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陽は沈む

 一応,軽く触れておこうと思うのですが,昨日,小室哲哉氏が詐欺容疑で逮捕されてしまいました。5億円という巨額のお金をだまし取ったということですが,だまし取る方はもちろん,だまし取られた方も庶民的スケールからいうと桁違いです。この方々もカップラーメン1つ400円とか宣うのでしょうか。

 それはどうでもいいとして,この事件の反応がやっぱりすごいです。金持ちへのやっかみや,おもしろ半分で見ている人も多いでしょうが,80年代の彼の歴史的活躍を肌で感じた世代や,90年代の彼の音楽に救われた世代からの「残念だ」という意見や,彼の業績に対する識者のコメントが引用されたりするケースは,やはり小室哲哉その人が稀代な人であったことを裏付けるものでしょう。

 私ごときが彼をあれこれ論評するのは憚られますし,特に私は彼のファンではなかったので,そこは冷静であるわけですが,私も80年代から90年代にかけて鍵盤とコンピュータで電子楽器にインターフェースした人でしたから,先駆者として尊敬するものはありました。

 シンセサイザーのブームは,YMOが第一次として,TM Networkが第二次を作ったと言われます。第一次がアナログシンセであったのに対し,第二次は明らかにディジタルシンセが中心でした。行きすぎたディジタル化に対して揺り戻しもあり,当時は中古でしか手にすることの出来なかったアナログシンセをどうやって使いこなすかが,1つのテーマになっていたような記憶もありますね。(異論はあるでしょうが)

 彼の作曲家,プロデューサーとしての才能についてはあちこちで語られているのでここでは触れませんが,プレイヤーとして見たとき,特に演奏がうまいという感じは,私はしないのです。機材の使いこなしがうまかった,これに尽きます。

 機材の使いこなしがうまいことは,特に理論的なアプローチが重要なキーボーディストには求められる能力だと私は思っていて,その点で突出していた彼には,いわゆる「機材ヲタ」の匂いがしていたわけです。そこが当時の「機材ヲタ」予備軍からの絶大なる支持を集めたゆえんであったと思います。

 ですから,プール付きの別荘も,ファーストクラス貸し切りも,本当に彼がしたかった事とは違って一種にパフォーマンスに過ぎず,本当は高価な機材に囲まれて,時間を気にせず24時間思う存分スタジオワークが出来る事に,彼はドーパミンをドパドパ出していたのだと,そう思いたいわけです。なぜならそれは,機材ヲタの見果てぬ夢であるからです。

 残念な事に,彼は(その実力以上に)うまく時流に乗り,「半端なく稼ぐ」という最大の成功の証を手にします。結果,彼は自分のしていることや考えていることすべてが肯定されたと考えて,自分の身の丈以上のことをするようになったと,私には見えていました。

 それも向上心である,という解釈もあったのでしょうが,90年代の彼のやっていることに共鳴できなくなった私自身は,すでに彼を機材ヲタとは見なさなくなっていました。そんな音楽をやるくらいなら,貴様の部屋の隅で眠っている機材を1つ私によこせ,とそんな風に思っていました。

 転調を多用し,かつ覚えやすいメロディラインをシンセサイザーとシーケンサーを駆使した正確無比なリズムにのせる手法を確立し,まさに日本の音楽を変革したというべき,小室節。そして,直接間接を問わず,小室節の影響を受けた,次の世代のミュージシャンが育ち,日本の音楽シーンを今まさに支えています。

 さらにいうと,おそらく世界で最初に,ギタリストを完全に支配下に置いたキーボーディストでした。(木根さんのファンには申し訳ないですが,キーボーディストに刃向かわず従順であることが,彼の個性であったとあえていっておきましょう)

 そうした彼の「やりたいこと」が実現するような機材が当時開発され,一般に手に入るようになったことも,彼の業績の1つであったと思います。

 キーボーディストでありながらすべてを支配下に置き,ステージの上で最強であった彼は,「爆音こそ正義」とされた当時,常に不遇であった高校生キーボーディストの太陽でありました。

 結構軽い気持ちで借金を繰り返し,軽い気持ちで人をだましたのだと思いますが,とにかく一線を越えると犯罪者ですから,そこはきちんとルールに従って,今後を生きて欲しいと思います。

 こんなことで名前が汚れなければよかったのでしょうが,それでも,彼は日本の音楽の歴史に名前を残すでしょう。考えてみれば,ケチの付かないミュージシャンって,古今東西あんまりいないんですよね。ミュージシャンとはそういう人種だったりするのかも,知れません。

友人のミニコンポが直った理由

 友人宅のミニコンポですが,どうも直ったようです。

 昨年に同じような事があり,この時は私がうかつに落とした汗が原因と結論したのですが,今回は汗は落としていません。

 昨年はACコードを抜いて一晩放置してあったのですが,今回もそれを試してみる必要があると,友人に頼んで一晩ACコードを抜いておいてもらいました。

 すると翌日,無事に音が出たとのこと。

 ACコードを抜いて長時間しないと,マイコンのリセットがかからないのでしょう。でも,リセットがかからないからといって,ミュートしっぱなしと言うのは,なんとなくバグの匂いがプンプンするのですが・・・

 ちなみにこのミニコンポ,ビクターのNX-MD3という型名のようです。当時友人は,それなりに電気屋さんで聞き比べて品定めをしたそうで,少々値が張ったが良い買い物だったといっています。

 事実,ミニコンポとしては評価も良かったらしく,私自身もなかなか良い音になっていると思っていました。特にスピーカーの性能については,やや低音が出すぎているかなと思う以外は,定位感も良くて,それなりに評価されている理由も分かる気がします。

 CDのサーボのノイズが出てくることや,アンプ部のここ一番の底力などには不満があり,その辺はやっぱりミニコンポだなあと思っていたわけですが,スピーカーの素性の良さは,スピーカーだけでもオークションで数千円で売れることから考えても,実力はあるのでしょう。

 だから,とりあえず直ってよかったと思います。

電子工作マガジンと夏休み

 夏休みです。

 夏休みがやってくる度,その時々の出来事を思い出す人も多いと思いますが,私の場合,親から特別に電子工作予算を付けてもらえる時期だったので,それがなにより楽しみでした。

 ここ最近,初心者から団塊の世代まで,電子工作に対する老舗出版社のアプローチがそれなりに賑やかになり,私のような電子工作をライフワークとする人間にはなかなか飽きさせないものがあります。

 ところが,この手の本はそこそこ高価な割に外しがち。そこで,その志に対価を支払う感覚で買った「電子工作マガジン」に,軽く書評をしたいと思います。


 電波新聞社の「ラジオの製作」と誠文堂新光社の「初歩のラジオ」は電子工作の雑誌の両横綱で,かつてどちらの雑誌を支持していたかで派閥が出来るほど個性がはっきりしていました。

 私個人はミスプリントが多いラジオの製作には辟易させられた記憶しかありませんが,一方の初歩のラジオには戦後間もなくから活躍された大先生から,新しい回路を次々に発表する若手の先生までジャンルも難易度も幅広く,毎月何か1つは「つくってみたいな」と思う記事がでていた事もあり,初歩のラジオ派の人でした。

 だって,ラ製はジャンクの部品とか平気で使うんですもん。初ラの回路はよく考えられているものが多く,今でも「ホー」と感心させられるものがあります。

 ただ,社会的貢献という意味では,初歩のラジオがアマチュア無線の雑誌に鞍替えしてあっという間に自滅したのに対し,ラジオの製作は自らの役割にとどまらず,その別冊から始まったマイコンBASICマガジンで多くのIT技術者を産み出し,またそこから後のゲーム産業に大きな貢献をするライターを育ててきました。今に繋がる新しい産業への種をまいた功績は賞賛に値します。

 しかし時間の流れは速く,BASICマガジンもラジオの製作もやがて休刊,ラジオの製作は一度だけムックとして復活しましたが後が続かず,そのまま10年近く音沙汰無しでした。

 誠文堂新光社はその後オーディオ方面へに傾倒していきますが,電波新聞社は違っていました。かつて育てた子供達が社会に出てそれなりの地位に就いているこの頃,子供の理系離れ,工作離れを食い止める使命を自覚し,奇跡の復活を遂げました。それがこの「電子工作マガジン」です。

 前置きが長くなりましたが,7月16日に発売になった電子工作マガジンです。私が工作をするわけではありませんが,それ程の意気込みで作った雑誌なら,見応えのあるものであって欲しいと思うのですが・・・

 どうも,理系離れに一石を投ずるという話が上滑りする傾向があり,この手のスローガンを掲げるものに,純粋な面白さがないのです。特にひどいのはエレキジャックで,これはもう出すだけ無駄という感じの雑誌です。どうも「理系離れ」と言えば偉い人がすんなりokを出すような風潮があるようです。

 中を見てみると,かつてのラ製の雰囲気が再現されています。前半は二色刷。青と朱のインクも当時の感覚ですね。

 最初の方はラ製でも初心者向きの簡単な工作でしたから,まあこんなもんかと。アルミテープとステープラで基板を作るというアイデアはよいですね。記事の内容も解説も丁寧で,これはかなりよいと思います。

 徐々にレベルが上がってくることを期待しつつ,しかしちっとも上がってこないことにややがっかり。回路の動作原理の説明も少なく,せっかく人体の接近センサという珍しい部品を使っているのに,この部品についての説明が皆目なし。これではただ同じものを黙って作れといっているだけで,知的好奇心を満足させることも出来ず,およそ人は育ちません。

 そして上級者向けと呼ばれている記事2つです。ジャンク流れのLCDを使ったiPod用の外部モニタと,真空管のアンプです。これはね,もうなにを考えているのかわかりません。

 まずジャンク部品(あるいはスポットで入荷した期間限定の特価商品)を使うことについては,この部品が手に入らないと全く成立しない製作記事であるだけに,地域限定,期間限定になってしまいます。

 地域限定は通販があるのでまだどうにかなるかも知れませんが,期間限定については,雑誌には発売までのタイムラグがありますし,実際に作ってみようと思った読者が,記事を見てすぐに部品の手配を出来るとは限らないのです。後で作ろうと思った子供のがっかりした顔が目に浮かびます。

 だから,定番の部品,安定供給が期待できる部品を使うことが,この手の雑誌の記事には不可欠なのです。この記事の作者の先生は結構昔からそこそこ活躍されている方ですが,はっきりいうと当時から大した技術力もなく,切った貼ったの工作をやってるだけの人で,人を育てる記事を書けない人です。ジャンクを見つけて使うことを得意とされているようで,それはそれで誰にでも出来ることではないし,楽しいことでもありますが,私に言わせれば本人の自己満足の領域を出ないものであり,この雑誌の役割を考えるとふさわしいものとは思えません。

 また工作の雑誌には,資料的価値の存在も重要であり,少なくとも期間限定と分かっている賞味期限の短い記事は避けるべきです。最悪のケースで部品が手に入らず,作ることが出来ない場合でも,読み物として面白ければよいのですが,やってることといえばケースに穴を開けているだけでですから,電気的な解説もこの記事でなければ得られない面白さもありません。せっかくLCDを使っているのですからLCDの仕組みや外からの信号の与え方などを書いておけば,子供は次に繋げてくれるものなのに,もったいないことです。

 真空管のアンプについては,はっきりいって他の雑誌に任せればいいと思います。出力管をいろいろ交換して楽しめるシングルアンプですが,理系離れの子供や学生に音質の違いを聞き分けさせることの意味は,はっきりいってないでしょう。読者に伝えたいのは,工作の面白さですか?真空管の音質の違いですか?馬鹿馬鹿しいにも程があります。

 他の読み物についてですが,どれもいまいちです。大阪の日本橋の紹介記事も出ていますが,期待して読むと肩すかしをくらいます。どうも関係者が書かれているようで,街の価値を上げようと必死になっていますが,明らかに価値の上げ方が間違っています。子供がワクワクしながら読めるか,欲しい部品がどこで買えるのか,そういった視点で日本橋を語らなければ何の意味もないことを知るべきでしょう。

 当時のラジオの製作や初歩のラジオは,今みても大変面白いものです。それは,方針にぶれがなく,読み手の期待を適度に裏切りながら基本的にその期待から逸脱しない,そんな絶妙のバランスを自信を持って取ることが出来ていたからだと思います。

 ぜひかつてのラジオの製作には何がのせられていた,製作記事以外にどんな面白いことが書かれていたか,もう一度見直して欲しいと思います。

 子供は,今も昔も好奇心のかたまりです。なぜ?なに?どうして?が大好きな生き物である彼らが,科学や数学を敬遠し,理系離れと言われるのは,彼らのそうした空腹感に満足に応えてあげていない「かつての子供たち」の責任が大です。

 そもそも我々大人が,科学や理科に興味関心をもつきっかけをも奪っていることに,根本的な原因があります。きっかけさえあれば,子供は目を輝かせて,なぜ?なに?どうして?を連発することでしょう。ご自身を思い出してみて下さい。

 なに?そこまでいうなら,おまえが書いてみろ?

 ごもっともです・・・

ダビング10などどこ吹く風

 6月からスタートするはずだったダビング10,暗礁に乗り上げ,期限の決まらないまま延期となるのが確実となりました。

 権利者側の意見も,メーカー側の意見も,それなりに分からなくはないのですが,お互いを辛辣に攻撃し合っている現状では,両者が問題の解決をしようと思っていないと考えざるを得ません。

 こうした議論に,利用者の意見が入りにくいことを今さら問題にするつもりはありませんが,どちらの立場の人も,ちょっと条件を変えれば利用者の立場になる,むしろ利用者としている時間の方が長いのだということを思い出してもらえればと思います。

 すでに感情論になっている中では,もうこの話はそう簡単に着陸しないだろうと,私は悲観的です。

 それなりに関心の高かったこの問題が未解決になってしまうことは残念ではありますが,でも実は利用者の中には,もうどうでもいいと思っている人も多いのではないかと思うのです。私もその一人です。

 例えばですね,20年前のFMラジオ全盛時代,週間の番組表まで買ってエアチェックに勤しんでいた頃に「1回しか録音できません」などと言われれば,随分と反対意見も出たことでしょう。

 しかし,今同じ事を言われて,どれだけの人が反対意見を言うのかなあと思うわけです。この背景を考えると,FMラジオの役割がこの20年で随分と変わって来たということを見逃すわけにはいきません。

 20年前までは,FMラジオはその高音質を生かした音楽ソースの1つでした。録音し,編集し,ライブラリとして保存する。そうした習慣が音楽ファンにきちんと存在していたからこそ,高性能なFMチューナー,高性能なカセットデッキ,日夜改良されるカセットテープが買えたのですね。

 番組制作側もこのニーズを理解していたから,エアチェック前提の番組はナレーションが曲にオーバーラップすることもなく,フェードインもフェードアウトもなし,もちろん1曲まるまる放送され,しかもきちんと送出レベルも管理されて,音楽ソースとして十分な品質を備えるよう,配慮がありました。

 今,そうした番組は非常に少なくなっています。DJを楽しむ番組が増えたこと,ヘビーローテーションに代表される,完全なプロモーションの道具と化した現実に,FMラジオはAMラジオと同じように,役割が変わったんだなあと実感します。

 そうした番組を高音質で録音し,編集,ライブラリとして保存するわけはありません。自ずと録音の市場は縮小していきます。音楽との関わりは刹那的になり,生まれてからずっとそういう付き合いしかしてこなかった世代にとって,音楽とは心に刻む物から通り過ぎる物に変わっていったと,そんな風に思います。

 同じ事がテレビで起こっているように思いませんか。

 面白い番組,残したいと思うべき番組が激減している今日,私個人はテレビの役割は変わったのだと思っていますし,結果として録画して残そうと思うこともほとんどなくなりました。

 だから,ダビング10については,もうどうでもいいです。テレビもニュースくらいしか見ていませんし,見逃しても構わないので,録画に失敗しても問題なしです。

 ということで,権利者さんもメーカーさんも,もう勝手にやってください。私はもう関心がありません。

 しかしこの点,映画は実にうまくやってますね。一日の長ありといったところでしょうか。テレビは所詮テレビですね。

完全プロ志向

 先日,薬師寺展を見て来たことを書きましたが,仏像とか高価な美術品とか,運送には必ず日通が出てきますね。

 日本通運・・・日本を代表する運送屋さんです。失敗の許されない貴重なものを運ぶときには必ず登場するスーパープロ集団で,私のような中途半端なプロ志向な人にはたまらないものがあったりします。

 クロネコヤマトがキヤノンなら日通はニコンでしょうか。(佐川がどこかは勝手に考えて下さい)

 クロネコヤマトがVAIOなら,日通はThinkPadでしょうか。(佐川が・・・以下同文)

 クロネコヤマトが付属のキーボードなら,日通は東プレのRealForceでしょうか。(以下同文)

 そんなことはどうでもいいのですが,日通にはどんなものでも確実に運ぶために組織された専門家集団があり,そこには「梱包のプロ」や「チェーンブロックの達人」達が,日夜人類の至宝を安全に運んでいるんだそうです。

 まあ,どんな運送屋さんにもそういう組織や技能はあるんでしょうが,それでも私のような素人にさえ,日通の定評だけは耳にします。

 薬師寺展を見た後,友人に「日通はせっかくいい仕事をしてるんだから,もっとプロ志向であることをアピールすればええのにな,私みたいなエセプロなんか,ガンガンペリカン便を使うはずやのに」などと言っていた矢先,ペリカン便がなくなるという報道を目にしました。

 先月末,郵便事業会社と日本通運が,両社の宅配事業をする新会社「JPエクスプレス」を今年6月に発足させます。来年4月には完全統合しますが,この時「ペリカン便」のブランドは消滅し,ゆうパックに統一されることに決まったそうです。

 日通は郵便事業会社と提携関係にありましたし,日通はペリカン便では赤字続き。両社の利害が一致したということでしょう。

 実のところ,かの日通にしょーもない荷物をお願いすることに,遠慮があったのは事実でした。30年前にペリカン便として宅配に参入する時も,正直どれくらい続く物なのかと,子供心に思っていたものでした。

 宅配と言えばクロネコヤマト,という時代に,郵便小包と佐川急便が追いつき,ペリカン便がマニアックな存在であった時代は長かったわけですが,急激に身近な存在になったのが,そう,amazon.comです。

 私の記憶では,amazon.comは最初は佐川急便だったんですね。これがある時ペリカン便に変わったのです。あまり悪口をいうのはどうかと思うのですが,当時の佐川急便にはなにかと嫌な思いをしていて,これが理由でamazon.comを使わないほどでした。(余談ですが,メール便が出てきたときに,もう二度とamazon.comは使わないと神に誓いました・・・)

 ペリカン便に変わって,状況は一変しました。夜遅くまで再配達をしてくれる,時間を守ってくれる,荷物は丁寧に扱われていて,たばこ臭くない・・・

 もう1つ,個人的に,うちを担当してくれているセールスドライバーのおばちゃんが,とても良い方なんですね。いかにもトラックの運ちゃんという感じの豪快なおばちゃんですが,いつもニコニコして実にかわいらしいのです。

 おばちゃんとは荷物を受け取るときしか会話しませんし,特に世間話をするわけでもありませんが,彼女に担当が変わってからというもの,amazon.comを積極的に使うようになりました。

 ペリカン便はamazon.com以外で荷物の届くことはありませんから,amazon.comでしばらく買わないと,おばちゃんどうしてるかなあ,そろそろamazon.comで買ってみるかなあ,と,思ったりすることもしばしばです。

 夜遅くに帰宅して不在票に彼女の名前を見つけると,妙な安堵感を味わい,そして週末土曜日の再配達をインターネットで依頼し,再開を心待ちにするのです。

 最近でこそ女性のドライバーをよく見るようになりましたが,うちの地域で最初に女性が訪れたのは,ペリカン便が最初でした。古い大きな運送屋さんの割に,男女区別無しというのはなかなかやるもんだ,とそんな風に思ったことも,日通に対して好感を持った理由だったのだと思います。

 それから随分長く,amazon.comはペリカン便から変わることはなく,さすがに大口を獲得したんだから安泰だろうと思っていたのですが,やっぱamazon.comだけに,その料金は随分安く請け負っているんでしょうね。元が佐川急便で,そこからもぎ取るんですからね,相当安い料金でやっているんでしょう。

 100年の歴史を持つ郵便小包と,同じく伝統ある日通の宅配事業が一緒になると言うある意味歴史的事件より,私の興味はうちの担当のおばちゃんがどうなるのか,に尽きます。引き続きうちを担当してくれればいいんですが,人員整理やら外注化やら,事業統合には何かときな臭い話がついて回るものです。

 果たしてその時,おばちゃんはまた私の前に笑顔で現れてくれるのでしょうか。

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