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時間泥棒,NanoVNA

 コロナ騒ぎでもう大変な3ヶ月でした。私個人もそうですが,子供の学校が始まらなかったりと,これまでの非日常が日常化する怖さを感じます。

 一度日常になると,元に戻ることはすなわち変化になりますので,これはこれで大変です。こうして日常と非日常が個々人の認識もろとも引き摺り回されてしまうことへの不安が,今の私には大きいです。

 閑話休題。

 先日amazonをダラダラ見ておりましたら,NanoVNAなるものを見つけてしまいました。小型液晶をもつスタンドアロンの測定器で,値段は6000円から7000円とくればよくある中国製の安価なもの,を想像します。

 そう,オシロスコープなんかもそうでしたし,LCRメータであるとかHFEチェッカなんかもそうです。

 特にオシロスコープはその当時インパクトがあり,数万円(それでも数万円ですからね)を出せない今ひとつ電子工作に忠誠を誓えない人達が,このくらいの値段ならと飛びついて買っては,オシロスコープかっちゃったよと自慢げにいう,あれです。

 私も買ってはみましたが,1chしかなく,帯域も200kHz程度,プローブが付属していない事には目を瞑ることができる(別売りですといえばいい)のですが,代わりにBNCコネクタとミノムシクリップが繋がったケーブルが1本付属という,まあなんというかひどい物でした。

 これじゃ,初心者は1:10のプローブの重要性を知ることもなく,音声帯域の波形をちょろっと見える事がオシロスコープの仕事だと勘違いして終わってしまい,見えない物を見ることと,とらえられない物をとらえる,という2つの重要な能力を体験出来ないまま終わってしまいます。

 もっとも,これらを「すごい便利だ」と思えるような問題の解決に使うには,相応の実力を持っていて,それなりに難易度の高い実験をしないといけないわけで,測定器などは誰でも買える値段になってしまうことに,あまり意味がないように感じています。

 NanoVNAについても,私は似たような物だと思っていました。

 VNA,ベクトルネットワークアナライザ,という測定器は,多くの測定器が安価になりアマチュアが一家に一台を標榜できる昨今において,最後の憧れ,見果てぬ夢と目される,測定器です。

 もう名前からして,数学と物理に苦しんだ人々が嘔吐しそうなわけですが,ある一部の人種からすると,もうこれなしでは生きられない,無人島に1つ持っていく物があるとすれば迷わずこれ,といった倒錯した意見が堂々と出てくる程,御利益の大きな代物のようです。

 主として高周波の世界において,革命を起こした測定器がこのVNAで,ここに至るまでのスペクトルアナライザやネットワークアナライザなどの最終進化形が,これと言ってよいのではないでしょうか。

 価格も大きさも破格で,安い物でも50万円以上,高いものだとまさに青天井でベンツが変えてしまうほどのお値段ですし,大きさだって小さめの電子レンジくらいの大きさのものはざらにあります。

 その上,校正キットという標準器のセットがまた高価でこれだけを買うにもそこら辺のオシロスコープくらいの値段がします。

 そう,かつてのラジオ少年が憧れた,まさにプロの道具として憧れる,最後の測定器なのです。

 これがですね,7000円です。画面にはいっちょ前にスミスチャートまで出ています。

 ということで,気が付いたらポチっておりました。

 話が前後するのですが,VNAを簡単にご説明しましょう。VNAを知らない人でも理解出来る範囲で,かつこれだけ知っていればとりあえずVNAってなに?と奥さんや子供に聞かれても大丈夫です。

 コンデンサやコイルに交流を突っ込むと,入り口と出口で振幅と位相が変わります。これはいいですよね。つまり,コイルやコンデンサを交流で扱う場合,2つの情報を一緒に考えないと,真の姿が見えないわけです。

 これに比べると抵抗ってのは楽ちんで,直流でも交流でも位相は変わりませんから,振幅だけ見ていれば問題ありません。

 で,2つの情報を一気に扱うのが,ベクトルという数でした。これは中学生で倣うわけですが,当時は当然ピンと来ません。だけど,コイルやコンデンサのように振幅と位相が同時に変化する場合,片側だけを見ても意味はなく,両方同時に見るからこそ意味があることは,なんとなくわかって頂けるでしょう。

 で,電気の世界では,この2つの量を複素数という数字で書き表すしきたりです。実数と虚数の2つの和として1つの数字を表します。

 複素数なんて知らないで死ぬ人も世の中にはいるくらい,実生活に縁遠いわけですが,最初は数学者のお遊びだった「二乗するとマイナスになる数」が,実はベクトルを表すのに超便利だと後々わかった,と言う程度に覚えておいて下さい。

 ものすごくざっくり言うと,複素数のうち我々が見慣れた普通の数字である実数は振幅を,想像の世界である虚数は位相を表すように割り当てるとすごく便利になりました,と思ってもらってよいと思います。


 さて,VNAは,コイル,コンデンサ,抵抗を含む回路を調べる機械です。入り口に信号を入れ,どんな信号が返ってくるかを調べて,その回路の素性を調べてやろうというものです。

 コイルやコンデンサが相手ですので,入力は交流でなければなりません。また,回路の入り口の抵抗(インピーダンス)がVNAの出口のインピーダンスと一致していないと,反射が起きて信号が戻ってきてしまいます。これは高校の物理で習いますかね。

 難しいという人は,長縄を柱にくくりつけて,片側の手を揺すって波を1つ送り込んで下さい。おそらく波はつつーっと長縄を走り,柱にぶつかって跳ね返ってくるでしょう。これです,これ。

 もし,柱にくくりつけるんではなく,別の人に持ってもらい,一緒に手を動かしてもらえたら,跳ね返ってこないです。これがかのインピーダンスマッチングです。(おおっ)

 VNAは,こういうことを調べながら,どういう回路かを見極める測定器なのですが,これまでは振幅なら振幅だけ,位相なら位相だけしから調べることが出来ませんでした。

 例えばフィルタを調べるなら,周波数ごとの振幅を調べれば通過帯域がわかります。しかし,位相がどうなっているかがわからないと使い物になりません。

 これを一気に一発で調べるのが,VNAなのです。

 VNAでは,回路をブラックボックスとし,入口と出口の2つの口に,信号を入れたり出したりして,4つの測定値を得ます。

 入り口に信号を入れ,入り口から跳ね返ってくる信号の比率,入り口に信号をいれ,出口に出てきた信号の比率,出口に信号を入れ入り口に漏れてくる信号の比率,出口に信号を入れ跳ね返ってくる信号の比率です。これをSパラメータと呼んでいます。

 本物のVNAではこの4つを一気に測定し,中の回路がどうなっているのかを明らかにします。後述しますが,NanoVNAでは,このうち2つしか調べることが出来ません。

 まあ,ここまでわかればとりあえずよし。

 スミスチャートについては,見た目のアレ具合がアレなのでアレなんですが,わかってしまえばなんと言うことはありません。

 とりあえず,測定器の出力インピーダンスと一致した抵抗を繋ぐと,チャートのど真ん中に点が出てきます。抵抗の値が違ってくると点が左右に動きます。

 コンデンサが入ってくると点が下にずれてきます。コイルが入ると今度は上にずれてきます。そして周波数ごとにこの点をいくつも書いていくと,その回路にどんなコンデンサがいて,どんなコイルがいて,それらの周波数ごとの特性がどうなっているかが,手に取るようにわかるわけです。

 先程,インピーダンスマッチングの話をしました。出力と入力のインピーダンスが一致していると反射が起きない,つまり入れた電気が無駄なくすーっと全部入ってくれるわけですが,これってスミスチャートでいえば,チャーのど真ん中ですよね。

 なので,VNAを使ってスミスチャートを描いてみて,その点が使いたい周波数でど真ん中に点が集まれば,見事にインピーダンスマッチングが出来ているとわかるのです。

 どうです,すごいでしょ?

 さてさて,そんな盆と正月が一度に来たようなめでたいVNA,私はかつてRFワールドという雑誌で斡旋していた,PC接続型のVNAである,ziVNAuというものを買っていました。15000円もする校正キットも一緒に入手していたのですが,今ひとつピンと来ないまま,ほとんど使わず放置していました。

 やっぱりよく分からなかったということと,触っていて楽しいと思えなかったからです。

 そこへ,このスタンドアロンのNanoVNAです。これを使えば,VNAをもっと楽しめるかもしれないと直感が働き,買うことにしたのです。

 NanoVNAは,もともとそのRFワールドにも寄稿するようなベテランのエンジニアの日本人が数年前にコツコツと作られたものなのですが,オープンソースにしたことで中国の業者が安価に作って売っています。

 これをけしからんと見るか,よくやったと見るかは人それぞれですが,私はこれが法に触れない限り,よくやったと言いたいです。

 さて,届いたNAnoVNAはシールド板を備えて,ABS製のケースに入っています。ファームもその時最新のもので1.5GHzまで測定出来るという触れ込みです。高周波はややこしいので,ケースに入ってシールドがされているものを,少し高くても選ぶべきと思います。

 7100円だったと思うのですが,校正キットまで含んでこの値段ですからね,びっくりです。

 NanoVNAはSi5351Aを発振器に持ち,50kHzから300MHzまでをスイープして解析を行います。300MHzから900MHzまでは3次高調波を,900MHzから1.5GHzまでは5次高調波を使って測定するのですが,基本波を除去しないので,そこは注意が必要です。

 ダイナミックレンジは70dB程度で,本物のVNAにはかないませんが,それでもそのあたりをよく分かって使えば十分です。

 測定出来るSパラメータはS11とS21のみ。2ポートのVNAで必要最低限とも言えますが,S11だけでもSWRを見る事が出来ますし,S12やS22はアクティブデバイスを測定しない限り必要性は低いと思いますし,ちょうどいい割り切りでしょう。

 ついでに言うと周波数スイープの測定点は108しかなく,かなり荒い印象です,これだとちょうど変化が大きくなる周波数を見逃してしまうかも知れません。

 そうやってあれこれとnanoVNAを触っていると,あっという間に4時間くらい経過していることに気が付きます。まさに時間泥棒,特に何かを測定しようとか,なにかを調べようと思っているわけではないのに,これだけ面白いと思えるのも久々です。


 で,S11を測定する機能でアンテナアナライザにするというのはVNAの定番です。S11は反射ですので,SWRはもちろん,マッチングの具合もスミスチャートで見られるというのですから便利なことこの上なしです。

 手元にあった,多バンド対応のロッドアンテナを繋いで,遊んでみました。長さを変えると共振点が変わり,SWRがが小さくなる部分が変化します。使うバンドによって長さを調整するという根拠が眼で見てわかります。

 次に,FMアンテナの向きを調整する装置としての活用です。これはS21にポートにアンテナを繋ぎ,レスポンスを見るということで可能になります。いわばスペアナ代わりなのですが,スペアナと違って絶対値が測定出来ませんので,あくまで相対的なレベルの大小で済むような用途,今回のようなアンテナの向きを確かめるような場合にのみ有効です。

 まずがSGに繋いで,ちゃんとS21が動くかどうかを見ます。最初はスパンが大きく,上手く中心周波数をつかまえる事が出来なかったのですが,上手く調整するとちゃんと信号の周波数でスパッと縦線が立ち上がって来ます。よしよし。

 周波数変調をかけると,ちゃんとかけた分だけ側波帯が広がって表示されます。立派にスペアナとして機能しているようです。

 今度はFMアンテナを繋いでみます。そうするといくつかの周波数でピークが確認出来ます。そう,放送局をちゃんと拾い上げてくれています。こういうのをバンドスコープというんだそうですが,どこに受信すべき信号が出ているかを視覚的に見せてくれるので,アマチュア無線では便利なんだそうです。

 こうしてみると,80.0MHz,81.3MHz,そして82.5MHzと,主要な放送局がちゃんと入感しています。それぞれの強度が最強になるようにアンテナ向きを調整すれば安心です。(まだやってませんけど)

 さらに,PCソフトを使って外部から動かしてみました。PCのソフトには2種類あるのですが,私はnanovna-serverというものを使いました。

 あくまでUI部分をPCで行うだけのものですが,それでもチャートを重ねるのではなく別々の図として出してくれるを見やすくなり,なかなか便利だと思います。


 ということで,価格以上の価値を持っていると断言出来るNanoVNA。いろいろ制限はありますし,そもそも帯域も狭いと思いますが,一応使い物になる校正キットも込みでこの値段というのは破格で,興味があるなら迷わず持っておくことをお奨めしておきます。

 高周波が苦手なあなたも,スミスチャートも複素数もさっぱりなあなたも,何はともあれNanoVNAを触って見て,実際に体験する中で理解を深めてはいかがでしょう。

 

TIのICが秋月で買えない

 何を今さら,という感じのニュースらしいのですが,たった今知った事なので私はとても驚いています。

 ついさっき,秋月電子のサイトでTIのオペアンプを見ていました。いつもは見る事のないQ&Aを眺めていると,9月と10月に追記されたものが目に付きました。

 ディスコンでもないのに在庫限りなのはなんで?

 ・・・え,どういうこと?

 秋月電子からの回答は,なんでも,TIがエンドユーザーを特定出来ないお店には販売させないという方針を取ったとのことで,これにより秋月では販売出来なくなったそうです。

 ちょっと待って下さい。

 TIはICの発明者を擁していたほどの半導体の老舗にして名門で,古くはシリコントランジスタで存在感を高め,74シリーズのロジックで世界を制覇,1990年代からDSPに軸足を移したかと思えば近年はアナログICに舵を切り,名だたるアナログICメーカーをことごとく傘下に収めた,超巨大半導体メーカーです。

 正直にいえば,私にとってのTIは廉価版オペアンプとセカンドソースのメーカーであって,安く安定して手に入る製品を用意してくれていることが最大の価値でした。

 個性が強い,超高性能なICは,TIには結びつきません。

 様々な機能を持つ面白いICが揃っていて,データシートを眺めているだけで楽しかったナショナルセミコンダクタ,オーディオ用のAD/DAコンバータで先頭を走り,強烈な性能のオペアンプに憧れたバーブラウンも,すでにTIに買収されてしまいました。

 TIの資金力と人材をもってすれば,ナショナルセミコンダクタもバーブラウンも主要製品は安定供給されるだろう,特にアマチュアにも優しかったナショナルセミコンダクタが安定的に存続することは大歓迎だと思っていたのですが,まさか市中の部品屋さんで買えなくなってしまうなんて,想像もしていませんでした。

 調べてみると,この方針が出始めたのは今年の3月頃。すでにこの頃から一次代理店以外の流通が止まりつつあることがわかります。特に我々アマチュアが親しんでいた秋月電子やマルツ電波からは,買えないものが出始めていました。

 根拠のない噂話ですが,事の発端はある中国の代理店が,最終製品に搭載すると見せかけて安く購入した部品を高い値段で流してボロ儲けしていたことにTIの幹部が激怒,その部品が誰の手にあるのかを完全に把握出来ないところには売らないと決めたらしいです。

 まあ,こういう面白い話には嘘も混じるものですが,特に中国の「偽物」にはどの半導体メーカーも顧客も頭を痛めているのが現状で,TIが手間暇かけてきちんと流通を管理するという今回の決定によって,偽物が一掃される可能性があります。

 少なくとも,市場に流通している部品はすべて正規品と言うことになるので,顧客は安心してTIの製品を買うことが出来るようになります。これは大きなメリットです。

 でも,電子工作を楽しむ子供たちにとっては,そんなことは理解出来ません。

 TIの製品は,高価で超高性能なものばかりでなく,また特殊なものばかりでもなく,昔から汎用品として長く使われてきたものも多くあります。入手しやすい,安く買える,性能が間違いないということでTIを使ってきた製作記事の執筆者も多く,この方針変更はそうした信頼を根底から覆すものです。

 もっとも,そうした汎用品はTI以外からも販売されるので実害はないのかも知れませんが,他社を買収し市場を独占した会社は,その決定が与える影響を熟慮して欲しいのです。

 その上で,中小企業やアマチュアなどの弱者を救うのも,お金のある大きな会社の仕事の1つにして欲しいなあと思うのです。

 TIのケースでは,TI自身が直販サイトを立ち上げています。誰でも買うことが出来ますが,さすがに1個からというわけにはいきません。送料もそれなりにかかりますし,単価もあまり安いわけではなく,問題のは納期です。店頭でその場で買えるほどの迅速さは当然なく,1週間も程もかかってしまうようです。

 ならdigikeyなどのTIが認めたディストリビュータ経由で買えばいいんじゃないか,と思う訳ですが,クレジットカードと海外発送が前提になっていることを考えると,中学生くらいの子供が秋葉原でTIのオペアンプを2つ買って帰るということが出来なくなってしまうことはまず間違いありません。

 こうして,私にとっては子供の頃から馴染みのあったTIが,とても遠い存在になってしまうのです。残念でなりません。

 思えば,1980年代までの日本のメーカーの半導体がこんな感じでした。小さい部品屋さんはNECや東芝,日立といった巨大企業と直接取引できるわけはなく,代理店の商社が間に入って,小さな部品屋さんに卸していました。

 基本的に自社の最終製品のために半導体を作っていた日本のメーカーは,汎用品よりも特定用途向けの半導体に面白いものが多かったのですが,それゆえに代理店が扱わないものも多くあって,結局部品屋さんの店頭に日本のメーカーの半導体が並ぶことは少なかったのでした。

 だから,興味を持った製作記事に日本のメーカーのICが使われていると(そしてそれらの多くはキーデバイスだったりする),絶望的な気分になったものです。

 日本の半導体メーカーの力が落ちて,面白いものも安いものも海外のメーカーのものになって,ことアマチュアの半導体の入手は随分と楽になったと思っていたのですが,今回のように最大手のTIが部品屋さんに部品を売らせなくするという話になると,時代が逆戻りしてしまったように感じます。

 TIのように高性能アナログICをいわば寡占しているメーカーが,他に変わるもののないナショナルセミコンダクタやバーブラウンを買ったのですから,買った側にも一定の責任が発生すると私は考えています。

 資金力に任せて市場を独占した上で,市場をコントロールすることに問題があるという考え方は,各国の独占禁止法の根拠となっているわけで,今回のケースでは,TIという会社が中小企業を顧客と見なさないことに,企業の責任が問われるんじゃないかと思うわけです。

 データシートの配布については,著作物であるデータシートを勝手に配布していることに私は問題を感じていたし,公式のホームページに行けば手に入るものであればその方が安心だし確実なので歓迎すべきことだと思います。

 しかし,TIもそうなのですが,かつては日本語のデータシートを用意していても,今は日本語を用意しないことも多く,最新版をダウンロードしたら英語のみだったという事は頻繁に起こります。

 加えて,ディスコンになったもののデータシートもダウンロード出来ない場合が多いです。部品屋さんにしてみれば,自分達が今売っている商品のデータシートを提供出来ないことは確かに問題でもあります。

 ということで,TIのような最大手が流通に縛りを入れて来たことに私は警戒心を解くことが出来ません。他の会社が追随しないことを願うばかりです。

 

EL34シングルを三極管接続で味わう

 ある知り合いから,真空管アンプの修理の依頼を受けました。

 私はアマチュアなので,基本的に修理や製作代行などは受けないことにしているのですが,今回は音が小さくなって困っていて,誰か修理出来ないかという話をしていたということから,引き受ける事にしました。

 どうも,エレキットのTU-879Sというキットを改造したものを,譲ってもらったという話です。真空管をオリジナルの6L6GCからEL34に交換してあることは以前聞いていましたが,それ以外の改造があるかどうかは,全く聞いていませんでした。

 夏の暑い中で真空管アンプの修理をするのは,ほぼ罰ゲームなので,ちょっと急いでおくってもらったところ,確かに無茶苦茶小さい音です。

 どうせEL34の寿命だろうと思っていたのですが,手持ちの新品に交換しても状況は変わらないので,やっぱりどこかが壊れているんだろうと思います。

 あいにく回路図や説明書がなく,当然改造箇所も不明なので,5極管シングルアンプという前提条件で確認をしていきます。

 まず,底板を外すと,なにやら手が入った基板が見えてきます。そう,修理というのは経験上,目視で見つかったりヒントになることが実に多く,電圧を見たり波形を見るのは目視で目処を付けた場所にすると,効率よく進むのです。

 で,基板を外して裏返して見ると,真っ黒に焦げた抵抗と基板が・・・

 抵抗はスクリーングリッドに電圧を印加する抵抗で,3.3kΩです。5W品なので酸化金属被膜でしょう。これが真っ黒になっています。外して抵抗値を見ると無限大になっているので,完全に焼き切れています。

 5W品ですし,酸化金属被膜抵抗は熱に強いので,焼き切れるというのはかなりの電流が流れたからなのですが,スクリーングリッドに本当にそれだけの電流が流れると,かなり大変なことになっていたはずです。

 そしてさらに深刻なものを見つけました。左右両チャネルのカソード抵抗が一度焼損して,基板ごと燃やししまっているようなのです。もともとこのカソード抵抗は330Ωが基板の表面に付いているのですが,この個体では270Ωの赤茶色の酸化金属皮膜抵抗が基板の裏面についていました。

 改めて基板の表面を見ると,基板が真っ黒に焦げています。裏面を見返すとパターンも剥がれてしまっていて,ハンダ付けで修復しているようです。

 こりゃーいかん。

 真空管が内部でショートしたというなら,両方同時に燃えることはないでしょう。悪いケースで想像すると,高音質化を狙ってプレート電流を増やそうとして,カソード抵抗を小さくしたところ,副作用で真空管の暴走を押さえられず,プレート電流が増加して抵抗が燃えてしまった,ということでしょうか。

 この時スクリーン電流も増加して抵抗が焼損した可能性もなくないでしょうが,それだったら同時に交換されないといけませんので,スクリーン電圧を印加する抵抗の焼損は別の時に発生したのでしょう。

 調べてみると,あるメーカーがこのキットを改造したカスタムモデルを出していたようで,これがEL34への交換とプレート電流の増加をうたい文句にしていました。とりあえずこれを真似したんじゃないかと思います。

 もちろん,わかってやっているなら構わないんですが,抵抗の取り付け方を見ていると,基板に密着させていたりして,どうも高圧大電力を扱う事になれていないような感じがします。

 少し浮かせておくというのは,大電力を扱う人なら反射的にやることですし,そうでなくても組み立て説明書に書かれていることなので,説明書もちゃんと読まずに作るような,結構自信家だったんじゃないかと想像します。(でなければ,自分で作り,なおかつ改造し,あげく煙が出たものを修理までした真空管アンプを他人にあげるなど怖くてできないと思いますし)

 また,電源スイッチのスパークキラーもどっかのWEBサイトに書かれていた定番改造ですし,入力のカップリングコンデンサを外してしまうことも行われていました。

 その割にボリュームは元のまま交換されず,入力セレクタはLINE1とLINE2が逆に配線されていたりと,ちょっと首をかしげる箇所も多いです。

 さて,とりあえず持ち主に許可を取り,修理を進めます。あいにく酸化金属皮膜抵抗は在庫が多くないので,いくつか注文をします。数日後に届き,早速スクリングリッドの抵抗を新品に交換します。

 まずこの段階で,EL34は正常に動作をするようなったみたいです。音がちゃんと出て,各部の電圧もおそらく正常と思う値を示すようになりました。ここで一度オーディオ特性を見てみると,歪率はそこそこ,しかし低域が300Hzくらいまでしか出ていません。

 うーん,なにかある。

 続けて安全のため,カソード抵抗をオリジナルの330Ωに戻します。基板の表面に取り付け,パターンを修復しながら取り付けます。

 おや?テスターでパターンを追いかけていくと,どうもカソード抵抗に並列に入っているはずのコンデンサが,繋がっていないようです。なるほど,それで低域が出なかったんですね。

 そこで,330Ωに交換する時にちゃんとコンデンサを繋げてやります。

 ここでもう一度通電し測定をしますと,カソード電流は50mAちょっとになりました。EL34にしては少な目ですが,安全なのは事実です。

 さて,オーディオ特性を取ってみると,やはり低域がぐっと伸びて20Hzくらいまで出るようになりました。

 ね,300Hzくらいしか出ない修理になっていることに気が付かないのに,いっちょ前に入力のコンデンサを外してあるんですよ。おかしいですよね。

 さて,一通り電圧と電流を測定し,オーディオ特性も取ったところで,返却前提でヒアリングです。

 ・・・しかし,どうにも音が悪い。長時間聞き続けることが困難なほどです。自作の6V6シングルと交換しても一目瞭然。というか比較しなくても音が悪いとはっきりわかるレベルです。

 気のせいかと思って嫁さんにも聞いてもらいましたが,確かに悪いと。

 原因の1つは,ボリュームでした。音を小さくしたかったので絞って使っていましたが,そのせいで音質の劣化がひどく,加えて左右のギャングエラーも大きいため,これは交換しないといけません。

 それでも,どうも音が良くないのです。なんというか,平面的というか,ボーカルに艶がないというか,ただ音が出ているだけというか・・・ペラペラでどうにも聞いていられません。

 これを真空管アンプの音だといわれてしまうことは,さすがに私にも悲しいものがあります。

 そこで,一念発起です。他人の改造を批判しておいて,自分はさっさと改造するのかという後ろめたさもあるのですが,そこを差し引いてもこの音のアンプをこのまま返してしまうことは,もう罪です。

 改造すると決まったら,それはもう私が良いと思う音質へ向かう道です。私が目指す音になるように,回路の修整を入れていくことになります。

 スピード感よりも滑らかさ,切れ味よりもきめの細やかさ,広帯域より立体感,周波数より位相というのが私の目指すもので,真空管でいえば多極管より三極管です。

 多極管は電力効率はよいけど音質は今ひとつ,一方の三極管は電力効率は悪いのですが,音質は実に豊かで,真空管ならではの音を奏でます。

 多極管というのは,そもそも三極管の電力効率を改善した真空管で,出力が大きく取れる代わりに歪みも多く,音質の劣化があります。ゲインが取れるので大量の負帰還を使って歪率を改善すると,周波数特性などもぐっと改善されて,数字が大幅に良くなるのです。現在の半導体アンプと似たような考え方です。

 三極管は電力効率が悪く,突っ込んだ電力から取り出せる出力が少ないのですが,その代わり音は素直で無理をしていません。歪みも波形の上下が対象に崩れる2次高調波が多く,適度な歪みであればむしろいい音に聞こえるくらいです。

 そして,ゲインが小さいから負帰還をあまりかける事が出来ず,結果として真空管そのものが持つ個性がそのまま出てきます。まさに大吟醸です。

 で,せっかく真空管なんだから,真空管アンプを三極管以外で作るなんてのは愚の骨頂。多極管を大量の負帰還で使うなら,半導体で作るのが一番です。

 てなわけで,改造の方針が出ました。三極管接続です。

 多極管のスクリーングリッドをプレートに直結すると,三極管と同じ特性を示すようになります。もちろん本来の使い方ではないので,その特性は好ましいものではない場合も多いのですが,幸いなことにEL34は昔から三極管接続の音が良いことで知られていますし,メーカーのデータシートにも動作例が出ているくらい,メジャーなものです。

 安全のため,スクリーングリッドを直結せず,100Ωでプレートと繋いでみます。

 結果,プレート電流は65mAに増加しました。かなり増えてしまいましたが,データシートの動作例にも出てくるくらいの値ですし,まあ良いとしましょう。もちろんプレート損失にはまだまだ余裕があります。

 各部の電圧を測定し,オーディオ特性を取ります。

 歪率は悪くなっています。三極管接続にすることでゲインが下がり,負帰還も小さくなったんでしょう。帯域も狭くなっていて,高域は18kHz止まりです。DFも3.5程度とちょっと小さいので,負帰還を増やしてみます。

 帰還率を3.5dBくらいにして再度測定すると,1Wの歪率が0.9%程度になってくれました。高域も20kHzを少し越えるくらいになり,DFも6を越えるようになりました。いい感じです。

 改造前と改造後で2次高調波と3次高調波をそれぞれ比べてみたのですが,改造前は3次高調波が歪みの主成分であったのに対し,改造後は2次高調波が主成分になり,奇数次の高調波がぐっと減りました。

 しかし,3%歪み時の出力にはそれほど変化がなく,4W弱です。これなら実用上三極管接続にしたことのデメリットは表面化しないでしょう。帰還量を変えたので発振していないか気になりましたが,波形を見る限りそれも大丈夫なようです。

 気をよくした私は,小躍りしながらヒアリングに挑みます。

 おー,これはいい,劇的に変わりました。自作の6V6シングルには圧勝,聴き疲れせず,まろやかで,とてもふくよかになりました。立体的で,人の声がとても生々しく聞こえますし,高調波の少ない楽器(オーボエとかフルートとか)も,きちんと奥行きを保って聞こえてきます。

 DFが良くなったことで低域も締まって聞こえますし,他の音を邪魔しません。

 音量を上げてもこの傾向は変わらず,聴き疲れしません。どんどん音量を上げてしまいます。さすがEL34,三極管接続がこれほど良い結果を生むとは。

 ボリュームを交換したおかげでギャングエラーもなくなりましたし,小音量時の音質劣化も減りました。入力のカップリングコンデンサも追加しましたが,これによる音質の劣化はほとんど気が付かないレベルです。

 よし,これでいこう。

 嫁さんにも満を持して聞いてもらいましたが,一発で良くなったことに気が付いてくれました。その後,どういう訳だか睡魔が襲ってきて目が半開きになっていましたが・・・

 これで少しテストを続け,10時間ほど動かして安全性を確認出来たら,返送しようと思います。

 ふと気が付くと,300Bのシングルと同じ傾向の音になっていました。

 やっぱり,製作者の好みに収れんしていくんですね。気に入ってくれるといいんですが。

RaspberryPiでハイレゾネットワークオーディオ

  • 2019/05/29 14:42
  • カテゴリー:make:

 アナログレコードの音の良さを再発見し,これを96KHz/24bitで録音することで,その時の空気感までほぼ記録出来るとわかったとき,手軽さとその嫋やかな音質を妥協なく両立して再生出来る方法にたどり着き,私はオーディオとの付き合い方が新しいフェイズに入ったことを実感しました。

 かなり大げさですが,96KHz/24bitという器にきちんと収めたアナログレコードは,その再現性においてかなり高いものがあります。以前は44.1kHz/16bitのリニアPCMはおろか,MP3でアナログレコードを録音していたくらいだったのですが,結局その録音は二度と再生されることがありませんでした。

 個人的には,アナログレコードは20kHzから上をカットしていない代わりに,20kHz以上には音楽に関係のない成分がほとんどだという事実があっても,それでも96kHzでの録音には意味があると思っています。

 ちょっと脱線しますが,ちょっとノイズが入っていた方が滑らかに聞こえるのも事実です。明らかに耳障りなノイズになるとダメですが,原音をマスクしてしまうことのない高い周波数や小さなレベルのノイズは,私は有益な場合もあると考えています。

 96kHz/24bitが心地よいのは,ひょっとしたらこのあたりの事情が支配的なんじゃないかと思っていますが,理由や理屈はともかく,48kHz/16bitの3倍の情報量を持つ96kHz/24bitとの違いは聴感上ももう明白であり,ストレージ容量やネットワーク帯域が大きくなった現在は,96kHz/24bitにしない理由はもうなにもないとさえ思います。

 閑話休題。

 DR-100mk3の96kHz/24bit録音は非常にクオリティが高くて,なにも妥協を強いられません。音質の変化はもちろんですが,位相の変化もなく,定位感もオリジナルをそのまま丸ごと残してくれます。

 てなわけで,私はここしばらく,アナログレコードをせっせと96kHz/24bitで録音し,FLACでライブラリ化しています。(SACDもアナログで96kHz/24bit録音していましたが,これは先日手持ちのSACDがすべて完了しました)

 デジタル録音やリッピングと違い,アナログレコードをアナログで録音するわけですから,録音には実時間がかかりますし,モニターをずっと続けておかないと失敗に気が付きません。

 確かに1枚あたり50分ほど拘束されますが,逃げられない時間だとあきらめて音を聞き込む機会にしてみると,ますますアナログレコードの面白さに気が付くというサイクルに入っています。

 さて,大きな満足感を得て録音を終わると(録音を終えたときの満ち足りた幸福感というのは一体なんなのでしょうね・・・時間も手間もかかるのに録音をやめられないのは,きっと中毒性があるからなんでしょう),今度はそれをもう一度聞いてみたくなるものです。

 しかし,日々忙しい身としては,同じ時間を使って聞くという贅沢を許されはせず,そこはもう料理や家事をしながらの「ながら聴き」にならざるを得ません。

 うちはNASでFLACを管理しているので,スマートフォンやタブレットがあれば再生出来るのですが,これらは特殊なものでないと96kHz/24bitをきちんと再生出来ません。

 そこで,96kHz/24bitに対応したネットワークプレイヤーが欲しくなるのですが,大きいし価格もそれなりにします。手軽に楽しむ方法はないものかといろいろ考えてくと,答えが見つかりました。

 そう,ラズパイです。

 ハイレゾ対応のネットワークオーディオプレイヤーというのは,主なラズパイの使い道の1つになっているくらいですが,私は試したことがありません。

 少し調べてみると,volumioなるオーディオ専用のディストリビューションが存在し,そのイメージファイルをSDカードに書き込むだけで完成という簡単さです。

 そこでさっさとRaspberryPi ZeroWHと,pHAT DACを注文しました。2つあわせても3000円ちょっとですからね,安いものです。

 これに手持ちの8GBのmicroSDを用意し,部品は揃いました。

 pHAT DACにヘッダーをハンダ付けし,RaspberryPi ZeroWHに取り付けます。ここまで30分。イメージを書き込むのに10分で,1時間以内に作業完了です。

 電源を入れてvolumioの起動画面にアクセスします。アクセスポイントになっているvolumioへWiFiを接続し,WEBブラウザで画面を開きます。ここまでは順調です。

 次に,volumioを固定アドレスで運用し,普段使っているアクセスポイントからアクセス出来るようにするのですが,ここではまってしまいます。ルーターにMACアドレスを登録する必要があるのですが,MACアドレスがわかりません。

 試行錯誤をしましたが,結局MacOSにarpコマンドをインストールして,解決しました。

 ここまででようやくネットワークに繋がるようになりました。あとは音楽再生用の設定です。SAMBAでNASに繋いでもいいんですが,サクサク動かないということとアルバムアートが出ないと言う問題があって,DLNAで繋ぐことにしました。これなら他のネットワークプレイヤーと同じような感覚で操作できますし,意外にもサクサクと動いてストレスフリーです。

 とまあ,作業そのものは1時間ちょっと。このお金費用と時間でハイレゾ環境が整います。RaspberryPi Zeroなので消費電力も低く,おそらく1W程度でしょう。

 私が数年前に買ったパイオニアのN-30よりもずっと良いものが手に入りました。音質についても思った以上に悪くなく,ハイレゾらしく再生してくれます。

 本体にLCDやスイッチなどのUIが全くなく,すべてブラウザからネットワーク越しに行うというのも案外便利で,次のステップで小さいLCDとスイッチくらいは増設しようかと思っていましたが,急にやる気が失せました。

 これであと必要なものは,手軽な電源のON/OFFですね。今でもUSBを差し込めば電源ON,ブラウザから電源OFFが出来るので問題ないといえばないんですが,もう少し待ち時間が減って欲しいということと,出来ればサスペンドかスリープに入る仕組みがあればいいなあと思いました。

 ということで,Volumioを使ったラズパイのハイレゾネットワークオーディオ,簡単でいいですよ。ここから先の高音質化とかになると,もう修羅の道です。私は近寄りません。

 

イコライザアンプの大改修とMCカートリッジの個性

 先日からアナログレコードの再生に,コツコツを取り組んでいます。

 なにせ,日々の生活に忙しく,またそれが楽しかったりするので,時間を気にせず没入していくオーディオにはなかなか取りかかれないのですが,それでも10分15分お時間を見つけては,アナログらしい音を聴くために作業をします。

 きっかけは先日も書きましたが,V15typeiVの入手です。これに安いtypeIII用の互換針を差し込んで,私もようやく本物のV15を手に入れました。

 案外いい音を出すので,ついつい楽しくなっていろいろなレコードを聴いてみたわけですが,ラックからレコードを出して眺めていく鬱に,どうもCDで手に入れていない音源もいくつか発見され,これをデジタル化しないといけないという,新しい課題が見えてきました。

 気分とレコードに合わせてカートリッジを選んでトーンアームに取り付けて,ゼロバランスを取ってから,やはり気分とジャンルに合わせて針圧を増減,レコードを慎重にターンテーブルに載せてクリーニング,ゆっくり針を落としてリードインのパチパチに胸を膨らませるという演奏が始まるまでの儀式は,人によっては「道」とよべるほど洗練されているかも知れませんが,これを面倒と思ってしまうとアナログの良さがすっ飛んでしまうわけで,積極的に楽しめることもまた,その人の素質やスキルであろうと思います。

 私などは緩い人なので,こういう手続きが楽しいのはいいとして,どうせその時だけという刹那感もありますから,完璧を求めるようなことは最初からしません。だからこそアナログレコードという底なしの金食い虫の淵をのぞき込むことなく生きていられるんだと思いますが,ゆえにノイズやハムといった絶対悪にさえ,大らかであることが出来ます。

 不思議なもので,レコードのゆっくりとした回転や,ほのかに灯る真空管のヒーターなんかが目に映ると,ハムやノイズに寛容になってしまうものです。これを録音しておき,別の機会に再生すると途端にハムやノイズも気になって仕方がないという経験は,多くの方がされているんじゃないかと思います。音は音だけ作られているのではないという証拠です。

 ちょっと脱線しましたが,最終目的が録音である以上,それなりのクオリティでないといけないわけで,どうせその時だけだからと大らかに構えていたイコライザアンプのハムやノイズに,真剣に取り組むことになってしまいました。

 私のイコライザアンプはいくつか自作した後,K&Rというガレージメーカーのキットを使っています。創意工夫が光る回路はCR型とNFB型のいいとこ取りをし,現代的でスピード感のある音を実現している一方で,音質的な部品へのこだわりが解像感のある。しなやかな音を奏でてくれます。

 MCヘッドアンプも同社のものですが,これも半導体とトランス方式のどちらの弱点も克服する完成度の高さを安価に実現しています。

 電源と実装は私が手元でやったわけですが,これがまあなんとも適当で,電源は三端子レギュレータで済ませていますし,ケースは安いアルミの小さいケースに十重に押し込んでいるお粗末さです。

 電源トランスも近いところにあるし,ワイアリングにも制限があるので,ハムも出まくりです。

 これではいかんと,改修を行うことにしました。

 まず,電源トランスを少し小さいものに替えて,基盤との距離を稼ぐことにしました。その上で純鉄のシールド板を立てて,電磁誘導によるハムを軽減させます。

 電源回路は面倒なのでこのままでもいいんですが,負電源の7912のパスコンが不適切だったので仕様書に従って大きめの値の電解コンデンサを追加しました。とうも発信しやすい不安定な状況にあったように思うのですが,この対策でノイズも減りました。

 ワイアリングも見直し,アースの取り方も時間をかけて検討しました。試行錯誤をしましたが,ACの3Pコネクタをノイズフィルタ内蔵のものに交換し,ノイズと共にACからの誘導ハムをシールドでカットしました。

 MMではほぼハムもノイズも気にならない程度に押さえ込みましたし,MCでも少しハムが残っているくらいに出来ました。ここまで格闘するのに4時間かかってしまいました。なんと贅沢なことか。

 これまでは,レコードに針を落としていれば,無音部分でハムが聞こえて興が冷めてしまったのですが,今回の対策では無音部分のスクラッチノイズよりもハムが小さいので,針を落とすともう気になりません。このくらいで手を打つことにします。

 実のところ,V15typeIVを楽しめれば,MCでのハム退治なんて必要はないはずなのですが,幸か不幸か私はMCカートリッジの決定的なすごさに気が付いてしまい,これで録音をしようと思った事で,ムキになってMCでのハムやノイズを押さえ込むことに夢中になったのでした。

 Kenny DrewのEverything I Liveというアルバムを,カートリッジをとっかえひっかえで聴いていたときのことです。確かにV15typeIVはいい音を出すのですが,いまいち見通しが良くなく,ピアノとの距離が近く,ペタッと張り付いて聞こえます。

 そこで,ものは試しとAT-F3/IIにしてみると,くぐもって聞こえたピアノが華やかになったと同時に,目の前にすーっと音が通る道のようなものが通り,ピアノとの距離がリアルに生まれ,コトッという弦の振動以外の音もきちんと出てくるようになりました。

 おお,なんという空気感,これはAT-F3/II独自の音なのか,それともMCの音なのか,あるいはオーディオテクニカの音なのか,気になって仕方がありません。

 そこで,AT-15Eaにしますが,急に音の空間が狭くなりました。ならGRADOのPrestige2ならどうかと交換するも,さらに窮屈になって聴いてられません。音が籠もって狭いところに押し込められて,首をすくめているようです。

 DL-103に交換すると,AF-F3と同じように,頭上の蓋が取れたような開放感と新鮮な空気を感じ,ピアノと私の距離が適度に生まれました。前の前がぱっと開けた感覚は,AT-F3/IIと同じ傾向です。

 ただ,AT-F3/IIが華やかすぎたのに対し,DL-103は実に適度で,焦らず落ち着いた,重心の低い音を出してくれます。いや,これは実に聴きやすくて心地いいです。

 AT-F3/IIはきらびやかで,1970年代初期のジャズピアノのアルバムを現代風に甦られてくれますが,ちょっと冷たい感じがして,これならCDで聴くのが正しいよなあと思うくらいです。さすがDL-103,日本の標準器です。

 ということで,MMかMCかの違いは,なんとなくMCの方が線が細いくらいに考えていたのですがとんでもない,MCの空間表現能力であるとか,音源との距離感の再現能力であるとか,まるで冬の朝に深呼吸するような爽やかさというのは,理由はさっぱりわかりませんが,もう認めなくてはならないほどはっきりしています。

 一方でMMの閉塞感,音源との距離の近さと窮屈さはなんでしょう。まるで,ピアノの弦にマイクを立てて,平面的に拾っている感じです。(というか実際にはそうやって録音されているんだから正しい再生をやってるわけですが)

 この距離感の近さが有利に働くソースもあるんですが,少なくとも今回のEveryting I Loveについては,見通しの良さと音源との距離感がとても重要であると感じました。そう,まるで,私が鍵盤を前に座って,自分で演奏をしているかのような感じです。

 ああ,なんと奥が深いことか。

 と,こんな顛末があって,デジタル化はDL-103で行う事が決まったのでした。それで,なんとかハムとノイズを低減させる必要に迫られたわけです。

 惜しいのは,DL-103が丸針であり,特に内周でのトレース能力が他の針に比べて低いことでしょう。それでも,0.65ミルの丸針とは思えないほどの音を出してくれるのでいつも感心しますし,丸針であることも含めて,DL-103のバランスを作っているのだと思うので,かつて存在した楕円針がラインナップから消えているのも,わかる気がします。

 DL-103が凡庸な音を出すカートリッジに過ぎず,よほどV15typeVxMRの方がいい音をさせるというケースももちろんあります。MCとMMの違いがここまではっきりわからないソースも多いです。

 だから,どのカートリッジで聴けば楽しいかを考えるのが楽しいのだと思います。おそらく,どのカートリッジを選ぶのが正しいかという正解などないのでしょう。楽しいかどうか,それに尽きるのがアナログレコードの再生なんだと思います。

 忘れてはいけないのは,これを楽しいと思えない人が大半であるという事です。また,これを楽しむためには手間だけではなくお金もかかるという現実があります。

 だからCDに置き換わったことは正しいですし,良いことだったと私は思います。

 

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