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ダビング10などどこ吹く風

 6月からスタートするはずだったダビング10,暗礁に乗り上げ,期限の決まらないまま延期となるのが確実となりました。

 権利者側の意見も,メーカー側の意見も,それなりに分からなくはないのですが,お互いを辛辣に攻撃し合っている現状では,両者が問題の解決をしようと思っていないと考えざるを得ません。

 こうした議論に,利用者の意見が入りにくいことを今さら問題にするつもりはありませんが,どちらの立場の人も,ちょっと条件を変えれば利用者の立場になる,むしろ利用者としている時間の方が長いのだということを思い出してもらえればと思います。

 すでに感情論になっている中では,もうこの話はそう簡単に着陸しないだろうと,私は悲観的です。

 それなりに関心の高かったこの問題が未解決になってしまうことは残念ではありますが,でも実は利用者の中には,もうどうでもいいと思っている人も多いのではないかと思うのです。私もその一人です。

 例えばですね,20年前のFMラジオ全盛時代,週間の番組表まで買ってエアチェックに勤しんでいた頃に「1回しか録音できません」などと言われれば,随分と反対意見も出たことでしょう。

 しかし,今同じ事を言われて,どれだけの人が反対意見を言うのかなあと思うわけです。この背景を考えると,FMラジオの役割がこの20年で随分と変わって来たということを見逃すわけにはいきません。

 20年前までは,FMラジオはその高音質を生かした音楽ソースの1つでした。録音し,編集し,ライブラリとして保存する。そうした習慣が音楽ファンにきちんと存在していたからこそ,高性能なFMチューナー,高性能なカセットデッキ,日夜改良されるカセットテープが買えたのですね。

 番組制作側もこのニーズを理解していたから,エアチェック前提の番組はナレーションが曲にオーバーラップすることもなく,フェードインもフェードアウトもなし,もちろん1曲まるまる放送され,しかもきちんと送出レベルも管理されて,音楽ソースとして十分な品質を備えるよう,配慮がありました。

 今,そうした番組は非常に少なくなっています。DJを楽しむ番組が増えたこと,ヘビーローテーションに代表される,完全なプロモーションの道具と化した現実に,FMラジオはAMラジオと同じように,役割が変わったんだなあと実感します。

 そうした番組を高音質で録音し,編集,ライブラリとして保存するわけはありません。自ずと録音の市場は縮小していきます。音楽との関わりは刹那的になり,生まれてからずっとそういう付き合いしかしてこなかった世代にとって,音楽とは心に刻む物から通り過ぎる物に変わっていったと,そんな風に思います。

 同じ事がテレビで起こっているように思いませんか。

 面白い番組,残したいと思うべき番組が激減している今日,私個人はテレビの役割は変わったのだと思っていますし,結果として録画して残そうと思うこともほとんどなくなりました。

 だから,ダビング10については,もうどうでもいいです。テレビもニュースくらいしか見ていませんし,見逃しても構わないので,録画に失敗しても問題なしです。

 ということで,権利者さんもメーカーさんも,もう勝手にやってください。私はもう関心がありません。

 しかしこの点,映画は実にうまくやってますね。一日の長ありといったところでしょうか。テレビは所詮テレビですね。

完全プロ志向

 先日,薬師寺展を見て来たことを書きましたが,仏像とか高価な美術品とか,運送には必ず日通が出てきますね。

 日本通運・・・日本を代表する運送屋さんです。失敗の許されない貴重なものを運ぶときには必ず登場するスーパープロ集団で,私のような中途半端なプロ志向な人にはたまらないものがあったりします。

 クロネコヤマトがキヤノンなら日通はニコンでしょうか。(佐川がどこかは勝手に考えて下さい)

 クロネコヤマトがVAIOなら,日通はThinkPadでしょうか。(佐川が・・・以下同文)

 クロネコヤマトが付属のキーボードなら,日通は東プレのRealForceでしょうか。(以下同文)

 そんなことはどうでもいいのですが,日通にはどんなものでも確実に運ぶために組織された専門家集団があり,そこには「梱包のプロ」や「チェーンブロックの達人」達が,日夜人類の至宝を安全に運んでいるんだそうです。

 まあ,どんな運送屋さんにもそういう組織や技能はあるんでしょうが,それでも私のような素人にさえ,日通の定評だけは耳にします。

 薬師寺展を見た後,友人に「日通はせっかくいい仕事をしてるんだから,もっとプロ志向であることをアピールすればええのにな,私みたいなエセプロなんか,ガンガンペリカン便を使うはずやのに」などと言っていた矢先,ペリカン便がなくなるという報道を目にしました。

 先月末,郵便事業会社と日本通運が,両社の宅配事業をする新会社「JPエクスプレス」を今年6月に発足させます。来年4月には完全統合しますが,この時「ペリカン便」のブランドは消滅し,ゆうパックに統一されることに決まったそうです。

 日通は郵便事業会社と提携関係にありましたし,日通はペリカン便では赤字続き。両社の利害が一致したということでしょう。

 実のところ,かの日通にしょーもない荷物をお願いすることに,遠慮があったのは事実でした。30年前にペリカン便として宅配に参入する時も,正直どれくらい続く物なのかと,子供心に思っていたものでした。

 宅配と言えばクロネコヤマト,という時代に,郵便小包と佐川急便が追いつき,ペリカン便がマニアックな存在であった時代は長かったわけですが,急激に身近な存在になったのが,そう,amazon.comです。

 私の記憶では,amazon.comは最初は佐川急便だったんですね。これがある時ペリカン便に変わったのです。あまり悪口をいうのはどうかと思うのですが,当時の佐川急便にはなにかと嫌な思いをしていて,これが理由でamazon.comを使わないほどでした。(余談ですが,メール便が出てきたときに,もう二度とamazon.comは使わないと神に誓いました・・・)

 ペリカン便に変わって,状況は一変しました。夜遅くまで再配達をしてくれる,時間を守ってくれる,荷物は丁寧に扱われていて,たばこ臭くない・・・

 もう1つ,個人的に,うちを担当してくれているセールスドライバーのおばちゃんが,とても良い方なんですね。いかにもトラックの運ちゃんという感じの豪快なおばちゃんですが,いつもニコニコして実にかわいらしいのです。

 おばちゃんとは荷物を受け取るときしか会話しませんし,特に世間話をするわけでもありませんが,彼女に担当が変わってからというもの,amazon.comを積極的に使うようになりました。

 ペリカン便はamazon.com以外で荷物の届くことはありませんから,amazon.comでしばらく買わないと,おばちゃんどうしてるかなあ,そろそろamazon.comで買ってみるかなあ,と,思ったりすることもしばしばです。

 夜遅くに帰宅して不在票に彼女の名前を見つけると,妙な安堵感を味わい,そして週末土曜日の再配達をインターネットで依頼し,再開を心待ちにするのです。

 最近でこそ女性のドライバーをよく見るようになりましたが,うちの地域で最初に女性が訪れたのは,ペリカン便が最初でした。古い大きな運送屋さんの割に,男女区別無しというのはなかなかやるもんだ,とそんな風に思ったことも,日通に対して好感を持った理由だったのだと思います。

 それから随分長く,amazon.comはペリカン便から変わることはなく,さすがに大口を獲得したんだから安泰だろうと思っていたのですが,やっぱamazon.comだけに,その料金は随分安く請け負っているんでしょうね。元が佐川急便で,そこからもぎ取るんですからね,相当安い料金でやっているんでしょう。

 100年の歴史を持つ郵便小包と,同じく伝統ある日通の宅配事業が一緒になると言うある意味歴史的事件より,私の興味はうちの担当のおばちゃんがどうなるのか,に尽きます。引き続きうちを担当してくれればいいんですが,人員整理やら外注化やら,事業統合には何かときな臭い話がついて回るものです。

 果たしてその時,おばちゃんはまた私の前に笑顔で現れてくれるのでしょうか。

小さい会社が巨大企業に飲み込まれる時

 ここ数日で報道された技術的なニュースについて,少し感じた事を書こうと思います。

(1)パイオニアのプラズマディスプレイ事業を松下電器に統合

 パイオニアのプラズマディスプレイは,その技術力に突出した物があり,内外で高い評価を得ています。私も実物を見てみましたが,KUROの素晴らしさには,プラズマディスプレイのポテンシャルの高さを感じずにはいられません。

 私は現在主流の液晶テレビにはさっぱり魅力を感じず,特に欲しいとも思っていないのですが,大画面テレビを買うときになったら,できればプラズマディスプレイを買いたいなあと思っていました。

 松下電器の一人勝ちを見ていると,松下電器のテレビ屋としての意地を感じるのですが,技術的にというより,そのスタンス的に,パイオニアとは全く違う考え方をしていると思います。

 松下電器くらいになると,プラズマディスプレイでもそこそこの数が見込め,数を売ることで利益を出すことが現実的に可能です。でもパイオニアにはそこまでの数を見込めません。それでパイオニアはプレミアム戦略で,数は出なくとも単価を上げる作戦で乗り切ろうとしたのですが,これは素人の私でも間違いだと気が付きます。

 所詮,大画面のディスプレイ事業というのは,設備産業なのです。

 となると,やはりお金を持っていて,数を売ることの出来る会社しか継続できません。技術力の高さと製品の性能だけで生き残れるようなものでは残念ながらないということです。

 しかし,松下電器も,おそらくパイオニアには一目置いていたはずです。例えば予備発光をなくすといった,その技術力は,松下電器もライバルとしては物足りなくとも,盟友としての尊敬はあったはずです。

 しかし,そのパイオニアは,技術力とは裏腹に,それを事業に結びつけるだけの体力を持っていません。すでに決着の着いているライバルが退場するのですから,松下電器の勝利で終わっていいはずなのに,パイオニアの技術者の転籍を基本的に全員受け入れ,パイオニアの作った技術を自社に融合させるとまでいうのですから,勝者としては破格の対応であると思います。

 それだけ,パイオニアは価値があった,もっといい言い方をするとパイオニアの作った技術が優れていたのだ,ということなんだろうと思います。つまり,松下電器の技術陣が,技術者として公平だったということでもあるのでしょう。

 とはいえ,松下電器が火の車で,転籍を受け入れるだけのゆとりがないとそういう話にもなりません。ここが重要なのですが,松下電器は昨年から大量の中途採用を行っています。数百人単位,しかも長期的な採用を行っているのですが,その大部分は技術者,中でもディスプレイ事業にはかなりのてこ入れがあるようです。

 優秀な人材を確保するために,企業はお金と時間と手間を信じられないほど投入します。松下電器も例外ではなく,それだけのリソースを投入して,果たして本当に優秀な技術者なのか,優秀であっても即戦力としてディスプレイ事業に貢献してもらえるか,さっぱりわからないわけですね。

 実績のある技術者を採用できたとしても,前の会社の技術を手土産に持ってきてくれることはありません。それは契約違反ですし,マナーとしても許されません。

 ところがです,高い技術力で知られたパイオニアから,まとまった数の現役エンジニアが,その技術を手土産に転籍してくるのです。ディスプレイ事業に貢献すること間違いなしの技術者が一度に揃うなんて,千載一遇のチャンスでもあるわけです。これはおいしすぎます。

 さらに大事なことは,パイオニアのプラズマディスプレイが,理論や特許だけではなく,実際の製品,しかも量産品として市場に導入されていることです。そのエンジニアは量産品を作っています。松下電器は量産品で食べている会社ですから,量産できる技術と人でないと,値打ちがないのです。

 ということで,結論から言うと,パイオニアの技術は間違いなく生きると思います。彼らの技術は尊敬を受けていますし,その技術を生み育てた人もそのまま残ります。松下が持つ大量生産を行う技術,製造能力と組み合わせれば,まず間違いなく進化したプラズマディスプレイが世に出てくるでしょう。

 松下電器での扱いにもよりますが,パイオニアからの転籍者のモチベーションもそれほど下がらないでしょう。むしろ,プラズマディスプレイ陣営の大同団結と考える前向きな技術者もでてくるのではないかと,私などは感じます。

 また,パネルの性能以外にも,松下電器は基礎研究能力,半導体の開発能力で世界の先端にいます。パネルの高いポテンシャルを生かし切る駆動技術,そしてテレビ屋としての画造りのノウハウが結集し,これまでにない高画質を見せてくれるはずです。

 松下電器が勝者として奢らず,パイオニアが敗者として卑屈にならず,偉い人はともかくせめて技術者は技術に公平であり続け,お互いの仕事を尊敬し合って,よりよい物を作るという最終目的に向かって突き進んで欲しいと,私は願ってやみません。


(2)アップルが買収した会社

 先日,アップルが決算を発表しましたが,例によって絶好調だったようです。いちいち数字は書きませんが,絶好調であることはもはや当たり前で,以前のような大騒ぎもないようです。

 私も決算についてはそんなに興味もないのですが,問題は同時に出た話で,P.A. Semiという半導体会社を買収したという事実です。

 P.A. Semiという会社,私は直接話をしたことはないのですが,あるルートで一度紹介を受けたことがありますし,個人的にも興味のある会社でしたので,それが今頃,しかもアップルに買収されるという形でお目にかかるとは考えてもみませんでした。

 このP.A. Semiという会社,さすがに普段は偉そうなアナリスト達もノーマークだったようで,過小評価も過大評価も様々です。そういう少ない情報からアップルの買収劇を邪推する話もあちこちで出ていて,ちょっとうんざり気味です。

 P.A. Semiは,低消費電力マイクロプロセッサの開発を目的に設立されたファブレスの半導体会社です。ISSCCでも論文を発表するなど,技術的には定評のあるベンチャーです。

 DECはその昔,世界最速のマイクロプロセッサであるAlphaをVAX11の先にある21世紀の理想郷として開発,その割り切ったデザインに起因するソフトウェア開発上の制約と引き替えに手に入れた爆速クロックで,尖ったユーザーからの支持を受けていました。

 Aplhaは結局終焉,その遺伝子は多くの設計者が移籍したAMDでK7やK8に受け継がれるのですが,DECはAlphaとは別に,低消費電力プロセッサでも強烈な製品を作っていました。

 それがStrongARMです。ARMはイギリスのプロセッサメーカーで,低消費電力で動作する組み込みプロセッサとして世界を席巻しています。自身は製造を行わず,その代わりどこで作っても同じ性能が出るように設計を行っていることで,世界中の会社がARMのライセンスを購入して,作りまくっています。

 ARMにとってその設計データは最重要資産です。製造に必要な形で提供されるデータはいわばソースリストではないため,中身についてはさっぱりわかりません。

 ただ,ARMは,世界で数社だけ,その中身を公開しています。

 ARMが技術力を認め,内部を改編することを許している,本当に特別な会社,その1つが当時のDECだったのです。

 改編した内容はARMにもフィードバックされ,次の世代のARMプロセッサにも反映されます。もちろん,多額のライセンス料も必要でしょうが,お金だけではどうにもならないものでもあります。

 DECは,当時のARMプロセッサを改良し,組み込みプロセッサとしてはにわかに信じがたい高クロックと,考えられないような低い消費電力を両立させて,これをStrongARMと名付けました。

 ARM7から改良されたStrongARMの成果は,後のARM9にも取り入れられることになります。

 しかし,DECは解体され,StrongARMのチームはライセンスごとインテルの手に渡ります。当時,インテルはStrongARMそのものより,欲しくても手に入らなかったARMのライセンスを手にれるのが目的だったと言われるほど,この当時いろいろな憶測を生みました。後にStrongARMはXScaleと呼ばれ,それなりの進化を遂げますが,破竹の勢いで急成長するBroadcomに売却,組み込みプロセッサから撤退するのかと騒がれた直後にXScaleと競合する組み込み用x86プロセッサであるATOMを発表するという流れに,妙な納得をした記憶があります。

 いずれにせよ,インテルが買収を行う段階で,自由闊達な文化を謳歌していたDECのエンジニアの多くは,インテルへの移籍を断り,AMDに行くか,別の会社を立ち上げることになります。

 その1つに,AlchemySemiconductorという会社がありました。StrongARMの設計者が結集したこの半導体会社は,ARMの高額なライセンスフィーに納得出来ず,MIPSで低消費電力の組み込みプロセッサを作り上げることにしました。

 出来上がったAu1500などの組み込みプロセッサは,評判通りの低消費電力と処理能力を両立させ,個人的には当時ARMをしのぐ性能だったと記憶しています。

 Alchemyは結局AMDに買収されてしまいますが,同じようにStrongARMを手がけたエンジニアが興した会社が,P.A. Semiなのです。

 創業者でCEOのDan DobberpuhlさんはStrongARMの設計者です。StrongARMはその設計ツールもDEC社内で作られたもので,それゆえ極限の性能をたたき出していたのですが,P.A. Semiは市販のツールで,強力で低消費電力のプロセッサを作ることにしているそうです。

 そして彼らが選んだプロセッサアーキテクチャが,POWERです。IBMがPOWERをオープンにしたこと,その性能が高いことが決め手になったということなのですが,やはりPOWERの持つプロセッサとしての素性の良さがあったのではないかと思います。

 完成したプロセッサの性能は,PowerPC970互換で,クロック2GHzのデュアルコア,周辺チップを取り込みつつ消費電力は13Wと,これを使えばPowerBookG5(しかもDualコア!)があっという間に完成してしまうんではないかと思われるようなものになっています。うーん,これは欲しいかも。

 こんな会社だから,アップルが買収したというニュースが流れると,それはちょっとした憶測合戦になるのです。インテルを裏切るのか,iPhoneに採用されるだろう,UMPCに参戦するではないか,などなど・・・

 でも,アップルは彼らのプロセッサ,つまり製品に魅力があるわけではないと思います。自前でプロセッサを作ることのメリットはないですし,まして外販まで考えたプロセッサメーカーになろうというのもばかげた話です。

 では結局何が欲しかったのかというと,やはり彼らの高い技術力です。間違いなく世界を代表するプロセッサアーキテクトがいる会社です。半導体の設計能力も最先端。こういう人材を半導体会社でないセットメーカーがまとめて手に入れるのは,やはりなかなか難しいものですが,彼らのような人たちが生み出す「カスタムLSI」を作って製品の差別化を図ることは,セットメーカーとしては非常に重要な戦略です。

 アップルはこれまで,こなれた部品を上手に使って,差別化はソフトウェア,とりわけ優れたユーザーインターフェースで行って他を圧倒してきたわけですね。カスタムLSIというハードウェアで差別化を図って優位に立ってきたのがソニーや松下などの日本のメーカーであり,特にポータブル音楽プレイヤーではソニーが熱心に取り組んできたものです。

 結果はご承知の通り,ハードウェアの負けでした。大事なことは,ハードウェアかソフトウェアか,という択一の選択の結果,ハードウェアが敗北したということです。どちらも可能なリソースがあるなら,最強であることに代わりはありません。

 アップルが,世界屈指の半導体スペシャリストを囲い込んだ事実は,アップルにソフトウェア,ユーザーインターフェースに次ぐ第3の差別化技術をもたらすこととなり,私の目には彼らの戦略転換のメッセージに聞こえるのです。

 現実的に,ポータブル音楽プレイヤーの伸びが鈍化しています。この結果NANDフラッシュの需要も減るだろうという予測が出ているくらいで,アップルもiPodでいつまで食べていけるか,不安になっていてもおかしくはないです。

 iPhoneで食べていけるのか,それとも別の物を仕込んでいるのか・・・これから仕込むのかも知れませんが,いずれにせよアップルが次の一手を打ってくることは,間違いないと思います。それも,他社の真似できないような「独自ハードウェア」をひっさげて・・・

 

そうこうしているうちに

 そうこうしているうちに,東芝から正式にHD DVDからの撤退が発表されてしまいました。

 個人的にはやっぱり残念です。規格統一の話が決裂したあたりで,技術的にというより,子供のケンカのような意地の張り合いが目に余るこの争いが,こういう形で収束するしかなかったのかどうか,私には疑問が残ります。

 ただ,東芝としては,集中と選択を進めている中で(ちなみに今の東芝の社長の西田さんは,大変スピード感のある方で,海外からの評価の高い経営者です),今後大した貢献も出来そうにないこのカテゴリを,綺麗に収束させる方法を模索していたように思いますので,この時期にこういう形が」ベストだったのではないかと,そんな風にも思います。

 東芝という会社は,光学ドライブの世界では一定の存在感のあるメーカーでしたから,BDに与することはないという今回の発表は,業界全体にとってマイナスになるような気もします。

 メンツもあるでしょうからやむを得ませんが,ライバルであるソニーはもちろん,DVDでは共に戦った松下も,内心残念であったに違いありません。

 まあ,ソニーはβで,松下もDCCで,ビクターもVHDで,それぞれ痛い目にあっています。これに懲りず,また東芝さんの元気な姿を見たいものです。

HD DVDが収束するという話で思うこと

 先週の土曜日に突然報道された盟主東芝のHD DVDの撤退騒ぎで,週明けのIT関連のニュースは持ちきりでした。

 普通,記者やライター達は,すでにつかんだ様々な情報を,こうした報道がなされることで事実上の解禁として一気に放流するものなんですが,今回そうした動きがない,つまりたくさん上がった割には内容が憶測や過去の事実のまとめにとどまっているところをみると,やはり正式な物ではなくリーク,それもある程度意図したリークであったと考えるのが自然なようです。

 そもそも,ユニバーサルやパラマウントなどのコンテンツホルダーや,早くから支持してくれていたHPやマイクロソフトよりも先に「やめます」と言う,まるで船長が真っ先に救命ボートに乗るような話が正式に出るはずはなく,発表があるとすればそれらへの根回しが完了してからになると思います。

 私も記者ではありませんし,関係者ですらないので憶測も憶測,妄想といってもいいくらいのことしか書きませんが,せっかくですので思っていたことを適当に書こうと思います。

 最初に書いておきますが,私の予測はHD DVDはROMだけで生き残って,映画などコンテンツ配布用メディアとして使われ,一方のBlu-ray Disc(以下BD)は家庭用の録再機に搭載され,結局両規格はその役割の違いで棲み分けることが自然になされる,でした。

 HD DVDにはDVDで実績のある完成度の高さがあり,その確実な記録性能と扱いの楽さは市販されるパッケージメディアとして最適です。一方BDの高密度記録と設計思想の高さは,常に高い要求を続けるコンスーマに今後数年間応え続けるものだと思いますし,単純に容量が大きいことだけ考えても,録画という用途にはありがたい話です。

 しかし,残念なことに,BDで一本化されることになってしまいました。

 1万円近い映画コンテンツを収める配布メディアとして,BDはまだまだ未成熟で信頼性に乏しいんではないか,子供はディスクを乱暴に扱うものですが,大好きなディズニーの映画が割と簡単に見ることが出来なくってしまうのはかわいそうだなとか,技術的に無理をした分,耐久性が落ちるのは最初は仕方がないところで,またそこを見極めないといけないのは面倒きわまりないなあとか,まだまだBDに対する不信感が拭えません。その点では,私はHD DVDには残って欲しかったと思う人です。

 HD DVDがBDに負けるのは,技術的には既定路線でした。

 私は技術者で,かつてはCDを回す仕事をしてたので光学ディスクに関する基礎知識は持っているつもりですが,HD DVDがDVDの技術の延長にあり,乱暴な言い方をすれば青色レーザーによる高密度化にだけに頼った無難な(裏を返すと安全で確実な)ものであったのに対し,BDはそれだけではなく,さらに難しい技術を導入して容量を増やすことに挑戦したことが見て取れます。

 これはどちらが優れているという話ではなく,基本的な思想の違いです。

 HD DVDは必要とされている要件を十分に満たしつつ,従来からの移行を基本に安く安全に作ることを目指したもの,BDは次の世代にふさわしい少し先の技術でその時必要とされている以上の大容量化を貪欲に目指したもの,という感じです。

 物理的な話だけではなく,論理的な規格についても,BDの方が確かに難しいことをやっているように見える方は多いのではないでしょうか。

 考えてみると,DVDの次を作るために青色レーザーを使うというのは何の疑問もない「前提」になっていたわけですし,その開発はレーザー屋さんの努力に頼るところが大きいわけです。

 しかし,光ディスク技術者としては,青色レーザーだけではなく,それをとことん使いこなすということにも意地を見せたい,という熱意があって,BDの「レンズの開口数を大きくする」という挑戦に結びついたんじゃないかと思うのです。

 開口数というのは,簡単に言うとどれだけ光を一点に集めることが出来るかというレンズの性能を表す数字です。CDでは0.45,DVDでは0.6,HD DVDではやや大きくなって0.65,BDでは0.85と随分大きくなっています。

 光をより小さな点に集めることが出来れば,それだけ高密度の記録ができることになります。ですから,同じ青色レーザーを使ってもHD DVDは片面15GByte,一方のBDは片面25GByteと結構な差になっているのです。

 しかし,話はそんなに簡単ではありません。開口数を0.85にすることで,BDには2つの壁が立ちはだかりました。1つはレンズの問題,1つはディスクの問題です。

 開口数0.85というレンズは,非球面レンズを複数枚使うなどの高価な光学系を使えば実現可能だったわけですが,1枚の,それもモールドという金型を使って大量生産するレンズで作るのは非常に難しく,そんなことが本当に出来るのかどうかも当初は危ぶまれたそうです。

 しかし,もともとCDだって,そしてDVDだってかつてはそう言われていたわけで,今回も関係者の努力によって克服されたのでした。これで,安価で小型の民生品に,大量に安定してレンズを供給する目処が立ったことになります。

 次にディスクの問題ですが,開口数を大きくすると,いろいろ理由があってレンズとディスクの記録面を近づけなくてはなりません。このためCDで1.2mm,DVDでは0.6mmもあった保護層が,BDではなんと0.1mmになってしまったのです。

 0.1mmの保護層を12cmの円盤に均一に作り込めるのか・・・ちょっと考えると音を上げてしまいそうな話です。HD DVDならDVDと同じく0.6mmの円盤を貼り合わせるだけですので,実績がすでにあります。

 それに0.1mmといえば,ちょっと深い傷が付くともう記録面に達してしまいます。ちょっとの傷が致命傷になってしまうディスクが本当にお茶の間に入り込めるのか,そこは私も疑問でした。

 覚えている方も多いと思いますが,BDは当初,ケースに入った状態でお目見えしました。しかし,こうしたケース(キャディといいます)に入って成功したメディアは未だかつてありません。従来通り0.6mmの保護層を持つHD DVDには,もちろんキャディなど必要ありません。

 しかし,BD陣営で気を吐いているあるディスクメーカーが,ちょっとやそっとでは傷の付かないハードコード技術を提供,これによりBDはキャディを脱ぎ捨て,いつしか裸で扱われることが当たり前になったのです。

 残念なことに,キャディに入っていた初期のBD-REは,現在の機器では扱えません。物理的には同じであっても,今のBD-REになるまでに追加された仕様があまりに多すぎ,互換性が切られてしまいました。初期のレコーダで記録したディスクが今の機器で再生できない,という現実は,HD DVDとBDの戦争以上にユーザーに対するメーカーの責任を問いたい気持ちです。

 ディスクについては,もう1つ問題があって,それはディスクの製造も難しくなるということでした。

 円盤形状のメディアは,複製を大量に作ることが出来る点が最大のメリットです。エジソンの筒型のレコードが,ベルリナーの円盤のレコードに完敗した理由はそこにあります。

 BDが登場した時,大量生産のラインは全くの未完成でした。一方のHD DVDはDVDと基本構造が同じであり,製造ラインも流用が可能とさえ言われていました。BDは製造装置も全部入れ替え,ラインを作り直す必要があり,その初期投資は莫大なものになると言われていましたし,本当にDVD並の歩留まりを確保できるかも未知数でした。

 しかし,これもやがて関係者の努力で解決に向かいます。製造ラインが一度立ち上がってしまえば,あとはそのラインでドンドン製造するだけです。

 BDがここまでくるのには,集った多くのメーカーが,自らの得意分野で成果を持ち寄り,まさに総力戦で不可能を可能にしてきた感動的とも言える歴史があったわけです。

 こうしてみると,HD DVD陣営がやり玉に挙げていた技術的な問題点は,非常に短期間のうちに克服されたことになります。思うに,技術というのはそういうもので,本気になればやがて解決されるものです。

 時間とお金がかかるのは当然としても,技術的問題点というのはいずれ克服される事が宿命である以上,今ある技術で無難に作って挑戦をしないことが,果たして次の10年を担う次世代DVDとして正しい事だと胸を張って言えるのかどうか,本当はHD DVDの技術者も悩んでいたんではないかと私は思います。

 ふと思いついたのが,CDからDVDへの世代交代で,容量は約6倍となりました。ところがDVDからHD DVDでは3倍程度と,ちょっと見劣りしますわね。これだと移行するには物足りない,次の10年持たないよ,と考えられても仕方がありません。

 そこでBDの人たちはまずDVDの5倍を狙おうと考えて,25GByteという数字を目標にしたんじゃないのかなあと思うのです。

 盟主東芝の言い分で,BDよりも2層ディスクが作りやすいから実質30GByteだとか,そもそもHDの映画コンテンツを入れるのに25GByteもいらない,というのはちょっと説得力のない言い訳で,私はこの点については「将来を見据えた挑戦」を選んだBD陣営の技術者の良心を評価したいと思います。

 未来の商品を作るのに,今ある技術ばかりで作っても仕方がない,とBD陣営のある方がいったそうですが,この点についてはまさにその通りでしょう。こうして,大方の予想通り,技術的に楽ちんだというHD DVDの最大の優位点は,BDに完全に列ばれてしまったのでした。

 私ならどうしたか,と考えてみたのですが,これまで見てきたようにHD DVDには今ある技術で完成させたことで,先行逃げ切りが可能という強みがありました。一方のBDは技術的にこれから作らねばならないことが山ほどあり,やがて解決するだろうという楽観的な予測は出来ても,時間的に不利である状況は変わらなかったはずです。

 BDの方が性能が上回っている事実は変わらず,これが完成すればHD DVDが不利になることも明白だったわけですから,HD DVDがやるべき事はとにかくBDが完成する前にさっさと広めてしまうことだったはずです。

 とはいえ,ハイビジョン放送の普及度もまだ低く,録画用途での普及を待っているとBDに追いつかれます,

 とすると答えは1つ,映画コンテンツを格納する配布メディアとして実権を握ることです。

 コンテンツホルダーの意見として,既存の製造ラインを使えることのメリットを評価したところは多かったわけですし,従来のDVDとHD DVDを分けずに製造できる点は確かに合理的です。

 それに,すでに大量生産が可能であることを実績で証明していたHD DVDこそ,ディスクの製造にお金がかからない(つまりコンテンツホルダーの儲けがそれだけ増える)点で好都合だったわけで,大きな需要に応えることも出来る高いレベルでの生産能力も含め,HD DVDの「無難さ」を徹底的にアピールするべきだったんじゃないのかと思うのです。

 うまくすると,BDの製造ラインは家庭用の録画ディスクが本格的に必要とされるまで立ち上がってこなくなるわけで,歩留まりの改善も設備の安定も価格もなかなかこなれてこず,一石二鳥だったはずです。

 やがてBDが録再機に搭載され,録画メディアとしての地位を確立するでしょうが,それは映画配布メディアとして確固たる地位を築いたHD DVDとしては,もう関係ない話です。

 製造枚数で言えば配布用のROMの方が数も多く,利益もそれなりに確保できますし,製造も楽なわけですから,そこできちんと儲ける方法を考えることは難しくないはず。容量がBDよりも少ないことは,2層ディスクが安定して製造でき,より圧縮率の高いH.264を使うHD DVDにとって,映画のパッケージ用に使う分には全く問題にならなかったでしょう。

 著作権保護にもメリットがあったかもしれませんね。HD DVDに記録メディアや録再メディアを提供しなければ,コピーを作ることはできないわけですし,いわゆる海賊版を作る業者は製造業者に委託するかプレス工場を自前持つしかないわけで,それはどっちも足が付きますし。

 そもそも,HD DVDとBDはもう別物です。同じ土俵のものではありません。自ずと得意分野も目指す物も違ったはずなのに,なぜ排他的に雌雄を決する必要があったのか,私はその発想がそもそも疑問だと思うわけです。

 個人的には,HD DVDの陣営がよく口にしていた主張に共感する物が多くあります。もともとDVDの次世代としてHD DVDをみんなで考えていたところに,そのメンバーから突然BDという規格が出て来た事が理不尽とか,両面50GByteというユーザーもコンテンツホルダーも必要としない容量のために技術的に難しいことを無理に盛り込んで価格を上げたり品質を犠牲にするような話は技術者のエゴであって本末転倒とか,それはそれで筋は通っています。

 規格統一の話が合ったときも,東芝は筋を通しました。自分たちが本流であると,だから歩み寄るなら向こう側だと。それはそうですが,BDとしては技術的に解決が困難なものが1つでも残っていたら,おそらく東芝に頭を下げたと思いますが,おそらくあの時点で問題解決の目処はある程度立っていたのでしょう。そこは政治的な駆け引きでもあり,残念ながら流れを読み切れなかった東芝が「安くて安定して十分な容量を持つメディア」をあの時殺してしまったと,私は思います。

 仮にそこで物別れに終わっても,先ほど言ったように映画用のパッケージメディアとして棲み分けるという戦略をぶれずに進めていられれば,おそらくBDよりも長生きメディアになれたでしょう。しかし,それも欲張りすぎて失いました。

 しつこく続けたHD DVDのBDに対するネガティブキャンペーンも,BD陣営に対するだめ出しとして機能してしまい,なにを改善すればいいのかを明確にさせたにとどまらず,BD陣営の結束力を高めてしまっただけのような気がします。

 結果として,東芝は膨大な開発費を回収できないまま,HD DVDを放棄することになるでしょう。そしてなにより,BDの軍門に下ることを余儀なくされてしまうでしょう。HD DVDにはHD DVDならではのメリットがあり,それを信じたエンジニアが気の毒です。

 しかし,BDは本当に勝者でしょうか。

 先日,半導体関係のある方と話をしたのですが,「もうHDは儲かりません」とぼやいていました。

 BDとHD DVDのフォーマット戦争は終結し,今後はBDを普及させて開発費を回収するフェイズに入ります。しかし,すでにBDを含むHDの世界では部品の価格が下落し,儲けが出にくくなりつつあります。

 いわく,世代が変わるごとに,儲けることの出来る時間が短くなっています,とのこと。開発にかかる費用は世代が進むごとに大きくなるにも関わらず,すぐに他社に追随されてあっという間に価格競争に陥ってしまう,そういう構図がますます顕著になっています。

 BDは技術的にも難しいことをやっています。大量生産によって単価は下がるでしょうが,あっという間に中国などで生産されるようになり,開発費を十分に回収できないうちに価格競争に入ることは,もう避けられないと思います。

 悪い話はまだあります。BDの次の世代の話が全くないのです。

 BDが利益が出なくなってしまった時には,次の世代で稼ぐ必要があります。しかし,その次がないというのは,どうしたことでしょう。

 技術的にはいろいろ開発が進んでいるようです。しかし,それが加速しない理由に,そういう高密度大容量のディスクの使い道がないというのがあります。

 CDの次は映像と入れたいとDVDが出来ました。DVDの映像がHDならいいなあ,でBDが出来ました。ここまでは素人でもわかります。では,HDの映画の次に,あなたはなにが欲しいですか?

 BD以上にかかる開発費を回収できるくらい,誰がその高密度光ディスクを欲しがってくれるでしょうか?その高密度ディスクに入れる膨大なデータを,普通の消費者がどれだけ欲しがってくれるでしょうか。関係者の間では,BDは最後のコンスーマ向け光ディスクだと言い切る人さえいるのです。

 これで,BDは勝った勝ったと喜んでいられるのでしょうか?

 小さな勝負に一喜一憂することをやめ,原子力とNANDフラッシュに注力する東芝が結局勝者になるという可能性は,本当にゼロでしょうか?

 この話,光ディスクに限った話ではありません。LCDなどのディスプレイも,システムLSIなどの高機能半導体も,CCDやCMOSセンサなどのデジカメ用のキーデバイスも,HDDやフラッシュメモリなどのストレージも,みんな程度の差はあれ,同じ状況です。

 つまるところ,消費者が「今はこれで我慢しよう,来年になるともっといいものが出るよ」と未来に期待し夢を託すことが,もはや不可能な時代になったことを,私も含めた関係者は直視しないといけないと思うわけです。

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