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PC-386BookLのメモリを3.6MByteに

 PC-386BookLで遊んでいると,もうちょっとメモリが欲しいなと思う事があります。といっても,MS-DOSで真面目に2.6MByteを使い切ることなどなく,ディスクキャッシュや常駐ソフトの待避に使われるわけですが,HDDを1GBと破格の大きさにしたことで,ディスクキャッシュが相対的に小さくなって,パフォーマンスの低下が目立って来ました。

 これまで768kByteでも十分だったのは,HDDが40MByteと小さい事で,ファイル数も少なく,ディレクトリのエントリも少なかったからだと思うのですが,1GByteにもなるとディレクトリの一覧が出てくるまでに,ゴリゴリとHDDへのアクセスが発生します。

 自作したLスロット用2MByteのSRAMボードを改造して容量を増やし,もう少しディスクキャッシュにあてがえればと思ったのですが,当時そういうこともあるかと,増設の仕組み仕込んであったことを思い出しました。

 SRAMですので,考えるべきはアドレスデコーダくらいのものなのですが,デコード信号をHC138を使って作ったので,すでにデコード信号が1MBごとに8本も用意出来ています。このうち先頭の2MB分を使っているわけですが,現在の回路でも8MBまでは信号が用意出来ているというわけです。

 とはいえ,SRAMそのものをバスに敗戦する作業からは逃げられません。多くの先人達は,ここでICの上にICを重ねるという,カメカメと呼ばれる必殺ワザで増設をこなしてきました。

 かくいう私もカメカメは基本テクニックとしてすでにマスター済みですが,なにせ信頼性が低いので積極的にやるようなものではありません。それに,渥美も増えるので,実際には利用出来ないことも多いテクでもあります。

 今回のケースでは,配線がSRAMの上にも這い回っているという汚い実装で,カメカメが最適解ではないのが明確でした。とはいえ,他に方法もなく,やるなら重ねる以外にないでしょう。

 その前に,SRAMの在庫があるかどうかも見ておかなければ。幸いなことに,前回10個買ったSRAMの残りがそのまま残っているので,もう2つ追加してトータル3MByteのプロテクトメモリに仕上げましょう。

 追加の部品はSRAMだけ。これを重ねて配線し,HC138から0x30000から0x3FFFFまでをデコードした信号を取って配線するだけです。

 とはいえ配線数も多く,細かいハンダ付けが続くので,まさに修行。黙々と続けます。

 1時間半ほどで配線を終え,念のための確認をしてからPC-386BookLに取り付けます。まずは起動直後のメモリチェックはパスです。3MBを認識しています。

 次はTMEM.EXEというメモリチェックプログラムで,プロテクトメモリのままチェックをしますが,これもなんなくパス。

 そして最後に仮想86モードでEMSを設定し,EMSTEST.EXEでEMSとしての動作をチェックします。これもサクッとパス。

 いやはや,私には珍しいことに,何の問題もなく動いてしまいました。

 これで私のPC-386BookLは3.6MBになりました。これくらいになるとようやくメモリサイズを気にしなくても大丈夫な感じです。

 ディスクキャッシュを増やしたり,EMSとのバランスを取ったりして調整を済ませて運用に入っていますが,正直なところ,あまりその効果を感じません。そういえば当時も高いお金を出して増やしたメモリ(PC-98RLをフル実装で9.6MBにした)にたいして,それほど実感として変化を感じなかった,つまりは気分的な物で,結局DOSではどうにもならないことに馬鹿馬鹿しさを感じていたことを思い出しました。

 もうこれ以上PC-386BookLを改造したり拡張することはないでしょう。そういえば私が初めて買ったDOS環境であるPC-386VRも,メモリは増設後4.6MByteだったなあとか,そんなことを思い出しました。そう考えると,1991年頃の実機環境としては,このくらいで十分だという事でしょう。

 

PC-386BookLにYM2203を内蔵

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PC-9801の標準的な環境を再現するに,私のPC-386BookLで不足している最後のピースはサウンド機能でしょう。1980年代を代表するデジタル音源であるFM音源はPC-9801UV2という家庭用を意図したモデルで初搭載,その後小型モデルを中心に内蔵されて来ましたが,PC-9801の本流であるビジネスマシンのPC-9801DAシリーズにも標準搭載するに至り,4オペレータFM3声+SSG3声は日本のDOSマシンの「当たり前」になりました。

 PC-9801シリーズに内蔵されたFM音源はOPNと呼ばれたYM2203です。PC-8801mk2SRにいち早く搭載され,音楽機能が弱かったPC-8801シリーズを一気に国産機トップの能力を持つ機種に引き上げた立役者です。

 アーケードゲーム基板にも採用されたこのチップは,8音ポリのYM2151,6音ポリのYM2608等に比べると見劣りしますが,1980年代中頃において,本格的なデジタルシンセサイザで音作りが出来て,しかも和音を演奏出来るというのは衝撃的で,これが本体に標準搭載されることで,用途の柱の1つであったゲームが新しい時代に入ったと言えるでしょう。

 とはいえ,当時の私は,8ビット時代にはX1でYM2151を使い,16ビット時代にはMIDIに流れていましたので,YM2203を自分の手で鳴らしたことは一度もありません。当時使っていたPC-98RLにPC-9801-26K互換のボードを一応突っ込んでありましたが,どこかで馬鹿にしていた気もしますし,音が出るという事だけで済ませていた気がします。

 さて話は現在に戻ります。

 PC-386BookLは,ここまでコツコツと修理と改造を繰り返していますが,LCDがカラーになったことでレトロゲームマシンとしても期待出来るようになりました。実はフロッピーディスクドライブが2台入っていることも,ゲームには向いているんですよね。

 こうなってくると足りないものはサウンド機能です。残念な事にビジネスマシンのPC-386BookLにはFM音源は内蔵されていません。

 なにも1990年代のPC-9801-86と同じ水準のサウンド機能が欲しいとは思いませんが,色鮮やかなゲームの画面を見ていると,そのチープさがかえって当時を強く思い出させるPC-9801-26K程度のものがあるといいなと思うようになりました。

 しかしLスロットで拡張することは絶望的なので最初から無理と決めつけていたのですが,冷静に考えると大した規模の回路ではありませんし,部品さえ揃えればなんとかなるだろうとジャンク箱を漁ってみると,YM2203もYM3014もすぐに見つかりました。

 これは作るしかありません。

 早速手元の資料を調べてみると,YM2203は0188hと018Ahにマッピングされ,INT5に割り込みを突っ込めば良いらしいです。26Kに搭載されていたROMはBASICから使う場合に必要なだけで,独自のドライバがあれば必要がないので,EMSが使えないなどの弊害もあることから,実際にはほとんどのケースで切り離されています。

 結局YM2203を8ビットのデータバスでI/Oに繋ぐだけ,と言う簡単な話だとわかったところでちょっと考えてみると,アドレスデコーダはORゲート3つと74HC138で簡単に作れそうです。データバスとIOWとIOR,そしてRESETは面倒なので直結です。ここにバスバッファを入れるのが正しいのでしょうが,配線は短くしますし,YM2203以外にぶら下がりませんから,苦労してバスバッファを入れてもPC-386側のバスの負荷は変わりません。ならば省略です。

 そうそう,クロックは本体からもらってもいいんですが,決まった周波数(4MHz)が欲しかったので,これも手持ちの水晶発振器で手間をかけずに解決しました。

 IRQは,YM2203がオープンドレインで,本体にもオープンドレインで突っ込む必要があるのですが,あいにく論理が逆なので,トランジスタ1つで反転しオープンコレクタで突っ込んでやります。机の上をちらっと見たら,どこかから外した2SC945が出てきたのでこれでいきましょう。

 てことで,YM2203と74HC138,74HC32に4MHzのオシレータでデジタル部は出来そうです。

 次にアナログ部をどうするかですが,YM3014にOP-AMPが2つ必要,これにローパスフィルタとSSGとの合成にもう1つ必要なので,3つ必要になります。さらにPC-386BookLにはPC-9801シリーズのように26Kからのオーディオ出力を受けて本体のスピーカでならすコネクタもないので,スピーカを自前で持つ必要もあります。

 OP-AMPは手持ちの関係から最終的にTL082を2つ,パワーアンプは手軽で便利なHT82V739を使うことにしました。5Vで動いて外付け部品も少なく,ノイズも小さくて高音質ということで大変便利なICです。

 実はこのIC,ゲインが小さい事が唯一の難点なのですが,今回はノイズまみれの環境で使いますので,むしろゲインは小さい方が良く,これも好都合でした。

 電源のうち,OP-AMP用の±12Vは綺麗な方がいいので,LDOを使うのが正しいのですが,面倒なので大きめのパスコンを繋ぐだけで直結します。

 とまあ,ここまでは順調だったのですが,最大の問題は実装です。本体への取付はどうするのか,どこに収納するのか,そしてどんな基板に組み立てるのか,いいアイデアが浮かびません。

 思案した結果,2MBのメモリボードから信号をもらう事にしました。まず,小型の基板に回路を組み立てておき,メモリ基板の下側にビス留めします。2階建てのごっついモジュールになりますが,仕方がありません。

 そしてFM音源ボードをメモリ基板に来ているバスの信号と繋ぐという作戦でいくことにしました。ここで,Lスロットに転がしてあったバックアップ電池(単三x5のNi-MH)が邪魔になり,空っぽにしてあったバッテリーパックにバックアップ電池を移設しました。

 さて,一日1.5時間程度の作業で3日ほど,配線が終わったので本体に取り付けて起動してみました。

 すると,なんということか,2MBのメモリが認識しなくなりました。まさかの展開です。メモリボードが壊れたんじゃないかと焦りましたが,もしかするとFM音源は動くかもとゲームを試したところ,スピーカーからはギャギャーとおかしな音が出続けています。

 画面に合わせて音が変化するので,YM2203を叩いているんだろうと思いましたが,それにしても正常に動作していないものを放置するわけにはいきません。かといって,2階建てにしてしまったFM音源ボードは,プローブをあてて波形を見ることも出来なくなっていたので,なにが起きているかさっぱりわかりません。

 とにかくメモリが無事かどうかを知りたかったので,バス周りの配線を全部外して。メモリボードと分離して元通りにしました。

 これでメモリボードを試すと問題なく2MBを認識し,元通り動作するようになりました。まずは一安心ですが,振り出しに戻っただけです。

 FM音源ボードはもう一度配線チェックを行うと同時に,アドレスデコーダの設計をミスってないか確認しました。とりあえず問題はなさそうで,これでもう一度試してみることにします。

 今度は,Lスロットのコネクタのハンダ面に直接配線し,基板はLスロットのレールに差し込んで固定することにしました。

 今回は動作チェックにゲームではなく,FMPというサウンドドライバを使わせて頂くことにします。FMPは常駐型のドライバで,組み込み時に搭載音源やアドレス,割り込みを自動的に認識するというありがたいもので,組み込み時のメッセージでFM音源ボードが正常に動作するかがわかります。

 配線後,あまり期待しないで電源を入れると,以前は変な音が出ていたスピーカーは静かなままです。メモリも2MBが正常に認識されて,動作しています。

 しかし残念な事に,FMPではFM音源ボードは認識されませんでした。

 もう一度配線をチェックすると,一部に配線忘れがありました。ここを配線し最終チェックを行って試すと,設計通りのアドレスと割り込みにYM2203を認識し,軽快な起動音を鳴らして常駐することに成功しました。

 こうなるともう話は早くて,スピーカを固定し,さっさと本体を組み立てて完成です。

 これで私のPC-386BookLは,FM音源内蔵になりました。これでゲームにも対応します。

 早速名作,マーブルマッドネスを遊んでみました。懐かしいです。音があるとこんなに楽しいのかと,改めて思いました。

 ということで,私のPC-386BookLはこれ以上機能を追加することもないでしょう。本当にここで一区切りです。現在のスペックをまとめてみます。

CPU : Cx486SLC-25MHz
FPU : i387SX
メモリ : 2.6Mバイト
HDD : 1Gバイト
FDD : 3.5インチ 2HD/2DD 2機
ディスプレイ : 640x400ドット,4096色中16色,10.1インチTFTカラー
サウンド : YM2203(FM3声 + SSG3声)
マウス : USBマウス対応

 1990年代初頭のモデル,例えばPC-9801ES2やPC-386M等のマシンをCx486SLCに換装したかんじのマシンになっていると思います。DOSで使うならこれでもう十分でしょう。

 私の場合,1990年代中頃はMacintoshに完全に移行していましたので,640x480で256色と86ボードのPC-9821の時代は完全に未経験で,このあたりのスペックが私にとってのPC-9801の到達点ということになりそうです。

 強いて言うなら,メモリをもう1MBほど増やせればと思う事,メモリとCPUの速度をもう少し上げたいという事,CD-ROMやMOなどのSCSIを使いたいと言うこと,Ethernetに繋ぎたいなあ,くらいでしょうか。どれも必須ではありませんし,特にSCSIなんて,データの移行がおわったら用済みですから・・・

 さあ,このマシンで遊ぶぞ。

PC-386BookLをカラーモデルとして復活させる

 ワンダースワンを手始めに次々に襲いかかる恐怖のビネガーシンドローム。偏光フィルムの交換以外に修理の方法がないこの問題は,交換可能な新品の偏光フィルムが手に入るかどうかという問題に始まり,ホコリや気泡を避けて一発で綺麗に貼り付けるという,非常に難しい作業に打ち勝たねばなりません。

 もちろん,それらの作業中にLCDそのものを壊してしまえば元も子もないわけで,フレキを切る,フレキがガラスから剥がれる,ドライバICが壊れる,ガラスが割れるなどに気を遣いながら作業をするのはなかなか難しいと思います。

 満身創痍で,次から次へと壊れていく状況に抗い,頑張ってここまで復活させたPC-386BookLを,先日LCDのフレキの切断で失った悲しみは大きく,どうしたものかとこの年末年始,考え込んでいました。

 外部ディスプレイを繋いでやればもちろん使う事が出来ますから,捨てるという選択肢はありません。しかし,HDDにFDD2機搭載という1990年代のフルスペックで,2MBのプロテクトメモリを装備した486(Cx486SLCですが)マシンがディスプレイまで含んだ「オールインワン」になっている,電源さえ与えれば即当時の環境が甦るというメリットは捨てがたいものがあります。

 加えて,今はもう世の中に存在しないDSTNのモノクロLCDには,なんとも言えない味わいがあり,私にとっては見にくさを越えた魅力があります。これを失ったことはなかなか残念なことでした。(青/白のLCDはまだちょっとした小さいディスプレイで使われていますが,200ラインを越えるLCDでSTNはもう見られないと思います)

 しかしこればかりは復活に同じ物を手に入れる意外に方法はありません。同じLCDを手に入れるのはほぼ無理,それこそ同型機のジャンクを手に入れるしかありません。一応ジャンクも探しましたがオークションには見当たらず,もし仮に出品されていても高くついたりLCDそのものがだめになっていたりする可能性も考えねばなりません。

 ここは1つ,古いLCDにこだわらずに,なんとか「オールインワン」を維持することを目指してみましょう。(あ,オールインワンというキーワードは,1980年代初頭のパソコンを知る人にとってはおなじみで,ディスプレイやデータレコーダまで搭載したMZ-80シリーズが他の機種との差を印象づけるものとして,強力にプッシュしていた言葉でした)

 以前から考えていたのは,入手しやすくなっている10インチクラスのLCDを移植出来ないだろうかということです。幸いにしてPC-386BookLの時代のLCDは厚みが必要でしたし,バックライトのインバータ基板も大きいので,蓋の部分にスペースがたくさんあります。

 なので,画面のサイズさえ適合すれば,あとはなんなく組み込めるはずです。

 とはいえこれはあくまで物理的な話。電気的な話がそもそも立ちはだかっています。もとのLCDの信号を使うことは絶対にと言っていいほど無理ですから,なんらかの方法で画像信号を用意し,LCDに表示させることはこの話の前提となります。

 適当な物がないかと探してみると,10.1インチのLCDモニターが使えそうでした。1024x600ピクセルという前時代的なTFTのLCDで,HDMIとVGA,それからNTSC/PALが入力出来るものです。お値段はamazonなら13000円ほどもしますが,あるお店で同じ物が7000円ちょっとで手に入りました。

 届くの少々時間がかかってしまいましたが,手元に来てまず試したことは,このディスプレイのVGA入力が24kHzのRGBに対応しているかどうかです。もし対応していればPC-386BookLの外部ディスプレイの信号をそのまま使うことが出来ますが,もしだめだったら変換基板を介する必要があります。

 さすがに変換基板まで組み込むのはもったいないので,一度VGA入力を外に出し,外部に変換基板を置く方法を取ることになります。オールインワンにはなりませんが,24kHzが日本以外で使われたことは希であり,海外製のディスプレイが24kHzに対応しないという事は今に始まったことではありません。

 果たして試してみるとなんと映りました。安い割に24kHzに対応していたみたいです。ならばと15kHzを入れてみましたが,これは未対応でした。残念。

 もしも15kHzのRGBまで対応しているというのであれば,それはそれで貴重なので組み込むのやめてしまう,あるいは組み込んでも一度VGA入力を外部に引っ張り出して汎用性を維持することも考えていましたが,24kHzまでしか対応しないだなんて,まるで今回の改造のために生まれてきたようなものじゃありませんか。

 これで覚悟は決まりました。組み込んで使いましょう。

 まず,LCDや部品の配置を考えます。画面を表示させて,表示内容が枠で隠れてしまわないような位置を探して固定するのですが,なんと上下がギリギリ。左右方向は問題がありませんが,表示サイズを調整出来ないディスプレイなので,危ないところでした。

 LCDを両面テープと接着剤で固定したら,ドライバ基板をLCDの上側に固定し,配線を取り回します。このLCDはVGA入力がUSBのMiniBを流用しているのでコネクタも小さく楽ちんです。

 これに電源のケーブルの2本を取り回して長さを揃えて切断します。その先に10ピン程度のコネクタをハンダ付けし,メンテ姓も確保しておきます。

 次に考えるのはディスプレイの操作キーです。電源のON/OFFはもちろん,入力切り替えや画質の調整で頻度は高くないものの必要になる操作キーは,PC-386BookLに穴を開けることになるので出来れば用意したくありません。

 幸いにもこのLCDには赤外線リモコンが付属していて,これですべての操作が可能です。受光部は操作キーの基板についているのですが,受光部だけはコントローラ基板に直接繋がっているので,特に操作基板の回路が必要になっているわけではなさそうです。

 なので,受光部を直接コントローラ基板に繋いで試すと,ちゃんと動きました。これで操作に関しては問題解決です。

 もとのLCDの明るさやコントラストを調整するスライダの一部に3mm程の穴を開け,スライドさせると穴が出てくるようにした上で受光部を固定します。

 スライダは動かせるように,もとのインバータ基板を外さず,ダミーで残しておきます。これで綺麗にまとまりました。

 さて,次はとうとう本体側の改造です。外部ディスプレイの信号を取りだしてVGA入力に入れるというのが作戦ですから,メイン基板から信号を取り出す必要があります。従って全バラシです。

 メイン基板にマウントされているD-SUBの15ピンから出ているアナログRGB信号から,RGBの各信号とHとVの同期信号の5本とGNDの計6本を,コネクタの足にハンダ付けして直接取り出します。そしてケーブルの長さを調整して端っこにコネクタをハンダ付け。

 電源は12Vから15Vまで入力可能だそうなので,電源の容量を考慮しなくていいようにACアダプタからの入力のところから取り出します。本体の電源スイッチに連動させるために本体の基板から12Vを探して供給することも考えましたが,安全性を考えるとこれがベストでしょう。

 長さを揃えてこちらもコネクタにハンダ付けし,テストを行うとあっさり表示ができました。

 あとは組み立てて完成です。取り回しによってはノイズで画像が乱れることもあるのですが,上手く取り回して回避します。

 気を付けないといけないのは,PC_386BookLの外部ディスプレイの信号は,初期状態では出力されないという事です。バックアップのための電池が切れると初期状態に戻ってしまうので,こうなるともう全く画面が見えなくなります。

 起動時にHELPキーでメニューに入っても,そこからの操作が全くできなくなるのは辛いので,ブラインド操作で外部ディスプレイの信号が出るようにしないといけません。

 簡単なのは,DOSをフロッピーから起動し,CTRL + HELP + Dを押すことです。フロッピーから起動しないといけないのは,初期状態だと内蔵HDDの設定が256バイト/セクタに戻ってしまうからで,こうなるとHDDからの起動が出来なくなるからです。

 一度外部ディスプレイの信号が出漁されればあとはHELPキーで起動するメニューでも操作ができますので,HDDの設定などを変更して再起動。これで大丈夫です。

 ここまで出来たらあとは実際に使ってみます。安い割にLCDの品質は良好で,最初のTFTモデル,PC-9801NCを見た時の感動が甦ります。

 PC-9801は登場時からカラー表示が前提のマシンでしたから,やはりカラーはいいものです。私は滅多にゲームはやりませんが,ゲームも楽しめそうです。(あ,FM音源がないか)

 確かに当時の雰囲気を存分に味わうことの出来るDSTNの表示も恋しいですが,カラーの鮮やかな表示は,これはこれで楽しいものです。本体の重量も手に持った瞬間にわかるほど軽くなっていますし,最終的にアップグレードされた形で復活するというのもありではないかと思います。

 で,ふと気になったので調べてみると,PC-386BookLには,BookLCとBookLXというカラーモデルがすでに出ていたんですよね。LCがTFT(エプソンとしてはTFTとはいってませんが),LCがSTNモデルではないかと思いますが,それぞれメインメモリが2MB追加されているので,今の私のPC-386BookLと同じ状態です。

 そういう意味では,Bookタイプという今となっては存在価値のないプラットフォームにおける完成形として,当時既にカラーモデルが位置づけられていて,その価格にもかかわらず市場に投入されたという事でしょう。存在が空想の物ではなく,実際にカラーモデルが少数とは言え作られていたわけですから,私のPC-386BookLはオリジナルの価値や魅力を損なう物ではない,ということにしておきましょう。

 レトロマシン,ヴィンテージマシンのレストアは,オリジナルに戻すことが基本です。勝手な改造やアップグレードは御法度ですが,今有る部品で当時の状態を取り戻すことは十分に認められると思います。

 ということで,今度こそだめだと思われたPC-386BookLですが,まさかのカラーモデルとして復活を遂げました。これで本当にレストアが終わればいいなあ。

 

PC-8201のLCDを復活

 1983年,PC-8001,PC-6001,PC-8801でまさに帝国を築こうとするNECがハンドヘルドコンピュータとして世に問うたマシンがPC-8201です。

 A4サイズ,単三電池4本で駆動,デスクトップ型と全く同じキーを備えたキーボードに大画面のLCD,そしてN-BASICと互換性のある強力なBASICという本気のマシン。

 その上レッド,アイボリー,シルバーという,どれも従来のパソコンとは一線を画す3色の本体色で,当時中学生だった私には,138000円という価格もあって,とてもまぶしく見えました。

 PC-8201に搭載されたN82BASICもマイクロソフト製のBASICですが,このBASICこそ,ビル・ゲイツが最後に書いたコードをを含んでいることでも知られています。

 さらに,PC-8201にはタンディとオリベッティに兄弟がいて,すべて京セラのOEMだったということもエピソードの1つです。

 そんなPC-8201ですが,単三電池で動かすためにすべてCMOSのICで構成することになります。Z80は当時まだCMOSでは手に入らず,CMOS化で先行していた沖電気の8085が搭載されています。

 このころの電池で動くマシンのCPUの選択肢には制限があって,PC-2001に至っては8080系でさえありません。そういう過渡期のマシンというのも,実は結構面白いものだと思います。

 さて,そんなPC-8201ですが,私が入手したのは随分後です。とはいえ入手から30年も経過しています。当時既に傷んでいましたが,この30年でさらに劣化が進んでしまいました。ケースもすでに塗装が剥げてしまっていますし,黄変も見られます。

 その劣化のうち,最も深刻なのは先日発覚したLCDのビネガーシンドロームです。発見したときの悲しさといったら・・・

 表示は正しく出ていますが,画面の中央に色の違う楕円が浮き出ていて,いかにもLCDがだめになっている感じがします。こうなると時間の問題で,分解してLCDを取り外しきちんと確認してみると,ビネガーシンドロームに特徴的な,すでに斜めのキズのような物が浮き出ていました。

 ここまで来るともう偏光フィルムの交換しかありません。PC-386BookLのLCDの修理に失敗した悲しみが癒えないまま,私はある一面ではPC-386BookLよりももっと大切なマシンの修理に進むことにしたのです。

 作業そのものは簡単。ますはLCDの端っこをめくって,手持ちの偏光フィルムが使えるかどうかを試してみます。悲しいかな,このLCDは先日入手したA4サイズの偏光フィルムを斜めにしないとコントラストが最大にならず,結局1枚の偏光フィルからは斜めに1枚分しか採ることが出来ない,無駄の多い結果となってしまいました。

 大きさを測って切り出した後は,元の偏光フィルムをLCDからエイやっと剥がしてアルコールで綺麗にします。

 あとは覚悟を決めて,新しい偏光フィルムのシールを剥がして貼り付けます。少々大きめに切り出しておくと,少し斜めになったくらいで失敗したりしないのでオススメです。

 書くと簡単ですが,ホコリは入る,気泡も入る,斜めになって端っこが張り切れないととにかく失敗の可能性が高い作業です。しかも偏光フィルムの糊は一度貼ると使えなくなるので,チャンスは一度きりです。それでも偏光フィルムが複数枚とれればまだ安心なのですが,前述の通りA4の偏光フィルムから1枚しか採れない以上,本当に一度きりです。

 こういう時大体失敗知るのが私なのですが,今回はホコリは入らず,気泡も数カ所で済みました。強く指で押すと気泡は消えるものなのですが,押しすぎるとガラスが割れてしまうので注意が必要です。

 しかし,3ヶ所の気泡が消えず,うち1ヶ所が黒ずんだ謎の気泡です。しかし,これを深追いするとろくな事がないと,これまでに痛い経験を重ねてきたもう一人の私がやめておけとブレーキを踏んでいます。

 なんとかしないとと思う気持ちを抑えて,今回はこのままでいきましょう。余った端っこを少し切り落とし,LCDは一応完成。本体に組み込んで組み立てれば作業終了です。

 劣化した偏光フィルムを交換したのですから,視認性も向上。非常に見やすくなりました。ますます愛着がわいてくるから不思議です。

 問題の気泡は,なんと小さい物は3日ほどで,黒ずんだ物でもどういうわけか5日くらいで綺麗に消えてなくなりました。やはり深追いは禁物でした。希望については神経質になることはなかったということです。

 そんなわけで,今回のビネガーシンドロームには勝利。PC-8201は無事に復活することができました。登場から40年以上ですからね,自分でメンテ出来る人しかレトロマシンを所持してはいけないと,そんな風に自分に言い聞かせて,今後も維持していこうと思います。

ワンダースワン復活の道~その4・完結編

 ワンダースワンカラーのLCD,ようやく決着しました。手間もお金もかかってしまって,結局何をやってるんだろうと思うこともありましたが,LCDの綺麗さを見ると,やってよかったかもなあと思ったりします。

 さて,前回壊してしまったLCDだけを買い直すことは失敗に終わり,もう一度コントローラ基板ごとフルセットで買い直すことにしました。円安が進行してしまったため前回よりも価格が上がっていましたが,それは仕方がありません。

 今回は配送のトラブルもなく(とはいえエスポ便はまたも深夜に配達してくれたわけですが),無事に予定日よりも前に到着。動作テストも良好で,今回は前回の反省から,とにかく余計な事をしないと誓って作業開始です。

 風防は前回取り付けてありますので,今回はホコリをよく取った上で,LCDをケースに貼り付ける作業からです。一番問題となるホコリ,そしてうっかり触って表面を汚してしまうということがないように,慎重に,でも手早く作業を進めます。

 上手くいったので,LCDとコントローラ基板と繋ぎ,メイン基板を重ねます。付属の両面テープは,もともと基板についていたスポンジよりも少しだけ薄いので,コントローラ基板の厚みを上手く相殺してくれるだろうと,スポンジを剥がして両面テープに交換します。

 上手く基板を固定できたら,今度はコントローラ基板に電源を供給する配線を行います。メイン基板にあるDC-DCコンバータモジュールから2本,細い線で引き出してコントローラ基板に取り付けます。この辺は商品ページにあるとおりです。

 前回は配線の取り回しが悪かった(最短で配線したら基板とケースのリブに挟まってしまった)ので,よく考えて配線を回します。

 これもうまくいきました。あとはフレキの途中にあるタッチパッドをテープでケースの裏側に固定します。このタッチパッド,短押しで画面の明るさを段階的に変更,長押しで画面モードを変える機能があります。

 画面モードは,カラー,カラーで縦のスキャンラインあり,カラーで横のスキャンラインあり,モノクロ,を繰り返して変更出来ます。

 このLCDは3インチという小さいサイズのくせに480*320ピクセルの解像度があるんです。ワンダースワンの解像度は224*144ピクセルですから,縦横をそれぞれ2倍して448*288ピクセルとし,長辺に余った32*288ピクセルのエリアに,ワンダースワンに特徴的なアイコンの固定パターンをドットマトリクスで表示する仕組みです。良く出来ています。

 スキャンラインは1本間引いて黒を表示すれば,解像度を落とすことなくオリジナルのLCDに近い表示が出来る事になります。これもなかなか憎い工夫です。

 とはいえこのスキャンライン,画面の輝度が半分に落ちてしまいます。それだけ画面が暗くなりますし,明るくするにはバックライトの輝度を上げねばならず,結局電池寿命に影響します。

 もともとLCDですので,そんなにスキャンラインが目立つわけではありませんので,私はスキャンラインはなしで使うことにしました。せっかく改造するんですから,IPSという高画質LCDで,その上倍の解像度で表示するという高画質を堪能しましょう。

 さて,今回はスムーズに改造が出来ました。GUNPEY EXをテストプレイしますが,これがもう素晴らしい画質で,感動的です。登場から経過していますが,あの見にくいSTNカラー液晶が,筐体のサイズを変えることなくIPSにバックライトのカラー液晶になるんですから,技術的な進歩はすごいなと思います。

 そして,その進歩が主に中国企業の努力によってなし得ているというのも興味深いです。もともとSTNのカラー液晶だって,当時は最先端のLCD技術だったはずです。

 それが,画質,電力,価格的にも追いつかれて追い越されてしまい,セット全体の価値が大きく向上するという結果に繋がっています。もう,中国の技術力なしに世界は動かないのかも知れません。少なくとも,世界の技術の中心に日本はいません。

 消費電力は増えてしまうので,駆動時間が短くなると言う話は聞いています。しかし,フル充電したNi-MHで3時間ほど遊べるようですし,ワンダースワンを長時間遊ぶこともしませんので,これで十分だと思います。シミュレーションゲームやRPGで遊び始めたら,なにか対策が必要かも知れません。

 ということで,ビネガーシンドロームの同時発生で右往左往したワンダースワンの復活祭りは,これでひとまず終了。

 モノクロの初代ワンダースワンは,緑/青で復活。ワンダースワンカラーはIPS化,スワンクリスタルはオリジナルと同じ状態に復活。部品取りに使ったスワンクリスタルは,電池の液漏れで死んだメイン基板と,ほぼ無傷のLCDが手元に残りました。

 費用はそれなりにかかってしまいましたが,今出来ることはとりあえず全部こなしたと思います。

 さてさて,実は怖くて様子を見ていないLCDがあるのです。PC-386BookLです。夏頃だったか,ちらっと見た時,LCDに斜めの線が入っていたことに気が付きました。

 これってもしや・・・しかし,見たくない現実から目を背けて,私はその場を立ち去ったのですが,今回のワンダースワンが落ち着いたことで,勇気を持ってPC-386BookLを見ました。

 結果は・・・恐ろしいことになっていました・・・続く。

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