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カテゴリー「カメラに関する濃いはなし」の検索結果は以下のとおりです。

実はSFXnを買いました

 先日,クリスマス前の休日に,近所のデパートのカメラ屋さんを見ていたら,PENTAXのSFXnが2000円で売られているのを見つけました。

 SFXやSFXnといえば,私が高校生の頃,後発だったPENTAXがようやく発売したAFカメラです。いかにも1980年代のカメラという感じのプラスチッキーな感じもそうですし,当時は最先端だったかも知れない性能だって,今から見るとオモチャみたいなものです。

 その後出たSF7やMZシリーズには,私は全然興味がないのですが,SFXだけはとても気になる存在でした。なんといっても,同時の私はSPのユーザーです。時代遅れの感じがあったPENTAXがようやくα7000やEOS650に匹敵するカメラを作って肩を並べたと知れば,やはり感情移入は起ころうというものです。

 で,2000円という価格もあり,また手持ちのレンズで遊べるなと思って,保護しました。中古カメラにも「保護」という言葉が使えるようになるとは,思いませんでした。

 ガラスケースから出してもらうと,底面に入荷日を記したメモが貼り付けられています。見ると,11月中頃の日付があります。そうか,2000円でも1ヶ月以上も買い手がつかなかったのかと,値段よりもむしろこのことの方が私には悲しくなりました。

 家に持ち帰って動作の確認ですが,電池が切れていて動きません。そこで外部電源を無理につないで動作確認をします。問題なく動作していそうです。シャッター速度も低速は少なくとも出ているようですし,AFも問題なく動作しています。さっと露出を確かめてみましたが,こちらも問題なしのようです。

 フィルムを通しての確認は,電池(2CR5です)を買ってからになりますが,返品不可のジャンク品でも2000円という価格から,動作そのものには問題はないだろうと考えたところ,正解でした。傷も少なく,大事に使われていたようです。

 さて,特に目立った性能も個性もないSFXnですが,もう少し素性を調べて,いろいろ遊んで見たいと思います。なんだかんだで,当時の高級モデルだったわけですし。

リコーのGXRが作る素晴らしき世界

 リコーから発表になった新しいコンセプトのデジタルカメラ,GXRを取り上げないわけにはいきません。

 名前の由来として,同社のコンパクトデジカメGXシリーズと,かつて同社が発売していた一眼レフ銀塩カメラXRシリーズをあげたあたり,ついついニヤニヤしてしまうオッサンとしては,XRシリーズの面白さってなんだったかなと考えてしまいました。

 XRはKマウントのカメラで,ペンタックスの豊富なKマウントレンズを使う事の出来る,非常にコストパフォーマンスの高いカメラでした。基本性能に特化し,普段余り使わない機能や性能にはお金をかけず,お金のない高校生なんかにユーザーが多かったように記憶していますが,これはこれで重要な価値がありました。

 ボディは基本性能さえしっかりしていれば,そんなに高価なものはいらないというのが私の考えです。高価なボディにはそれなりの理由もあるし,持っていてうれしくなる精神面での寄与が良い写真を生むトリガになるのも事実ですから,高価なものを否定する気はありません。

 しかし,ボディよりも,レンズが支配する割合が大きいのが銀塩写真の世界ですので,あの個性豊かなKマウントのレンズが,あんなに安い値段で使えるなんて,なんてうらやましいカメラだろうとXRシリーズに感じた事は,実は何度かありました。

 これはつまり,GXRシリーズの面白さに繋がるといえるのですが,GXRは撮像素子と光学系を1つのパッケージにし,ボディには画像処理エンジンとストレージ,そしてディスプレイと操作系を担わせたものであるわけで,レンズの交換によるメリットと共に,ボディ側の進化やシリーズ展開が期待できるということです。

 リコーも含め,報道でもこの点はあまり積極的に触れていないように思うのですが,私はこれを強く期待したいです。(そのためには長くこのシステムを継続してもらわねばなりませんし,魅力的なレンズユニットが登場することが必須ですけど,これは大丈夫なような気がします)

 つまり,耐環境性能に優れた完全プロ仕様のボディや,超大容量のストレージを内蔵したモデル,超高速化や超高画質化という流れもあるだろうし,電池寿命が極端に長いモデルもありでしょう。もしかすると2つレンズユニットを取り付けてステレオ撮影が可能なモデルもありかも知れません。

 逆に,液晶画面も小さく,耐久性もやや低い安いボディというのもいいですね。最初にこうした廉価版を買っても,後で高級なボディに買い換えるというステップアップも出来ます。

 製造の難しい光学系を電気信号で分離したことで,もしかすると他社の参入もあり得るかも知れません。こればかりはリコーの考え方によるでしょうが,各社の画像処理エンジンの性能差による画造りの差を楽しめたりするかも知れません。

 コンパクトデジカメを作る力があれば,このレンズユニットを作る事が可能という点で,こちらも様々なメーカーの参入が可能でしょう。光学系の製造は出来ても,画像処理はまだまだ,という海外メーカーは多く,それこそCarlZeissのような高級品から,旧ソ連のレンズのようなマニアックなレンズまで,それこそいろいろな可能性が出てくるように思うのです。

 これはもしかして,M42のレンズ沼になる可能性が・・・いや,それはちょっと気が早すぎるか。他社の参入があった時点で,その夢を膨らませることにしましょう。

 いずれにせよ,システムカメラとして一歩を踏み出す決意が,最初に50mm相当のマクロレンズをAPS-Cサイズの撮像素子で用意したあたりでうかがえるのは,私だけではないと思います。その長く険しい,容易に撤退することを許されない世界に飛び込んだ英断を賞賛したいと思います。

 技術的には,1つのパラダイムシフトといって良いと思います。レンズとボディは,連動無しから機械式連動になり,やがて電気信号を用いるようになりますが,ここまでは光学系と制御系が分離していました。

 しかしGXRではこの光学系についてもレンズで完結し,制御系共々電気信号に統合してボディに伝達するという,1つの到達点に来たように思います。

 このことによって,光学ファインダーを捨てることになってしまいました。逆の言い方をすると,光学ファインダーのせいで,光学系を電気系にまとめることが出来なかった,とも言えるかもしれません。

 電気信号になってしまうと,もうなんでもありです。

 レンズユニットとボディの接続に無線を使ってしまえば,レンズとボディは一体である必要さえなくなります。TCP/IPを実装すればインターネットに繋いで,世界中のレンズユニットと接続出来ます。距離という物理的な壁を越えるのです。

 レンズユニットから無線LANでPCにつなぎ,PCでボディを代替する方法もありですね。PCの巨大な演算能力をもってすれば,もはや何だって出来ちゃいます。

 いやー,夢はドンドン膨らみます。

二子玉のライカ

 すでにプロの道具としてより,お金持ちの道楽となって久しいライカですが,写真を楽しむ人間の間に横たわるライカ原理主義には,確かに抗いがたいものがあります。

 こういうことを言っているのも日本人だけのような気がしなくもありませんが,ライカ自身も自分達の製品のどこが支持されているかをよく分かっているので,そこから外した製品を作ってこないところは,さすがだなと思います。イタリアもドイツもフランスも,それぞれ相容れないほどの個性があるのに,こういうところは共通していますよね。

 私はライカには今ひとつ魅力を感じない人で,つくづくNikonとPENTAXの国に生まれた良かったと胸をなで下ろしているのですが,世界で最初の直営店を銀座にオープンしたというニュースを聞いたときには,ライカもよく分かっているなあと感心したものです。

 さて,続く2号店が出来るというので聞いてみると,なんと二子玉川の高島屋です。

 確かに世界中のブランドが軒を連ねる二子玉の高島屋ですが,だからといってライカの直営店を出してどうすんのかなと,興味というよりに心配になりました。Nikonが御殿場にアウトレットモールを出すのとは訳が違います。

 そのオープンが先週だったので,この土曜日に偵察してきました。

 まず,やや薄暗く照明を落とした上質な内装,ぴしっとした服装の店員が,一見さんを遠ざけています。展示された品物はすべてガラスケースに入っており,手に取ってみることなど全然出来ません。カタログは完備されているようですが,同時に写真集なども用意されており,こういうところをちゃんと押さえているところに好感を持ちました。

 でも,まるで宝石店のような値札と,宝石に匹敵する値段のカメラが鎮座していますが,これじゃますますここでライカを買うのは難しいんじゃないでしょうか。

 扉などもなく,非常にオープンなスペースではありますが,その入りにくさは通りすがりに目で追いかけるのがやっとという雰囲気です。仮に用事があっても,一度足を止めると,また翌日に来る羽目になるでしょう。

 うーん,中学生の時にはじめてエロ本を買った時を思い出しますね。

 しかも,お客さんは誰もいません。

 私は,彼らの放った「貧乏人は来るな」オーラに強い向かい風を感じ,すっかり戦意を喪失しました。まさにATフィールド。この見えない壁を越えた人は,どれだけいるのだろうか・・・そこにあるのは屍です。

 最初から一人で入るのは無理とふんで,友人に一緒に来てもらいましたが,すっかり戦意を喪失した私は友人の方を見て「やっぱ無理だわ,せっかくだけど帰ろうか」と尻尾を巻いて逃げるつもりで横を向くと,いつもの間にやら彼女は私のはるか先を歩いてグングン店に近づいています。

 おいおいおい・・・と手を伸ばした時には,彼女はすでにお店の中にいました。なんと突入成功です。いやはや,カメラマンはファインダー越しなら怖いものがなくなるといいますが・・・

 やむなく私も彼女の後を追いかけて店内に入ります。

 お店には私と彼女の二人だけです。しかし明らかにライカを分かっていない人丸出しで,しかもお金の匂いの一切しない貧乏人であることが見透かされていますから,店員さんも無理に声をかけてこようとはしません。

 私も,カメラとレンズがいくつか展示されている程度だと見るべきものも少なく,店に入ったことを本気で後悔したほどでした。はっきりいって,秋葉原の真空管専門店の方が100万倍楽しいです。

 実は,レンズキャップやボディキャップなどのちょっとした小物が確実に手に入る場所として期待している所もありました。しかし,仕立ての良さそうな高価な革製のカメラケースがいくつかあった以外に,そうしたオプションのたぐいがあるような気配もなく,もしかすると言えば出てくるのかも知れませんが,そもそも尋ねにくい空気が充満しているので,はっきりいって電車で新宿までいった方が楽です。

 私は,はっとしました。

 このアウェイな感覚はなんだ,と。

 これをホームと思える人でないと,ライカを買う資格はないのか。その価値を認めるだけでは全然足りないというのか。

 無邪気に「これなに~」と私に聞く彼女の背中を押し,私は頭の中を真っ白にしながら,そそくさとお店を後にしました。撤退です。

 しかし,一矢報いたと思うのは,私たちが店に入った後,数人続けて店に入ってきたことです。みんな興味はあるんですね。入りたいとも思っているんですね。でも,やっぱり入りにくいのです。誰かがいればそれでも入りやすいんでしょうが,誰もいない所に入り込んでいくのは,二子玉川のような場所だからこそ難しいのです。

 窒息寸前で意識が朦朧としている私は,近くにあるカメラのキタムラに逃げ込み,NikonとPENTAXの中古品に囲まれ,その傷を癒しながら,「ここが私の居場所だ」とつぶやいて,2800円のレンズを買うかどうか迷っていました。幸せを噛みしめていました。

 真面目な話,銀座の直営店が出るとき,売れなくても儲からなくてもいいと言う事でしたから,ライカとライカのカメラを見てもらう機会を作る事,現在の顧客はもちろん将来顧客になりそうな人,あるいは顧客になる条件を備えた人の貴重な意見を吸い上げる場所として機能することが,最重要なのだと思います。

 すでにライカを持っている人,あるいはこれからライカを負う人にとって,サロンのような役割が期待されているのだと思いますが,ヨドバシやビックでカメラ自慢をするじいさんがこういうお店に吸収されてくれると,我々のような買い物客は待たずに買い物できるなと思いました。

 ただ,私のような人でさえ,ライカがとっても格好良く見えました。これは事実です。M8もM9も実にかっこよかったですし,無骨なS2も実物は流麗で,手に取ってみたくなりました。X1も展示がありましたが,写真よりもずっと格好良く,特に上からの眺めが実にいいです。値段によっては買ってもいいかなと思わせる魅力があります。

 レンズも双眼鏡も展示がありましたが,やっぱり高いです。ただ,その重厚さは手に取るまでもなく,見ているだけでも十分に想像が付きます。そして,フードが格好いい。ライカの角形フードはなんであんなに格好いいんでしょうね。

 かつて,ライカのM3は業界を震撼させ,特に「俺たちはライカに迫った」と勘違いをしていた日本のカメラメーカーを,完膚無きまでにたたきのめしました。

 ライカとM3に恐れをなした日本のメーカーは,しょんべんをちびりながら,ライカが手を付けていなかった一眼レフに逃げ込みます。ライカは王者の風格で,敗走する敵を追う事はしませんでした。

 しかし,ここで敵を逃がしたことが仇になり,大量生産技術と電子化技術でカメラを高級品から日用品にした日本のメーカーに,ライカは土俵際まで追い込まれてしまいます。

 ミノルタがライツと技術提携した際に,ミノルタの社長が恩返しのつもり,と言ったことはよく知られたエピソードですが,この時,果たして日本側に奢りはなかったでしょうか。

 自動車メーカーと同じく,資本が入れ替わり立ち替わり,そのオリジナリティを維持するのも苦しかった時代があったと思うのですが,Mシリーズをデジタルカメラのブランドとすることで明確なメッセージを発信した覚悟はすばらしく,今のライカは良いスタンスを保っているなあと感心しています。

 私の場合,一生オーナーになる事はないと思いますが,その輝きを失わず,今いる顧客を大事にして,写真の歴史と文化にこれまでと同じ足跡をきちんと残して欲しいと思います。

ああコダクローム

 いよいよこの時がやってきたという気がします。そう,コダクロームがいよいよ製造中止になるそうです。

 日本での販売中止の際にもちょっとした祭りになりましたが,それでも製造は継続しているし,アメリカでは手に入り,現像だってアメリカで出来ましたから,いざとなればコダクロームを使う事は不可能ではないと,一種の安心感を伴っていたことは間違いないと思います。

 しかし,今回は本当に終わりのようです。私が読んだ記事では,2009年で提供を打ち切る,現状の消費ペースでは今年の9月頃までは手に入るだろう,と書かれていました。また,世界で1つしかない現像所である米Dwayne's Photoは,2010年中は現像を受け付けるということでした。

 この表現がちょっと微妙だなと思うのは,今年いっぱいで提供をやめる,ということです。すでに新規製造は行わず,今仕込んでいる分を作り終えたらもうオシマイですよ,という意味で,残りの数は決まっているから,遅くとも今年中に売り切れてしまうだろう,という感じのニュアンスです。

 せめてもう1年続けてくれれば75周年だったのですが,もう1年維持することも難しいという事でしょう。報道では売り上げが下がってしまったということを理由に挙げていましたが,こういうケースでは製造設備の老朽化も原因だったりしますので,1年の延命というのはなかなか難しいものがあったりするのかも知れません。

 製造が難しく,バラツキも経年変化も大きなフィルムで,かつ現像も特殊で複雑ななプロセスを必要とする一方で,抜群の耐久性と保存性能の高さで貴重な記録を長く残せること,そして世界初のカラーフィルムとして登場以来世界中の光を取り込んで来た事で,どれほど情報の伝達と保存に貢献してきたかはかり知れません。

 以前にも書きましたが,コダクロームの欠点は工業製品としては容認できないものであり,それらが改良されて行くことは正しい進化の過程です。世の中見渡してみると,便利で性能の良いものが生まれれば,それ以前のものは淘汰されていくものです。

 しかし,コダクロームには,それら欠点を補って余りある魅力がありました。工業製品として,あるいは経済原理だけで判断されない,芸術や文化と言った側面にまで,コダクロームが根を下ろしている証拠でもあります。

 本来,外式の欠点を克服するために生まれた内式のリバーサルが登場した時に,外式であるコダクロームはなぜ消えることがなかったのか,また世界中で内式と外式の両方の製品を持ち続けたのはコダックのみだったのはなぜか,少し考えてみるよい機会なのではないかと思います。

 内式外式,ネガポジ,カラーモノクロにかかわらず,そもそもフィルムの使用量が激減し,いつなくなってもおかしくない状況にあります。文化と芸術に影響のある工業製品が淘汰されることが本当に容認されることなのか,だからといってメーカーだけが負担を強いられることが正しいのかも考えなければならないところまで来ているように思います。

バケペン

 昨日少しだけ早く帰宅した私は,足下の箱に入っているバケペンに目をやりました。まあ,すぐに修理が出来るわけではないけども,どんな様子かさっと見るだけ見てみようかと思って,あちこちいじり回しました。

 昨日のオリンパスペンEEDと違って,こちらは相当使い込まれています。汚れもひどいですし,程度も良くないような印象です。プロ用のカメラなのですから酷使されていて当然ですが,不思議とラフに扱われた感じはないんですね。

 ボディマウントキャップを外してみると,ミラーが半分上がった状態です。一眼レフでミラーが中途半端な状態で止まっているのを見るほど,嫌なものはありません。しかし,バケペンの場合,電池がないのにシャッターを切るとミラーが半分くらいで止まり,シャッターは開きません。まあこれはこれで良い仕組みですね。

 しかし,本当に壊れているのかも知れません。

 あと,困ったなあと思うような破損もありました。バケペンはファインダーを取り外すことが出来るのですが,外したところから銅か真鍮のチェーンがだらーっと垂れ下がっています。

 手持ちの本で調べて見ると,これは絞りの情報をファインダーに伝達するための仕組みだそうです。私の個体はTTLファインダー付きでしたので,ファインダーに内蔵された露出計に,絞り情報を伝達する仕組みとして利用されていたはずですが,チェーンが切れてしまっているので,まったく機能しないと思われます。

 手始めに,このチェーンの様子を確認してみました。

 見事に途中で切れています。なぜこんな風に切れたのか分かりませんが,プーリーにかかる部分が切れていることから察するに,プーリーからチェーンが外れてジャムったところで,無理に絞りリングを回したとか,そういうことではないかと思います。

 切れたチェーンをどうやって修理するかですが,潔く交換したいところです。太さ1mm程のチェーンがあればいいんですが,少なくとも手元にはありません。幸いハンダが乗る素材ですから,チェーンの輪を1つ開いて,切れたチェーンを繋いでハンダ付けしてみます。

 一応うまくいったのですが,組み立て後何度か連動機構を動かしているうちにまた切れてしまいました。再びハンダ付けをしたのですが,ハンダ付けでは思った以上に強度が不足しているのかも知れません。

 続けて,シャッター機構の確認です。電池の代わりに電源器を6Vの設定して繋いでみますと,なんとまったく問題なく動いています。シャッターダイアルの設定でシャッター速度も変わっています。1秒のはずが0.8秒くらいなので,調整は必要でしょうが。

 また,ミラーの開閉が粘っています。開くときはいいとして,閉じるときにゆっくり落ちてきます。油ぎれか,腐ったモルトでしょうね。

 シャッターについては,少なくとも電気系は無事です。メカもそんなに複雑ではないので,ばらして掃除して給油するくらいはなんともないと思います。難しいのは調整でしょうか。

 とにかく,あちこち動きがとにかく渋い。全バラシをしないといけないのでしょうが,今の私にそれに取り組む覚悟がまだ出来てません。あと,気をつけたつもりだったのですが,取り付け場所不明のスペーサが2枚ほど出てきてしまいました。これでもうフィルム面もしくはフォーカシングスクリーンとの平行が確保出来なくなってしまいました。ああ,なんたる失敗。

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