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D-DECKに想いを寄せて

 ヤマハから,ちょっと変わったキーボードが登場しました。「D-DECK」というのですが,二段鍵盤を持つスタイリッシュなデザインから持つ第一印象は「またヤマハのキワモノか」でした。

 値段が約40万円という非常に高価なものであること,搭載したLCDが800x480というかなり高精細なものであることなど,詳細を知るにつけそのキワモノ感は高まっていったのですが,ホームページに掲載されている開発ストーリーを読むと,その考えが一変します。

 いわく,キーボードの存在が非常に地味になっている,これはまずいと。

 いやはや,メーカーの方がそういう考えを持ってらっしゃるということを初めて知りましたし,実のところほっとしました。私も全く同じ事を考えていたからです。

 D-DECKの開発が始まったのは1999年。世紀末にスタートした開発は7年もの時間をかけ世の中に出てきたわけですが,考えてみるとこの7年間に進歩したテクノロジーってなんだろう,と考え込んでしまいます。

 80年代には3年経つと一世代進み,新製品が出す音に可能性の広がりを確実に期待できたキーボードという楽器は,90年代も終わりになると音そのものに対する進歩が飽和し,メモリ容量の増加によって得られる「自然で予測可能な進化」だけが新製品に期待される,実に面白くないプロダクトに成り下がってしまいました。

 それでもプロの現場では新しいキーボードが求められ,その時々で常に一定の評価を受けていたわけですから,私はキーボードはPAなどと同じ,裏方の機材としてアマチュアの注目を集めるものでもなければ,期待されるものではなくなったのだと,そんな風に思っていました。下手な商業主義に走らずプロの仕事を支えるプロ用の機材には,ストイックな魅力に満ちあふれています。むしろ歓迎すべき傾向ではないのかとさえ思っていました。

 ですから,私が昨今のキーボードをつまらないと思っていたのは私がアマチュアだからという理由がすべてであって,メーカーもすでにアマチュアを顧客とは見なしていない,それが私なりの答えでした。これは同じ楽器でも,ギターやドラムとはちょっと違う傾向ですね。

 しかし,その考えに,なにかしっくり来ずにいたのも事実で,同じ事をD-DECKの開発者も感じてらっしゃったことに,少々驚きを感じたというわけです。立場がこんなに違うのに,です。

 開発者はいいます。キーボードは楽器ではなく,機械として「操作される」存在になってしまったのではないか,キーボードは演奏して楽しいと感じる楽器にならねばならないのではないか,と。

 なるほど,そうかも知れません。ただ,操作の対象となる機械としての魅力と,演奏される対象となる楽器としての魅力が両立していた特異な世界こそ,キーボードやシンセサイザーの世界だったというのも事実です。

 それでは,我々がシンセサイザーを演奏して楽しいと思うのはどんな時だと言われると,それはおそらく2つあって,1つは自分の演奏に対する反応の直線性と,もう1つは自分の頭の中で鳴っている音が現実に飛び出した時の感動ではないでしょうか。

 前者は楽器全般に言えることで,良い楽器と悪い楽器の差となって認知されますよね。ピアノのリニアリティには底なしの快感と安心感を感じますし,安い電子ピアノに違和感を感じるのは,リニアリティが著しく悪いからです。

 後者は「音を創造出来る」唯一の楽器であるシンセサイザーならではの楽しみであり,現実にある音はもちろん,自分の頭にしか存在しない空想の音まで,現実にする事が出来るその喜びは,体験しないと分からないものかも知れません。

 実はこの両者はなかなか両立しません。本当は別のテーマですから両立してもよいはずなのですが,なぜかそうはなりません。

 70年代に誕生し,80年代に急速に発展したシンセサイザーは,当初後者の能力を高めるために進歩を続け,どちらかというと前者については割り切られてきました。理由は簡単で,後者の能力があまりに低く,一方で前者については演奏者が大幅に歩み寄ってくれたからです。

 そしてこれは楽器メーカーの身勝手だと思うのですが,「シンセサイザー」という新しい楽器として,これをそのまま受け入れてくださいという姿勢さえ見せるようになります。

 そうした言い訳がなんとなく成立したことで,楽器メーカーは安心して楽器としてではなく機材としての進歩に専念できたのですが,その流れを変えたのがコルグのM1だったと思います。

 M1は,音を創造する機能も素晴らしかったのですが,ユーザーが絶賛したのはその音色でした。楽器である以上音の良さは第一であるべきで,この方向は間違っていませんでしたが,結果として起こったことは,誰も音作りをしなくなったということでした。

 メーカーのプリセットを選ぶだけで,十分なクオリティの音が出てくる。リニアリティで言えば本物のピアノの足下にも及ばないこの機械は,様々な楽器に化けることの出来る持ち運び可能な「代用楽器」として使われるようになるわけです。

 かくてM1が決定づけたシンセサイザーの方向性は,他社の追随によってより堅固なものになります。

 機会のあるごとに言うのですが,M1の功罪のうち最も重いのがこれで,これ以前と以後で,シンセサイザーやキーボードに求められるものが大きく変わったと思います。プロとアマチュアの差が(少なくとも音質面で)どんどん小さくなり,アマチュアでもプロ級の機材が使えるようになったことは素晴らしいのですが,一方でシンセサイザーは演奏する楽器ではなく,いろいろな楽器の音の出る機械として進歩していきます。それが我々ユーザーの望みだったからです。

 ですから,本来人間との接点として不可欠であるはずの鍵盤を持たないシンセサイザーがコンピュータにのみ繋がれ,ある時はカラオケに,ある時はゲームに,ある時はアイドルのCDにと,演奏を意識しない形で我々の眼前から姿を消して,裏側にまわってしまいました。

 D-DECKの開発者は,この理由の1つに,これまで演奏者に押しつけてきた演奏のしにくさと,ビジュアルとしての演奏の格好悪さを上げています。

 ステージでキーボードをプレイすると分かるのですが,61鍵のキーボードが1つでは全然足りません。右手と左手で別々の音を出す必要性もありますし,それを61鍵という限られた広さで分割して使うのは,あまりに制約が厳しすぎます。

 そこで最低76鍵,欲を言えば61鍵を上下に2つが必要になると,どんなプレイヤーでも痛感させられるに違いないのですが,これが無理なく,かつ格好良く実現できる仕組みは,考えてみるとほとんどお目にかかりません。

 二段鍵盤は演奏は非常にしやすいのですが,いかにもエレクトーンという品の良さか,もしくはいかにもハモンドオルガンというコンテンポラリーなイメージしか与えません。やはりステージで映える,華のあるプレイには,スタイリッシュなキーボードで縦横無尽に暴れ回ることが必要なのです。

 ローランドはSHシリーズやV-Synthで,音を創造する機材としてのシンセサイザーにこだわりを見せ,そこに個性を求めています。プレイバックサンプラーとしての便利楽器を見限ったわけではなく,それはそれで充実させる一方で,本来のシンセサイザーにあるべき姿を追い求めているといってよいと思います。悪く言えばメーカーの自己満足であり,これに共鳴できる人だけ使ってくださいという,高飛車なスタンスでもあります。

 このマニアックな方向性には,私自身はとても共感するのですが,しかしその音作りの可能性が深く広くなることを,どれだけの人が実感し,また必要とするのかを考えると,ちょっと難しい面もあります。

 出てくる音の差は機材やメーカーによってどんどん小さくなり,かつて隆盛を誇ったピュアオーディオが,やがて重箱の隅を突くような,小さな小さな音質の差を云々するようなるに至り,その差を感じられない人々,その差を必要としない人々,その差に興味のない人々が増加し離れてしまうことで,一部のマニアの小さく閉じた精神論の世界に入り込んでしまった歴史と同じ危うさを,私は感じずにはいられません。

 そうなのです。実用レベルで十分な水準に達したキーボードは,音作りを目標にする限り,その性能の差を感じる人だけに向けられる,特別な存在になるかも知れないのです。

 これに対し,D-DECKは,音はもう十分な水準に達したとし,その演奏にこだわったキーボードとして誕生しています。二段鍵盤もそうですし,鍵盤の近くに用意されたボタン類もそうです。そして演奏しているプレイヤーの姿が格好よく見えることを目指し,そのために努力を積み重ねたキーボードなんて,最近は滅多にお目にかかれません。

 これってローランドとは対極にあるコンセプトです。

 楽器は,本来,機能美を持つものです。音を追求していく過程で,自然にそれぞれが持つ形に収れんしていきました。これを制約と捉えて自由な形に挑戦してきたエレキギターでさえ,明らかに形状や木材による音の違いがあります。

 そうした楽器を使いこなす演奏者の姿には,特殊技能に対する羨望の眼差しが注がれ,芸術性に神秘性が加わるのです。

 電子楽器,特にキーボードには残念ながらそれがありません。もちろんミニモーグをソロに使うプレイヤーには同様の輝きがありますが,残念ながらミニモーグは過去の楽器であり,もはやミニモーグという単独の楽器と見なして良い存在です。

 ヤマハが目指すD-DECKのコンセプトとは,演奏者が演奏を楽しめることと,オーディエンスが演奏者に神秘性を見いだせることなのですが,ここで気付くことは,この2つは表裏一体であるという事実です。演奏を楽しんでこそステージで映えることに,異を唱える人はいないでしょう。

 キーボードという楽器において,ここに気が付いたエンジニアがいて,その考えが具現化したことは奇跡です。同時に本当に素晴らしいことだと思います。

 正直なところ,D-DECKが売れるとはあまり思えません。40万円はアマチュアには高価すぎますし,プロには使い道がなさ過ぎます。価格と機能において誰に売りたいのかはっきりしないのですが,それでも世に出たことも奇跡です。

 私もぜひ欲しいと思いましたが,40万円の費用対効果を考えると,悩む余地すらありません。悲しいかな,それが現実です。

 個人的には,ヤマハには下位機種においてもこのコンセプトを貫いて欲しくて,演奏して楽しいこと,演奏者が格好良く見えることを,キーボードという楽器の本質として,ぶれないで維持し続けて欲しいなあと思います。

 それが,キーボード復権の最初のステップになるような気がします。

燃費について

 昨今ガソリン代が急騰しており,燃費についてもなにかと気になるご時世ではありますが,燃費というのは基礎データですので,車の調子や運転の仕方を見るには最適なデータでもあります。

 偉そうなこというてますが,私はそもそもあまり車に乗りませんから,データの蓄積もありませんw

 てことで,実家でガソリンを満タンにしたので,燃費の計算をまとめておくことにします。

 トリップメータは535km,ガソリンは37.7l入りましたから,燃費は14.19km/l。これはなかなかよい数字です。普通この車だと12から13km/l程度ですので,さすがに高速道路を走っただけありますね。

 このうち35kmは,高速道路に乗るまでの一般道だったり,こちらに来てからの買い物で使ったりと,燃費にはよくない街乗りです。ここを8km/lくらいと考えると,高速道路だけだとおよそ15km/l程度という感じでしょうか。

 新車の時だと16km/lくらい出たような記憶もあるのですが,このくらいの車で14から15km/lというのは,まずまずではないかと思います。

 経済的な速度で走ること,加速や減速を繰り返さないこと,これを守れば燃費は1割程度は簡単に改善します。そういえばこのカーナビには経済走行を指南してくれる機能があったはずです。帰りにはこれを使ってみましょう。劇的な数値が出るとは思いませんが,地球にも財布にも優しいことは,いいことです。

苦渋のナイコン時代

 棒巨大掲示板を見ていたら,うるっときた良スレがありました。

 「苦渋のナイコン時代」っていうんですが,同じ時代を生きていた人が共有する体験が,大なり小なり感動を呼ぶというのは,私も歳を取ったということでしょうか。

 私がマイコン,パソコンを知ったのは,小学校の5年生ごろだったと思います。「こんにちはマイコン」というマンガが新刊で出たところを,母が務めていた本屋さんで見つけて購入したのがきっかけで,つまり私にとってはこのマンガで取り上げられていたPC-6001がマイコンのすべてでした。

 ああ,マイコンというのは「マイクロコンピュータ」の略で,当時はパソコンと同じ意味で使われていました。大型汎用機->ミニコンピュータ->マイクロコンピュータという流れで,机の上に載るコンピュータを総称していました。

 「こんにちはマイコン」がでたのは1982年だったか,確かそんなもんだったかと思うのですが,それまで私は「コンピュータ」を個人で持つなどとは考えも及ばず,もちろんその必要性だって感じてはいませんでした。

 当時はゲームウォッチが全盛,カセットビジョンに代表されるテレビゲームもよく知られていましたが,それがコンピュータによるものだとは,ほとんど意識してはいませんでした。そういう時代だったんです。

 1982年頃は,第2次パソコンブームと呼ばれるブームの中盤にあたり,雨後の竹の子のように様々なパソコンが各社から登場した時期です。コアなマニアだけが情報を交換していた世界から,テレビや雑誌,広告にも登場して一般にも認知が始まった時期でした。

  第1次パソコンブームは1976年頃から1980年頃までの,
  主に電子工作好きやアマチュア無線家が部品をハンダ付けして
  自作したころのブームで,メーカー製のマイコンなどは
  ないに等しく,唯一無二の存在だったApple][は,軽自動車が
  買えてしまうほどの高価な代物だったのです。
  第2次パソコンブームはPC-8001の発売された1979年頃から
  1986年頃までで,各社が独自の8ビットパソコンを販売して
  いた時代です。PC-9801がホビーにも使われる1987年頃に
  このブームは終演します。
  第3次パソコンブームはPC-9801とX68000,FM-TOWNSの3つが
  覇権を競った1987年頃から1994年頃までで,それ以降は
  AT互換機とWindowsの時代です。

 まんまとパソコンの存在を知り,BASIC言語でこれを操るというこれまでに考えた事もない世界の扉を開けてしまった私は,直後からいくつかの出来事に出くわしてその興味をさらに深めていきます。

 まず,当時読んでいた「子供の科学」という雑誌に,松下のJR-100を使ったパソコン講座がスタート,同時に広告が載るようになります。食料品の調達場所と考えていた近所のスーパーのおもちゃ売り場に「ぴゅう太」が展示されたこと,「月刊マイコン」を1冊だけ買ってみたこと,「マイコンBASICマガジン」を買うようになったこと,「初歩のラジオ」でもパソコンが取り上げられるようになりました。

 そんなこんなで,その年カシオからPB-100というBASICが走るポケコンが登場します。14800円。貧乏だった私の家でも,これなら買ってもらえるかも知れないと,毎日広告を眺めては「その日」が来るのを待っていました。

 が,そうは問屋が卸しません。結局PB-100を手に入れることはありませんでした。

 そうしているうち,1983年には,なんと隣町のスーパーに大規模なパソコンコーナーが誕生して,各社のパソコンがずらーっと並んで自由にさわれるようになったのです。

 学校が終わるといの一番に自転車で片道20分以上かけてパソコンをさわりに行きました。閉店の7時近くまで毎日いたような気がします。

 専門店を遙かにしのいでいた展示品をざっと思い出すと,PC-8001mk2,FM-7,MZ-700,MZ-2000,MZ-1200,MZ-80B,X1,MZ-3500,MULTI8,ベーシックマスターL3mark5,FP-1100という感じでしたね。その後PASOPIA7やMZ-2200,MZ-1500,FM-NEW7やPC-6601,PC-6001mk2,PC-8801mk2,PC-9801F2,S1など,最新の機種が続々展示されるようになりました。黄金時代ですね,まさにこのころは。MSXが出てくると展示スペースが必要になり,同じようなマシンが並んだ代わりに,個性の強いマシン達は展示から外れていきました。MZやベーシックマスター,PASOPIAとの別れは,この時代の収束を示唆するものでした。

 その後「こんにちはマイコン」の第2巻が発売され,ほぼ同時にPC-6001はPC-6001mk2に世代交代を果たします。隣町のスーパーにもPC-6001mk2が入り,散々触るようになっていました。

 両親がそんな私を見てどう思ったかは知りませんが,PC-6001mk2と専用ディスプレイのセットだけでも15万円以上ですから,おいそれと買い与えることは不可能です。私としてはPB-100で十分だったのですが,特に父親がPC-6001という名前を覚えていたらしく,型落ちで39800円に値下がりした処分品が新聞広告に出ているのを見つけて,我々兄弟に話をしてくれました。

 39800円のPC-6001ならすぐに買ってやらぬでもない。しかしmk2が出ているのに型落ちを買ってしまって,結局使い物にならないということがあったらもったいないから,その辺はよく考えておくように,ということでしたが,我々の兄弟はぶれることなく,むしろ型落ちの初代PC-6001がいいという結論に達しました。

 mk2が出ても,mk2専用のソフトは出る気配がなく,膨大な初代ユーザーを切り捨てることはしばらく考えられなかったのです。それが39800円ですから,お買い得だったのではないかと思います。

 休日に日本橋に初めて連れて行ってもらい,そこで憧れのPC-6001を買ってもらいました。そのお店はJ&Pテクノランドだったのですが旧機種のPC-6001は展示は出ておらず,箱に入ったまま積み上げられていました。父はソフトを我々に一本ずつ選ばせ,私はミステリーハウスを,弟はぱっと見てパックマンに似ていたブロークンラインというゲームを選びました。(これはクソゲーでしたね)

 かくして,私たちはナイコンから脱却しました。

 帰宅してテレビにつないで初めて遊んだ時のことは良く覚えています。床にそのまま広げて,手首を逆くの字に曲げて,ミステリーハウスのコマンドを必死になって打ち込んだものです。

 その後は友人達がファミコンに寝返るなか,頑固にPC-6001を使い続け,ゲームもそれ以外も,随分楽しんだ記憶があります。パソコンの回路図が読めるようになったのもこのころで,そこから個性を読み解く面白さを学んだと思いますし,マシン語の基礎を覚えたのもこのころ,弟はPSGをMMLで操って音楽演奏をすることを知って後に生業とするに至りましたし,このPC-6001が我々に与えた影響は,本当に計り知れないものがあります。

 実機は実家にありますが,これまでに3度壊れて私が修理をしています。1回目はDRAMが破損していて起動しないというものでした。16kbitのDRAMを1つずつ交換し,壊れたDRAMを交換してめでたく修理完了だったのですが,原因にたどり着くまでにはなかなか苦労した覚えがあります。

 2度目は電源の破損で,突然「ボン」という音と共に全く動かなくなりました。ヒューズが切れていたので交換しましたが,瞬時に切れてしまいます。原因はメイン基板上のパスコンの破損で,タンタルコンデンサがショートしていたのでした。このコンデンサを交換すれば直るかと思ったのですが,起動はしても電源部がブーンとうなりを上げています。

 よく調べると整流用のブリッジダイオードが壊れていて,平滑コンデンサに交流がかかっています。後段のトランジスタによって交流がメイン基板に流れることはなかったようなのですが,ブリッジダイオードとコンデンサを交換して修理完了です。

 3度目は,これは本当に困ったのですが,また起動しなくなりました。原因はなんとサブCPUの破損でした。

 サブCPUはカスタムなので,交換用の部品は簡単に手に入りません。いろいろ考えたのですが,手持ちのPC-6001mk2からサブCPUを外して付け替えてみると動くので,そのままにしておきました。PC-6001とmk2で,同じサブCPUであるという保証はないのですが,今のところ問題は出ていないのでよしとします。

 その修理から10年近く経過しています。今度実家に戻ったらPC-6001を出して使ってみようと思います。壊れている可能性も高いですが,このマシンだけはおそらくずっと持ち続けることになるでしょう。それほどまでに,我々にとっては大事なマシンなのです。

 え,無理しないでエミュレータを使えばいいんじゃないのって・・・そうですね,それもその通りですね。だけど,やっぱり実機はいいですよ。

セミ

 出来事その1。

 昨日,会社の帰りに電車に乗っていたときのことです。

 ある駅に到着してドアが開いた瞬間に,1匹のアブラゼミが「バタバタジジジ」と無粋な音をお盆で空いた車内に響かせながら迷い込んできました。

 蝶のような優雅さを持たないことは,ひょっとすると蝉が低く見られる(よく言えば庶民的)一因なのかも知れません。

 明るいものを目指してやってきたアブラゼミは,当然天井を目指して突進します。バタバタガツン,バタバタガツンと2度ほどぶつかった音をさせた後,3度目にはバタバタカンカンという異様な音をさせました。

 座席に座り,浅い眠りについていた私の足下にアブラゼミがバサッと落ちてきたのですが,うつらうつらしながら見た限り,ジジジと鳴くことも羽根をばたつかせることも,足を動かすことすらなく,いわゆる即死だったようです。

 昆虫が即死するなんて,なんか余程の事だったんだろうなあと思いつつもう一眠りした私でしたが,いつまで経っても自分の隣に人が座らず,ずっとあいていたことには多少の疑問を感じていました。

 自分の降りる駅になって席を立ったときにふと自分の左側に目をやると,どういう分けだかもう1匹セミがいます。あれ,2匹もセミが飛んできたんだったかな,とよく見てみると,胴体の真ん中で真っ二つに切断されたセミの上半身でした。

 普段見慣れないものを目にすると人間は恐怖を感じるものなのですが,目を覚ました瞬間に飛び込む映像としてはなかなか異様なものであり,かなり驚くと同時に理由を考えてみました。

 私の使う電車は関東の私鉄でも少数派である,扇風機を持っている電車です。天井についている扇風機ですから家庭用の扇風機のような厳重な安全対策もなされておらず,また羽根も金属製のものです。

 あわれセミは,天井にぶつかるときにこの扇風機に巻き込まれてしまったのでしょう。金属製の羽根の切れ味の凄さを垣間見たのですが,船のスクリューに巻き込まれる事故なんかは,まさにこういうことが人間に起こるんだろうと,恐ろしい結論に達してしまいました。

 出来事その2。

 長年地中で生活してようやく地上に出てきたかと思うと,わずか2週間でその一生を終えるセミには,古来よりはかなさの象徴という役柄を与えられることがしばしばです。

 某巨大掲示板にも,この時期セミに関する記述が散見されるのですが,今年は,

l::: :::i v     夏だお!!!!
l:::γ'⌒ヽ   やっと大人になったお!
l:::(^ω^ ) 可愛い彼女を探すお!!!
l::: Z 六ヽ  おっーおっーおっーおっーおっーっーっーっー
l::: /i.ヽ二|
l::: :::iVヽ-|
l::: :::i  ~


l::: :::i v
l:::γ'⌒ヽ   なかなか見つからないお・・
l:::(^ω^ ) 頑張って鳴くお!!!きっと見つかるお!!!
l::: Z 六ヽ  おっーおっーおっーおっーおっーっーっーっー
l::: /i.ヽ二|
l::: :::iVヽ-|
l::: :::i  ~


l::: ::⊂⊃
l:::γ'⌒ヽ
l:::(-ω- ) 寿命がきたお…
l::: Z 六ヽ
l::: /i.ヽ二|
l::: :::iVヽ-|
l::: :::i  

 というAAが登場しました。


 どうもその,自分の人生に当てはまっているような感じがして,素直に笑えません,というそんなお話でした。

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