7日に行われました。これによってソフトのダウンロード販売が可能になり,DSiウェアを購入することも出来るようになりました。

 私にしてみれば,この段階まで出荷すべきじゃなかったよなぁと思うのですが,発売から3ヶ月経過してようやく「使える」状態になったことを,素直に喜びたいと思います。

 任天堂は遊びの会社です。遊びを真面目に探求する姿勢は随一のものがあり,操作の1つ1つ,レスポンスの1つ1つに工夫の跡が見られます。これは本当に手間のかかる,すごいことだと思います。

 そんな会社が自前でインフラを持ち,ダウンロード販売をやっているわけですから,初代DSから買い換えをせずにきた私としては,3DSでどんなものか是非体験したいと思っていました。

 幸いにして,ダウンロード販売で買いたいものは決まっていました。プチコンです。

 レガシーなBASIC言語のインタプリタなのですが,現在活躍中の多くのソフト屋さんを育てた「マイコンBASICマガジン」への回帰を狙って,ショートプログラム,ゲーム作りに向けた設計が行われています。

 それは,

・構造化を意識していないプログラミングスタイル
・80年代丸出しのフォントに半角カタカナ
・256x192ドットというPC-6001やMSXでおなじみのグラフィック解像度
・カセットテープ時代を肯定するかのようなファイル操作命令の乏しさ
・業務用アプリ開発に必要なデバッグ命令やエラー処理関数を持たない潔さ
・プログラムの配布はメディアによらず,基本は手で打ち込む
・やたらと豪華なスプライトとBG

 というあたりに垣間見ることができます。ま,わざとですね。

 これに,MON,CONSOLE,DEFINT,OUT,EXECなどがあればさらに懐かしさ爆発です。雰囲気としてはMSXとM5のBASIC-Gのいいとこ取り,という感じもして,M5大好きな私としては好印象です。

 人間がプログラムを組むというのは,自動化したい処理があるからですが,自動化の究極に知性を持ち自律することを投影する人間の本質があります。自律した個体を作る事,それはつまり子孫を残すということであり,人間と言うより生物としての生存理由にまで昇華します。

 私は,これがプログラム作りが楽しい根本的な理由だろうと思っています。プログラムに限りません。メカでも電子回路でもいいのですが,勝手に動いてくれるものを見るのは,子供も大人も大好きなのです。

 1980年代に存在したパソコンには,例外なくBASICインタプリタが用意されていいました。100万円の高級機から2万円弱のオモチャの延長まで,BASICを覚えれば一通り「自動化」が行えた時代がありました。

 思うに,当時,一部の専門家を除いてコンピュータを扱える人は少なく,それが大人だろうと子供だろうと,等しく全くの初心者であったことが,初心者をターゲットにしたBASICインタプリタの普及した理由なのでしょう。

 10年もすると,プログラミング言語としては汎用性の高いC言語が一般化しますが,一方でC言語は別売になり,低価格機においては用意さえされない状況になりました。自動化は高度なものを専門的に作る階層と,作られたものの「実行」で十分な階層に,分かれてしまったのです。

 作る階層は,その高度な能力で使う階層のニーズを実現して,対価を求めます。そしていつしか,作る階層の目的はお金儲けになり,使う階層の目的は消費することになっていきます。

 初心者向きの言語がこうして衰退したことは,大変に不幸なことです。複雑なことは出来ず,高速動作して信頼性の高いプログラムを作ることは出来なくても,簡単に手を出す事の出来るBASIC言語には,「勝手に動く物」をとにかく作ってその楽しさをとにかく知ることへの,手軽さがありました。

 ネットがなかった時代,自動化を体験した初心者達が自分のプログラムを共有し,互いに高め合う場として,雑誌がその機能を担っていました。ベーマガはその最初の場であり,ある意味では最大の場であったと思います。

 プチコンには,こういう環境で育ち,やがてプログラム開発を生業とする人々の,感謝と尊敬を感じますし,さらに言えばかつての自分達に用意してもらった環境に対するお礼を,次の世代にも用意することで果たそうとしているのかも知れません。


 プチコンを触っていると,そういう優しい眼差しを意識するのですが,やっぱりとても楽しいのです。タッチパネルを使った入力はもどかしく,できればフルキーボードで使いたいのですが,行番号を打ち込むこともないですし,編集と実行をモードで分けるという概念はシャープのポケコンで一般的な方法で,私にはとてもしっくりきます。

 実際にこれでなにかを作ってみたいのですが,ゲーム&ショートプログラムをねらったものだけに,アイデアと工夫が試されます。私は昔からゲームではなく実用プログラムを作っていた人だったので,プチコンを前にしてなお,実用プログラムのアイデアばかりが出てきます。しかし,メモリやファイル操作の限界から,実用にならない実用プログラムになってしまうので,結局取りかかれません。

 ところで,3DS専用のゲームもダウンロード出来るようになっています。エキサイトバイクとゼビウスは,3Dでリメイクされています。どちらも3D化するのに特別な説明のいらないわかりやすさを持ち,かつ誰もが知っている名作ということで,私もダウンロードして遊んでみましたが,これがなかなか面白いです。

 ROMカートリッジのゲームを買うよりも,数百円でダウンロード出来るこの手のゲームの方が私には向いているように思います。

 ということで,3DS,いよいよ本格的に動き出しました。

ページ移動

ユーティリティ

2026年04月

- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

ユーザー

新着画像

過去ログ

Feed