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痛い体は邪魔

 最近,自分の体の具合が良くなくて,すっきりしません。

 以前から体は邪魔で,意識だけ(精神だけ)で生きられればなんの心配もせずにいられるのになあと思っていましたが,これまで特に大きな病気をしたこともない私としては,劣化していく自分の体にありがたいという気持ちはあまりなく,肉体など所詮器であり,大事なのは人が人であるための精神や意識,人間性であるという気持ちがかなり強くなっています。

 とはいえ,現段階で肉体を持ち,これを器にしている以上,器の破損は困るわけで,痛いのも気分が悪いのも動かないのもなんとかしたいと思う訳です。

 今出来ていること,今感じていること,今面白いと思う事の大半がちゃんと維持できるのであれば,特に肉体にこだわらないというのが私らしいと思うのですが,まだまだそんなのは先の話になりそうです。やっぱり,人間は人間である前に,動物であり生ものなんだなあと思います。あー面倒くさい。

 閑話休題。

 そんな私の肉体ですが,特に大きな病気もせず,大きな爆弾もなくこれまで生きてきて,それが当たり前となっているためか,体をあまり大事にしているとは言えません。体を機械にたとえて考える癖が付いていますが,あまり大事にして使わないで置くとかえって傷んでしまうということで,日常生活はラフです。

 そのせいか,お腹の中は大丈夫なのですが,運動に関する部分で頻繁にトラブルが出ています。腰痛はここにも何度も書きましたが,今は首と肩に困っています。

 事の起こりは3月5日の朝です。

 朝4時頃に,首の激痛で目が覚めました。これは尋常じゃないと思うほどの痛みで,右の首から肩甲骨のあたりまで,広範囲でかなり痛いです。

 違和感は痛みだけではありません。右の力が入らず,素早く動かす事が出来ません。石鹸で手を洗うとき,あるいはタオルで拭くときに右手を左手で包むようにしますが,こうすると右手に力が入らず,全く動かないのです。キーボードも満足に打てません。

 しかも,横になると痛くて,眠ることが出来ません。どうにか痛くない姿勢を見つけたりしても,夜中に激痛で目が覚めます。これはつらいです。

 5,6,7日と出社しましたが,日に日に痛い場所が変わり,また痛みの程度も一定ではなくのですが,とにかくじっとしていても痛くて,気分が悪くなる始末。昼休みに貼り薬を買って張りましたが気休めです。

 とうとう我慢できなくなり,このままではまずいと8日に会社を休んで病院へ行きました。いつのの整形外科が木曜日に休診しているので,あいている病院を探していきました。

 とにかく痛みを取ってくれとお願いすると,レントゲンのあとにいわゆるブロック注射を3本,バンバンバンと売ってくれました。ロキソニンなど痛み止めがでて帰宅しましたが,痛みは全然消えません。あげく,電気治療とかいって,低周波治療器の強烈な奴をされて,ますます痛みが増しました。

 そして,まずいのは痛みに影に隠れている,しびれです。しびれも度を超すと,鈍痛になるんですね,だから痛みだと思っていたし,あちこち痛くて仕方がなかったわけですが。後に痛みが取れてくると,実はしびれだったことがわかったりします。

 10日ほど様子を見て再度同じお医者さんに。この時には痛みが少し治まっていて,本当に痛い場所が特定出来るようになっていました。場所は首の付け根の部分で,右側の方の背骨の近くです。

 首を上げることも出来ず,右に回すと痛くて,しびれも強くなります。

 お医者さんは,この痛い部分に1本だけブロック注射をしてくれました。これはよく効いて,痛みがなかり和らいでいます。

 そして,しびれがある事を伝え,右手が握れないという話をすると,握力を測定することになりました。左は約50kg。一方の右手はわずか20kgです。

 いろいろ確認してくれましたが,結論は,どうもレントゲンの写真から,首の骨が神経を押しつぶしているんじゃないかという話になりました。

 ここから神経や筋肉を修復するビタミンB12を追加し,様子を見ることになりました。

 ちょうど1ヶ月経過した現在,痛みはかなり和らいでおり,仰向けになることも出来ますし,日常生活で痛みを意識することも減ってきました。

 しかし,しびれはずっと残っていて,親指の先がピリピリします。

 力が入らないのもかなり良くなってきました。以前はカメラを右手で持つことが出来ず,手首が萎えてしまったのですが,今は力が入らない姿勢は限られていて,そこだけ気をつければカメラも握れます。

 どうも鍋を持つように握ることが出来ないようです。

 先週土曜日の握力は22kg。ほとんど回復していないとお医者さんはいっていました。

 気になってamazonで安い握力計を買って毎日調べていますが,ようやく20kg後半になってきたところです。

 とまあいうわけで,神経をやられ,悪化すると,動かないつかめないだけではなく,おしっこを漏らしたりするそうで,さすがにそうなると手術です。

 結局の所,日常生活に支障があるかないかで治療方針が決まるのが医療な訳ですが,私の場合,痛みは取れているし,しびれも悪化せず,ちょっとずつでも改善しているようですから,そんなに積極的な治療はせず,気長に経過を見ましょうということになっています。

 痛みがひどいとき,悪化するかもしれないことに怯えていたとき,精神的に参りました。こういうとき大事なのは,ほんの僅かでも改善の兆候が見られること,良くなっていることを体感することです。

 そうすると,明日への希望が持てます。朝起きるのが楽しみになります。

 単なる肩凝りや筋肉痛ではなく,骨に神経を挟んでいるんですから,放置していては完治しないでしょう。そういう意味ではこの状況と上手に付き合っていくことになります。そういう割り切りが出来るくらいに痛みもしびれも軽くなってきて,ようやくにして気分が楽になってきました。


 で,今朝,持病であるぎっくり腰をまたやってしまいました。動けないほどひどいものではなく,歩けるので助かっていますが,気分はもう最悪です。

 右の白目が出血して真っ赤になり,まるで魚を捌いたときの,はらわたのような赤黒い目をしています。6歳の娘に「怖いからこっち見るな」と言われた時には,ちょっとへこみましたが,自分で鏡を見て「さもありなん」と思いました。

 なんかねえ,つくづく体が面倒くさいです。これがないと意識を維持できないから大事にしますけど,他に選択肢があるんなら,そっちも検討しますよ。

 なまじ体なんかあるから,痛いしかゆいし眠いし,お腹はすくし,食べたからには出さないといけないし,生臭いし,爪も髪もひげも伸びるし,場所は取るし移動しないといけないしで,根本的には体をなくせばいいんだと思います。

 とはいえ,繰り返しますが,人が人であるための意識を入れる唯一の器が体ですので,今は粗末に出来ません。体の維持には手間もお金も時間もかかるわけで出来ればやりたくないし,百歩譲って自動化できるといいなと思いますが,思えば成長過程での生き生きしたその体は,共に生きるのが楽しく,子供の時は体がないといかんなとも思います。

 もう,40歳以降は精神だけで生きられればいいですよ・・・あ,でも,肉体と共に生きる子供を育てないといけないですね。うーん,人間もやっぱり動物だなあ。

 

どうした,ヨドバシ!

 ヨドバシ・ドット・コムの配達遅延が,今度は大手ニュースサイトや新聞で報道される事態になってきました。

 今度は,というのは9月末にも配達遅延が起きていて,配達予定を過ぎても届かなかったり,配達予定日が数日遅くなっていたりといったことがあったからなのですが,この時には徐々に回復,1週間ほどで正常化し,ヘビーユーザーでありファンである私は,胸をなで下ろしました

 その後,「もしかしたら私の地域ではスピード配達をやめるのか」「この状態が常態化するのではないか」と心配していることをメールで問い合わせたところ,そんなことはない,正常化に向けて頑張っていると,そういう返事をもらったので,とりあえず安心したというわけです。

 ところが10月末からまた配達予定日が後ろにずれ始め,私が11月4日に頼んだプリンタのインクの配達予定日は,最短でなんと11月9日の18時以降でした。仕方がないのでこのまま頼んだのですが,一向に出荷される気配がありません。

 公式サイトに10月27日付で「時間がかかっている」と書かれていましたが,この件でその後の更新は行われておらず,ちっとも好転しない状況にどうなってるんだろと思っていた所,昨日ニュースサイトや新聞で報道され,追いかけるように公式サイトの情報が更新されたのでした。曰く,10月31日午前8時以降の注文は順次出荷,それ以前の注文については出荷停止とのこと。出荷停止とは随分大変なことになっています。

 実は,子供部屋の照明を買いたくてヨドバシ・ドット・コムを見たところ,電話で注文すると下取りをするというので,試しに電話で買い物をしてみたのです。すると納期は明後日の朝とのこと。

 ヨドバシ・ドット・コムよりも数日早く,連休中に決着が着きます。これはありがたいことだと思ったついでに,なんで電話だと早いのかを聞いてみたところ,今回は倉庫が混乱していて時間がかかっているが,電話での注文は手動で処理できるので優先して出荷出来るのだそうです。

 実際,ヤマト運輸が指定時間に持ってきてくれて,古い照明器具を引き取ってくれました。値段もポイントも同じ,下取りで100ポイントもらえて,送料もゼロという事で,今回は一番よい選択だったと思います。

 一方のインクはというと,納期が「最短」とだけ出ており,注文時の納期が見えなくなっています。

 公式のコメントが出るまでは,きっと送料無料のヨドバシにamazonから流れてきた人が増えたせいだとか,ヤマト運輸の値上げに伴いゆうパックが激増し,そのせいで大口のヨドバシにも影響が出たからとか,いろいろな憶測が出ていました。

 ですが,川崎にある物流センターの引っ越しのせいだと一応詳細が出たことで,今回のひどい状況が特別な事であることがわかったわけです。

 まあ,普通これだけの失態をやらかせば,担当者は無傷ではすみませんわね。大丈夫なんでしょうか。

 ヨドバシは目の前のお客さんに対してはとても誠実だと感じていますし,店員さんも印象の良い方が多いです。特にカメラコーナーでは,カメラを好きなんだなと思うお店の人と会話が出来ることも多く,このあたりから自分達はカメラ屋なのだという矜恃を感じたりするわけですが,唯一引っかかるのが,直接のお客さんではない人には興味がないんじゃないかと思われることです。

 例えばヨドバシカメラの経営陣が雑誌や新聞に出てくることは少ないですし,彼らがどういう考えでいるのか,これからどうしようと考えているのかを知る機会はほとんどありません。

 我々のようなお客は,売り場や施策を見て実際に利用し,彼らのメッセージを受け取ることになるわけです。個人的にそれは好ましいものが多く,また利用させてもらおうという気持ちになるので,このことが問題だとは思いません。

 しかし,同業他社はもっと経営者が表に出来ますし,メッセージを社会に向けて発信することも忘れません。

 もちろんヨドバシカメラは株式を上場していない会社ですから,別に社会に話しかける義理はないのですが,すでのこれだけの規模の企業となり,多くの人の消費活動を支え,様々な商売相手の生き死にを握る存在になったわけですから,すでに社会の公器としての役割は大きなものになっていると考えなければならないでしょう。

 amazonやヤマト運輸の動勢がNHKの夜のニュースで取り上げられるのは,それらがすでに多くの人の知りたいという欲求の対象となっており,もっといえばそれらの動き振り回されてしまう人が増えたという事です。

 数あるカメラ量販店や家電量販店がインターネット通販に乗り出しては今ひとつ波に乗れなかった10年前,ヨドバシカメラは頭1つ抜け出して,私の見るところamazonの唯一の対抗馬に勝ち上がった思うのですが,目の前のお客への誠実さとは裏腹に,直接見えにくい相手に対する配慮が,まだ大企業のそれではないと感じるのです。

 もっとも,表に出まくる経営者を私はあまり好みませんし,そうした派手さがないことも私がヨドバシカメラが好きな理由の1つでもありますが,それはトラブルなく,お客さんとしての我々がなんの不満も感じない場合にはよくても,一度トラブルや不祥事を起こした場合には裏目に出ることが多く,それまで無関係だった人たちからも批判を受けることになります。


 私が一連のトラブルで心配しているのは,そうした表向きの対応の手際です。今回の件でいえば,9月末のトラブルが比較的静かに沈静化したことを1つの教訓とし,今回のトラブルについては「聞かれる前に説明する」という姿勢を取ってくれれば,我々ファンは安心出来たのにと思ったりします。

 報道機関に取り上げられてようやく出たコメントによって,ようやく私は自分の商品が出荷されないことを知ったわけです。これを,マスコミの役割だと実感する向きもありますが,やはり残念なのは,ここまで話が大きくなる前に自主的に情報を公開してくれなかったことでしょう。

 ヨドバシカメラは10年前よりさらに強くなりました。新宿のカメラ量販店だったヨドバシカメラが,全国で強さを誇り,ネット通販でも他を圧倒する強さを持つに至っています。

 私が感心するのは,こうした強さを手に入れた企業というのは勘違いして奢るものなのですが,ヨドバシカメラはその強さを,目の前のお客さんのために使うことを忘れません。

 例えば転売対策です。同じ名義で複数の注文があったり,異なる住所に配達する場合には,転売の可能性ありと一方的に注文をキャンセルしてしまいます。

 聞いた話に過ぎませんが,実際には転売ではないケースであっても,事前に話し合うチャンスもなく,いきなりキャンセルされるそうです。

 もし本当なら,奢りの最たる例である「嫌なら他で買って下さい」という商売人の禁じ手が「大多数の普通のお客さん」のために使われているわけで,力を持ってもぶれないことは,なかなか出来る事ではないなあと思う訳です。

 取扱量が増えて,以前に比べると一人一人の客の印象は薄くなっていると思いますが,それでも万が一指定時間に届けられない場合には必ず電話をして謝罪し,そこから超特急で持ってきてくれますし,持ってきた人は丁寧で,またよろしくお願いしますとお店を背負っている自負を表明して,気持ちよく帰られます。

 ヤマト運輸はamazonの人ではありませんが,ヨドバシの配達員の方はヨドバシの人です。この一体感に私が安堵するのは,それがおそらく自然な事だからでしょう。

 これまでにも自転車やベビーカーなども買いましたが,不思議なくらいトラブルもなく,問い合わせにも丁寧に答えてもらいました。ありがたいのは無理なものは無理,出来ない事は出来ないとはっきりいってくれることで,だからこそ出来るといったことを信じて待つことが出来るのです。
 
 ヨドバシ・ドット・コムの勝因は,送料無料に配達速度,そして品揃えですが,私はそれ以上に約束を守ることにあったと思っています。信頼は安心に繋がります。ネットショップがお店と同じ安心感を維持するのは並大抵のことではないだけに,個々が踏ん張りどころと頑張って欲しいと思います。

 

LA音源30周年

 「世界よ,この音がローランドだ」で世界が衝撃を受けた,ローランド初のデジタルシンセサイザーD-50の発売から,なんと今年で30年になりました。

 今ひとつ盛り上がらないのは,D-50がプロ用の機材であり,1980年代を生きた人の間でも,身近に感じる人が限られているからじゃないかと思います。

 誰もが知るヤマハのFM音源は画期的でしたし,プロ用の機材から8ビットパソコン,果てはゲームマシンや携帯電話にまで入り込んでいたのですから,身近に感じるマニアがたくさんいるのもわかります。

 しかし,LA音源は何かに内蔵されることはなく,MIDIで繋がるものがほとんどでした。パソコンを中心に考えたシステムでは周辺機器として知られたにとどまりましたし,D-50に至っては鍵盤が弾けること,ライブで使うこと,そしてこれが重要なのですが,他にもシンセサイザーを持っていなければ,欲しいとすら思わないシンセサイザーだったと思います。

 ですが,その音は必ずどこかで耳にしたはずです。

 技術的に面白いのは,D-50はローランドで最初のデジタルシンセだったわけですが,同時にMT-32も同じカスタムICで開発されており,心臓部であるLA音源チップ「LA32」はプロ用のシンセサイザーと,ピアノの拡張音源であったMT-32の両方に使われていたのです。

 さらに興味深いのは,同じ音源チップを使っていながらも,D-50とMT-32や後のD-10/20系列とは,音そのものも異なりますし,パラメータも違い,音作りの考え方にもズレがあって,全く別物と考えなくてはならなかったことです。

 理由を考えて見ますと,LA32というチップはPCM片の音出しとサウンドジェネレータを32備えたチップに過ぎず,LA音源の音の個性はLA32の外に置かれたROMに格納されたPCM片によって生まれることから,D-50とMT-32とで異なるPCM片を持たせて異なる個性を与えることは,容易であったということです。

 そのPCM片も,D-50が音色の一部分を作るのに最適化されているのに対し,MT-32系列ではそれ単独で音色になるようなものを中心に用意されています。これはMT-32がマルチティンバー音源であり,できるだけパーシャルを少なく音を作らねばならなかったという事情があります。

 D-50はライブ用のシンセサイザーで,16音ポリなら2パーシャル,8音ポリでも4パーシャルを1つの音色に使っても演奏に支障がないですから,一部分だけをPCMで作るなどの贅沢が許されるのです。

 また,一番大きな音質の差の原因が,エフェクトだったように思います。D-50とMT-32のエフェクタの音質差は大きく,D-50はさすがに高品位でしたし,EQもコーラスも搭載されていました。MT-32ではリバーブとディレイだけで設定の範囲も限られていました。

 こうして考えていくと,あくまで今にしてみれば,と言う話ですが,アナログシンセとFM音源が人工的で自然な楽器にほど遠い音だったのに対し,サンプラーは自然な楽器そのもののリアリティを備えていた中で。D-50のLA音源はちょうどその中間にあり,人工的でも自然でもない,どちらでもありどちらでもないという,つかみ所のない音だったといえるのではないでしょうか。。

 これがD-50の個性であり,LA音源がその時代を代表するシンセサイザーであった理由ではないかと思うのです。

 それは,きっと生い立ちからそうだといえて,FM音源のような既に理論として完成しており,開発はそれを半導体に実装することだったわけでもなく,サンプラーのように技術的に目処が付いていながらもコストが理由で作る事が出来ず,開発はコストを下げることだったわけでもなく,LA音源はどういう音源にするかという根本部分から開発された,完全スクラッチの数少ないものであったことも,影響しているのではないかと思います。

 つまり,開発中はどんな音が出てくるのか不明,そもそも完成するかどうかもわからない状態だったはずで,手探りで進んだ開発は困難だったとは思いますが,何かに似せる必要もなく,どんな音でも許され市場に出る可能性があった,とても恵まれた状況であったとも言えます。

 FM音源の開発のゴールは,FM理論に従ったシンセサイザーが動作することですから,FM理論に従った音が出ることが求められます。サンプラーの開発のゴールは,いってみれば安く作る事がゴールですので,何回作っても音そのもののゴールは変わりません。LA音源はそうではなく,開発者,設計者が思い描いた音がゴールであり,偶然出てきた予想外の音もゴールです。

 当時開発に大きく関わったEric PersingとAdrian Scottの個性や傾向がD-50を支配していたことはその音を聞いても明確で,ここで定まったローランドの音は,しばらくの間不動の個性として君臨することになります。おそらくですが,FM音源でもサンプラーでも彼らの個性を表現する事は難しく,LA音源のようなゼロから作った音源だからこそ,彼らの創造力が具現化されたのではないでしょうか。

 そして筐体のデザイン。それまでの何にも似ていない洗練された新時代のデザインは,これまでのローランドはもちろん,他社のシンセサイザーとも明らかに違う音を期待させました。いやー,格好良かったなあ。

 そして誕生から30年。当時のCDとその後のCDを聞けばいかにD-50が画期的で,その後の音楽の方向を作ったかを思い知らされるわけですが,D-50そのものはなくなっても,音は引き継がれ,時代に関係なく使われていることを考えると,それが単に流行のものではなかったことを思わせます。そんな楽器に,そうそう出会えるものではありません。

 ただ,当時もその個性が万能ではなかったゆえに,好き嫌いがはっきりしたシンセサイザーだったとは思います。使われ方も,流行っているから使っていると言うだけで,その音で新しい音楽を作ろうというアプローチを,あまり目にすることはありませんでした。

 その後出てきたM1となにかと比較されたD-50は,リアルさから評価が低かったこともありますが,それでは30年後の今,M1の音と言われて思い出す音があるかと問うと,案外思い浮かぶものがないことに気が付きます。M1は確かに音楽制作の現場を変えたほどの影響を与えた歴史的名機でしたが,それは現場での即戦力として高次元でバランスしており,それ1台で何でも出来た事が理由で,D-50のように強い個性で記憶に残り,歴史に名を残したものとは,対極にあったと考えて良いでしょう。

 そんなわけで,D-50の30周年,おめでとう。あなたも歳を取りましたが,私も歳を取りました。

邪魔な肉体を捨て去ることとは

 年齢を重ねると,それまで理解出来なかったことが体験によって「なるほどなるほど」と,理解出来ることが増えます。

 それは,ポジティブなものもそうですし,残念ながらネガティブなものもあります。とりわけ,ネガティブな物事については,知らないが故に傍若無人に振る舞えていたことも多く,よくあんな無茶をしたものだとあきれて振り返ってみたり,若い人の無垢さをうらやんだりすることも,増えていきます。

 人間には自然治癒する力が備わっていて,病気をしても怪我をしても,余程の事がない限り,しばらく辛抱すれば治ります。治ってしまえば,その時苦しかったことを忘れてしまうという,都合の良ささえ持ち合わせています。

 子供の頃は,治癒するまでの時間があっという間でした。だから怪我も病気も怖くありません。自分が変化する速度が高速であるためだからでしょうが,その代償として,時間の経過がとても遅く感じ,相対的に周囲の変化の速度がとてもゆっくりに見えます。朝から夜までが長く感じただけではなく,次の日曜日がとても待ち遠しかったことを,思い出して下さい。

 成長期を過ぎ,作り上げた物を少しずつ削って生きながらえるというターンに入ってしまうと,子供の頃の体験とは真逆なものを否応なく押しつけられることになります。自分が変化する速度はゼロ,あるいはマイナスになり,時間の経過は速く,周囲の変化の速度も強烈です。

 そして,怪我も病気もなかなか治らなくなり,治癒するまでの辛い時間も,長くなるのです。

 私の年齢でそれを痛感するのですから,私は自分よりも年齢が上である人々のことを,今以上に辛いのかも知れないと,想像可能になりました。成長だけではなく,運動や思考の速度が落ちてしまう老人になると,今以上に周囲の速度が速くなることでしょう。

 「様子を見ましょう」という医者の見立てというのは,自然治癒力に頼りましょうという意味なのですが,その自然治癒力は年齢と共に落ちていきます。さらに,子供なら治癒する物も年齢を経ると結局治癒しない,と言うことも起きるようになります。

 これを,子供の生命力とか,生きようとする力とか,いろいろ格好のいい言葉で語ることがあるわけですが,蛇足ながら子供の「脳死判定」が極めて難しく,その判定基準が非常に厳しいものになっているのは,大人だと非可逆とされる状況であっても,子供はそこから復活することがしばしばあるとされているからです。

 復活出来る肉体を,復活出来ないものとして処理してしまえば,それは命を奪うことです。加えて子供には大人と同じだけの判断能力がありませんから,自分の命を自分で深く考え,その扱いをしかるべき人々にどう委ねるかを,結論できません。

 まだ復活出来る自分の命のありようを,自分の判断で決める事が出来ないもどかしさに,想像力を働かせるべき大人が,たくさんいるように思います。

 一方で,加齢と共に備わってくる物が,経験と知識,そしてそこから芽吹く心の豊かさです。私は,この3つがあるから,子供の頃に戻りたいとは思いません。今ならあっという間に出来る事に,何時間も何日もかかって,あげく出来ないままに終わってしまうかも知れない,あのフラストレーションは,もう体験したくないことだからです。

 肉体の劣化と,精神の成長。

 この両方を,同時に持つことは不可能です。大人と同じ心を持つ少年はおらず,不老不死の薬も,長年の努力の甲斐もなく,未だに存在しません。

 不老不死?

 私が過去に戻りたくはなく,今の状況を「よい」を認知するのは,前述のように精神の成長を肯定しているからですが,精神とはまさにソフトウェアであるがゆえに,ハードウェアである肉体の必要性や重要度というのは,私にとっては非常に低い物となっています。

 にもかかわらず,残念な事に,肉体という器がなければ,精神が維持できないのです。

 なにもしないでも,ただ生きているだけで100Wの熱を放出するほどエネルギーを消費し,華奢で柔らかく傷つきやすくて壊れやすく,食べ続ける必要があり,出し続ける必要がある。疲れてしまい,眠くもなり,なにかと行動に制約があり,有機物で出来ているがゆえに化学薬品や放射線,紫外線に弱く,力もなく機動力も低く,体の大きさはたかだか2mという,あまりに不都合なこの肉体は,どうも器としては不自由過ぎるように感じます。

 もし,肉体と精神の2つで自分を自覚するのではなく,精神だけで自我を確信出来るのであれば,それが一番理想的ではないか,私はいつしかそんな風に考えました。でも,現実に戻ると,器無しで精神は維持できませんから,誰かがどこかで器を維持管理してくれていなくてはなりません。

 つまり,自立という側面では,確実な後退がおきるわけです。

 私一人が精神だけで生きることを選ぶとすれば,その器は他の人に託せるでしょう。しかし,精神だけで生きることを,多くの人が選ぶようになったり,選ばざるを得なくなったりし続け,やがて大多数が精神だけで生きることになったとします。

 当然のことながら,器の維持管理は,少数の人々に押しつけられることになります。

 そして,精神だけでは「実物」を作る事が出来ませんから,現在の貨幣経済においては,維持管理に必要な費用を自ら稼ぎ出すことは出来ません。肉体を持つ人が,持たない人の分まで働いて稼がねばならないのです。

 全員が精神だけで生きるようになるのは公平でしょう。しかし,それはちょっと考えただけでは,とても難しそうです。精神だけで生きる方法が,今はないからです。

 私は,自分の自分たる根拠を,肉体ではない別の何かに移し替えることができるなら,それが一番楽だと思っていました。怪我や病気で苦しむこともなく,労働することもなく,深い深い思索にだけ生きていることが出来るのは,まさに桃源郷です。

 でも,これは究極のエゴイズムであることに,はっとします。

 繰り返しますが,器の維持管理は,お金もかかるし面倒で,誰だってやりたくないに違いありません。それを「誰か」が引き受けてくれると勝手に思い込むことで,精神だけで生きることを「素晴らしい」と思っていたというわけです。

 ・・・まってください。

 既視感がありますね。

 精神のみで自我を維持することを,思うように体がいう事を利かなくなった高齢者とし,器の維持管理とエネルギー供給を行う役割を担う肉体を持つ人々を,現役世代としましょう。

 そうです。すでに,この世界は,訪れているのです。そして,継続不可能であることも,明らかになっているのです。


東芝の家電に思うこと

 東芝と言えばなく子も黙る総合電機メーカーであり,かの田中久重にまで起源を遡る,名門中の名門です。その守備範囲は最先端の半導体から防衛・原子力まで広がっており,規模,技術ともに世界屈指の製造業です。

 こういう大きな会社というのは,知名度の高さに反して親近感というのは案外わかないものなのですが,東芝がえらいなと思うのは,一般家庭やアマチュアのホビーストの懐にもちゃんと飛び込んで,そのための多少の手間やコストには目を瞑るという大らかさがあったことでした。

 1つはサザエさんと東芝日曜劇場。サザエさんに至っては,登場する家電が常に最新の東芝製という念の入れようでした。

 1つは高性能な電子デバイスの,アマチュアへの供給に積極的だったことです。

 電子デバイスというのは,数がまとまらないと商売にならないので,1つや2つ欲しいと言うアマチュアをいちいち相手にしていたら,手間ばかりかかって儲かりません。それでアマチュア向けのお店をサポートする問屋さんや代理店を相手にするのですが,それでも金額は大した事はありません。

 しかし,東芝はそれこそ戦前から,アマチュアへの電子デバイスの広告と啓蒙を積極的に続けていたように思います。戦前から戦後にかけての,「初歩のラジオ」などの雑誌には東芝の真空管の広告が出ていますし,高度経済成長期においてはオーディオの雑誌にも,最新のトランジスタの広告が出ています。

 私が特に覚えているのが「初歩のラジオ」に長年連載が続いた,「東芝ラジオ教室」です。東芝は見開きの広告のページをずっと買い続け,ここでなかなか良く出来た電子工作の製作記事が見開きで掲載されていました。広告ページですから東芝のデバイスを使う物しか出ていませんが,広告費以上に儲かるわけはなく,電子工作少年に東芝を知ってもらうという「先行投資」だったと言えるでしょう。

 それに,実際に電子部品店に行ってみれば,東芝のトランジスタやダイオードは手に入りやすく,価格も安いのです。ゆえに雑誌の製作記事にも登場する機会が多くなり,ますますその部品がお店で買われることが増えるというサイクルが成り立つようになります。

 ですから,東芝の2SC1815が先代の2SC372やその前の2SB56などと同じように,我々アマチュアに最も馴染みのあるトランジスタとなるのは,当たり前のことでした。

 しかし,いかに広告に熱心で知名度もあり,安価で入手がたやすいとしても,性能が優れていて,使いやすい物でなくてはなりません。よく知られたように2SC1815はそのままHiFiオーディオ機器や無線装置に組み込めるほどの汎用性と高性能を誇る万能トランジスタでした。
 
 こうして,東芝のトランジスタを大事なお小遣いで1つ2つと買い求めた子供が,やがて大きくなって技術者になったときに,東芝に強い安心感をもってしまうのだと思います。私もそうです。

 余談ですが,かつての電子工作の雑誌に掲載されていた製作記事というのは,なかなか設計が難しいです。読者がいざ作ってみようと思い立った時に,手に入った部品の性能は保証されておらず,スキルも知識も経験も年齢もバラバラ,持っている測定器もまちまちで,その使い方も正しいとは限りません。調整だって出来る人と出来ない人がいて,そもそもほとんどの場合一発では動きません。

 どんな人が作っても完成し,無調整で性能が出て,間違った使い方をしても壊れない,手に入りやすい部品だけで構成されいて,しかも安い。

 そういう設計が理想とされている世界が,かつての電子工作雑誌の製作記事です。

 これはかなり難しいことで,そうならなかった製作記事も多くありました。記事を書かれた先生方にも多少の温度差があったり,使命感はお持ちでも技術が追いつかないケースもあったように思います。雑誌によっても考え方が違うようにも思いました。

 そういう意味では,自分の為だけに自分で設計する回路が,一番手抜き出来ると言えるでしょうね。
 
 こういう製作記事の,部品面を支えたのが東芝でした。東芝のトランジスタ,東芝のダイオード,東芝のデジタルIC,東芝のアナログIC・・・いくつもの部品名が頭の中に焼き付いています。

 その東芝が大きく揺れています。そして先日,家電部門が中国の家電メーカーに売却されることになりました。技術,ノウハウはもちろん,従業員も生産設備も継承されて,しかも東芝ブランドも今後40年間使用するというのですから,我々からみてこれまでと何が違うのよ?と思う訳ですが,東芝の根底に流れる「消費者の懐に飛び込む」ことは,今後はなくなるかも知れません。

 もう1つ,東芝が他の家電メーカーと違うなと思うポイントを,ちょっと視点を変えて書いてみようと思います。

 1990年代前半まで,家電製品は急激に進化し,その先頭を日本のメーカーが走っていました。

 最終製品の進化がデバイスの進化によって成される構図は今も昔も変わりません。しかし東芝がちょっと違っていたのは,デバイスの進化を東芝自身が強烈に推進していた事と,それを積極的に最終製品に搭載して性能向上を果たしていたことです。

 デバイスを作る事が出来ないメーカー,あるいは進化させることの出来ないメーカーは,デバイスの使いこなしで最終製品の性能を向上させることになります。シャープやカシオなんかがそうですね。自ずと安い製品か,「その手があったか」というような工夫に満ちた製品が多くなります。

 一方の東芝やNEC,日立などは世界最高峰のデバイスメーカーでもありましたから,これを自社の製品に搭載することで,他には全くない機能や圧倒的な高性能な製品を作る事が出来ました。当時も言われた一流メーカー製と二流メーカー製との間には,このあたりに大きな溝があったように思います。

 製品が部品で作られている以上,製品は部品の性能を絶対に越えられません。言い方を変えると,部品の性能が向上すれば,自動的に製品の性能は向上するのです。

 東芝は,それを愚直に進めたメーカーだったように思います。1970年代のオーディオ製品の性能向上は,ローノイズ低歪みのトランジスタとFETの登場で成されましたが,東芝のデバイスはその先頭を走っていました。

 ラジオや無線機器の高感度化,高性能化,多チャンネル化も半導体の力です。コンピュータもそうです。東芝はCPUやメモリ,周辺LSIの主要なメーカーでした。

 一例を挙げましょう。かつてアナログテープデッキが現役だった時代,アナログ録音では不可避なヒスノイズを削減するシステムとして,Dolbyノイズリダクションがありました。

 民生用のDolby-Bは,安価で安定した動作を狙ったために,性能面での妥協がありました。ここに勝機ありと踏んだ日本のオーディオメーカーは,こぞってDolby-Bを越えるノイズリダクションを開発しました。

 でも,Dolbyにだって,Dolby-Bが性能面で不十分である事は分かっていたはずです。Dolbyは研究開発を生業にする会社ですから,自社でデバイスを開発しません。民生品に採用されるには,性能と価格のバランスを取らなければならず,あえて性能を落としたのでしょう。

 やがて複数の会社からDolby-Bを上回るノイズリダクションが登場しましたが,結局残った物はありませんでした。

 そんな中で健闘したと思うのが,東芝のADRESです。ADRESはDolby-Bを上回る性能を誇り,しかも音質も良いと評判でしたが,それだけなら他のメーカーにもチャンスがありました。東芝が違っていたのは,ADRESをIC化したことです。

 IC化すれば,価格は劇的に下がり,性能も安定します。当初ディスクリートで作る事を想定したDolby-Bが性能面で妥協したのは当然の判断であり,IC化することが前提ならもっと性能を上げることだって出来たでしょう。

 ADRESは,自社のデバイス開発能力を背景に,性能と価格と安定性を高次元で両立したシステムだったのです。

 ADRESは複雑な処理が必要でしたが,ICは東芝しか開発しませんでした。また,東芝はADRES用のICを少なくとも3世代作り続けており,その都度大きく改良されていました。

 基礎開発,デバイス開発,そして最終製品の設計という3つが協調し,優れた製品が登場したという例だったと思います。

 このことは,別に東芝に限ったことではなく,当時の日本の家電メーカーの強さの源泉でもありました。

 ADRESの場合,それでも残れませんでした。DolbyがデバイスメーカーにワンチップICを作らせたことで,もともと簡単だったDolby-Bがもっと簡単に安く使えるようになったことが1つ,もう1つはワンチップ化を前提にした複雑なシステムであるDolby-Cを開発し,すでに普及していたDolby-Bとの互換性を武器に急速に広まったためです。

 今にして思えば,Dolbyは自らの役割と出来る事をきちんと認識し,その時々でやるべき事をきちんと理解していたんだなと感心します。

 人づてに聞いた話で恐縮ですが,デバイス部門と最終製品の部門が仲が悪くて,最終製品に自社の半導体を供給してもらえず,他から購入していたメーカーもあったそうですし,互い相手をバカにしあっていた会社もあると聞きます。

 またある会社では,デバイス部門が弱くなってから,少しずつ最終製品が弱くなっていきました。

 そして現在。共通化によって大量に生産された部品を安価に手に入れて最終製品にすることでしか,価格と性能をバランスできない時代になりました。デバイス専業メーカーが作るデバイスに太刀打ち出来ず,それを使った製品はどのメーカーでも大差がない,これはすなわち,世界中のメーカーがかつてのシャープやカシオと同じ土俵に上がったことを意味しています。

 つまり,ここでの勝者は,価格とちょっとした工夫で他社を出し抜いた会社です。

 東芝は,残念な事に,この競争では勝てませんでした。

 自分達の都合だけでデバイスを進化させ,自分達の製品に使って自分達の望む性能向上を果たす,結果として複数のメーカーが様々なアプローチで個性的な製品を作って世に問う,我々は新製品が出る度に,胸を躍らせて使ってみる,そういう話が普通でなくなり,世界第一位か二位までの僅かな会社の特権となってしまったには,こういう背景があったのだと私も改めて思いました。

 では,現在は最終製品の性能は,以前よりも上がりにくいのでしょうか?

 いえ,そうではありません。デジタル化とCPUの処理能力向上により,製品の性能はソフトウェアが握る時代です。ソフトウェアはデバイスと違って初期投資が軽いこともあって,自分達の都合で自分達が作る事がまだまだ可能です。

 そして,それが出来たメーカーは,技術を進歩させ,優れた製品を世に問い,大きな支持を受けて文化を創り上げていきます。

 私個人にとっては,シャープの買収よりも,東芝の家電部門の買収の方が大きいニュースでした。それは,最終製品を決定付ける要因が変化していたという気付きが,確信に変わるものであったからです。

 そういえば,シャープが液晶に傾倒した理由の1つに,かつてのテレビのキーデバイスであるブラウン管を自社で作っていなかったことをあげる人がいます。テレビメーカーにとって自社開発のブラウン管を持つことは,夢でした。

 液晶の時代をなかば強引に引き寄せたシャープは,念願のキーデバイスを手に入れます。しかし,残念な事に,時代は変わっていました。夢やロマンだけでは,商売は出来ません。

 そして東芝はもちろん,ブラウン管も,液晶も持っていました。でも買収されてしまったわけですが,これを「日本のメーカーの凋落」という単純な文脈で語ってしまうことには,私はどうしても納得出来ないのです。

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