エントリー

カテゴリー「できごと」の検索結果は以下のとおりです。

おかえりなさい

 2010年6月13日23時過ぎ,オーストラリアの砂漠に,宇宙から届いたカプセルが届きました。送り主は「はやぶさ」。中身は「イトカワ」のサンプルです。

 先日よりニュースでも報道されている「はやぶさ」の帰還劇は,宇宙大好きな人から科学技術に疎い人まで,多くの人の注目を集めています。相次ぐ故障や予期せぬトラブル,何度も絶望と見られていた地球への帰還が,数年遅れてようやく実現したことは,我々にあきらめないことが何より大事なことを,久々に見せてくれた気がします。

 とはいえ,やっぱり手がなければあきらめざるを得ないわけで,はやぶさにはあきらめずに済むだけの「仕込み」がなされていました。あきらめないことは大事な事ですが,あきらめずに挑戦できるだけの用意がなければならないことも,一緒に教えてくれたように思う訳です。

 考えて見ると,宇宙開発は根性論で出来るようなものではありませんし,冷静でかつ論理的な判断を常に求められる世界のはずです。また,個人でやってることならあきらめないという判断も簡単でしょうが,JAXAは組織で,予算も時間も限られています。本来,ミッションは失敗だったとプロジェクトを放棄されることは当たり前のはずであり,それがこうして何年も延長し,予算も時間も割り当てられるというのは,やはりそれなりの根拠があってのことでしょう。私はここを見逃すべきではないと思っています。

 それはそうと,私は別のblogで,2005年11月29日と同年12月1日に,以下のような書き込みをしていました。

---

(´・ω・)「ふぅ…なんとかサンプル取れたかなあ?あとは帰るだけだお」
(´・ω・)「体のあちこちが痛いお…でもコレ持っていかないと。みんな待ってるお」(`・ω・´)「ガンガル!!」
(´・ω・)「宇宙は寒いよ…寂しいよ…ち、地球だ!見えてきたお!」
(`・ ω・´)「カプセル、投下!受け取って…」
(´・ω・)「ふうっ…終わったお…疲れたなぁ…ああ、地球がどんどん離れていくお…綺麗だなあ…」
(´・ω;)「地球か、なにもかも懐かしいぉ、これで本当のお別れだぉ
       石入ってたかなあ…無かったら、みんなゴメンだぉ…」

機械を擬人化するという習慣は,おそらく機械が我々の手によって生まれてから,ずっと繰り返されてきたものだと思います。
先日のblogは,スラッシュドットからの転載なわけですが,これは言うまでもなく,小惑星イトカワに着陸し,その破片を採取した「ハヤブサ」を擬人化したものです。
動くものは生き物である,故に機械も生き物である,という観念は,かつてどこかで読んだ事があるのですが,「ハヤブサ」はこれほどの手間と予算をかけ,最終的に放棄されるものであるということが,モノづくりを生業とする私にとって,まるで我が子を放棄するような行為に見えていました。
そんな,心のどこかに引っかかった想いが漠然とある中で,その気持ちが一気に具現化したとも言えるのが,この書き込みだったわけです。
残念なことに,「ハヤブサ」は,姿勢制御に問題があり,2系統ある噴射装置のいずれもが動作しない状況に陥っており,地球への帰還が難しいのだそうです。
彼は,与えられた足を2つ完全に失いながら,暗く寒い宇宙空間を漂い,愛すべき人が待ちこがれる,生まれ故郷を再び見ることなく,無限とも言える彼方へ消えてしまうのでしょうか。
可能であるなら,彼を回収し,その労をねぎらい,称え,次の世代に夢を与えるという,そんな舞台を用意できないかと,擬人化している私は,思うのです。

----

 もう4年半も前のものなので驚いているのですが,これ以降もハヤブサは満身創痍にむち打って,何度も何度も絶望視されながら,とうとう昨日地球までやってきて,カプセルを届けるという自分自身の仕事を完遂し,そして大気圏で燃え尽きその一生を終えました。

 ハヤブサはただの機械ですし,人間がいないとそれ単体ではなにも出来ないものです。それはよく分かっていますが,それならなぜこれほど人の心を打つのか。

 2005年にも書いていますが,機械が人間の代わりを一部代替する(あるいは凌駕する)ことを期待されて登場して以来,擬人化されることは続いています。

 今はどうか知りませんがかつて自動車工場で動いていた溶接用アームロボットには,女性の名前(というか当時のアイドルの名前)が付けられていたそうで,これはロボット1つ1つを区別し特定して接していることを意味しているように思います。

 今回のハヤブサ,フィギュアまで登場しているそうですが,まあこれはやり過ぎとしても,単なる機械として見るよりは,褒めて上げたい気持ちゆえに,やっぱり擬人化したくなる気持ちがあるのは自然な事だと思います。

 2005年には,私の無理解もあり,記述にウソがあります。ハヤブサはカプセル放出後に宇宙空間を彷徨うのではなく,大気圏突入後に燃え尽きましたし,サンプルの採取は失敗しており,巻き上げられた砂粒が偶然カプセルに入っていることを期待しているに過ぎません。

 それにしても,最後の1機のイオンエンジンが故障して万事休すのところを,故障した他のエンジンと繋いで動くようにしたという話は,ちょっと考えさせられます。感動的な話ではありますが,密かに仕込んだ2つを繋ぐ回路は,普通なら使われるはずのないものだったわけで,そこに重要やお金を使うことが正しいのかどうか。あるいはその回路を使うことで安価に冗長度を上げることが出来て信頼性向上に役立つとか,もう少し詳しい話が知りたい所ではあります。

 ハヤブサは,最後の最後に生まれ故郷の地球の写真を撮影し,伝送して燃え尽きました。もう二度と見ることはないと何度も何度も思ったであろうその懐かしい姿を,彼はどんな気持ちで写真に収めたのでしょうか。写真も人間が操作したのはわかっています。しかし,撮影したのはハヤブサです。あり得ないことではありますが,ほんのわずか,彼の意志が含まれていたのではないかと,そんな風に思っています。

 カプセルの中身は,基本的には空っぽのはずですが,砂粒1つでも分析は可能とのこと。ハヤブサの想いを無駄にしないためにも,なにか有益な情報が手に入ることを祈っています。

MZK-MF150の回収騒ぎ

 先日,テレビを無線LANに繋ぐために購入したプラネックスのMZK-MF150ですが,4月の末にリコールがかかっていました。知りませんでした。

 小型のモバイルルータとしても人気の機種ですが,実のところ単純なメディアコンバータとしてもとても安い製品であり,私は4月中頃にamazonで約3000円で買いました。

 もう1つ無線LANに繋ぎたいものがあったので2つ目を買おうと本日探してみると,amazonにはなぜか在庫がありません。おかしいなあ,終息品で処分価格が出てたのかなあと思ってさらに調べてみると,なんとまあ回収騒ぎになっているではありませんか。

 ユーザー登録もしてあるので,こういうのは連絡が欲しいところですが,偶然とはいえ回収しているというのですから,これはもう聞き捨てなりません。もう少し調べて見ると,あるユーザーが分解して,電源ラインに入っている電解コンデンサの極性が逆になっていることを発見し,メーカーに報告していたようです。

 電解コンデンサの逆接続ですので,最悪の場合電解コンデンサが破裂します。アルミ電解コンデンサで良かったですね,これがもしタンタルコンデンサだったら,発煙発火間違いなしでした。

 とはいえ,もしもアルミ電解コンデンサが破裂すると,パン,と言う派手な音と煙,そして得も言われぬ悪臭が襲いかかります。また,破壊に至らずとも逆接続された電解コンデンサは,電解コンデンサとしては正しく機能せず,所定の静電容量を持つ部品として動いてくれません。電源ラインに入っているということですから,電源のインピーダンスを下げる役割は期待できず,結果として電源の質が低下して,安定した動作をしなくなるでしょう。

 うちは24時間繋ぎっぱなしにしているので,発煙発火が怖いです。賃貸ですから,ボヤなど出されてしまってはたまったものではありません。社会的に抹殺されます。

 もう1つ買えなかったことのがっかり感に加えて,リコールの手続きが面倒という事でなんだかとても嫌な気分なのですが,とりあえずプラネックスのサイトからフォームを使って連絡です。保証書をスキャンしたPDFからシリアルナンバーを調べて送ると,10分ほどしてメールに返事が来ました。早い対応におどろきましたが,内容はやはりリコール対象であるとのこと。

 手順としては,対策済みのMZK-MF150の本体のみが送られて来るので,交換対象の本体を添付されている着払い伝票で送り返す,のだそうです。こちらとしては使用できない時間がゼロになるという,ありがたい対応です。

 ただ,気になるのは,電源ラインに入った部品の極性の問題だというのに,現在問題がなければ使い続けても結構だ,と言う点です。規定よりも短い時間で壊れてしまうような設計が行われており,しかも壊れるときに事故が起こる可能性がある今回の場合,特に電源というエネルギーの大きな部分での事故は被害も大きくなる傾向があるだけに,即刻使用を中止するというアナウンスが適当ではなかったかと思います。

 幸い,実際の事故が起こっているわけではないようですが,逆接続した電解コンデンサの劣化が進んでいるのは疑いようがありませんし,煙が出たり動かなくなってしまうという問題の可能性をゼロに出来ない以上は,やはり慎重になるべきかなと思う訳です。

 とりあえず週末に受け取ることが出来れば早く片付いていいのですが,どんなもんでしょうね。

 プラネックスはあまり良い評判を聞かないメーカーではあるのですが,どういうわけだか私はここで失敗したことがなく,安い上に結構信用していたりします。私としては,3000円程度で買えるメディアコンバータの供給元として,早くMZK-MF150の販売が再開されることを願っています。

 うーん,でも,今回の回収騒ぎで,この製品で稼いだ利益など吹っ飛んだと思われるので,このまま対策して販売を再開するくらいなら,さっさとディスコンにして後継品を5000円くらいで売り始めた方が得ですわね。ということは,もう3000円でメディアコンバータが買えるチャンスは当分ない,ということになりますか・・・どうするかなあ,もう1つ買っておけば良かったかなあ。

Die Young

 書かずにはいられないので少しだけ書くことにしました。

 ヘビーメタルを代表するヴォーカリスト,ロニー・ジェイムス・ディオ(Ronnie James Dio)さんが,現地時間の5月16日午前7時45分に亡くなりました。67歳でした。

 昨年11月には胃がんであることを公表していたわけですが,結局病魔には勝てなかったということでしょうか。

 昨日,Twitterで死亡説がだーっと流れ,これをマネージャーでもある奥さんが即座に否定,一度は沈静化した話が今日になって本当だったということになり,私もHeaven and Hellな気分です。

 67歳を若いというのも無理がありますが,彼の場合は衰えを知らず,小さな体から飛び出すハイトーンと声量は健在でした。

 そのヴォーカリストとしての能力はもちろんですが,中世をテーマにした世界観はその様式美でうるさいだけのヘビーメタルに一定の流れを作ったと感じます。

 過激な歌詞やステージ上のパフォーマンスに,なにやら暴力的,あるいは気味の悪さを感じることもあるわけですが,本人さんは至って普通の気のいいオッサンで,ファンを大切にし,メンバーを尊敬し,あれだけの大スターでありながら低い目線で常に生き続けた,人徳の人でもあります。

 特に,映画「メタル ヘッドバンガーズ・ジャーニー」でのインタビューは,およそヘビーメタル界の大御所という風格以上に,慈愛に満ちた一人の男として,彼の人となりをよく示していると思います。私は彼をこの映画のインタビューで2度好きになりました。

 私ごときがごちゃごちゃ書くのも憚られるのでこのくらいにしておきますが,ロッカーとしてだけではなく,虚勢を張らず,素直に優しく生きた人として,彼に憧れ,その死に哀悼の意を表すものです。R.I.P

ゴミと商品の境界面

 さて,引っ越しを目前に控えて,持ち物を減らそうと言うことはまず真っ先に考えることです。

 私の場合,特にものが多いですから,捨てる,持っていくの判別をシビアにしないと,引っ越しも大変なら新生活も代わり映えのないつまらないものになってしまいます。

 ところが昨今,ものを捨てるにもお金がかかる世の中です。当たり前のことなのですが,この際だから捨てようか,と言う程度のものの場合は思いとどまってしまうこともしばしばです。

 ところが,以前通販で家電品を買ったある業者のメールマガジンを見ていると,この業者が買い取りまでやっていると目に付きました。

 今時家電品の買い取りなど珍しくともなんともないのですが,買い取りリストがあるというのでちょっと覗いてみたところ,私の処分したいと思っていた古いものでもリストにばっちりのっています。

 例えば,PanasonicのDMR-HS2。DIGAなどと呼ばれる前の製品で,HDD/DVDレコーダとしては第二世代目にあたる骨董品です。HDDはわずか40GB。DVD-Rへのダビングも実時間がかかる上,番組表も取得できないのでタイトルはリモコンで全部手で打ち込む必要があり,言うまでもなくアナログチューナーしか搭載しないものです。今これが動いているのは世界中に何台あるのだろうかと思うほどです。

 実際,私は地デジに移行してからはPCベースで視聴と録画を行っていて,テレビは単体では持っていません。毎日の9時のニュースを毎日上書き録画して使う用途だけに使っていました。

 そうした使い方のDMR-HS2も,2011年のアナログ放送終了時点で,本当にゴミになります。ドライブも弱ってきていますし,なにより40GBしかないHDDが致命的で,唯一の個性であるDVD-RAMについても,こんな遅くて面倒臭いメディアを誰が使うのか,と思うと,もうこれが捨てる時期に来ているのは明白です。

 箱無し,傷ありで見積もりを取ると,なんと2000円になるといいます。粗大ゴミとして500円払って処分することを考えると,破格のお話です。

 このお店は,3点以上だと業者が取りに来てくれます。そこで値段が付かないことも考慮に入れて,以下の4つを最終的に買い取ってもらうことにしました。

・DMR-HS2(HDD/DVDレコーダ)
  箱無し,傷あり  2000円
・Playstation2(SCPH-15000)
  箱無し  500円
・PDV-20(ポータブルDVDプレイヤー)
  箱無し  500円
・HT-KT215(5.1chシステム)
  箱無し,傷あり  1500円

 まあ,安いんだか高いんだかよくわからん値段が出てきましたが,ポータブルDVDプレイヤーを除いて,それぞれ処分は面倒なものばかりです。ただでもいいや,くらいの気持ちで買い取りをお願いします。

 土曜日に佐川急便の態度の悪い兄ちゃんが取りに来て,4品目を2箱にまとめた状態をみて,1つしか持って返らないと訳の分からんことをほざきます。

 先方に確認してくれというと,怒って伝票を投げつけ,乱暴に2箱抱えて出て行きました。頭に来たので業者に電話しますが,土日はお休み。なんかばからしくなって,ほっときました。あるいは佐川に電話することも考えましたが,あと少しで引っ越しですから,もうほっときゃいいです。

 1週間近く経ってメールで連絡がありました。最終見積もりの結果です。

・DMR-HS2  1500円
  音声/映像ケーブル欠品,リモコンの電池欠品

・Playstation2  300円
  ユーティリティディスク欠品

・HT-KT215  1000円
  説明書汚れ,ネジ欠品,スピーカーパッド欠品

・PDV-20  500円

 合計3300円です。いやー,手間賃ですね,これは。しかもここから振り込み手数料を差し引くと言うんですから,参りました。

 ざっとみて,ほとんど言いがかりだよなあと思うものもあります。DMR-HS2のケーブルは確かに私は入れた覚えがあります。アンテナケーブルと一緒に縛ったので,アンテナケーブルが欠品してないなら,映像/音声ケーブルも欠品になるはずありません。

 それに,リモコンの電池欠品って・・・腐った電池でも入れて置けばよかった。この2つで500円も値下がりするって,どういう計算だ?

 プレステ2のユーティリティディスクは仕方がありません。これがないとDVDプレイヤーとして機能しませんし,実は引っ越しの片付けの初期段階で,ディスクをさっさと捨ててしまったので,あきらめましょう。PS2は最近よくゴミ捨て場で見ますが,あんなものでも拾い集めれば,昼飯代くらいにはなるかも知れないです。

 5.1chのアンプとスピーカーのセットHT-K215ですが,ネジは仕方がないとして,スピーカーパッドってのは要するにスピーカーに貼り付けるゴム足です。そんなもん,消耗品ですからね,それに説明書汚れってなんだ???

 そしてPDV-20です。これは最初,アンテナケーブルと車載用アダプタが欠品していると言われて,300円と見積もられました。ところが,アンテナケーブルが付属するのはPDV-20ではなく,液晶付きのPDV-LC20TVだけです。車載用アダプタについては両機種ともオプションです。説明書が共通なんですよね,やるんじゃないかと思っていたミスを,見事にやらかしてます。

 早速「おかしい」と連絡して,すぐに訂正,500円になりました。200円くらい別にかまわないと思ったのですが,こっちが時間をかけて付属品などをかき集めて,それでわずか300円とはなめてると思ったので,きちんとさせて頂きました。

 この最終見積もりでいいですよ,と翌週の土曜日にメールをしたのですが,次の火曜日に最終見積もりが再送されてきました。いい加減な業者だな,まったく。

 それでもう一度この見積もりでいいですよ,とメールしたら,すぐに3132円が振り込まれていました。

 今回3000円で処分した品々は,今使っているものではありませんから,ただちに生活が変化するものでもなく,いざ処分しようとすると同じくらいの金額がかかってしまうものなので,悪い話ではなかったかなあと思います。欲を言えば,4500円くらいになってくれると,ちょっとしたお小遣いになったかなあと思うのですが,贅沢は言いません。

 ただ,配送業者に1回,見積もりで1回,振り込みで1回,大丈夫かそれで・・・と思うようなことがあったので,こういうところに個人情報を送ることが安全なのか,甚だ疑問です。

 ゴミ同然のものを真面目に査定して買い取ってくれたという結論は変わらず,こういう所も案外珍しいのかも知れませんが,おそらく私はここは二度と使わないと思いますし,新品の購入もここではもうしないと思います。

さようならラジオ技術

 ラジオ技術,と言う自作オーディオの専門誌があります。1950年代に創刊された歴史のある雑誌ですが,戦後の産業の代表であるエレクトロニクスの発展を色濃く映してきた雑誌です。

 当時の最先端技術であるラジオの回路技術や自作,修理についての情報は需要も多く,それらを扱う専門雑誌はいくつもあったのですが,ラジオの時代が終わり,テレビからオーディオ,コンピュータへとエレクトロニクスの主役が移っていくに従い,子供向けに軸足を移すもの,コンピュータやディジタル技術に追随するもの,そしてマニア向けのピュアオーディオに特化するものと,分化していきました。

 結果として,ピュアオーディオに特化した趣味性の強いラジオ技術と無線と実験が生き残っているわけですが,そのラジオ技術も現在出ている2010年2月号で1つの節目を迎えることになったようです。

 2006年あたりから,店頭売りをやめ直販のみにするという方針を告知,長く読者に予約を募っていたのですが,とうとう来月号から切り替わることになりました。

 2008年頃から,「切り替えられるだけ十分な予約が集まっていない」という理由で,何度も予定を変更して直販への切り替えを延期してきたので,もうこのまま切り替えなどないのではないか,もしかすると切り替えることなく休刊するのではないかと心配をしていたのですが,いつもの本屋さんに立ち寄ると,来月から切り替わるという案内が出ていました。

 店頭販売分の最終号は,私にとっての最終号と同じ意味を持ち,内容の如何にかかわらず買うことにしていましたので,さっと手に取りレジへ向かいました。

 ラジオ技術は,80年代にはマニアックすぎてさっぱり理解出来ず,また面白いとも思えませんでしたが,90年代に入ってからは,大変面白く読んでいました。

 無線と実験と双璧をなし,間違いなく日本の自作派を支え,その先端を切り開いてブームを作り上げた立役者だったと思います。

 例えばロシア製真空管6C33C-B,例えば中国製の50CA10,例えばCS8412,例えば2ndPLLと富士通のバリメガモジュール,てな具合に,その時々の自作派が,メーカー製のオーディオ機器に対抗するための創意工夫を総動員した時期の,まさに発表の場であり,流行の発信地であったように思います。

 また,黒田先生のトランジスタアンプ設計法は今なおディスクリートアナログ回路のお手本となっていますし,海老沢先生のカートリッジの話は資料としても一級品です。これらもラジオ技術と言う雑誌の大きな功績でしょう。

 メーカー製の製品の解析を行ってみたり,まだまだ取り扱いの少なかった海外の高級オーディオ機器の紹介を行うなど,多様化するオーディオという趣味に1つの提案を行った点も,評価されるべき点です。

 さらに,トーンアームやスピーカユニットから自作するようなチャレンジ精神あふれる記事が度々出ていたことも印象的で,高価な海外製機材を美しい写真と提灯記事で紹介するだけの,カタログ以下のオーディオ雑誌を鼻で笑うかのような誌面には,居心地の良ささえありました。

 残念な事に,ここ数年はそうしたアグレッシブな記事も少なくなり,読者と執筆者双方の高齢化が進んだことを思い知らされます。近年の真空管アンプブームやアナログレコードの復権,団塊世代のリタイヤなど追い風になる要素は多くあり,無線と実験がそれなりの鮮度を保っていることに比べると,この辺でもう勝負あったかな,という気もします。

 手元にある2010年2月号を見てみると,大手オーディオメーカーの広告は,アキュフェーズ,オーディオテクニカ,マランツのわずかに3つ。広告収入を柱として運営する雑誌という形態がすでに破綻していることは明確で,よくこの満身創痍の中で店頭売りが出来るものだと感心します。

 2年の購読をすると,1冊1000円になります。1冊の価格が1500円ですので随分安くなりますし,出版側としては2年分の前払いを手にすることが出来るわけで,資金的にも楽になることでしょう。(後になるほどきつくなるのですが)

 直販に切り替えるという事は,実際に売れる数が少ないにもかかわらず,流通にのせて本屋さんに並べるため,売れないことが分かっていてもそれなりの数量を印刷せねばならないという最悪の状況に終止符が打てることを意味します。

 本屋さんにおいてもらっても,売れなければ返品されますし,返品されればバックナンバーとして保管されるか,大多数は廃棄されます。出版とは倉庫業だ,という人がいるくらい,在庫という問題が重いのです。

 ラジオ技術の場合,1991年からのバックナンバーが手に入るそうです。いくらなんでも月刊誌で20年近くも前の雑誌が手に入るというのは,ちょっと異常です。

 予約販売に切り替えて,お店に並べない事にすれば,まずたくさんの量を印刷しなくても,予約されている分だけ用意すればいいことになります。返本のリスクもありませんので,在庫も持たずに済み,廃棄もしなくて済みます。

 しかし,多くの人の目に触れなくなりますので,広告収入は地に落ちるでしょうし,新規の読者を開拓できません。読者の中心が高齢者であるラジオ技術の場合,読者数は今後減ることはあっても,増える事はもうないでしょう。

 さらに,定期購読で安定した数が確保出来るなら,内容については今以上に無頓着になる可能性も否定できません。かつて,これらの自作雑誌は新しい回路が発表され,フォロワーが生まれ,1つの潮流となったものですが,そういう流れはもう期待できないかも知れません。

 私自身は,とりわけ最近のラジオ技術に対して,読むべき所は1つもないと思っています。当然予約はしません。細かくは書きませんが参考にも資料にもならない内容に1500円の価値はないと,その凋落ぶりには目を覆うばかりです。


 さて,今,私の左側には,日経エレクトロニクス,ラジオ技術,トランジスタ技術の3つを重ねて置いてあります。3冊の雑誌が,やせこけてしまったことに,改めてはっとさせられました。

 従来通りの雑誌という形態では難しい事であっても,新しい方法でその役割を果たせないものかと,雑誌社も模索をしていると思いますが,購読者が受益者として直接その費用を負担する仕組みによってでも,なんとか存続してくれればと思います。


 ラジオ技術社がインプレスグループの一員となり,由緒ある社名をインプレスで始まるカタカナの名前にした段階で,もう一区切り付いていたのかも知れませんが,私にとっては,本屋さんで中身を見てから買うという買い方の出来なくなった今が,お別れの時期だと思っています。

 もちろん,雑誌そのものは存続しているし,ファンもいれば執筆者の先生も創意工夫を懲らした工作を紹介されることと思いますが,私としてはここでお礼を言っておきたいと思います。

 長い間,ありがとうございました。ラジオ技術は,私にとってお手本でした。

ページ移動

ユーティリティ

2026年04月

- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

ユーザー

新着画像

過去ログ

Feed