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台風15号

 ここ数日の台風15号騒ぎで,多くの地域で被害や各種影響が出ました。ニュースでもしつこくやっていたように,首都圏ではちょうど帰宅時刻と重なり,帰宅困難者が続出しました。

 かくいう私も,帰宅には大変な苦労をしました。帰宅指示が出て会社を出たのが16時30分頃,実際に家に帰り着いたのが22時。実に5時間30分もかかってしまいました。いつもなら1時間弱のところを,です。

 先の地震の時も大変でしたが,今回の帰宅の難しさは,ひょっとするとそれ以上のものがありました。1つ違っているのは,地震の際には誰もが帰宅困難者であったのに対し,今回は人によってすんなり帰れた人とそうでなかった人がいたことでしょう。

 なにせ5時間半かかった帰宅ですので,少し状況をまとめておこうと思います。

・15時30分頃 
 いつも使っている東急大井町線を含む,東急の主要各線が運休という情報。

・16時30分頃
 帰宅指示を受け,意を決して帰宅する。この段階で東急線はほとんどが運休。とりあえず大井町までいこうと決める。

・16時45分頃
 京浜東北線は蒲田~大船間で運転,山手線は東京方面が運休。しかし京浜東北線は人であふれ,ホームまでたどり着けない。そこで山手線で大崎まで行き,そこからりんかい線で大井町まで行くことにする。

・17時頃
 大混雑の山手線でなんとか大崎までたどり着く。りんかい線のホームは比較的空いている。

・17時10分頃
 折り返し運転の新木場行きに乗る。雨風がひどくなり,大井町止まりとなる。

・17時20分頃
 大井町のホームに到着。大井町線は運休していたが,雨風をしのげるように車輌は開放されていた。台風が過ぎ去るのが19時頃として,もし座れれば待つことも可能と考えていたが,あいにく立って待つことに。

・17時50分頃
 突然停電。空調も止まり,照明も消える。安全が確保出来ないためだろうか,全ての乗客が否応なしに雨風のひどいホームに放り出される。このまま座って待ちたいというお年寄りの懇願も全く聞く耳を持たず。

・18時頃
 大井町まで来ればなんとかなると思ったのは,大井町線は多線区との接続がなく比較的復旧が早いことを期待したのと,最悪改札を出れば食事や買い物をするのに困らないから。しかし改札の外をホームから見ると,余りのたくさんの人に改札制限がかかる可能性もあると考えた。幸い,私は乗車位置の最前列に偶然おり,私の後ろに列ができはじめたので,このままここに1時間ほどいれば,確実に運転再開直後に帰れるとふんで,このまま待つことにする。目の前の電車はパンタグラフを降ろしてしまった。

・19時頃
 状況は変わらず。雨風は弱まりつつある。

・19時30分頃
 雨風はかなり弱まり,ほとんどおさまっている。京浜東北線が動き出したのか,多くの人がホームに流れ込んで来る。「そろそろ大井町線が動くらしい」という声も聞こえる。確かにそろそろ動き出してもよいころだろう。

・20時頃
 突然「沿線の民家が倒壊の恐れがあるため運転再開の目処が立たない」とアナウンスされた。多くの人があきらめてホームから去り,列が短くなった。私はまだ列を離れない。それにしても,19時頃には悪くとも,電車に乗って待つことが出来ると思っていたが,あてが外れた。

・21時頃
 民家の倒壊を防ぐ工事を行っているというアナウンスが何度かあり,そのうち電車に照明が灯って,ドアが開いた。工事は終わったが,運転再開は線路の安全確認終了後ということらしい。

・21時9分
 駆け込みで乗り込んでくる人があまりに多くてぎゅう詰めになったが,安全確認が終わってようやく運転再開。倒壊の恐れがあった民家というのは緑が丘駅の近くという話と,下神明付近の安全確認が最後に残っていたという話が何度もあって,ようやく大井町を発車。

・21時40分頃
 二子玉川に到着。特にトラブルはなかったが,目黒線が止まっていた関係で大岡山で大混雑,東横線の関係で自由が丘でまた大混雑。私が下りた二子玉川からも乗り込む人が大勢いて,生きた心地がしなかった。

・22時頃
 帰宅。すっかり雨風はおさまり,雲も高い位置に少しあるくらい。


 とまあ,こんな感じで,家に帰ってご飯を食べて風呂から出たら,もう寝る時間になっていました。4時間じっと立ち続けた疲労感はありましたが,焦ることも怒ることもなく,まあ穏やかに過ごした時間でした。悔しいのはあと数日はもつと思った文庫本を読了してしまったことと,歩けば2時間で帰れたということでしょうか。

 この日,東急全線の運転が止まり,迂回路がほぼ完全に絶たれた状態になっていました。私が住むところは他の会社の鉄道がなく,東急がすべて止まるともう手がありません。田園都市線も大井町線と余り変わらないタイミングでしか再開しませんでしたので,電車で帰るのであれば今回の4時間待ちというのは,最善策だったことになります。

 ただ,18時頃に歩いて帰ることも考えて,IDEOSでルート探索を行っていました。ややこしい道を使うこともなく,2時間で帰ることが出来るのであれば,20時頃には帰宅できそうと,かなり迷ったのですが,19時頃には運転再開するかもしれないという期待もあったし,雨風の中を歩くのは危険ということもあって,あきらめました。しかし結果から言えば,雨風も弱まりつつあった19時頃からでも歩いて帰るのが,一番正しい方法だったかも知れないですね。

 もう1つ良かったのは,帰宅できない可能性も考えて,16時頃におにぎりを2つほど食べて,ペットボトルのお茶を飲んでおいたことです。このおかげで空腹になることなく,4時間待つことも出来ました。やはり食べ物というのは重要です。


 それにしても,気の毒なのは小さい子供を二人連れたお母さんや,お年寄りですか。前日から台風に警戒するようにとあれだけ言われていたので,休校になったか早退になったかで学生はほとんどいませんでしたが,サラリーマン以外の人があれだけ,台風に無頓着だというのは,ちょっとどうかなと思いました。

 もう1つ,東急の対応のまずさもあります。台風は突然来たわけではなく,今回はゆっくりやってきましたし,前日には東海地方で大きな被害をだし,翌日は警戒するよう言われていたわけです。しかし,これだけ長い時間運転再開出来なかったことは,東急への信頼を崩すに足る物であったと,私はつくづく思います。

 数年前,台風で出社することが難しい状況になったことがありました。この時は会社まで1時間ほど歩いたのですが,この時も「台風くらいで」という意識があったことは否めません。特にここ最近の台風は,上陸すれば確実に大きな被害を出します。自分に都合のいい勝手な想像をして台風をなめてかかることは,今後はやめようと思います。

 結論から言えば,昨日の勝ち組は,午後一に早退することでした。

キュウリを収穫

 キュウリを初めて収穫しました。そろそろいいかな,でもまだかもな,と逡巡していましたが,虫にやられたりするのもしゃくですので,一番大きなものを1本だけ,今日の晩ご飯に頂きました。

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 上の写真は,一昨日のものです。これを今回収穫しました。

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 食べる前に,記念撮影。この数分後,我々の胃袋に収まることになります。

 洗ってから包丁で切ってみますと,まるで果物のようなみずみずしさ。皮も薄く,つやつやとしており,包丁が軽く入っていきます。

 まだ白い部分もあるかなと思ったのですが,種の周りは透明になっているので,もう食べても良い頃合いでしょう。

 みりんとだし汁で溶いた味噌で頂きましたが,キュウリの香りは薄く,とても上品です。皮が薄いせいで歯ごたえはないのですが,それこそ果物のようなほんのりとした甘みがあり,いかにも瓜の仲間だと意識させるものです。

 冷やしてなかったのですが,たっぷり含んだ水分がとても美味しく,あっという間に食べました。

 6月の末の種まきから2ヶ月,いろいろな事があったなあと思い出しながら食べました。ちょうど明日食べ頃になりそうな2本が収穫予定ですが,こんな風に美味しく食べられるといいなと思っています。

 これから先,10本ほどが収穫できそうなのですが,残念な事にここ数日開花した雌花が,黄色くなって落ちているのです。受粉しなかったせいだろうかと思っていますが,私は雄花をちぎって人工授粉をすべての雌花で行ったので,どうもよくわかりません。

 1つの株にいくつも実がなると育たないので,もしかすると数を自分で管理しているのかも知れませんし,やっぱり受粉しなかったなど,いろいろ理由はあるでしょうが,受粉すると数日の内に付け根が太く,濃い緑色になってつやが出てくるのに,枯れる雌花は細くなって色が黄色くなっていきます。やがて茶色くなって落ちてしまうのですが,みているとかわいそうなものです。

夏と闘うキュウリ

 キュウリの様子が毎日気になって仕方がありません。

 東京は今週,お盆らしい強烈な暑さで,人も植物も弱っているわけですが,うちのキュウリも例外ではなく,毎日帰宅して様子を見ると,もう復活はかなわないのではないかと思うほど,しおれてしまっています。私もこれを見るのは辛いです。
 
 直射日光が当たらないエリアはないのですが,問題はその照射時間の差です。もっとも短い部分はしおれておらず,大変な勢いで成長をするようになりました。

 最も長く照射されるエリアは悲惨で,土はカラカラに乾き,葉はまるで茹でたようにぐにゃぐにゃに垂れ下がっています。

 そして,せっかく咲き始めた花も,しゅんとしぼんで,ある物は落ちてしまっています。

 もっともひどい状況のものは,タイルの上に置いていたものでした。直射日光の照射時間はそれほど長いわけではありません。

 キュウリをなめていた私は,2Lのペットボトルで鉢植えすることにしたわけですが,蔓が巻きつき始める前に,すでにペットボトルが根でいっぱいになっていました。しかしキュウリはめげずに,ペットボトルの底に開けた小さい穴から根を出して,直接地面に根を張りだした結果,なんとかここまで生きながらえてくれたのです。

 ただし,一部のペットボトルについては,タイルの上に置いたため根が地面に張れず,ある時期から急激に生育状況が悪くなったのでした。

 そして今週の月曜日,とうとう「もう枯れるか」と思うほどしおれてしまったのです。茎ももはや自立不可能で,下向きにヒゲが巻き付いている始末です。

 かわいそうなことをしたものよ,と反省し,私は帰宅後にそのタイル(というかブロック)を無理矢理引っぺがし,地面を露出させて,ここにペットボトルを置くようにしました。

 それでも,他と違ってこれから地面に根を張らねばならず,水の吸い上げ能力を考えても大きなハンディを背負っています。

 この時私ができる事はこれが精一杯,ということで,たっぷり水をやってすっかり祖入れたキュウリ達が復活していることを祈りつつ,眠りにつきました。

 翌朝,なんと全てのキュウリが復活していました。青々とした葉を広げ,しっかりした茎で伸びてくれています。花も開いてくれています。生命力の強さを感じました。

 月曜日の朝は,前日の夜に大雨が降ったため水やりをしなかったのですが,しおれた原因はこれも1つあっただろうと,火曜日の朝は水たまりが出来るほど水をやって出社しました。

 しかし,帰宅後は同じようにしおれています。前日はしおれたあげくに一部の葉は枯れてしまいましたが,さすがに今回は枯れることはなく,しおれているだけですが,その程度は前日と変わらぬほどの凄惨さです。ただ,もっともしおれたエリアは,最も照射時間の長いエリアになりました。

 こりゃいかん,とあわてて水をやりますが,天気予報ではこの天気がしばらく続くといっています。なにか対策をしないと本当に枯れてしまうかもしれないと,ない知恵を絞りました。

 ぱっと目に付いたのは,ホースの先端に付けたシャワーヘッドです。ポタポタと水漏れするので,水道の栓を開けておくことが出来ないのですが,この水漏れ具合は,ちょうど常時土を湿らせておくのに都合が良いくらいじゃないかと気が付きました。

 その夜は水をたっぷりやり,またも復活を信じて眠りましたが,翌朝は全てのキュウリが水を吸い上げ,しっかりと葉を広げてくれていました。

 まずは水をたっぷりやり,次に直射日光の照射時間が最も長く,最もしおれてしまうところに,水漏れしているシャワーヘッドを置いて出社しました。

 帰宅して様子を見ると,シャワーヘッドを置いた部分は全くしおれず,すくすくと成長していました。これは効果絶大です。しおれる原因は水不足であるという事がこれで証明されました。

 もともとタイルになっていたエリアのしおれ具合は,日に日に増す暑さのせいでひどくなる一方ですが,上手い具合に水をやり続ける仕組みを構築出来ません。帰宅が遅くなったこともあって,泣く泣く水を多めにまくことくらいしか出来ずにいました。

 そして木曜日の帰宅後,さらに観察をしていると,しおれる->復活を繰り返した株は,ほとんど成長していないことに気が付きました。葉の大きさも小さく,面積で他の半分くらいしかありません。茎も細く,背丈も小さいままです。花も咲いてはいるものの小さいままで,しぼんで落ちている花も多くあります。生きるの精一杯で,成長どころではないのでしょうね。

 葉の色は他に比べて非常に濃いのですが,その理由は私にはわかりません。

 期待の雌花のつぼみも,他に比べて一回り小さく,しおれるということの負担の大きさを物語っています。しかし,たくさんの水を与える事以外に,何もしてあげることはないのです。

 そして今朝,気休めに2Lのペットボトルに水を入れ,先端が細くなったノズルを地面に突き刺して出社しました。しかし,帰宅してみるとペットボトルの水は全然減っておらず,結局昨日と同じく,しおれたキュウリがそこに苦しそうにしていました。

 土曜日からは夏休みに入り,私も常に様子を見ることができます。水を頻繁にやることも可能ですし,必要なら常時土を湿らせるシステム(実はもう構想済み)を作ることも出来ます。とにかく,今週いっぱいだけ乗り切ってくれればあとは何とか出来るという気持ちで,過ごして来ました。

 ただ,今週の5日間の厳しい暑さがキュウリの生死に関わるほどであったことは事実であり,背の高さが最大と最小で倍ほど違うという状況を見ていると,もしかして取り返しが付かないほどの5日間だったんじゃないかと,そんな風に感じています。

 早くも来年に向けての反省ですが,まずやっぱり地下植えしないといけないということ,株の数はあまり多くしないこと,水をきちんとやること,そしてもう少し早めの時期に蒔くこと,をやらねばならないなと思います。

キュウリの花が咲いている

ファイル 495-1.jpg

 6月27日に,キュウリの種を蒔いた話を書きましたがあれから1ヶ月と少し,素人の思いつきで蒔かれた彼らはすくすくと成長し,とうとう今朝花をつけました。いやー,うれしいものです。

 まず,7月近くになって,普通は苗で育てるキュウリを種から育てるなど,うちの母親も無謀だと言って笑っていましたが,日よけにするくらいで合格と考えていた私としては,その実を食べようなどと言う浅ましい考えは,7月中旬には捨てていました。

 双葉が出てからはみるみる大きくなり,7月上旬のかーっと続いた晴天で大きな本葉を広げました。2枚3枚と数が増えると,自立できないほどに背丈が伸び,ようやくひげがネットをとらえて上に上に伸び始めたのg2週間ほど前。そこからは1日あたり10cm近い速度で成長していました。

 残念な事ですが,間引きを二度ほど行いました。それでも2Lのペットボトルは根でいっぱいになり,土の表面に顔を出すほどです。それでもこれだけ育つのは,おそらくですが,ペットボトルの底に開けた穴から根が出て,下の土に根を広げたからではないかと思います。

 私の手のひらを超えた大きさの葉がいくつも広がり,複数のつるは互いに絡み合って支え合って伸びています。

ファイル 495-2.jpg

 先端部のそのたくましさ,育とうとするその力を表現には,生命力というものを,改めて意識させてくれます。

 そして一昨日の夜,葉と茎の間の節から,いくつかの小さなつぼみを見つけました。一両日中に咲くだろうと思っていたら,今朝4つの雄花が咲いているのを見つけました。早速蝶が花にたかっていました。

 ざっと見てみると,期待の雌花は見つかりません。これから咲くであろうたくさんのつぼみは,見る限りすべて雄花です。雌花がないと実はつかないわけで,男ばかりのむさ苦しい庭になってしまいました。

 私は詳しくありませんが,雌花が咲くにはなんらかの条件が必要らしいです。思い出すと私が子供の頃に育てたスイカもメロンもヘチマも,ほとんど雌花を咲かせたことはありませんでした。

 条件を満たしてフラグを立てないと登場しないというのは,どこの世界も同じですね・・・

ファイル 495-3.jpg

 日よけとしての機能は果たしてくれつつあります。これからも楽しく観察していきます。

京という名の計算機

 日本のスーパーコンピュータが世界一になりました。

 ニュースでも採り上げられていましたし,今回に限って言えば「世界一になる必要があるのか,2位ではだめなのか,1位のために700億円必要なのか」と,畳みかけるような詰問が話題になったことでも広く知られる日本のスーパーコンピュータ「京」が,Linpackベンチマークで8.16PFLOPSを叩きだし,TOP500リストで第1位に輝きました。

 2位のスーパーコンピュータに対し,3倍近い性能差という圧倒的な1位です。

 特徴はニュースでも報道されているのでここでは詳しく触れませんが,特筆すべき点は,その実行効率の高さと処理能力あたりの消費電力の低さ,そしてここまでの経緯です。

 そもそも,日本のスーパーコンピュータはCRAYのベクトル型を手本にして開発され,1980年代に世界を席巻しました。富士通,NEC,日立と,今で言うHPCの世界はコンピュータメーカーの意地と誇りを具現化するものとして,その先頭を走り続けていました。

 スーパーコンピュータは核実験にも使われることから,安全保障上の関わりも深く,経済大国,技術大国となった日本がこの世界"も"牛耳るようになることを,特にアメリカが懸念して,日本製のスーパーコンピュータに高い関税をかけて,事実上の締め出しを行ったことはよく知られています。

 一方で本家本元のアメリカのメーカーは,買収や倒産などを繰り返して,どちらかというと自滅に近い感じで消えていったのですが,これはPCの世界で高性能化が進んだx86のCPUを多数使ったスカラー型のスーパーコンピュータが,価格と性能のバランスから主流となったことと無関係ではないでしょう。

 PCを多数繋げて大きな計算能力を得ることは,正しいアプローチだと思いますが,私個人はこれによってベクトル型のスーパーコンピュータが駆逐されるとは思っていなかったのです。それは,あまりにアーキテクチャが違い,結果として目指すものも得られるものと違うので,共存するだろうと思っていたからです。

 しかし,ベクトル型のスーパーコンピュータは,共存するにはあまりに巨大で,あまりに高額すぎました。

 そんな中,NECのSXをベースにした「地球シミュレータ」が世界1位と獲得し,長くその席を譲らなかったことは,とても誇らしいことでした。日本製という事にはあまり関心はなく,生粋のベクトル型であることが,感動的ですらありました。

 記録だけではなく,天気予報,エンジニアリング,研究などに使われ多くの成果をあげた地球シミュレータですが,PCの進歩と同時に進むスカラー型スーパーコンピュータの性能向上に次第に追いつかれ,追い越されていきます。

 当然,次世代機種の開発が目指されますが,ソフトの互換性の問題やユーザーのベクトル型を望む声から,当然のようにベクトル型で作られることになります。

 しかし,スカラー型にはスカラー型の利点もあります。そこでベクトル型とスカラー型の複合システムという形で,2007年に概念設計が完了します。この結果,スカラー部は富士通が,ベクトル部とスカラー部との接続部分をNECと,NECと契約を結んだ日立という,日本の三大メーカーの連合によって,開発されることになりました。

 2009年には富士通から,このスーパーコンピュータ用に開発したCPUが128GFLOPSという世界最速のCPUとして発表されます。

 ところが同じ2009年,NECが事実上の撤退を決定,同時に日立も撤退します。ベクトル部の担当が抜けた以上,大幅なアーキテクチャの変更は避けられず,結局このスーパーコンピュータはスカラー型として再スタート,開発は富士通のみで行われる事になりました。

 さらに政権が民主党に移り,事業仕分けという公開処刑の場に引きずり出されたこのプロジェクトは,存亡の危機に立たされます。

 この話は大きな反響を呼び,一部感情論を巻き込みながら,国家と科学技術という大きな枠での議論に発展して,プロジェクト中止の危機を脱します。

 そして2011年,「京」というとてもより名前をもらったスーパーコンピュータは8.16PFLOPSという性能と93%という実行効率で,世界のトップに立ったのです。

 私個人は,世界一は素晴らしいことだし,日本という国には,これだけの力があるのだなあとつくづく感心したのですが,一方でお金がかかりすぎているなあということと,世界一位になることがいつしか目的にすり替わっていたんじゃないのかなあと思います。

 予算としては,すでに1000億円を超えています。既存の建物を使わず神戸にわざわざ専用の建物まで建設し,長い時間をかけて作られた「京」は,確かにお金さえかければ作れるような生やさしいものではないにせよ,お金にものを言わせた古い体質で作られたものであるという印象も拭えません。

 誰かが言ったように,スパコンの名を借りた公共事業というのは,事実かどうかは別にしても多くの人の持つ印象ではないでしょうか。

 それに,これだけの予算をつぎ込むのですから,それだけのリターンがなければなりません。そのリターンとして強調されたことが,世界一と夢と希望だとすれば,それは「ダメ」と言われてしまいます。

 そうではなく,これまでの計算機ではこれだけしか出来なかったことが,このコンピュータによってここまで出来るようになる,だから1000億円かける価値があるのだ,という説明がなければなりません。

 私などは,このことに気付いていなかったというだけではなく,世界一になること以外に,このコンピュータでなければならない理由などなかったのではないのか,と勘ぐってしまいます。

 高速なコンピュータを用意するという事は,いわば時間をお金で買うことと同じです。しかも時間とお金は比例せず,高速になるほどお金が余計にかかります。当然,その時々でもっともコストパフォーマンスの良い速度と金額というのが決まって来ることになり,技術の進歩というのは,極論すればその「旬の速度と金額」が底上げしていくことをいうのです。

 そりゃ,2秒かかるより,1秒で終わった方がいいに決まっています。だけど,2秒で100円,1秒なら200円かかると言われれば,まあ2秒でいいか,というのが「普通の感覚」でしょう。

 旅行に行くのに,安いけど時間のかかる列車と,高いけど時間のかからない航空機のどちらを選ぶかという話に例えると,「京」は航空マニアが自ら乗りたいと最速の飛行機をわざわざ作った,という感じです。

 私は,NECと日立が撤退したのは,こうした感覚のズレがあったことが根本にあったではないかと思っています。

 基礎研究にはすぐのリターンはない,宇宙開発も同じで,夢と希望も立派な目的だ,という意見には,反論はありません。私もそうだと思います。

 基礎研究も宇宙開発も,始めなければ全く先に進みません。他に変わるものもなければ,これを進める原動力は純粋な知的好奇心です。だからリターンがすぐになくても,夢と希望だけでも,許されます。

 一方,スーパーコンピュータはどうでしょうか。すでに一定の市場があり,その技術は民生品への転用が直接可能です。数年経てばもっとリーズナブルでもっと高い性能のコンピュータを作る事が経験的に可能と分かっており,しかも時間させ気にしなければ少々古いスーパーコンピュータでも同じ結果が得られるのです。

 この2つが同じもの?笑わせるな。

 夢?希望?君たちだけの夢だろう,希望だろう。

 科学技術の議論に経済合理性を引っ張り出すことに,嫌悪感を示す人も多いですが,スーパーコンピュータは「商品」ですので,経済合理性と共に議論されねばなりません。

 今年,BlueWaterというIBM製のスーパーコンピュータが,400億円ほどの費用で世界トップに躍り出ると言われています。1000億円と400億円,しかも性能は「京」の1.5倍と言われています。

 また,スーパーコンピュータは目的ではなく「道具」です。道具である以上,そこから何が生み出されるかも重要で,一緒に議論されなければなりません。

 こうした問題意識が私には依然横たわっていますが,それでも「京」というスーパーコンピュータは,高く評価されています。処理能力あたりの消費電力の低さ,富士通が作ったCPU単体の素性の良さ,ピーク性能ではなく実力の高さ,そしてこれらをささえるCPUの接続技術は,特に高く評価されています。

 「地球シミュレータ」にしても,「京」にしても,とってもよい名前です。名は体を表すといいます。「京」という日本生まれの才媛が,もっともっと高く評価されるように,彼女の父親と母親にはもっと頑張ってもらいたいと思います。

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