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100年目の皮肉

 日本を代表する電機メーカー,シャープが大変なことになっています。早川徳次が創業して今年で100年という節目に,存亡の危機に立たされています。

 100年か・・・すげーな・・・戦後生まれのそこらへんの会社とはまさに桁違いです。1980年代,東芝,ヤマハといった伝統あるメーカーが100周年を迎えたときには感動さえ覚えたものですが,いよいよシャープも仲間入りという時に,こんな皮肉があるものかと思います。

 大阪らしいと言いますか,生きた金しか使わん,という堅実な気質を,私はシャープという会社に見ていました。古くは1970年の万博に出展せずその費用で天理に工場を建てた話や,最近だと大阪の阿倍野に出来る超高層ビルに本社を移さないかという誘いを断ったなどは,素人にわかりやすいが本業の直接のプラスにならないような話には財布の紐が固いというのが,この会社の文化なんだろなあと思っています。(余談ですが,1980年代後半のパソコンのイメージキャラクタとして,PC-8801のNECは斉藤由貴,FM-77の富士通は南野陽子なのに,X68000のシャープはツタンカーメンのマスクと,その三段オチに当時も苦笑が漏れたものです・・・)

 私はもともと大阪の人ですし,実家は当時主力工場の1つだった八尾工場の近く,本社のある阿倍野は大阪市内への玄関口で,シャープという会社にはとても親近感がありました。お隣さんや友人の兄貴がシャープの社員なんてこともあって,気さくな印象を持っていたのかもしれません。

 1970年代は,シャープはやっぱり二流三流のメーカーでした。テレビも冷蔵庫もラジカセも,安かろう悪かろうだったように思います。当時は一流メーカーである松下電器と,安売りを標榜して急成長したダイエーとの間が険悪でしたから,ダイエーなどのスーパーマーケットの家電売り場には,シャープや三洋などのちょっと垢抜けない家電品が並んでいたものです。

 ちょっと横道にそれますが,今でこそヤマダ電機やヨドバシカメラなどの量販店が幅を利かせていますが,家電量販店が小売りの主軸になる前は,ダイエーやジャスコなどのスーパーマーケットが,家電販売の主戦場だった時代があります。

 それまでは,そうそう高額商品を在庫で持つわけにいかない小さな街の電気屋さんが,基本的に定価で家電を売っていたわけで,数をバックに安く仕入れるというスーパーマーケットの手法が家電にも浸透した結果,消費者はいろいろなメーカーの商品を見比べて,しかも値引きをして安いものを買うことが出来るようになったのです。これはとても画期的なことでした。
 
 全国津々浦々にナショナルショップを持ち,各店舗に1個ずつ仕入れてもらうだけで数万個も売れてしまう圧倒的な販売力を持つ松下電器が,ダイエーの安売りを認めてしまうと,ナショナルショップを裏切ることになります。今風に言えば,ビジネスモデルの崩壊です。

 だからダイエーには品物を卸さないといった強硬手段を講じることになりましたし,ダイエーはダイエーで,松下以外のメーカーのものを安く売ることにしたわけです。やがて,街の電気屋さんは次々に廃業し,一方でスーパーマーケットを経て大規模な家電量販店へと主な販路が移り変わっていったのです。

 結果的に,配下のチェーン店が少ないメーカーほど,スーパーマーケットで売られることになり,次第に大きな存在感を示すようになります。そしてこの流れは松下電器でさえも無視できなくなっていきました。

 つまり,この時日本の家電の売られ方が大きく変わったのです。我々から見れば,安くても良いものがすぐに買えるようになるという,その布石が打たれたといえるでしょう。

 さらに時は流れ,松下はナショナルショップの扱いに苦慮することになるのですから,潮目を読み違えることの怖さを感じてしまいます。

 話を戻しましょう。

 シャープがかつて,家電品では垢抜けない二流メーカーだったことは否めません。定価販売はなく,スーパーの家電売り場でよく見かけるメーカーでした。

 しかし一方で,なかなか手広くいろいろな新しい事に手を出していた面白いメーカーでもありました。電卓,液晶なんてのは有名ですが,特にコンピュータやOA機器(あんまりこういう言い方は最近しませんね,要するに事務機のことです),半導体といった分野に,ちゃんとユニークな足跡を残しています。

 コンピュータについては,HAYACという小型のオフコンを手がけていました。シャープはその昔,早川電機という社名でしたから,そこからHAYACと命名されたわけですが,その最初の製品であるHAYAC-100は1964年に誕生しています。

 日立や富士通,NECのような大型機を作っていたわけではありませんが,NECや三菱などのオフコンと混じって,HAYACは1980年代初頭まで販売されていました。

 さらに,UNIXを搭載したワークステーションのOAシリーズを開発しており,これは1990年代前半まで販売されています。そう,当時ダウンサイジングという言葉と共に隆盛を誇ったUNIXワークステーションにも,ちゃんと参入しているのです。

 そしてパソコンです。1978年,日本で最初のパソコンである日立のベーシックマスターに遅れること数ヶ月でMZ-80Kを発売,以後2010年に撤退するまでパソコンを販売していました。AXパソコンで取り組み始めたIBM互換機路線以後は別にして,それ以前のシャープのパソコンにはとても個性的なものが多く,また当時のユーザーの技術レベルの高さは語りぐさになっています。

 そうそう,ワープロを忘れてはいけませんね。書院シリーズは,当初はHAYACのような大型のものでしたが,1990年代までの個人用ワープロブームの中ではダントツの強さを誇っていました。

 電卓の強さは言うまでもありませんが,ここから派生した2つの流れ,事務機という流れからは複写機やFAXなどの事務機,電池で動くポータブル電子機器という流れからはポケットコンピュータや電子辞書,電子手帳,PDAが誕生します。直接の関係はないのですが,携帯電話にも圧倒的な強さを誇った時期がありました。

 もう1つ,家庭用の電子レンジについては先駆者でした。戦争中のレーダー技術だったマグネトロンを民生に応用した電子レンジは,当初は厨房用品としてプロに向けて売られていましたが,これを家庭用に最初に量産したのもシャープで,松下より1年早い1962年のことでした。まさに電子レンジのパイオニアなのです。

 こうしてみると,シャープという会社はモーターをぶん回す,「動力家電」には今ひとつだったかも知れませんが,電子機器,半導体を使う機器については,なかなか強いものがあったことがわかります。

 で,もう少し深掘りすると,シャープが半導体メーカーとして強力な存在であったことに目が行きます。

 シャープは,半導体製造に乗り出した時期こそ新しく,いわゆるゲルマニウムトランジスタなどは一切生産していませんし,汎用のシリコントランジスタも私の知る限り,作っていなかったように思います。

 しかし,シャープの電卓開発を推進した佐々木正さんがザイログと仲良しだったこともあり,当時世界的にも珍しいザイログのセカンドソーサとして,Z80を作りまくって売りまくりました。

 Z80は8080の欠点を改良した8ビットCPUですが,シャープ製の品質と価格,そして納期の確実さを抜きにして,ここまで普及したかどうかは,私はわからないなと思っています。Z80といえばシャープ,MSXを分解すればそこにシャープのZ80,そんな時代があったのです。

 Z80はNECも生産していましたが,シャープはCPUだけではなく,Z80ファミリも生産します。Z80CTC,Z80PIO,Z80SIO,Z80DMAなど,8080のペリフェラルよりもはるかに高機能なLSIを大量に生産していました。のみならずZ8000シリーズやZ8シリーズも手がけていて,シャープが果たした役割はとても大きかったと言えると思います。

 また,光半導体もシャープは強く,古くからLEDは定番化していましたし,フォトトランジスタもよく知られていました。またフォトカプラのPC900は,MIDIインターフェースには必ず使われたと言っていいほど,メジャーな存在でした。

 今ではWindowsさえも動いてしまうくらい立派になったARMも,シャープは無名時代からライセンスを受けて生産をしていました。

 カスタムLSIの一種であるゲートアレイも自社で開発する体制を持っていたり,NOR型フラッシュメモリではインテルと共同で開発にあたり,一時期圧倒的な存在感を示していたことがありました。SRAMもシャープ製がよく出回っていましたね。ラジオやテレビ用のアナログICも多くラインナップされていましたし,シャープの半導体というのは,実は結構凄かったのです。

 そんなシャープが,なぜ転がり落ちるように,業績を悪化させたのでしょうか。私は経済分野の専門家ではありませんので,分析は専門家に任せるとして,こうしたここ30年くらいの歴史を鳥瞰して思うところを書けば,液晶事業にちょっと重心を置きすぎた,あるいは液晶以外を軽く考えすぎていたという,液晶偏重が元凶だったと思います。

 これは結局,当たればでかいが外れればすってんてん,という一点買いの大ばくちのようなもので,電卓に端を発し世界をリードしてきた液晶技術とその応用に絶大なる自信をもち,その結果冷静さを欠いた結果だろうと,そんな風に思います。

 液晶ビューカムがなければ,未だにデジカメはファインダーを覗き込んで撮影をしていたかも知れません。初代PSPのLCDには,その画質故にあえてライバルメーカーであるシャープ製のものを使うことになったそうです。

 誰もが「無理だ」と思っていた液晶テレビへの切り替えは,シャープの言うとおりに進み,ブラウン管はとっくに駆逐されてしまいました。液晶応用製品として誕生した電子手帳やザウルスは,あの時代にモバイルコンピューティングを具現化していました。

 こうしたシャープの強さの証には,枚挙にいとまがありません

 しかし,その裏で,あれほどの存在感を持っていたCPU,LED,SRAM,フラッシュメモリなどの半導体はすっかり勢いを失いました。ARMも本来ならシャープは老舗として君臨していても良いはずなのに,全く話を聞かなくなってしまいました。 

 パソコンもワープロも撤退,ビデオカメラもPDAも撤退,携帯電話はじり貧で,自社の半導体の強みを生かした電子機器も,軒並み力を失っています。集中と選択という言葉が流行りましたが,液晶こそ正義とばかりに液晶に肩入れしすぎたことが,この結果を招いたと思っていますし,他がやらない分野を技術力で席巻するシャープの個性が失われたことを,とても残念なことだと思っています。

 同時に,これら液晶以外の製品に関わり,それなりの成果を上げていた社員の皆さんが,集中と選択の結果受けた仕打ちと,そして現在の状況に対して抱く複雑な感情を察すれば,液晶のシャープは文字通り「液晶のシャープ」であって,かつての個性豊かな「目の付け所がシャープでしょ」ではないことを,改めて私に突きつけます。

 果たして,これは年寄りの懐古主義でしょうか。そうかも知れません。しかし,それまで二番手三番手だったシャープが,液晶によって憧れの「一流クラブ」に入ってから有頂天になり,足下が見えなくなってしまったように思えてなりません。

 人が変わってしまった・・・単純な「昔は良かった」とは,ちょっと違うかなと思います。

 こういうとき,創業者の存在というのは,いろいろな意味で大きいもので,水道哲学は今のパナソニックにも通じるものがありますし,独自技術で世間をあっと言わせることは今のソニーにも受け継がれていますから,その点では創業者がやったことが今でも肯定され尊敬されています。

 しかし,シャープは早川徳次が何を見いだし,何をしたのかと考えると,創業者が例外なく抱いたはずの強烈な使命感や哲学は,今のシャープにとって影響を与えず,また経営陣や社員たちが頼ることもない,伝説になっているように思います。

 極論すれば,シャープは100年の会社ですが,設備産業である液晶にどかんと投資した新興メーカーと何も変わらん,と言われても仕方がありません。のみならず,現状と創業者の意志との間の距離感を,誰も確かめずにここまで来てしまったことが,シャープの最大の問題であったと私は思います。

 果たして,これが100周年を祝う会社のあり方として,妥当かどうか。気の毒なことに,企業にとって奇跡的と言える100周年を大々的に口に出来ないシャープに,ある種の後ろめたさがあるのではないかと,私はそんな風に勘ぐってしまうのです。

最大の功績

 1980年代にソニーを率いた,大賀典雄さんが亡くなったのが昨年の春。

 あれほど偉大な著名人であったにもかかわらず,その扱いの小ささに,時代の流れを理由に求め,その結果さらに寂しい思いに浸ってしまったことを思い出します。

 すでに過去のこととして過ぎ去った彼の死ですが,遅まきながら彼の大ファンである私も,ようやくにして少しだけ思いを書き綴ってみようという気になりました。

 私は,当然ながら,大賀さんとは一度もお会いしたことはありません。底辺に暮らす私など,どうやっても大賀さんに会うことかなうはずもなく,そのことは至極当然の事と思っているのですが,彼を知る誰もが「怖い人だった」と振り返れば,私もそんな彼に一度怒られてみたかったかなあと,思います。

 というのも,彼の言葉,彼の思いには,非常に人間くさいところが多くあり,いちいち共感出来るからです。もし私が彼の逆鱗に触れ怒られたのであるとすれば,それはおそらく私も自らを欺いた故であろうと思うし,もし彼が私を諭すのであれば,それは私の誤りを正す光になっていたはずだからです。

 これが,同じソニーの経営者(創始者)であった,井深大さんや盛田昭夫さんであったなら,おそらく反論もしただろうし,言い訳もしたことでしょう。すでに神格化されたお二人は,私にとっては遠すぎて,その人間性をリアルに感じることは出来ません。

 神格化されると,その人の過ちは,偉大な功績によって塗りつぶされてしまいます。美しい芸術品に仕上がった人生は,ますます賞賛を浴びる一方で,本来の人生とは違う道を,一人歩きはじめてしまいます。

 大賀さんは,まだ神格化されていません。

 ですので,彼の過ちを我々も知る事ができます。大賀さんの魅力は,自信に満ちた方であると同時に,過ちを自ら評価し,誤りであったことを悔やむ,その人間性にあると思っています。

 有名なエピソードで,まだ役員になりたての大賀さんは,当時の社長であった岩間さんが,アメリカのメーカーでさえもさじを投げ,誰も成功すると思っていなかった撮像素子・CCDの開発に,会社が吹っ飛びそうなほどの投資を行うと決めた時に,大反対をしました。

 語られるところによると,それは穏やかに反対するというものではなく,どえらい剣幕で岩間さんとCCDをなじったというのです。岩間さんにしてみれば,自らへの批判だけならともかく,技術者として「これだ」と信じたCCDを否定されることに,心中穏やかならぬものがあったことと思います。

 果たしてCCDは大変な苦労を伴い,なんども絶望の淵を彷徨いながら,実用化にこぎ着けます。CCDはその後,ソニーの製品に搭載され莫大な利益を生み,CCDそのものも主要な半導体製品として,ソニーに大きな貢献をすると共に,映像を記録する装置の高性能化と小型化を実現し,大げさな言い方をすれば人類の発展に大きく寄与することになります。

 固体撮像素子の伝統を持つソニーは,現在もこの分野のリーディングカンパニーで,すでに肉眼では見えないものが見えようになった,ここ数年のデジタルカメラの進歩は,ソニーのCMOSセンサによるところが大きいです。

 しかし,これほどの大成功に,岩間さんは自ら立ち会うことを許されませんでした。まだまだCCDが開発中だったころ,岩間さんは突然亡くなります。

 岩間さんの後を継いで社長に就任した大賀さんは,あれほど反対したCCDの開発を中断しませんでした。そして,ようやく量産に成功したCCDを岩間さんの墓石に埋め込み,その墓前で涙ながらに「自分が間違っていた」と謝罪をするのです。

 誰にでも過ちはあります。判断のミスが大きな損失を出すこともあります。しかし,そのことを悔やむことをしない人は,同じ過ちを何度も繰り返してしまいます。悔やむこと,それはとても苦しいことで,出来る事なら忌避する事を望むものです。

 悔やむことと同時に,謝罪することは,その地位が高いほど,そのプライドが高いほど,難しくなります。ソニーという日本を代表する企業のトップが,自らの過ちを認め謝罪し,そして功績をたたえるという行為を,すでに亡くなった人に対して行うという,この真摯さ,誠実さ。

 岩間さんの「先見の明」を賞賛するこのエピソードに,私はむしろ大賀さんの自らへの厳しさ,他人に対する優しさといった,豊かな人間性を見ます。

 東京芸術大学で声楽を学び,ドイツに留学した音楽家でありながら,経営者としてソニーを世界の大企業に育てた大賀さんは,よく知られているように音楽と技術に精通した経営者でした。

 音楽,すなわちコンテンツと,技術,すなわちコンテンツを記録・再生するハードウェアの両方を「両輪」と例えたその考え方は,まだまだハードウェアの生産に勤んでいた日本の製造業に,なかなか違和感のある考え方だったろうと思います。

 もう1つエピソードをご紹介します。

 大賀さんと言えば,今なお音楽メディアとして主役の座にいるコンパクトディスクの推進(私は開発者と呼んでいいと思うのですが)にあたった,中心人物です。

 CDは,オーディオ信号をディジタルで扱う技術と,レーザーと強力なサーボ機構を用いた光ディスクの技術の2つが揃わねば完成しません。今にして思うと,1970年代後半にこれだけ難しい技術を完成させて,巨大なビジネスに繋げた大賀さんの手腕には驚嘆するものがあります。

 まだCDという名前がなく,LPレコードの次世代技術として各社がめいめいに提案していたディジタルオーディオディスク「DAD」の1つに過ぎなかったころ,その開発の陣頭指揮にあたっていた大賀さんの元に,ソニー方式のDADの開発者が説明にやってきます。

 曰くディジタルだから音がいい,曰く光学読み取りだから高密度,ゆえにLPレコードと同じ30cmの大きさで,13時間も音楽が高音質で入るのです,と。

 当時,DADを提案するメーカーは世界中にありましたが,どれもLPレコードでおなじみの30cmという大きさを変えることはしませんでした。それくらいLPレコードの存在が大きく,音楽を配布するメディアとして「30cm」という大きさに疑問を持つこともなかったのでしょう。

 LPという名前は,LongPlayの略です。LPの誕生後SPと呼ばれるようになった当時のレコードに対し,圧倒的な高音質と長時間記録を誇ったLPは,音楽メディアの技術開発が,音質と記録時間を軸に行われたことを物語っています。ディジタルオーディオと光技術は,その正常進化を劇的に進める決め手だったはずでした。

 技術者の報告を聞いて,大賀さんの顔色が変わります。

  君は,音楽の価値をなんだと思っているのか。
 音楽家が,1つの音楽を作るのに,どれだけの苦労をしているか,分かっているのか。
 1枚のレコードに13時間入ります,などと,よくもそんなことを平気な顔で言えたものだ。
 一体,そのレコードを,いくらで売るつもりなのか。
 君は,音楽家を殺す気か。

 その30cmの巨大なDADをやにわに掴んだかと思うと,壁に投げつけたと言います。

 そして,各社「高音質」「長時間録音」をうたい文句にするDADを尻目に,ソニーとフィリップスは高密度記録によって得られるメリットを「ディスクの小型化」に求め,やがてそれは高音質でも高密度でもなく,小さい事を名前に持つ「コンパクトディスク」と呼ばれるようになるのです。

 ここで重要な事は,ディスクの直径についてよく知られる,フィリップス提案の11.5cmの大きさに対して,カラヤン指揮の第九が丸々入る75分に必要な12cmをソニーが主張し譲らなかったことではなく,技術の進歩によって当然のことと思われていた「長時間記録」というゴールを音楽を作る側の立場で否定し,その進歩を「小型化」に振り向けたことです。

 以後,12cmというディスクのサイズは,扱いやすいディスクのサイズとして否定されることなく,現在のBlu-rayに至るまで,守られ続けています。

 もし,普通の製造業の社長なら,音楽制作の苦しみなど知るはずもありませんから,そうかそうか,従来のLPと同じサイズで6時間も入るのか,それは素晴らしい,と大いに喜んだことでしょう。

 しかし,大賀さんは技術に明るい芸術家です。音楽家がどれほどの苦しみを乗り越えて音楽を産み出すのか,それこそ死ぬ思いで作りあげているかをよく知っていたからこそ,高密度記録という新しい技術は,正しい方向に使われるようになったのです。

 6時間記録出来る30cmのDADが覇権を握っていたら,どうなっていたでしょうか。アルバムを仕上げる労力は数倍になり,だからといって1万円では買ってもらえるはずもなく,クリエイターはクオリティの低い音楽を生み出すことになったでしょう。ベスト盤や古い録音もたった1枚のディスクにたくさん詰め込まれ,たたき売られるのです。結果として音楽の価値はずっとずっと下がってしまったことでしょう。

 大賀さんのここまでの予見に,私は大賀さんのディジタルオーディオへの功績は,まさにこの一点にあると確信するのです。

 音楽は感動を生み,弱った人を支え,心を豊かにするものです。一方でその音楽は,音楽家の想像を絶する苦痛の中から生まれます。この事実こそ,音楽の価値だと私は思います。

 技術の進歩は,音楽をより身近に,より安価に提供する道でもありました。一部の王族や貴族だけがかかえることを許された楽団の時代から,少人数で演奏出来る大音量の楽器の発明と大人数を集めることで安価に提供できた大衆向けコンサートの実現,そして音楽を記録して「工業製品」として量産できる仕組みの誕生と,マルチトラック録音などの効率的な音楽制作手法の確立と,一度たりとも技術が低価格化に貢献しなかったことはありません。

 おそらく,CDが史上初めて,技術の進歩を経済性ではなく,利便性の原資にあてた例ではないかと思います。

 私は,この話を聞いて,大賀さんが音楽を救ったのだと思いました。

 そして今,音楽は1曲単位でばら売りされ,アルバムという発表のあり方はすでに瓦解してしまいました。あれほどの心血を注いだ音楽が,1曲わずか100円です。

 技術の進歩は,いよいよ低価格化,低価値化に使われてしまい,誰もそれを止めることが出来ませんでした。

 よく言われるように,音楽業界は崩壊寸前です。

 アップル,つまりスティーブ・ジョブズは音楽を愛し,音楽家を愛していて,その音楽が広く手軽に聴けるような仕組みを作りました。

 残念だったことは,彼が音楽制作側の人間ではなかったことです。


 幸いなことに私は,大賀さんに献花をする機会を得ました。わずか数分の出来事ですが,私なりのお別れをしたつもりです。

 遅くなりましたが,こころから,安らかにお眠り下さい。

川の字

 昨年11月に娘が生まれました。

 あまりプライベートなことを書くのもどうかと思っていたので,ここではほとんど触れることはしませんでしたが,3ヶ月を過ぎ,毎日毎日変化がある娘を見ていると,今の興味の対象と生活の中心が彼女の存在にあることに気付かされます。

 私は男ですので無理からぬ事だと思うのですが,娘は私たち夫婦の目の前に,突然やってきた感じがします。むろん,その10ヶ月前から分かっていたことですし,生物学的に彼女が誕生した瞬間を否定するものではありませんが,我々二人だった空間に,もう一人の人間が突然現れ,しかもこれから長きにわたって一緒に暮らすことになるというのですから,これはもう大変なことです。

 しかも彼女は小さく弱く,自分だけでは生きることが出来ませんし,そのため突然の泣き声を発したり,無垢な笑いを我々に投げかけては,自分の存在をこまめにリマインドしています。

 人間一人が増えると書きましたが,これは猫や犬が増えることとは本質的に異なるものです。言うまでもありませんが,彼女は生物学的にヒトとして分類されるものとして誕生した生命体ですが,同時に日本の国籍を持ち,日本国民として,基本的な人権をすでに持っています。ヒトであることと同時に,人間だということです。

 従って,彼女は人間らしく生きることを保証されているのです。この点において,私と彼女の間に全く差はありません。

 我々夫婦は,結婚という契約によって生活を共にし,最も小さい社会単位を新たに作りました。この単位の構成員が二人から三人に突然増えたことは,子供が生まれれば当たり前のことですが,このケース以外では普通は起きない,やはり特別な事なんだと思います。

 とても尊く,大きな存在である人間が突然増えるという事実はとても重く,感動的です。もちろん,その大きさにふさわしい存在感を我々に放っています。

 そして,なにより重要なことは,突然やってきたその存在が,我々夫婦を幸せにし,結束させ,そして決して否定されることのない新たな価値観を作り上げた事実です。

 三人が川の字になって眠ることは,私の夢でもありました。毎晩毎晩,その夢が現実になったことに幸せを感じて,眠りにつきます。

コダックの破産とフィルムの守り方

 名門コダックが,破産法を申請するというニュースが届きました。

 少し前から何かあるごとに破産の話が出ていたので,今さら驚くような話ではありませんが,つい先日組織の再編で伝統のフィルム部門を廃止し,民生部門と産業部門に分けたところでしたから,複雑な思いです。

 こういうニュースが出ると,こぞって出てくるのが経営面での失敗に関する記事です。それは同業の富士フイルムの成功と比較し,コダックの失敗を異口同音に(そして誇らしげに)語るものです。

 彼らは,おそらく写真愛好家ではないし,コダックのファンでもないでしょう。コダックが果たした役割やコダックの理念などを,むしろ邪魔なものと考えているのではないでしょうか。

 もっとも,経営という切り口で語るときに,趣味の問題や過去の歴史に感傷的になることこそ問題でしょう。ならば,そういう立場にない私のような自由なアマチュアが,コダックを語らねばなりますまい。

 コダックには,3つの顔があると思います。

 1つは,圧倒的な技術を持つ会社であることです。技術で新しい世界を切り開いてきたパイオニアという顔です。

 ロールフィルムという携帯性に優れた写真用フィルムの登場は,写真を一部の専門家から写真を趣味とするアマチュア,さらには写真を趣味にはしないが記録を残したいと考える大衆に開放するきっかけになりました。

 写真用フィルムとして最も普及した35mmのフィルムも,もともとは映画用の70mmフィルムを半分にして使い始めた人がいて,その後これを小型カメラに応用した人がいた事が誕生したのですが,明るいところでもフィルムが交換出来るようにパトローネ呼ばれる使い捨てのカートリッジにフィルムを詰め込んだ,現在の形に仕上げたのは他ならぬコダックです。

 それまで,暗室が必要で,またそれなりの技術も必要だったフィルム交換を,そこらへんのおばちゃんでも出来るようにしたことは,誰もが写真家になれる,というコダックの理念に沿うものでした。

 ISO400を実現した高感度フィルムTRI-Xは,それまで撮影不可能だった少ない光りの中でも世界中の出来事を記録し続けましたし,世界初のカラーフィルムKodaChromeによって,人類は初めて色を残すことが出来るようになりました。

 その後の超微粒子フィルムの開発とそれを生かしたフォーマットの小型化(110ポケットフィルムやAPS)はもちろん,現像システム,カメラ,レンズ,印画紙,PhotoCDといった電子写真など,写真に関する標準は,ほとんど全てコダックから生まれ,他社から生まれたものはコダックと違うという理由で,死ぬ運命にありました。

 フィルムの発展によって膨大な記録が画像で残され,そしてそれら画像によって獲得した新次元の説得力は,報道のあり方を根本的に変えました。やがてそれは大衆の意識と世論を変え,特にベトナム戦争後の民主主義のあり方を根底から変えてしまいました。

 もう1つは,消費者に対する,新しいマーケティングを行った,優れた商売人としての顔です。

 消費者は,カメラやフィルムを求めているのではなく,映像記録を簡単に行うことを求めている,という今なら当たり前の考え方を,100年も前に掲げたコダックが,当時いかに先駆的であったかです。

 コダックが発売した「ザ・コダック」という革命的なカメラに与えられた,「シャッターを切るだけ,あとはコダックがやります」というわかりやすいキャッチコピーは,まさにこれを体現しています。

 100枚撮りのフィルムを詰め込んだカメラを消費者は購入し,写真を撮った後コダックに送ると,現像されたフィルムと,新しいフィルムを詰めたカメラが手元に戻ってきます。

 フィルムの装填も現像も,専門知識や設備のない人には出来ません。また,広大なアメリカで,これらを行う拠点をくまなく整備するのは非現実です。こうして,それこそ子供や女性まで,写真を撮るなんて考えも及ばなかった人々の身近なところまで,日々の記録を残すという写真の楽しさが,やってきたのです。

 カメラやフィルムの性能をアピールするのではなく,その結果得られる消費者のメリットを訴求する,これがコダックの商売でした。

 そしてこれは同時に,コダックにとっても大変おいしい商売です。新しいフィルムの入ったカメラが手元に届いた以上,普通はこのフィルムでまた写真を撮るでしょう。するとまた現像とフィルムの装填が行われ,これがずっと繰り返されます。つまり,一度顧客になった人を,ずっとつなぎ止めておくことが出来るのです。

 カメラはただ同然の価格で販売しても,ちゃんとフィルムと現像で利益が出ます。この仕組みは,コダックというより,フィルムをビジネスにする会社の基本方針となります。

 なんと素晴らしいビジネスモデルでしょうか。


 最後の1つは,従業員を家族と考え,手厚く守る,優しい会社の先駆という顔です。コダックは1920年までに,当時としては画期的な退職年金,生命保険,障害補償などの福利厚生を実施,同時に従業員に対する利益配分を方針として掲げました。

 また,従業員が安心して働ける環境の構築に熱心で,安易に工場を移転させたり閉鎖しないで,地元ロチェスターの雇用の創出,終身雇用を守り,可能な限り解雇せず,地域,従業員,そして経営者との関係を良好に保ってきました。

 こうした今なら当たり前の企業のあり方を先取りしたコダックは,超優良企業として世界的に知られるようになります。

 コダックほど長く続いた強力な独占企業で,この3つを特徴として挙げることが出来る例は,希ではないかと思います。

 一方で,覇者の奢り,あるいは小回りの利かない企業体質が競争力を削いでいたことは事実で,よく言われるようにデジタル写真への移行の失敗,卓越したフィルム技術を生かした別事業への転換などが出来ず,フィルムの凋落と運命を共にすることになってしまったことは,否めません。

 フィルムメーカーの,写真文化に対する責任感の強さには感服するものがあり,コダックは利益を度外視してこれまでフィルムの生産を続けてきましたし,富士フイルムも他で儲けたお金をフィルムの維持にあてるなど,利益追求だけでは絶対に残せないフィルムの芸術性や文化的な側面,そしてその役割を本当に理解してくれているのだと,私などはうれしくなります。

 例えば,日本画や陶芸などで使われる特殊な道具や消耗品を,需要が少ないとか儲からないという理由でやめてしまったら,それらの芸術は途絶えてしまいます。フィルムが儲かる工業製品だった時代はともかく,儲からなくなったときにそのフィルムを続けるかどうかは,銀塩写真をその会社がどう捉えているか,とてもはっきり分かるテストと言えるでしょう。

 ただ,コダックは,それを存続させる事に,無頓着でした。自らの使命感の強さ故にフィルムを作り続けたのであったとしても,ただただ赤字で作り続けるだけで,存続するための手を講じないままであったなら,それは最終的にその責任を果たせません。

 私を含めた,写真と写真文化を愛する人間が望んだものは,コダックではなく富士フイルムのありかたであったはずです。コダックのやり方では,結局誰の期待にも応えることが出来ないのです。

 富士フイルムは,企業としての存続という当然の目標からさらに,なぜ自分達が存在し続けなくてはいけないのかというところにまで,考え抜いたのではないかと思います。

 そして,その答えとして,優れたフィルムを供給出来る力を持つ希有な存在として生き残る責任を自覚し,一企業の問題を写真文化の存続にまで昇華させ,フィルムに利益を依存しない体質を作ったのかも知れません。だとすれば,これぞ社会的使命果たそうとする,優れた企業のあり方ではないでしょうか。

 私が,コダックという名門が立ちゆかなくなった現実を見て思うのは,経営の失敗や企業体質の問題という,ステレオタイプな分析でではなく,写真文化の守り方を間違ったんだなあという失望感です。

 デジタルカメラによって劇的に写真は安く,手軽になりました。すぐに写真を見ることが出来たり,あっという間に遠方に届けることも出来ますし,高価で何日もかかった大判への引き延ばしも,家で簡単にできるようになりました。

 一方でコニカが写真から遠い存在になり,街の写真屋さんがどんどん消えて,いずれ現像も手軽に出せない時がやってくるでしょう。これらと同時に失うものがあることを,もう一度考える機会になるかもしれません。

自炊の是非

 スキャン代行業者2社を作家7名が提訴というニュースが入ってきました。7名の作家というのは,まさに日本の文学/マンガ界を代表する方々です。当然ファンも多く,私も大好きな方がいらっしゃいます。

 この方々がスキャン代行業者という「グレー」な存在を違法として提訴した事の意味は,結構重いなあと私は思っています。それは,電子化されていない本を電子書籍として読みたいという欲求から生まれた「自炊」を源流として誕生したものだからです。

 今回の提訴はあくまで業者に対してあり,自炊そのもの,あるいは電子書籍そのものを対象にしたものではありません。しかし,作家の皆さんの記者会見を見ていると,それらを否定する意見が出ていることもまた事実です。

 私は,場所がないという切実な理由で増やすことが叶わなくなった本を,自炊という手段によって買い続けることが出来るようになった人間です。本屋が好きで本が好き,読む本がなくなると不安になり,常に手元に1年分くらいは読む事の出来る本を積んでおくのが常となっている人間として,電子化と自炊というのは,まさに福音でした。

 本を買い続けるためにやむなく自炊を行うに至り,結果として私は,捨てる本,自炊して中身だけは手元に残す本,残す本の3つに分類することになりました。先日も書きましたが,つまらない本は自炊されることもなく捨てられますし,残す価値のある本は紙のまま手元に残ります。

 あくまで私にとって「つまらない」かどうかですので,ここは作家の方や出版社の方には,一個人のふるいにかかっただけの取るに足らない話と笑い飛ばしてくださっても良いし,たった一人の読者からでも末永く愛され手元に残してもらえるような本を作っていこうと考えてくださってもよく,そしてそれはとてもありがたいお話です。

 で,先に書いておきますと,どうも今回の提訴の論旨と,原告団に加わった7名の作家の皆さんの狙いが,かなりバラバラであるなあと感じるのです。なぜそれが提訴の主旨に繋がるのだ,という疑問を持つ方の意見も,私はあるようの思うのです。。

 さらに,原告団に加わった理由に,論理性がないように感じた方もいらっしゃいました。裁判が感情論抜きで行うものではない以上,感情的に提訴されることは問題ではありませんが,裁断された本を見て心が痛むから提訴,というのは,ちょっと短絡的だなあと感じざるを得ません。

 作家の方が本を自分の子供のように思うのと同じように,自動車の設計者には自動車が解体されるのを見るのは辛いだろうし,ミュージシャンが自分のCDの粉砕されるのを直視できるとも思えません。私だって自分の設計した製品が廃棄されるのを見るのは辛いです。

 それら個人的な想いはいずれも尊く,互いに尊敬し合うべきものだと思います。ですが,それらは作り手にとっては唯一無二であっても,一方で大量生産される工業製品でもあります。廃棄や裁断は,唯一無二のものとして行われるのではなく,あくまで工業製品として行われることに,気が付くべきです。

 多くの人の手間をかけ,お金をかけ,時間をかけた製品が廃棄されるのは忍びないものですが,それが廃棄されることや裁断されることを「悪」とする理由には,残念ですがなりません。自動車は工芸品であると同時に移動手段だし,CDは作品であると同時に音楽を入れる器です。同じように,本は作家の紡いだ文章を収める器です。

 器は中身と共に大切なものです。特に日本の本は,編集,印刷,製本に至るまで,本当に美しいものです。頭理のことですが,中身だけが大事だとは思いません。

 ですが,本はもうかさばって,そのままで置いておくわけにはいかないのです。可能であるなら,本が好きな人としてやはり実体にこだわりたいですが,状況がそれを許しません。

 ならお金持ちになればいい,というのも一理あるのですが,現実的な問題として,中身も残さず捨てることになったであろう本が,技術の進歩で中身だけはなんとか残せるようになったと考えると,電子化や自炊が私をどれほど救っているか,分かって頂けるでしょうか。

 ということで,先に私の考えを書いてしまいましたが,少し自炊と電子化,そして代行業者について私なりの結論を書いてみたいと思います。


(1)前提

 まず,前提としてですが,法律に触れてはなりません。これは当たり前のことですので,いちいち細かい事は書きません。


(2)生み出す人に対する尊敬と感謝

 生み出す人,すなわち文学なら作家,マンガなら漫画家,音楽なら作曲家や演奏家,自動車なら設計者,写真ならカメラマンに対する尊敬は,法律の次に大事にされるものだと思います。

 それぞれ,他の人には出来ない事を,その特殊能力によってなし得ているわけで,おかげで我々は自分だけでは決して手に入らないものを手にすることが出来るのです。

 ものを作るというのは,とてもエネルギーがいるものです。しかもエネルギーだけではダメで,その人にしかない能力を使ってもらう必要もあります。同じエネルギーでも,作る人によって結果に大きな差が出るのは,当然のことです。

 ここで大切な事は,みんなそうだということです。作家の方だって自動車に乗るし,野菜も食べるし,パソコンだって使うわけですが,言うまでもなく作家の方々が一人で自動車も野菜もパソコンも作る事はできません。

 それぞれの製品,それぞれのサービスに,それを専門とするプロがいるから,社会全体が豊かになります。だから,私は作家を尊敬するのと同時に,農家を尊敬しますし,自動車の設計者にも敬意を持っています。そして,私自身も,きっと誰かから尊敬を受けていると思っています。

 このように,生み出す人に対しての尊敬は,自分には出来ない事をやってもらっているという感謝の気持ちから生まれるのだと思います。そしてもう一歩進めて,自分も他の人が出来ない事をやって誰かの役に立っているのだ,という誇りから,人間らしく尊厳を持って生きることに,繋がって行くのでしょう。

 このように,生み出す人に対する尊敬と感謝は,全ての人が行うもので,かつ全ての人が受けるべきものであるのです。

 この概念は,法律で決まっているものでもないですし,常識やモラルとして一般化したものでもなければ,教育されるものでもありません。しかし,自分の仕事を大事にして欲しい気持ちは誰にでもあるわけで,つまりは作家や漫画家だけの特別な話ではないということを,1つの尺度にしてはどうかと思います。


(3)電子化は?

 電子化というのは,つくづく考えてみると,なかなか難しい概念です。

 本は電子化しても,その本質に変わりはありません。紙で読んでもiPadで読んでも文章は文章であり,面白い文章は面白いし,面白くない文章は面白くありません。

 しかし,彫刻はどうでしょうか。彫刻を電子化する,例えば三次元スキャナで数値化したものに,価値はあるでしょうか。私はないと思います。彫刻は実体そのものに価値があるからです。

 それは,量産品か一品物かによる違いでしょうか。なら,レプリカが大量にある彫刻の数値データには価値があるでしょうか。これも私はないと思います。

 さらに進めて,プラモデルの数値データに価値はあるでしょうか。製造者や設計者には最重要のデータですが,私たち消費者にはあまり価値がありません。

 では,本のうち,実体に価値があるもの,例えば絶版で新品が手に入らないものだったり,美しい写真や手の込んだ装丁を持つものはどうでしょう。これは確かに実体に価値があります。

 一方で,同じ印刷物の極端な例を挙げてみると,新聞はどうでしょうか。新聞は読んだ直後に新聞紙として別の価値が生まれ,ものを包んだり梱包材にしたりします。これは昔々,それこそ戦前から変わらないことですが,新聞の本来の役割である,文章と情報についての価値は,すぐに消失しまうわけです。

 すでに触れましたが,私だって好き好んで電子化をしているわけではなく,場所の確保と新しい本を買うために,やむなく電子化をしています。本という実体を残しておければ,それが一番いいのは言うまでもありません。

 しかし,現実がそれを許してはくれない場合,本の価値のうちどれを最重要と考えるかによって,残すものを選ぶ事が技術の進歩で可能になりました。あくまで所有者である私個人が,電子化することでも価値の本質が維持されると判断出来た場合に,電子化が行われます。

 だから,所有者が私でなければ電子化されずに実体が残るでしょうし,もしかすると電子化されることなく実体も処分されるかもしれません。

 つまり,あくまで,所有者の価値観にのみ依存するという結論になります。こうした主観的な考え方に立脚する場合,法律や社会通念上の問題がなければ,個人の自由が尊重されるべきでしょうし,他の人が価値観を押しつけてとやかく言うべきではありません。仮にその本を生み出した作家であっても,です。

 1つのアプローチとしてですが,同じ書籍であっても,電子化されるかされないかがそれぞれの価値観によるという結論から考えると,電子化してオリジナルを廃棄してしまうことが出来ないくらい,多くの人にとって魅力的な本を作ることで,相対的に電子化された本の価値を下げることは出来ないでしょうか。

 通常のコミックの単行本は廃棄できても,愛蔵版は廃棄しにくいものです。
 

(4)自炊は?

 電子化の手段の1つとして自炊を捉えるなら,これは許されるものです。言うまでもありませんが,法律に違反しないこと,そして生み出す人に対する尊敬と感謝を持って行うことが前提です。

 ただ,自炊という行為が持つ意味を,可能な限り考えておくことは必要かも知れません。自炊はディジタルデータへ変換ですし,複製作業でもあります。電子書籍端末で利用するためのフォーマット変換という見方もあれば,非可逆圧縮という見方もあります。

 そしてそれぞれの見方によって,メリットもデメリットも変わって来ます。複製なら違法コピーで一儲けも出来るでしょうし,非可逆圧縮なら膨大な書籍をアーカイブすることが出来るようになります。そもそもディジタルデータへの変換によって,世界中のどこにいてもネットワーク経由で読む事が出来るようになるし,検索という大変な機能が手に入ります。

 それら全てを,十把一絡げにして「良い」「悪い」と論じてしまうのは無理があるし,当然利害関係が複雑になるので,調整など出来ません。

 私個人は,自炊の結果生まれるデータは劣化したコピーであり,オリジナルの紙の本の足下にも及ばないと思っていますので,自炊の結果にどれほどのメリットあろうとも,決して自炊がお得になるような事態は起こらないと考えています。

 だから,あくまで「自炊」,つまり個人で行う限りにおいては,堂々と行ってよいと思います。そして自炊をする人は,自炊によって発生する問題が発生しないように,きちんとした責任を全うせねばならないでしょう。

 これはつまり,毒物を扱う人間が正しく管理を求められることと同じです。社会的な責任を負うのだという自覚が,自炊を行っている人の間にどれほど根付いているかは,私にもちょっとわかりません。


 
(5)自炊代行は?

 前述のように,自炊には大きなメリットがあります。それまでなら,置き場所がないという現実に対する解として,完全に処分するか置き場所を確保するかの二択だったものが,技術の進歩によって中身を残しつつ処分するという第3の手段を選択出来るようになったわけです。

 自炊によって失われる本の価値と,スペースが確保出来るというメリットを比べて,どちらが特かをその所有者が判断するという原則から考えると,自炊という選択肢は否定されるものではありません。

 しかし,自炊には,結構な負担があります。

 最初に裁断という作業ですが,綺麗に大量に裁断するには裁断機が不可欠です。しかし裁断機は大きく重く,加えて高価です。本を数冊処分して出来るスペースに置けるようなものではありません。かなりの数の本を処分出来る人だけが,裁断機を購入出来るのです。

 高価な道具は,共同所有して有効活用しようとなるのが自然なことで,その延長に裁断機を貸し出すことや,裁断を代行することを商売にする人が出ることも,それはごく自然な事です。もちろん,裁断機を扱う時間を軽減すること,裁断機を使うことで発生する危険を回避することも,人によっては大きな価値があるでしょう。

 次にスキャンを考えましょう。スキャナも安くなったとは言え,それでも5万円程度しますし,PCの整備にもお金がかかります。それ以上に,スキャンには時間もかかれば,綺麗にスキャンを行うためのノウハウも必要です。

 それらを代行しましょうという話がでれば,それまで自炊をしたくても出来なかった人が,そのメリットを享受できるようになります。これはこれでとてもよいことです。

 だから,純粋に自炊の代行だけなら,私は問題ないと思います。この,純粋にというのがミソでして,彼らに支払われる対価が,純粋に代行だけであるかどうかが争点でなければならないと思います。

 もちろん,市場原理でその対価は決まるでしょうから,一律いくらという話にはならないと思います。しかし,極端に高い料金であったり,逆に処分すると偽って他に転売したスキャン済みの本の売却益を見込んで料金を引き下げることは許されません。

 そうなると,もはや利益を追求しない,実費のみで引き受けるボランティアのようなケースでしか現実的には成り立たなくなってきます。私はこの結論はとても大事だと思っていて,非営利の場合についてのみ,自炊代行は許されるのではないかと考えるようになりました。

 そんなバカな話はない,そう,その通りです。こんなバカな話はありません。つまり実質的に自炊代行は,存在出来ないと言うことになるのです。


(6)スキャン後の本の扱いは?

 スキャンの後に裁断された本ですが,ここがちょっともめるところのようです。

 複製が合法であるのですから,スキャンを行ってもオリジナルを持つことは許されるので,当然処分する必要などありません。つまりあれです,オリジナルのバックアップをスキャナで取ったということです。CDをリッピングするのと同じことです。

 本がアナログである以上,デジタルコピーに該当しません。スキャンしたデータは,本来本が持つ情報から大幅に欠損しているわけですし,オリジナルとコピーが全く同一だからDRMをかけるというデジタルコピーの議論は,ここでは必要ありません。

 ただし,これも個人の場合に限られます。他人に配ったり販売するなどの行為は明らかに違法ですので,これはもう論外です。

 ですので,スキャンした後の本は,当然所有者が持つべきです。

 なら,所有者は,このオリジナルを売却してよいかどうかです。

 というのは,かつてレコードやCDが,カセットテープやMD,最近だとCD-Rにコピーされた後に中古品として買い取られていたという現実を考えたいからです。カセットやMDは劣化コピーですが,CD-Rについてはほぼ完璧なコピーです。

 この行為は,個人での複製を許した著作権法に厳密には違反します。しかし,中古品として売った時に家中の複製を廃棄するというのも,個人レベルではまた非現実であって,黙認されてきたわけです。

 では,本の場合はどうでしょうか。まず,個人レベルでの複製は許されていますから,自炊して電子化することは問題ありません。

 この電子データを販売することは,言うまでもなく違法です。お金儲けを行うという事は,すでに個人レベルの話ではなくなっています。

 では,オリジナルである裁断済みの紙の本を販売することはどうでしょうか。お金儲けを行うのですから,もう個人の話ではなくなっています。よって,アウトでしょう。

 では,裁断済みの本をレンタルするのはどうでしょうか。CDやDVDと同じです。

 この話には2つの問題があります。1つは,CDやDVDのレンタルには,レンタルしても良いという許可を得て行われていて,その対価がレンタル業者から支払われている点です。

 注目すべきはお金の問題と言うより,レンタルを合法化して,かつ関係者がみんなそれなりに潤う仕組みをちゃんと構築したことです。本にはこういう仕組みがありません。

 ではそういう仕組みを作ろうとなるのですが,これが2つ目の点で,レンタルのCDやDVDはコピーだけが目的で行われているわけではなく,買うほどではないがちょっと聴いてみたい,見てみたいという要求にも応えることが出来るのに対し,裁断した本というのはもはやスキャンを行うことにしか,使い道がないものなのです。

 買うほどではないがちょっと読んでみたい,という人は,図書館で本を借りるでしょう。しかし借りた本は裁断するわけにはいきませんので,実質的に電子化することやコピーを取ることは難しいでしょう。本は,その形によって用途が絞り込まれるのです。

 それでも,その本を電子化せずに,本当に裁断しただけであれば,違法性はありません。ですが,ここから先は,生み出す人に対する尊敬と感謝という観点で考える事になるでしょう。

 対価を払って購入し所有権を有する人間が,法律に触れない範囲で裁断したものを売却する行為は,確かに問題ないかもしれませんが,裁断済みの本はスキャンされる,つまり複製されることが明確であり,他の用途には使われません。

 複製が違法になる可能性がある以上,複製しかできない状態の本を販売することは,やはり違法行為を助長するものです。このことと,生み出す人に対する尊敬と感謝とが,およそ両立するとは思えません。

 これには弱点があって,生み出す人に対する尊敬と感謝は義務でも責任でもないので,これを持たない人に対する抑止力にはならないですし,そもそも持たない事を非難できません。

 だから,ルールを作りましょう,良いことと悪いことをはっきりさせましょう,ということで,訴訟という道具を使うことになったのだと,私は考えています。


(7)ということで

 長々と書きましたが,自炊と自炊代行について深く考えるきっかけになりました。

 基本的には個人レベルで行う自炊に問題はありませんが,そこには当然社会的な責任が発生します。もちろん,自炊の結果によってお金儲けを行うなどというのは,すでに個人レベルの話ではなくなっているという点でも,違法であることは明確です。

 当然,自炊をすることで失うものは大きいですから,自炊をして得かどうかは,その人個人の価値観によります。だから,ある人にとっては自炊後廃棄されるものであっても,別の人にとっては何十万円出しても手に入れたい本だったりするのです。だから,自炊や裁断,廃棄という行為そのものを,他の人がとやかくいう事ではありません。

 しかし,自炊があくまで個人的な範囲で行われるべきものである以上,自炊の代行そのものに違法性はないとしても,お金儲けになってしまってはいけませんから,非営利団体の仕事になります。よって営利企業の業務としてはアウトです。

 また,裁断と自炊が個人の範疇で行われる事に限定されたのですから,裁断後の書籍はあくまで個人の管理下にあります。これを販売することは個人の枠を越えますし,違法行為を助長するというモラルの点でも許されません。これは犯罪に使われかねないものを持ってしまった人間が果たすべき義務です。言うまでもなく,スキャンによって発生した電子データを配布,販売することが違法であることは明白です。

 そして,これらの最終的な判断基準には,法律と共に,生み出す人に対する尊敬と感謝があってしかるべきです。そして生み出す人への尊敬と感謝は,自分にも向けられているものであることを忘れてはなりません。


 意見の対立も利害の不一致もあるでしょうが,実は関係者の最終目的は,素晴らしい作品を読みたい,読んでもらいたい,に収れんします。これらを推進できる話には基本的には反対の理由はありませんし,これらを満たさない形では,どんな対策も本末転倒です。

 最終的な目的で食い違うことはなく,ただその方法が違っているだけの話です。最終目的にくいちがいがなければ,必ず良い方法があります。それは,生み出す人への尊敬と感謝と,法律によって許されているかどうかという2つを軸にすることで,生まれてくるものであると確信します。

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